第4話
同時刻、長野県北佐久郡軽井沢町外れ、今は亡き天才陶芸家、雲雀丘文吉の工房。
外は吹雪いており、風は冷たい。
部屋の中は、まきストーブに火が焼べられ、パチパチと時折音を立てていた。
いい匂いがするのは、ストーブの上のクリームシチューの入った鍋からだろうか。
遺児の一人娘の貴文美は、黙々と轆轤の前で粘土をこねていた。
傍らでは、すっかり老犬になったゴローが黙って寝ている。
チラリと時計を見て、
「ゴロー、ゴメンね。お腹空いたよね」
貴文美は、立ち上がると手を洗い、棚から犬用缶詰取り出す。
蓋を開けると、手慣れた手つきでゴローの餌皿に盛り付けた。
ゴローはゆっくり立ち上がると、くぅんと鳴き、頭を貴文美に擦り着ける。
「よしよし。お食べ、ゴロー」
貴文美は、ゴローの頭を撫でてやる。
「ねぇ、ゴロー。桜子さんは元気してるかなぁ?」
貴文美は、初夏の事件を思い出した。
あの事件は、桜子と貴文美を出会わせ、そして、幼かった貴文美を成長させた。
あの時、桜子が言った一言を、貴文美は忘れる事が出来ない。
『貴文美、アナタはアナタのままでいいんだから・・・』
救われた気がした。
刹那、聞き覚えのあるエキゾースト・ノイズが工房の外からする。
ゴローは、貴文美と扉との間を何度か首を振った。
「行ったほうがいいの?」
ゴローに尋ねると、元気よく“ワン!”と答えた。
クラクションが鳴る。
やはり誰か来ているのだ。
貴文美は、扉を開け玄関に向かう。
ゴローもその後に続いた。
玄関を開けると、そこにはバイクが一台停まっているだけである。
見覚えはあった。
「レーイチ!」
思わずバイクに声を掛ける。
レーイチと呼ばれたバイクは、貴文美の音声を瞬時に確認した。
バイクのライトが点灯し、内蔵スピーカーから男の子の声がする。
「ヤァ、久シブリダネ、貴文美チャン。メリークリスマス!探シタンダヨ」
レーイチはバイクメーカー・ワシオが開発した自己学習機能付き人工知能を搭載した桜子専用のオートバイである。
貴文美は、レーイチをガレージに入れ、自身も椅子を持って来ると、座ってレーイチと話し出した。
レーイチが切り出す。
「今日ハネ、貴文美チャン。桜子オ姉チャンカラ頼マレタ物ヲ、持ッテ来タンダヨ」
「アタシに?」
「ウン!」
シートが持ち上がり、中にはプレゼントと大きい封筒が入っていた。
貴文美は、うわぁと喜び、破顔するとプレゼントを開けた。
中には桜子手編みのマフラーが二本入っていた。
「あっ、一本はゴローのだ」
貴文美は目を細め、ゴローに近付くとマフラーをしてやる。
ゴローは何か誇らしげに見えた。
「良く似合うよ、ゴロー」
ゴローはしっぽを大きく振り、頭をまた貴文美に擦り付ける。
「レーイチ、桜子さんにお礼を言っておいてね。凄く嬉しいって」
「ウン、分カッタ。ソレカラ、手紙モ入ッテルハズダヨ。後、書類モ・・・」
「手紙と書類?」
貴文美はプレゼントと一緒に入っていた封筒を見る。
封筒は桜子の学校のものだった。
「聖クリストファー?」
開けてみると、学校のパンフレットと共に合格通知書、そして、桜子からの手紙が入っている。
貴文美は、かなり驚いた。
当初、地元長野の高校すら行くつもりは無かったのだ。
一般人といると、何かと迷惑をかけると思っていたので・・・。
貴文美は、桜子の手紙を読みはじめた。
拝啓、貴文美ちゃん
メリークリスマス。
風邪ひいてませんか?
私は忙しく学園生活を送っています。
驚かれるかも知れませんが、今日は貴文美ちゃんをスカウトしたくて、この手紙を書きました。
私達の聖クリストファー学園国際高校に入って下さい。
私が通ってるこの学園の理事長は、私の師匠にあたる人で、初夏の事件の事ももちろん知っています。
それを知っている上で、理事長に貴女の事を相談した所、軽~く『桜子チャンの推薦ナラ、いんじゃナイ?』と試験を受けて貰う前に、合格通知が出てしまいました。
しかも、特待生扱いで。
だから、学費や寮費など全て免除されます。
お小遣いはさすが出ないけど、でも、学校推薦のアルバイトもあるから、学業の妨げにならない程度にしてもらっても、なんら問題はありません。
正直言って、学園には能力者も多いから・・・。
そう言う意味で言うと、貴文美が貴文美のままでいられる場所であると思います。
それから、貴女の力の制御方法も、個人的に教えてあげれるとも。
入学前向きに考えてくれると嬉しいです。
来春、学園で再会出来る事を信じて。
鷲尾桜子
追伸、マフラー気に入ってくれると嬉しいな。
貴文美は読み終えると、手紙をギュッと抱きしめ、ポロポロと泣き出した。
ゴローが心配気に貴文美を見上げる。
貴文美はゴローの頭を撫で、
「ゴロー、アタシは悲しくて泣いてるんじゃないの。嬉しくて涙が出る事もあるんだね」
レーイチも心配そうに、
「貴文美チャン、大丈夫?」
貴文美は鼻を啜り、
「ねぇ、レーイチ。アタシ、桜子さんの学校に入学してもいいのかなぁ?」
レーイチは優しい。
「モチロンダヨ。僕ノ予測デハ、キット貴文美チャンノ能力ガ必要ニナル時ガ、来ルハズダカラ・・・」
貴文美は、ゴローにも尋ねる。
「ゴローもそう思う?」
ゴローは大きくワンと鳴いた。
貴文美は頷き、
「了解った。レーイチ、桜子さんに聖クリに入学すると伝えて」
「ウン、貴文美チャン。任セテヨ」
そして、貴文美はゴローに微笑み、
「ゴロー、春からは一緒に大阪行くわよ」