第3話
同時刻、福岡県福岡市中央区西公園近くの孤児保護施設“博多ちびっ子園”。
施設には、大阪にいるこころ、そして、“はねくみ”メンバーからから山のようにプレゼントが届けられていた。
子供達は既に料理を食べ終え、クリスマスケーキを食べていた。
そんななか、身長150cmそこそこの日焼けをし元気を絵に描いたような女の子が、携帯を取り出し、ある番号を回す。
すぐ相手は出た。
「姉っちゃ、メリークリスマス!みなみ、とよ。プレゼントありがとー、みんな喜んでると~。桜子おねーちゃん達にも、礼ば言っといてって、園長先生が。うん、うん、分かっとると。ほんで、今日は、も一つ嬉しい事が有ったと、え?早く言えって?姉っちゃは相変わらずせっかちたいねー。はい、はい、言うと。ウチね、バレーでの特待生で、姉っちゃの学校に行く事になったと。また一緒にバレーが出来るとよ~、バリ嬉しか~。詳しくは、お正月に帰ってきた時に。うん、うん、じゃ、また連絡すると」
携帯を切ると、弟や妹達に笑いかけ、
「みんな、正月にこころお姉ーちゃん帰ってくるとよ、楽しみやねー」
同時刻、愛知県名古屋市千種区星が丘。
日本屈指の自動車メーカー、鶴咲自動車工業社長宅では、主人不在のまま妻の美紅、長女の紅葉、弟の紅一郎がクリスマスディナーを楽しんでいた。
どうやら、主人は海外出張中らしい。
義母の美紅が、ナプキンで口を拭き、
「紅葉さん、あなた、名古屋の高校じゃなく大阪の高校に進学するって、本当?」
紅葉と呼ばれたすらりとした身長を持ち髪の毛を縦ロールに巻いたの女の子は、フォークとナイフを置くと、
「ええ、今日、ピアノの特待生での合格通知が届きましたわ、お義母様」
「パパから、紅葉は自由にさせろとは言われてるとはいえ、大阪は遠いんじゃ・・・」
紅一郎が言葉を遮る。
「母さん、違うよ。姉さんは尊敬する桜子さんが居るから、大阪の学校に行きたいのさ」
「桜子さんって、あの鷲尾さん所の?」
紅葉は頷く。
初夏にあった事件以降、紅葉と義母の関係は、かなり修復されていた。
「まぁ、それなら安心ね。そうでなかったら・・・、私、若葉さんにどう顔向けしていいか。了解りました。お父様には、私からも大阪の学校へ行けるよう口添えしておきますから。安心してね、紅葉さん」
紅葉は微笑むと、
《少し前なら、こんな風に義母の事、信用してなかったんだろうな・・・》
紅一郎が紅葉に笑いかけ、
「とは言っても、姉さんもたまには帰って来るんだろ?名古屋?」
紅葉は二人に微笑み、
「ええ。新幹線で1時間、アーバンライナーでも2時間あれば帰ってこれるもの。お義母様の手料理もたまには食べたいし・・・」
美紅は涙ぐみ、
「あら、それじゃもっとお料理上手にならないと・・・」
紅一郎が少し呆れ気味に、
「母さん、でも姉さんの為に特訓だと言って、毎日同じ料理を僕に食べさせるのはやめてくれよ」
紅葉はクスッと笑い、
「あら、紅一郎、そこは我慢しないと。男の子なんだから」
笑顔がこぼれ、笑い声が部屋に響く。
紅葉は、安心して春から進学出来るみたいだ。
紅葉はまた、初夏にあった出来事を思い出し、
《あの娘も来るのかな・・・、仲良くなれると思うんだけど・・・》
同時刻、滋賀県甲賀市。
郊外にある鷺宮家を、睦月や皐月の父である烏丸玄馬が訪れていた。
鷺宮家は玄馬の妹が嫁いでおり、言うまでもなく“忍び”の一族である。
クリスマスではあるが、玄馬が猪肉を土産に持ってきたので、七面鳥やチキンではなくぼたん鍋を食べていた。
玄馬は熱燗を口にし、
「いやぁ、さすがにこっちは冷えるなぁ。僕は寒いの苦手やわ」
「そんなに冷えますか?義兄さん」
そう言いながら、家長の鷺宮風太郎は玄馬に酌をする。
「ああ、多摩も寒いけど、こっちの寒さはこたえるなぁ」
「兄さんはいつも大袈裟なのよ」
二人のぼたん鍋をよそりながら、玄馬の妹、つまり、風太郎の嫁に当たる鷺宮桔梗が意地悪く答えた。
玄関が開き、元気な声が飛び込んでくる。
鷺宮家の一人娘、楓だ。
「お父ちゃん、お母ちゃん、ただいま~」
楓はダイニングの扉を開け、両親と玄馬を確認すると、
「あっ、烏丸のおっちゃん、いらっしゃい」
玄馬は楓に笑いかけ、
「えらい遅いなあ、楓ちゃん。塾かい?」
「ええ。受験生ですから」
玄馬は、ため息を一つ吐くと、
「残念やなぁ、その受験勉強無駄になったかも・・・」
楓は困った顔をし、
「え~、マジで?おっちゃん」
風太郎と桔梗は顔を見合わせると、クスクス笑い、
「楓、座りなさい。話がある」
楓は、素直に椅子を引き座ると、
「何?お父ちゃん」
風太郎は聖クリストファー学園国際高等学校と印刷された大きい封筒を、楓に差し出し、
「中を見てご覧」
恐る恐る楓が封筒を開けてみると、
「えー、何々?合格通知書!?嘘っー!ウチ、受けてないのに何で?」
玄馬がニヤリと笑い、
「学校の名前に見覚えはないかい?楓ちゃん?」
楓は同封されている学校パンフレットの表紙を見て、
「聖クリストファー・・・、聖クリ?聞いた事があるような・・・」
ページをめくり、見知った誰かを見つけ思わず声を出す。
「あ”ー、これ、桜子さん!って事は・・・、思い出した!睦月兄ぃや皐月姉ぇのいてる学校やん!」
玄馬は、意地悪にため息を吐き、
「進学する気が無ければしょうがない・・・、この話は無かった事に・・・」
封筒を取り上げようとすると、楓はぎゅっと封筒を抱きしめ、
「嫌ーや、嫌やや!ウチ、この高校行く!絶対行く!ここしか行きたくない!」
玄馬、風太郎、そして、桔梗は顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
「素直な子に育てたなぁ、風太郎くん、桔梗」
玄馬が妹夫婦を褒めた。
「いやぁ、跳ねっ返りのじゃじゃ馬で・・・」
「手がかかるのよ、兄さん」
楓は、ぽかんとして、
「ねぇ、烏丸のおっちゃん。ウチ、褒められてるん?けなされてるん?」
玄馬は楓の頭をクシャッとして、破顔する。
「褒めてんだよ、楓ちゃん」
風太郎が、楓を諭す様に、
「楓、お前にとって、この学園での三年間が組織での初めての仕事になる。心してかかれ。しかし、最高のクリスマスプレゼントだな」
楓は大きく頷き、
「うん。ウチ、頑張る。烏丸のおっちゃん、ありがとう!」
ちなみに、睦月と皐月は、従姉妹の楓が入学するのを、未だ知らなかったりするのだが・・・。