第1話
クリスマスイブの午後7時半、聖クリストファー学園国際高校の校舎の屋上に、桜子はいた。
河内長原、そして、その先の富田森の街並みを眺め、旅立った親友の事を思う。
《瑠奈・・・》
自然と涙が溢れ、頬を伝い、
《もっと、優しくしとけば・・・、もっともっと、話をすれば良かった・・・》
後悔ばかりが浮かんでは消える。
風は冷たく、桜子の髪をさらった。
心配したこころが、やっと桜子を見つけ、
「桜子、ここにおったと?」
「こころ・・・」
桜子は淋しく笑う。
《何ね、まるで迷子の子猫ったいね・・・》
こころはため息を一つ吐き、
「まだ気にしとるとね?瑠奈の事?」
桜子は首を横に振り、
「ううん、アタシはあれで、瑠奈を正樹さんと一緒にクインシアに送り出して・・・、良かったと思ってる。ただ・・・」
こころは少し困った顔をして、
「ただ、何ね?」
「瑠奈とやっと理解りあえたと思っただけに、この前の事故のニュースはショックだった・・・」
「確かにね・・・、でもウチは、瑠奈は正樹さんと一緒だったんで、悲しか事やけど・・・、幸せのまま逝ってしまったと考えるようにしとると・・・。事件ならともかく、あんな事故は避けれんとよ」
こころは、時折運命論を語る。
桜子は少し遠い目をし、
「幸せだったのかな?瑠奈は?」
こころは桜子の肩を抱くと、最高の作り笑顔で、
「うん、それは大好きなヒトと一緒やったけん、間違いなかと、ウチは思うとよ」
瑠奈を思い出し黄昏れている二人の背中越しに、声が掛かる。
藍だ。
「桜子ちゃん、こころちゃん、みんなが呼んでますえ」
二人の反応が薄い事に、藍は何かを感じ取る。
桜子に近付くと、ハンカチを差し出し、
「ダメどすえ、桜子ちゃん。桜子ちゃんが泣いたら、学園中が暗くなりおす。笑ろておくれよし。桜子ちゃんが笑ろてくれるんやったら、ウチは何だってしますえ」
桜子は藍を見つめ、
「藍・・・」
「ほら、桜子。藍もこんなに心配しとると。そろそろクリスマスパーティーの会場に戻るとよ」
桜子は涙を拭うと、
「そうだね、心配させちゃ悪いもんね」
そんな矢先、階段から騒がしい足音と共に、
「桜子~、居るの~?」
「桜子チャーン?」
「桜子~」
皐月、ベス、ローズまでもが、桜子を探して屋上に上がってきた。
桜子は、三人を確認すると、
「もう、本当にアナタ達ってば・・・」
止めた筈の涙が、またこぼれた。
素直に思う、
《ここに、瑠奈、アナタがいれば・・・》
こころは桜子の涙を見て、
「あちゃー、ウチらのお姫様は、今夜は泣き虫とよ」
場の雰囲気を感じ取ったベスは、
「桜子、アタシ達は先に行くから、三分経ったら下りてきてね」
藍も大きく頷き、
「そーどすな。みんな、先下りときましょ。それがよろしおす」
ローズと皐月も、顔を見合わせ頷いた。
「ゴメンね、ありがと・・・」
桜子が呟くと同時に、ベスを筆頭にローズ、藍、そして、皐月に引っ張られるようにこころが階段を下りて行く。
《桜子ちゃん・・・》
五人を見送った刹那、ふと誰かに呼ばれた気がした。
一人残った桜子は、思わず振り返り、雲一つない空を見る。
そこには大きな満月が・・・。
はっとして、思わず声に出した。
「瑠奈・・・」
柔らかい光が、桜子に語りかける。
《ァタシ、皆んなと出逢ぇて嬉しかったょ。色々ぁったけど、これからは空の果てから見守ってるから心配しなぃで・・・》
桜子は月に囁く、
「瑠奈、アナタはそれで良かったの?後悔は無いの?」
月は光を放ち、
《後悔が無ぃと言ぇば嘘になるかな・・・。でも、今は正樹も一緒だから・・・。ァタシは、ァタシの運命を受け入れるの・・・。怖くはなぃょ・・・。だから、だから、笑って、桜子ちゃん・・・》
桜子は頷くと、
「瑠奈、今、幸せ?」
《ぅん、とっても・・・。ねっ、だから・・・・》
桜子は泣くのを止め、月に微笑み、
「理解ったわ。瑠奈がそう言うなら、そうなんだよね。だったら、せめて今夜、一曲、アナタを・・・、アナタ達を思って、演奏させてもらって・・・、いい?」
月は再び光を放ち、
《ぅん。ぁりがと・・・、桜子ちゃん。ァタシ・・・、嬉しぃょ。そして、さょなら・・・》
桜子は頷くと、声を背に扉を目指す。
ドアノブに手をかけ、月を振り返り見た。
既に月は光を放つのを止め、ただただ優しく桜子を照らす。
もう一度、桜子は月に微笑むと、
「さよなら、瑠奈。アタシの大事な友達・・・」
階段を駆け足で下りる。
瑠奈と正樹に、最高の演奏をプレゼントする為に・・・。