■■ 「君ってロボットなんだよな?」
家に着いた公太郎は昨日と同じようにリビングで呆けていた。
昨日はメイド服姿の女の子にお姫様だっこされ時速八〇キロで送り届けられたが、本日は傍らにメイド二人をはべらせタクシーでご帰宅である。
何とも剛気な様子だがそんな気分に全くなれなかった。
「落ち着いたみたいよ」
そう呟きながらヒトミがリビングに入ってきた。
「フタバの様子はどうなんだよ」
「あの子の機関が一部、過負荷動作したのよ。簡単に言うとオーバーヒートね」
ヒトミは公太郎の向かいのソファに腰掛けると長い足を組んで見せた。
「さっきのあれだとどう考えてもオーバーヒートするのは君の方だろう」
「いろいろあるのよ、あたしたちの場合はね」
前かがみになった彼女は昨日フタバが着ていた彼のトレーナー姿である。彼女のメイド服がボロボロになったからだ。
スカートは無傷なので少し大きめのトレーナーの下に、タイトミニと黒のストッキングという何ともアンバランスな出で立ちだった。
「君がフタバの姉になるのか?」
「そう、改めて自己紹介するとメイドレス、カテゴリーT・パーソナルネームはヒトミよ。よろしくね、公太郎」
「パーソナルネームって変えられるの?」
ヒトミは細長い人差し指を下唇に当て上目遣いに彼を見ている。
「どうかな、あたしは気に入っているんだけど」
「俺の呼び方も『公太郎』なのか?」
「あら、あなたの名前って『モエギコウタロウ』ではなかったかしら?」
「そうだけど」
「でしょ、だったら合ってるじゃない」
先ほどから会話しているとフタバとあまりに違うためにどこか調子が狂ってくる。
例えば家に着いてすぐ、代わりの洋服に着替えるため身体のサイズを聞いた時にも、
「女性にサイズを聞くなんて無神経ね」
「しかたないだろう、俺にはそんなの想像できないんだから」
その後、半目になってぶつぶつと小言を呟いたあとに、
「ええと身長は一七〇までいかなくて、体重も六〇を切ってたし、バストは七〇のEだから九〇前後かな。ウエストは六〇までいってなくてヒップも八五を超えてないわよ」
「……何でそんなにアバウトなんだ?」
「いいじゃない細かいことなんて。それくらい判っていれば洋服を買うときにも困らないのよ。そうそう靴のサイズは二三センチ。これはちゃんと言えるわ」
結局母親の服では小さいことが判り、最終的に公太郎のトレーナーを着用することになった。当然ながら男物、地味、サイズが合わないと散々文句を言われた。
おまけに身長と体つき、それに顔を見ていると、まさしく、
「……ホントに華子みたいだよ」
「ふーん、そんなに似てるんだ」
ヒトミの返事はとてもいい加減である。
声と髪型が異なるので区別できるが写真だけ見ると公太郎でも全く判別できないのではないかと思った。
「なんだかメイドレスって判らないことだらけだな」
「操作説明書、読んで無いの?」
「まだフタバの中からパソコンにコピーしただけで目を通して無いんだ」
「ちゃんと印刷したの、お父様から貰ったでしょう」
そう来ると思って公太郎は例のバインダーをヒトミに差し出した。
受け取った彼女はさも面倒くさそうにページをめくったのだが、すぐさま大きく目を見開き小さく笑い出した。
「なーにこれ。編集中の持ち出したのね。もうお父様ったら慌て者なんだから」
ヒトミはほほえみながらページをめくっていたのだが、とある箇所を開くと斜め上を見て何かを考えている。ページ数から電源投入手順だと思われる。
「フタバって電源断から再起動したんだよね」
公太郎がうなずくとヒトミはあからさまに怪しく輝く目を向け口端をつり上げた。
「な、なんだよ」
「ふーん、なるほどねー……マスターはあの子の『胸部』をさんざんこねくり回したのね」
「しかたないだろう、その方法しか書いて無かったんだから」
「どうせならフタバのBカップよりあたしのEカップで電源投入した方が、マスターは楽しめたのではなくて?」
ヒトミが胸をはってみせるとトレーナーの上から見ても判る盛り上がりがあった。
「そうだ、あたしがここで電源断すればいいのね」
「もう面倒だからいいよ」
「ひょっとして貧乳派? 最近だとそっちの方がウケてるのかしら?」
などと一人で盛り上がっているヒトミはそのままに、校門でのフタバの言葉を思い出した。
「もしかしてもっと簡単な電源投入方法があるのか?」
「あるわよ。でも公太郎には教えなーい」
「なんだと!」
「この方法はあんたには難しいかもってお父様が言ってたけど、しっかり電源投入できたのだし問題無いでしょ」
「そんなことでは無いんだけどな」
「製品版の操作説明書はみんなで相談しながら公太郎を喜ばそうと作ったのに」
そのあとうつむいた彼女の瞳はどこか寂しそうに見えた。
「もう全部消えてしまったのね……あのお屋敷ごと」
「じいちゃんは『学会』に狙われたって言ってたけど、それっていったい何なんだ?」
公太郎の質問にヒトミの表情が硬くなっていた。
「お父様もあまり詳しく教えてくれなかったけど人型ロボット、それも限り無く人間に近づけたアンドロイドに関するものだとしかあたしも判らないわ」
「今日の連中も『学会』に関係あるのか?」
「おそらくね。あの筋肉ござるもアンドロイドだったから」
だとするとコンテナ置き場に居た『人間』は自分一人と言うことか。
それほど完全人間型のロボットは普及しているのだろうか、その事実を自分だけが知らないのだろうか。あのヒューマノイドショーや普段テレビのロボット特集は何かをごまかすためのおとりなのだろうか。
公太郎が考え込んでいると、ヒトミは操作説明書を閉じテーブルの上に置いた。
「それよりパソコンがあるのなら貸してくれる?」
「いいけど何に使うんだ?」
ひょっとしたら『学会』について調査でもするのかと思ってみたが、
「決まっているでしょう、着替えを買うのよ」
なぜに着替えと聞く前にヒトミは少し大きめのトレーナーを引っ張っていた。
「いつまでもあんたの服を着ているわけにもいかないわ」
そう言うことかと思い彼女を自分の工作室に案内した。
§
「狭いわね、ここ」
入るなり不満を漏らしていたヒトミはイスに腰掛けてキーボードをぱたぱたと叩き出した。公太郎は彼女の背後に立ったままでその様子を見ている。
二人での作業を考えていない工作室は、公太郎とヒトミの組み合わせだと本当に狭い。
「あーら、それなりのマシン使ってるのね」
彼女はパソコンの反応を見て楽しそうに頬をゆるめている。スペック中毒でないが自作機でそれなりにアップデートを欠かさない彼にしてみると、市販されている機種の中では最上位に位置していると思う。
しかしヒトミと比べればおもちゃ以下かもしれない。
最初は人差し指でちょんちょんと打っていたのだが、肩を一回しすると両手の指をキーボードのホームポジションに置いてそれからまさに目にも止まらぬ速さで打ち込み始めたのだ。
マウスは一切使用しない。目はディスプレイだけを見ており指以外の身体はほとんど動いていなかった。
さすがだなと感心していた公太郎だがはたして彼女にキーボードとディスプレイが必要なのか、そんな疑問が頭に浮かんだ。
「フタバみたいにおへそで直接接続すればいいだろうに」
「そんなのできないし面倒よ」
ヒトミは公太郎を見ようともせず言葉だけ返した。
「パソコンでアクセスしていればウイルスとか気にしなくていいでしょ。感染したってこっちまで来ないんだしー」
つまり彼女が直接アクセスした場合のリスクを全てパソコンに負わせているのである。
「おいおい、俺のパソコン壊すなよ」
「大丈夫よ、そんな変なサイトにアクセスしないし、もしもの場合フタバが何とかしてくれるから」
緊急時には妹頼りである。これまた少しも悪びれ無い。
「あの子ぐらい防御がしっかりしてればどんな防壁だって忍び込めるし、どんな攻撃も防げるからね。パソコン直すのなんて簡単だと思うわ」
公太郎もその腕前を知っているがこの姉にかかるとネット犯罪なんて攻撃される方が悪いと教育されそうだった。
ヒトミが行き着いたのは公太郎もおなじみ、ネット通信販売最大手、ユーフラテスドットコムだった。
元々は書籍通信販売をおこなっていたが今では日本の大手カメラ店のようにあらゆる生活雑貨を扱っている。そして彼女の購入品目は衣料品だ。
「とりあえず下着が一式、シャツとスカート、カーディガンとブラウスにパンツ、ストッキングにジャケットとコートと靴も欲しいわね」
まるでOLの買い物風景を早回しカメラで見ているようだった。次々と検索し表示された商品をバーゲンセールのようにショッピングカートに入れていくのだが、ふと思ったことがあった。
「それ、まさか俺のアカウントで買うんじゃないだろうな!」
「するわけ無いでしょ。お父様のアカウントが登録してあるからそちらで決済するわ」
「じいちゃん、金持っているのか?」
「知らないの? いろいろな特許を持ってるからかなり裕福なのよ」
ヒトミは別のブラウザーを表示し都市銀行のインターネットバンクに入り込むと『萌葱丈太郎』名義の口座情報を開いて見せた。
その中の残高が妙に桁がでかいなと思って指折り数えてみると、九桁?
「これ、ホントか?」
「これはクレジットカードの決済専用口座よ。あと生活資金とか研究資金用の口座もあってそっちの方はこれよりも残高があるけどね」
身近なところで大富豪を発見した思いだった。確かにそれくらい資金が無ければフタバやヒトミのようなロボットを個人で作るなど不可能だろう。
「親のすねかじりでパソコン買っているのと違うわよ」
ヒトミの言い方に公太郎は少し憮然とした表情を見せた。
「ここにある機材は父さんからもらったもの以外、俺がバイトして買ったんだ」
「ふーん、なんだったらハードディスクを一緒に買ってあげようか? 特急便なら明日の夜に届くしちょうどPC周辺機器のセールやっているみたいよ」
サイトのバナー広告を棒読みしたような台詞だった。暴言に対してのヒトミの気遣いかもしれない。
「別に容量は足りてるから今のところいいかな」
「あらそ。必要になったらいつでも言ってね、あたしのマスターなんだしー」
本当にそんな意識があるのか怪しいものだ。
会話の最中にも検索とカート追加を繰り返し指先の動きはどんどん加速していく。
その途中で気がついたこと。衣料品は三種類のサイズを購入している。やや大きなものはヒトミ、標準サイズはフタバとして子供サイズは一番下の妹のものだろうか。数量としては子供サイズが一番多いように見える。
買い物を始めてからかれこれ三〇分、彼女は鼻歌交じりに決済を終了するとようやくキーボードから指を放した。
「ハーイ、おしまい。あとは明日の夜を待つばかりだわ」
「ところでヒトミ、君ってロボットなんだよな?」
思わず質問した公太郎に振り返ったヒトミは眉を潜めていた。
「そうよ、見て判らないの?」
見て判らないから聞いているのだが、改めて彼女を観察してもロボットである証拠を掴むことが難しかった。
フタバ同様直接皮膚が見えている首筋や腕を見ても分割線や接合部も無く、マンガにありがちなコネクターハッチも見あたらない。細かく見ているとロボットに必要無い呼吸や瞬きもしている。
自分を抱き上げたまま高速で走るフタバとか、光の大砲を放つヒトミを見ていれば、人間で無いと思えるがひょっとしたら魔法使いとかもっと非現実な存在に思えてしまう。
進んだ科学は魔法と区別できない、よくできた言葉だと公太郎は実感していた。
彼の戸惑いはヒトミにも伝わったらしく腰をひねり横座りになると公太郎を見上げた。
「どーしてそんなことを思うわけ?」
「悪いと思うけど俺のロボットと見比べちゃって」
するとヒトミは作業机の上にある公太郎作のロボットに視線を向けた。もしかしたら怒り出すかと思ったが彼女は小さくほほえみそれに指を伸ばすとそっと触れていた。
「名前は付いているの?」
「いや、まだだけど」
「そう。完成したらちゃんと名付けてあげないとね、公太郎はこの子の産みの親なんだから」
もしかしたらロボット同士の同族意識があるのだろうか、彼はそんなことを考えたがヒトミはなぜか少し寂しそうに目を細めていた。
「むしろこの子の方が、あたしより幸せかもしれないわね」
「どうして?」
「男の子は細かいことを気にしないの」
そこで公太郎のおなかが景気よく鳴った。確かに夕食をとっていない。
「おなか、空いてるの?」
ヒトミは彼の腹部を見ながらそっと聞いたので彼も素直にうなずいて見せた。
「もー、これだから人間って不便よね」
「しょうがないだろうに、食べ盛りなんだから」
「しかたないわね、台所、どこにあるのよ」
彼女は嫌そうに首を左右に振って立ち上がる。
それでもこの『メイド』は自分のために食事を用意してくれるのかと隠し部屋を出た。
§
ほぼ同時刻。
廃ビルの地下に作られた研究室の特大チューブにはヒトミたちを襲ったサムライ・マッスルゥが入っていた。
チューブは液体で満たされマッスルゥは中で浮かんでいる。
その身体は右の脇腹と右腕が綺麗に吹き飛んでいる。分断されたアクチュエーター(人工筋肉)や光ファイバーの神経、硬化ポリマー製の骨格に冷却水を循環するパイプなどがナイフですっぱり切られたような見事な切断面を見せていた。
その前には白衣を着た老人、ドクトルが苦虫をかみつぶしたような表情で立っていた。
「してやられたな、マッスルゥ……おのれメイドレスめ」
『情けない、拳を交える前にこのようなことになろうとは、全くの恥さらしでござる』
「ううむ、だがおまえの持ち帰ったデータで解析ができる。決して無駄では無い」
『ありがたきお言葉、恐悦至極に存じる』
そこに白衣姿の若い男が息を切らして飛び込んできた。
「ドクトル、クライアントのグループが『処理』されました!」
「ほう、ずいぶんと早いな」
「そ、そんな悠長なことを言っている場合では……」
「何、これでマッスルゥはロスト扱いだ。暴走を演じておればそう簡単に足はつかんよ」
口元を緩めるドクトルにはどこか余裕があるが部屋に飛び込んできた男はすでに顔面蒼白だった。顎・膝・つま先が細かく震え立っていることも難しく見える。
「それより準備を急げ。今夜中にこいつを修理するぞ」
「ま、まだ続けるおつもりですか?」
「当たり前だ、メイドレスの性能を全部調べ上げるのだ!」
ドクトルがチューブを叩くとマッスルゥの身体が震えた。
『ぬう、めいどれすめ! 今度は容赦せぬ』
「その勢いだマッスルゥ、接近戦に持ち込めばあの砲撃は無い!」
『さすれば拙者の得意とするところ、我が拳の前に敵はござらぬ』
「萌葱め、今度こそ見ておれ!」
ドクトルは懐から出した写真入れに不気味な笑顔を振りまいた。
そして彼の笑い声に応えるようにチューブの中の気泡が激しく循環した。