■■ 「マスター、コマンドを!」
「……どうなっているんだ」
公太郎は目の前の光景に呆然としていた。それはフタバも同じようだ。
二人の目の前には洋館があったと思われる敷地が白いシートに囲まれて、工事中の案内が表示されていた。工事関係者と思われる人物が工事車両の搬入を指示しており、シートの中から重機が稼働する騒音が漏れていた。
案内板を見ると工事請負会社は大野建設、地主は萌葱丈太郎となっている。一応、現場責任者と思われる男性にここのことを聞いてみたが、今朝方から新築工事が決定し急遽日程が組まれたのだと言う。
完成予定は今年の年末、あと半月も無いがユニット工法にて予定通りに進むだろうと言われた。
「以前あった洋館はどうなったんですか?」
「工事期間を短くしたいから爆破解体をおこなったらしいよ。ビル以外だと珍しいけどね」
そのあと搬入する車両が多くなり責任者は仕事に戻ってしまった。
公太郎は案内板を携帯電話で撮影しようとしたのだが、
「ご主人様、それでしたら今、わたしが記録しました」
「……そうか、帰ってからパソコンにつなげばいいんだものな」
「それと先ほどの方との会話も動画データとして記録しています」
こう言うことはロボットは便利かなと思うのだが、気になることが一つ。
「フタバの記録ってどれくらいできるの?」
「原則、わたしが見たもの聞いたものに関して全て記録しています」
と言うことは今朝のお風呂も録画されているのだろうか? もちろん彼女のことだからその動画が外に漏れることが無いと思う。
「俺が家の中で写っている動画は秘守扱いな」
「かしこまりました。複数のプロテクトで保護し別メモリブロックに保存します」
やはり昨日パソコンに接続した二五六ギガバイトは彼女にとって微々たる容量にすぎないのだろう。
その後、ここで確認できることも無いと思い、昨日教えてもらった警察関係者へ電話をかけてみた。
何回か転送されたあと、電話にでた女性は冷静に対応しつつ、どこか不満げだった。
『萌葱丈太郎さんの家のことですね……実は今朝方、工事関係者から書面が届きまして』
「どのような?」
『何でも書類の行き違いとかで、こちらが確認を取る前に爆破解体をおこなったそうです』
そんなわけなので捜査本部も解散となり、職員は後処理に忙しいと言う。当然工事関係者に書面で抗議をしたそうだ。
家主の萌葱丈太郎は家を建て替える間、国内を旅行しており自由気ままな旅に出ているのでこちらから連絡が取れないことになっていると言う。
公太郎は携帯電話をしまうと傍らに立つフタバの姿を見た。
なるほど、昨日の事がニュースになっていないはずだ。事件はおろか事故にすらならないのだろう。
だが昨日の爆発は解体のためでは無いしあそこに丈太郎も居た。ここに居るフタバがロボットだがその生き証人だ。
どうやら事実が大きくねじ曲げられている。昨日のことが消し去られようとしていた。それも何も無かったことでなく、適当に整合性がつくように、なるべく目立たないように物事が進んでいるように思えた。
〈これもじいちゃんの言っていた『学会』の差し金なんだろうか?〉
行きは時間をかけまいと駅からタクシーを拾ってここまで来たが、さすがにこんなところに流しのタクシーが来ると思えない。彼はフタバと共に駅までの長い道のりを歩いていた。
フタバは決して自分の前に出ない。すぐ横にも居ない。自分の数歩後ろに(本人は目立たないつもりで)付いてくる。
足音が聞こえるのだが時々本当に後ろに居るのか確かめるために振り向くと、目が合えばほほえんでくれる。
〈じいちゃんは俺に娘たちをよろしくって頼んだ。それは『学会』から守ってくれってことなのかな〉
いまだ『学会』がどんな組織かおぼろげにも判っていない。むしろ屋敷の後始末を見ているとどれほど巨大で権力があるのでは無いかと思わせる。
〈蟷螂の斧か……俺なんて図体がでかいだけの一七歳なんだ〉
そして再度振り向くとフタバの姿を見ていた。
〈俺のロボットだって最先端の趣味で無かった。所詮おもちゃなんだ、それもろくに扱えないのにフタバのご主人様になって彼女を守れるのか?〉
公太郎は左手を持ち上げる。目の前に中指をかざす。黄金色の指輪は冬の夕日を照り返してゆるやかな光りを放っていた。
それからお互い無言で歩き続ける。ようやく住宅地が見えてきた時フタバの足がぴたりと止まった。
「どうした、フタバ」
「姉さんの反応があるんです。たぶんこの近くに隠れています」
そこから何かを探し出すように辺りを見回しているが、公太郎にはとりたてて何もない風景だった。
察するに彼女に聞こえる姉の信号、ただそれは微弱なのか時々見失っているようだ。方向としては鉄道の上りに進んでいる。
何度か迷いながらたどり着いたのは町の外れにある廃工場のコンテナ置き場だった。
廃棄されたコンテナが雨ざらしになったまま長い間放置されていたのだろう。コンクリートの床に錆が付着してまだらに赤く染まっている。
近くに住宅も無く日も暮れかかっており、物音と言えば二人の足音だけである。
公太郎は外気によってよく冷えているコンテナに触れた。
「この中に隠れているのかな?」
「判りませんがこの付近に居ることは確かです」
「なぜあの時、一緒に逃げなかったんだ?」
「……父はわたしたちをご主人様に紹介するための予行演習をしていました。一時的に初期状態に戻っていたので連携がうまく取れなかったのです」
フタバはその時を思い出すように語った。彼女が最初、英語を話していたのはそんな理由からだったのだろう。そして開発者の丈太郎を最初のご主人様として認識していたのだ。
もしあそこで屋敷が爆発していなければ、丈太郎は孫にフタバたちの操作説明書を渡し目の前でユーザー登録をさせる演出を考えていたかもしれない。傷だらけでフタバに抱きかかえられていながら、自分を見つけた丈太郎の目はとてもうれしそうだった。
「もっと速く俺が、フタバを迎えにいけば良かったのかな」
公太郎のささやきはコンクリートに響く足音にかき消されていた。
「わたしや父を脱出させるために姉はおとりになってくれたのです」
「そうなのか」
「今ではご主人様の言葉を待っています『目覚めよ、ヒトミ』の声を」
それが姉の名前なのだろうか……公太郎はどのような姉なのかと想像しながら、自分を先導して歩むフタバの小さな背中を見ていた。
またフタバの足が止まった。ついに姉の信号を特定できたのかと思ったがフタバの眉間に似合わない皺がよっている。
「申し訳ありません、囲まれています」
彼女は後ずさりしつつ公太郎の身体をかばうように立つ、コートのボタンを外し「失礼します」と言うとそれを脱いで彼に手渡した。
まだ彼の目に見えないし音も聞こえない。
「三人、わたしの正面と左右から」
背後にあるのは大きなコンテナだ。退路はふさがれた形になった。公太郎が身構える余裕も無くフタバの言うとおり黒づくめの男たちが等間隔を取りながら姿を現した。
「こいつらか、じいちゃんの家を襲ったのは」
「そうです、間違いありません」
はたして彼女の力でこの男たちを倒すことができるのだろうか……走る速度や物を持ち上げる力が自分の数倍あることは判る、だとすると普通の人間なら何人かかっても彼女の敵にならないだろう。
「相手はみなアンドロイドです」
公太郎の予想と希望を打ち砕く言葉がフタバの口から漏れた。やはり敵もアンドロイドなのか、暗がりではっきり見えないが外見や挙動はフタバと同じように完全人間型に思える。
「……勝てるのか?」
「判りません。わたしは純粋な戦闘用に作られていないのです。ですがご主人様は必ずお守りします」
それが強がりなのか自信なのか判らないが、彼女一人に任せておけないことは確かだ。
公太郎は足下に転がっている鉄パイプを拾い上げ持ち上げた。
意外に重いそれを何とか中段に構えるとフタバの前に立とうとしたのだが、ちょうど目の前にいる男の右腕が光り、鉄パイプにロープのようなものが絡まりついた。
「ご主人様、それを放して下さい!」
フタバの叫びにもすぐに反応できない、その直後ロープが光ったかと思うと彼の両手から全身に鋭い痛みが走っていた。
叫び声をあげることもできず、両手の指が動かずパイプを放せない。自分を責め立てる痛みの種類も判らず背筋を数回エビのように反らしていると、フタバが彼の前に躍り出て公太郎の手首を叩いた。
鉄パイプが彼の手から落ち床に転がると甲高い音をたてる。まだしびれている彼の腕は筋肉をけいれんし続けていた。
「ご主人様!」
「だ、だい……」
大丈夫と言おうと思ったが舌もろくに動かない。自分を襲った攻撃が電撃だと気がついたのはこの時だった。
正面の男はロープを巻き戻し再度公太郎に攻撃しようとしている、そこに、
「愚か者っ!」
コンテナ置き場にすさまじい大声が響いた。野太い男のものでなおかつ音量がある。腹に響くそれは目の前で太鼓を連打されたようだった。
声はコンテナの上から聞こえてきた。その方向を特定したフタバは公太郎の身体を支えながら指さす。
「あそこです」
やや離れたそこにいたのは声の通りの大男だった。身長は二メートル以上、一二月だと言うのに上半身は裸である。その胸回りはフタバの身長ほど、二の腕の太さは腰回りほどありそうだ。
丸太のような腕をしっかりと胸の前で組み、先ほど公太郎に攻撃をしかけた黒づくめをにらむ瞳は暗闇の中にぎらぎらと輝いている。筋肉が盛り上がって太さが特定できない首の上に頭髪も眉毛も無い頭が乗っていたが、黒々とした口ひげが強烈なアクセントとなっていた。
「その少年は人間だ、その見極めも付かぬとは嘆かわしい、下がれ愚か者が!」
再度声が響くと黒づくめは身体丸めてわずかに下がった。それを見届けると筋肉男は公太郎に目を向けた。
「部下の不手際、お詫び申す」
「……あんた誰だ?」
「拙者の名はサムライ・マッスルゥ! そこな人形にやぶ用があるだけでござる。貴様に手をかけるつもりはない故、その人形を明け渡して頂こう」
言葉遣いとして丁寧に聞こえるが十分威圧的だ。フタバは身を乗り出し公太郎をかばおうとしているが、彼は何とか上半身を起こすとマッスルゥの顔をにらみつけた。
「それは……できない!」
「何と申した?」
「だから、それはできないって言ったんだよ、変態マッチョ!」
彼は膝に力をこめて立ち上がっていた。まだ足が震えろれつも回らないがそれは電撃の後遺症だけで無い。
「貴様が置かれた状況が判らぬと申すか、生身の人間が接写らに対抗できるとでも思っておるのか!」
「それでも『はい、そうですか』って簡単に渡すことなんかできないんだよ!」
そして傍らの、自分を心配するフタバの姿を見た。さらに思い出したのは昨日の夜の光景……傷だらけの身体に笑顔を浮かべ、自分を見送ってくれた祖父は何と言っていた。
公太郎は震える身体と心に活を入れ、マッスルゥに目を向け叫んだ。
「じいちゃんによろしくって頼まれたからな!」
《……良く言ったわね、それでこそあたしのマスターよ!》
どこからとも無く公太郎の頭の中に飛び込んできたのは凛とした女性の声だった。それに素早く反応したのはフタバである。
「姉さん!」
《さあ今すぐ、あなたの声であたしの名を呼びなさい!》
「呼べってどういうことだ?」
「ご主人様の声で、今こそ姉さんの名を呼んで下さい!」
「何を申している少年に人形! この場において乱心したか!」
いや、空耳では無い! 自分の耳に確かに聞こえた、公太郎はそれに応えるため腹に力を入れ、両目を閉じるとありったけの声で叫んだ。
「目覚めよ、ヒトミ!」
公太郎の声に驚きもしないマッスルゥと部下だったが、その次の瞬間、彼らの背後にあるコンテナの屋根が轟音を上げて真上に吹き飛んだ。
そこから黒い影が飛び出てくる、それは公太郎の前に舞い降りると彼をかばうように立ち上がった。
ピント伸びた背筋、そして振り向きながら公太郎を見る。
「マスター、コマンドを!」
鋭い声が響いた。それは一人のメイドだ。
ただフタバと異なりロイヤルブルーのタイトミニスカートを穿いており、裾から見える足は黒いバックシームストッキングに包まれスカートと同色のピンヒールの踵からタイトの中に向かって細いラインが駆け上がっていた。
上着もスカートと同色だがエプロンは無く肩パッドが目立つボレロ形状の長袖である。胸元は開きタックが数本走った白いワイシャツが、彼女の胸の形にそって大きく盛り上がり首元にスーツと同色のタイが巻かれている。
ピンヒールもあるのだが伸びた背筋がより高く彼女を見せている。身長は一七〇センチを超えているようだ。
頭は小さく両耳の少し上でまとめられた黒髪は幾重ものウェーブを伴って髪留めのリボンと共に風になびいている。
何よりその顔だった。彼女の顔を見た公太郎はこう叫んでいた。
「華子!」
そう、彼女の顔はまさしく桜庭華子であった。細面の顔立ち、大きく漆黒の瞳に少しつり上がった目尻、やや高めの鼻に肉厚だが小さめの唇が、真っ赤なルージュで輝いている。
華子の顔がより洗練され、より大人びていた。
だが目の前の女性は首を左右に振ってみせる。それに伴ってサイドテイルも鞭のようにしなやかに揺れていた。
「違うわ! あたしはメイドレス、カテゴリーT、ヒトミよ!」
「ヒトミ?」
「ぼんやりしている暇は無いわ、マスター、コマンドを!」
確かに余裕がある状況では無い。彼は小さくうなずく。
「……よし、ともかく目の前の奴らの動きを止め、フタバと共にここを逃げ出す!」
「了解! フタバ、動けるわね」
「大丈夫、姉さん」
「あなたはマスターを守る、そしてMETA[メタ]全開!」
「判ったわ」
「さーてあたしのマスターに、ろくでも無いことをしでかした報い、受けて頂こうかしら」
男たちを狙うようにつり目が輝く、その姿を見ながらマッスルゥが感嘆の声をあげた。
「なるほど、貴女がめいどれすの長女でござるか!」
「あんたなんかに語る名前は無いわ、この筋肉ござる!」
ヒトミは薄笑いを浮かべ腰に巻き付けたリボンに手をかけ、それをするりと引き抜いた。長さが三メートルほど、それが空中でしなやかにやや欠けた月に重なるような弧を描くと、したたかに地面を叩き乾いた音を立てた。
フタバは右手を背中に回した。そこから小さな銀色の円盤を取り出し人差し指の上で反動付け回す……すると一〇センチだった直径がみるみる大きくなり、三〇センチのシルバートレイに変形していたのだ。
それを左腕に装着し月光を反射させ鈍く光らせた。
臨戦態勢は整った。その様子を見たマッスルゥは大きくうんとうなずくと、
「者ども、手加減無用、かかれぃ!」
その号令と共に黒づくめの三人が手にあのロープを持つと、ヒトミに接近し同時に振り下ろす。
空中で美しく舞う三本の曲線の先端がヒトミの顔めがけ飛んだ。しかし彼女は右手に握っているリボンをひと降りすると全てを辛み取り、地面にたたきつけ打ち落とした。
それだけで終わらない、返す手でさらにリボンを踊らせると彼女の右側に居た男の首に絡みつかせ、そのままぐいっとひっぱって見せた。男はそれを引きちぎろうとしているのだが伸びる気配すらない。
「あたしのリボンを切ろうなんて無駄よ!」
そう言って笑ったあとリボン全体が激しく光り、電光が男の首めがけ飛んだ。彼の全身が許容量を遥に超えた電球のように光ったかと思うと、身体をふるわせそのまま動かなくなった。
「何と! その男は一〇〇万ボルトに耐えられるのだぞ」
「たったそれだけならたいしたことは無いわね」
左の男がヒトミの横をすり抜け、背後のフタバをロープで攻撃した。だがその切っ先は彼女の身体に触れる直前トレイが盾になって弾き飛ばす、その男の首にヒトミのリボンが巻き付くと、今度は電撃で無く男の身体を持ち上げ反動を付けコンテナにたたきつけた。
鉄板に上半身を埋めた男は動作を止めていた。ヒトミのリボンは壊れたアンドロイドから離れ、飼い主を守る城蛇のように彼女の周りを周回している。
残ったのは正面の男だ。だがアンドロイドに恐怖と言う感情が無いのか、退かずに再度ロープを振り下ろす、それと同じくヒトミもリボンの先端を繰り出し二つの白い線は宙で平行線を描き、お互いの左手に絡みつく。
まず男のロープが白く輝いた。電撃がヒトミの左手を襲うが彼女は微動だにしない。しかも顔に似合いの微笑さえ浮かべていた。
「この程度の電圧……あたしのマスターもこらえ性が無いわね!」
彼女は振り返り公太郎の顔を見ると眉をひそめた。その直後、
「それでも一応マスターなんだから、お返しはしておくわ」
そして先ほどの電撃の数倍ありそうな電光が、光の玉となりリボンを伝わると男の全身を襲ったのだ。
けいれんしている暇も無い、身体中の関節が一気に悲鳴を上げ全身から白煙を出し床に転がっていた。
「ぬう、やるなめいどれす!」
そう叫ぶとマッスルゥはポージングを極め、ヒトミに向かって構えた。
「今度はあんたの番よ!」
ヒトミはリボンを自分の腰に巻き戻すと、ボレロから濃いサングラスを取り出し顔にかけた。
そして両手を前にまっすぐ伸ばし指を組んだ。そこから手首をひねるように九〇度回転する。右手が上、左手が下、その角度を維持したまま指を放すと手のひらをマッスルゥに向けるように見せた。
一拍おいて――彼女の豊かな胸がふくらむように大きく息を吸った。
気合いと共に彼女の両腕と胸が光っている……腕の周りの空気から水蒸気が集まり渦巻いて凝縮し、堅く結合すると胸から手首を超え二メートルある透明な筒を作り上げていた。
そこに電気エネルギーが集中しているのかぼんやりと発光し細かく振動している。それを押さえようとするヒトミの両腕も前後左右に揺れていた。
「姉さん」
フタバが苦しそうに腰を折る、その身体を支えるべく公太郎が肩を貸したが彼女の体温が急激に下がっているのが判った。まるで氷の柱、触れている彼も凍傷になりそうだった。
何が起ころうとしている――彼はヒトミとフタバを交互に見た。
「いくわよ、フタバ! 出力七パーセント、三〇ミリ七〇口径、秒速四キロメートル!」
「何と、さすれば問答無用!」
マッスルゥがヒトミに向かって飛びかかる、コンテナの上を滑るように距離を縮めた。
ヒトミは上半身の角度を調節し狙いを標的の胸に合わせた。そして片目を閉じると、
「シュートッ!」
その言葉と同時に左腕から右腕に向かい電光がいくつも走り、透明な筒を胸元から先端に向かって次々と粉砕しながら青白い弾丸をプラズマをまとって発射したのだ。
それは音速を軽く超えており、腕の中でおこった衝撃波がヒトミのメイド服を激しく揺らし、袖とワイシャツを粉々に引きちぎっていた。
彼女の腕の中から発射された光弾はマッスルゥの胸に向かって跳んだが、彼は光を察してか、わずかに左によけた。
しかしよけきれず、彼の右腕と脇腹を吹き飛ばし大きな穴を開けていた。
「ぬおう!」
断末魔が上がる、さらに光弾の威力かマッスルゥの身体はすさまじい速度で遙か遠くに吹き飛ばされていた。
〈……なんだ、これは?〉
このあり得ない様子を直視していた公太郎は、とっさにある言葉を思い出していた。
『おまえは悪魔にも神にもなれる』
〈これが悪魔の力なのか……じいちゃん?〉
ヒトミは息を整えると両腕をおろし姿勢を正してから公太郎とフタバに顔を向けた。
「あそこまでダメージを受けていれば、ひとまず大丈夫ね」
「……いったい、今のは」
公太郎の言葉は途中で止まっていた。正面から見たヒトミはとてもはしたない格好になっていたからだ。
先ほどの砲撃の反動でボレロの左右の袖は内側が千切れており、ワイシャツも胸元が綺麗に無くなっている。そこから彼女の豊満な胸が垣間見えているのだが、あでやかな刺繍が施されたライトブルーの下着も衝撃波でボロボロになっており、ギリギリで隠していた。
「な、なーに見てるのよ!」
「いや、その服が……」
「判っているならそのコート、さっさと渡しなさいよ!」
公太郎は言われるままにコートをヒトミに渡すと、その場でうずくまっているフタバを見た。
「大丈夫かフタバ」
「へ、平気です……」
「ちっとも平気そうに見えないぞ、動けるのか?」
「ごめんね、フタバ。手加減が判らなくて」
コートを羽織ったヒトミがフタバのそばに駆け寄ると公太郎を突き飛ばす。
「姉さん、うん……大丈夫、だから」
「待っててね……公太郎!」
突然ヒトミに名前で呼ばれた彼は、きょとんとして自分を指さした。
「何ぼさっとしてるのよ、フタバを家まで連れていくからタクシー拾ってきて!」
「ヘ? 俺が?」
「あんた以外に誰がいるって言うのよ、フタバのピンチなんだからさっさとしなさい!」
「あ、わ、判ったよ」
公太郎ははじかれるようにコンテナ置き場から飛び出した。
〈確か俺ってご主人様だったよな〉
そう思ったのは何とか捕まえたタクシーを、コンテナ置き場まで誘導してからだった。