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それいけ! メイドレス・スリー  作者: みやしん
■第二章 ヒトミ
6/32

■■ 「いえもちろんわたしも同意しております」

『じいちゃん、これなんだ!』

 五才前後の男の子が指さした先に、全高二五センチほどの人型の人形があった。ただ女の子が着せ替えて遊ぶような形状で無く、アニメの合体ロボほどごたごたしたデザインで無い。リアル路線のロボットのように関節がきちんと人間並みに曲がるように計算されている。

『ほう、公太郎はこれが気に入ったか』

 彼の目の前の老人は目を細めてほほえんだ。子供好きそうな顔でその人形の背面にあるスイッチをいくつか押すとテーブルに置いた。

 するとその人形はその場で器用に踊り出した。ステップを踏んだり、前転したり、逆立ちや宙返りもしてみせた。

 男の子はさらに目を輝かせそれを見つめている。

『これはな、儂が作ったロボットだよ』

『ろぼっと?』

『そうさ。今はもっと大きなものを作っておる』

『じいちゃん、これ欲しい!』

 子供はロボットを指さしておねだりをしてみせるが、老人は首を左右に振った。

『これは研究中だからのう、まだあげるわけにはいかんのだよ』

『……そっか』

『その代わり儂のロボットが完成したら、これと一緒に必ず公太郎にあげるからな』

『ホント!』

『ああ、儂は嘘はつかんよ。楽しみにしていると良い』

 子供はにっこりとほほえんで大きくうなずいたあと、再度ロボットの動きを見ていた。しばらくすると、

『じいちゃん、ぼくもろぼっとを作る!』

 老人の顔が喜んでしわくちゃになった。

『そうか、それは楽しみだ。さすが祐太郎の子供、そして儂の孫だ。ならばどちらが先にロボットを完成するか競争だ!』

『うん、ぼくも負けないぞ!』

 目の前のロボットを見る祖父と孫、そのそばで二人の様子を笑顔で見ている丸メガネをかけた祖母。

〈結局、俺はじいちゃんに勝てなかったんだな……〉

 目を開けると自分の部屋の天井があった。目覚ましを見ると時刻は午前六時、普段はそれが鳴り終えてもなお寝ているのに今日は鳴り出す前に起きていた。

 いつもであれば二度寝する時刻だが意識があまりにはっきりしている。それは健やかな目覚めだと思うのだが、自分に似つかわしくないと布団の中で苦笑いを浮かべていた。

 ぼんやりと天井を眺めていると部屋の扉が数回ノックされた。

「お部屋に入りますがよろしいですか?」

 軽やかな女性の声が聞こえてきた。何も答えずにいるとノブが回転しメイド服姿の少女が静かに入ってくる。彼女はベットの横まで進み深々と頭を下げた。

「おはようございます、ご主人様」

「おはようフタバ」

〈洗濯、終わったんだ〉

 彼は綺麗になった深緑色のメイド服とメイドの証と言った頭のフリルを見ていた。とても似合っている、サイズの合わないトレーナーやズボンと比べようが無いがきっとフタバの体型に合わせた特注品なのだろう。

 そして昨日のあれこれが夢オチで無いことを再確認した。

「お風呂のご用意が済んでいますが、いかがなされますか?」

 メガネの奥の大きな瞳が輝いている。心地良い笑顔が向けられていた。

「うん……もう少ししたらシャワーだけでも浴びようかな」

「かしこまりました。朝食は午前七時を目安にご用意しますので、それまでにご入浴をすませていただければと思います」

 確かにメイドらしい彼女の言葉を聞いているうちに、確認しておきたいことがある。

「……君はこの家の家政婦さんなんだよね」

 するとフタバは首を左右に振った。

「いえ、わたしはご主人様のメイドです」

 彼女が左手を彼に見せた。黄金色に光る指輪と同じものが彼の左手にも輝いている。

「では失礼します。ご用がございましたらいつでもお呼びください」

 彼女はまた頭を下げると部屋を出ていった。

 一人になると改めて自分の中指に輝く指輪を見ていた。

《フタバはじいちゃんが昔の約束を果たしたものだろう。とてもロボットに見えないが、人間にも思えないことがいろいろある》

 とりあえず頭をすっきりさせるか、公太郎は身体を起こし部屋を出た。


  §


 昨日の夕食を作ったのもフタバだ。冷蔵庫にはろくな食材が入っていなかったはずだが、立派なおかずを見てさらにそれを食べてとても満足した。

「家事全般は妹がいれば完璧なのですが……」

 ごちそうさまと手を合わせたあと、メニューを褒めた時にフタバはそう言った。これだけの準備、自分でおこなったとしたらどれほど時間がかかるか判らない。それ以前に食べられる味覚になるかも疑わしいだろう。

 しかしフタバの言葉は謙遜に聞こえなかった。それほど彼女の妹の料理はすばらしいのだろうか。

 それでももったいないと思うのは華子のビーフシチューをリビングの床に食べさせたことだった。

 食事後、気疲れからかそのまま泥のように眠った。フタバに入浴をどうするかとたずねられたのだが「起きてからにする」と答えてベットに飛び込んだのだ。

 そして今、朝から風呂場に足を運んでいた。

 公太郎も父親の祐太郎も一八〇センチクラスの体格なので萌葱家の浴室は一般家庭のそれより大きめに作ってある。

 彼は脱衣所に入ると着衣を全て脱ぎ捨て、そのまま浴室に入りシャワーに手をかけた。

 ふと浴槽を見るとフタバの言うとおり、湯がはられておりすでに適温だ。しかし朝っぱらから湯船に浸かると学校にいく気力が無くなりそうなので、今はシャワーだけと温度調節のノブをひねっていた。

「お加減、いかがですか?」

 曇りガラスの向こうからフタバの声が聞こえてくる。着替えを持ってきてくれたのだろう。

「うん、ちょうどいいよ」

「そうですか……では、失礼します」

 その声の直後、二人を仕切っていたガラス戸が開いた。

 こう言う時、男はどこを隠すのだろう、股間か、それとも目か?

 なぜ選択肢が二つあるかと言うと、浴室に入ってきたフタバが身に着けていたのは、胸元から膝上まで巻いた大きなバスタオルとまん丸メガネと頭の上のフリルだけだったのだ。

「ではお身体、流させて頂きます」

「いや、その……」

「立ったままでよろしいですか?」

 フタバはすでに腰を落とすと片膝ついて垢すり用のスポンジにボディーソープをすり込んでいるところだった。

 この角度だと前を向いても背中を見せても丸見えになる。彼は急いで浴室用のイスに腰掛けると彼女に背中を向けた。

 フタバは良く泡立てたスポンジを背中一面に動かしていた。決して力を入れずそれでいて確実に身体の汚れを落としている。

 背中から腰、そして腕、足と首、背後から見えるところを洗い終えると彼の腰に手をあてて、そのままくるりと身体の向きを変えた。

「うわっ!」

 思わず膝をくっつけて太ももで股間を隠したのだが、フタバはそんなことを気にせず胸板、顎の下、腹と洗っていく。

 向かい合わせになると当然フタバの身体も見ることになるわけだ。バスタオルで寄せられた胸の谷間とか、タオル越しであるが見事な腰のラインだとか、細いながらもぴちぴちしている太ももだとか、ダメだと思いつつも目が巡回していく。それと同時に昨日教えて貰った彼女のいろいろな数値を当てはめていた。

 何より、片膝付いている彼女の姿勢がいけない。何となく下の部分が見えそうで見えない。胸元に下着を着けている様子が無いのでバスタオルの下は全裸であろう。

 いやいや相手はロボットなのだし、そこまで作り込まないだろう――しかし「○チガイじじい」の誉れ高い祖父である。そんな大事なところに手抜かりするはずが無い。

 そんなイケナイ想像を巡らせていると今度は自分の大事なところがイケナイことになりつつあった。太ももがシャッターになっているがそこを押し破って「こんにちは」しそうなのだ。

 さらに顔と髪以外にフタバが洗えるところが無くなってしまった。仕事に忠実なメイドさんはどんな場所にも手を抜かないのだ。

 彼女の持つスポンジが彼の荒ぶるデルタ地帯になんの躊躇も無く伸びる。

「ちょっとフタバ、そこは俺が洗うから!」

「ご遠慮無く。ご主人様はいろいろとお疲れでしょうしわたしにお任せ下さい」

「でででも、そこは汚いから、ダメだって!」

「何をおっしゃいますご主人様!」

 浴室にフタバの凛とした声がエコーする、それと同時に公太郎も丸めていた背筋をピンと伸ばしていた。

「排尿と排泄はとても大切な行為です。確かにそれに伴って不潔になりがちですが、だからこそいつでも清潔にする必要があるのです!」

 メガネの奥の大きな瞳で力説されると素直に従ってしまう。どちらが主人だか判らないが彼は力無くうなずいていた。

「わたしも十分注意しますのでご安心ください。では失礼します」

 諦めた彼の太ももを細腕でぱっかりと開いた。もともと力でかなわないだろうなと思っていたのだが、本当にあっさりと自分自身を丸出しにしうなだれる彼だった。

 フタバは無言のまま形状に合わせてスポンジを走らせる。確かに必要以上の刺激を与えないようにしているので膨張したり暴発したりは無かったのだが、それがかえって悲壮感をあおってしまう。

「腰を少し上げていただけますか?」

 もうどうでもいいやと思い彼女の言うとおりにすると、手抜かりが無いと言うのかおしりも綺麗になった。

 公太郎の全身をくまなく泡に包み、スポンジを洗いそのあとシャンプーを取り出すと洗髪をおこなった。

 最後にシャワーで全身の泡を洗い流すと用具をきちんと片付ける。

「お疲れ様でした。では食事の用意を続けますのでこれで失礼します」

 フタバは一礼すると浴室から静かに退場する。

 身体はとても綺麗になったが、何かいろいろと大切なものを失った公太郎は浴室の中に響く大きなため息をついていた。


  §


 朝から美少女に陵辱プレイをされ少し呆けていた公太郎だが、用意された朝食をとっているダイニングで、

「学校について来る?」

 フタバの申し出に彼はトーストをくわえたままそう聞き返した。

「はい、もともとわたしはご主人様と行動を共にするように調整されていますから」

「でもあの学校、メイドさんの持ち込みはできないと思うけど」

 メイドが私物扱いになるのだろうかと思った彼だが、フタバ本人が「ご主人様のメイド」と宣言している以上間違いにはならないだろう。

 そうだとしても部外者だ。最近の学校は乱入する危険人物に過敏だから、いくら美少女と言え簡単に入れてくれない。

「その点はぬかりありません。登校までに少々お時間を頂けますか?」

「うん、それはかまわないけど……昨日の連中とか大丈夫なのかな」

 フタバに聞いた研究所を襲った者どものことだ。

 公太郎は風呂上がりに工作室に入ると、インターネットの検索サイトから『学会』について調べてみた。

 ある程度予想していたのだが検索結果としてそれこそ天文学的な数字があがるが、それらしいものは無かった。『アンドロイド』をキーワードに追加しても結果に大きな変化は無く、検索結果リストの上位に普通にロボットを研究している大学の学部紹介が表示されている。

 ここ数年、人型ロボットがいろいろな場面で運用されている。そのためアンドロイド・ヒューマノイドと言った創作上のキーワードが大学の研究室や、自動車メーカー・総合家電メーカーのサイトでも見かけるようになっていた。

 しかしそれらの人型は手が二本、足も二本、それが胴体に接続され感覚器官を収めた頭部がある程度の共通点であり、外見がまったく人間と同じ「完全人間型」とほど遠いものである。

 また完全人間型のロボットも研究対象とされているが、その運動性能はお世辞にも高いと言えない。走ることはおろかゆっくり歩行することも難しいだろう。

 一ヶ月前に大規模な人型ロボットの展示会が海浜幕張の展示場でおこなわれた。第一回ヒューマノイドショーと唄われたそれは国内外の機械メーカーを初め、有名大学の研究室や個人でロボットを研究しているグループも多々出品し、開催期間七日で五〇万人ほどの来訪客があったと言う。当然公太郎も電車を乗り継いで出かけたが、そこに展示されている最先端のロボット技術に目を奪われたものだ。

 ところが……自分が接したフタバはどうだ? これこそが完全人間型ではないか。まだ見ぬ姉と妹、さらに『学会』なる組織もロボットに関係あるに違いない。

 だがネットの検索結果は昨日公太郎が華子に叩き起こされた時点の最新動向しか見せてくれなかった。

 確かに無料で皆が使える検索サイトである、そこで調査できるようなことでは無いのだろう。

 ならば昨日の爆破事件について何か得られるだろうかと『東大野』と『爆発』、さらに『萌葱』で検索をかけたが、こちらには一件もヒットしなかった。新聞社のニュースサイトを覗いたが、ローカルニュースにも記載されていない。

 珍しくテレビをつけて朝のワイドショウを見てもいつもの芸能人関連のゴシップが流れるだけだった。

 そもそも昨日の警察からの電話でも、事故扱いされており事件だと思われていないかもしれない。つまり犯人の捜査に及んでいないのだろう。

 公太郎の思案を読んだのかフタバは少し表情を硬くした。

「それもありますしご主人様お一人を学校に向かわせるのはとても不安です」

「なんだったらサボってもいいんだけど……」

「いえ、ご主人様の本業である学業をおろそかにするわけにまいりません。賊も日が高い間は襲ってこないと思われますが、わたしが安全の確保のために勤めますので学校にいって下さい」

 この生真面目さは華子とよく似ている。そして当の華子とは昨日の一件があるためあまり顔を合わせたく無いのだ。

 しかしそれを正直に告げたところで、自分でフタバを説得できないかもと思った。諦めて学校にいくしか無いだろう。

 さて、フタバが学校まで付き添うくらい問題無いかなと思いつつも、確認しておきたいことが一つ。

「何を着ていくの?」

「この服装ですが」

 今はバスタオル一枚から様式美あふれるメイド服姿である。

「……それは無理じゃない?」

「どうしてですか?」

「確かにあの学校は私服も大丈夫だけど末禅祭でもない限り学校にメイド服を着ていかないと思うよ」

「ですがこの服装はわたしの仕事の誇りです。言わば学校の制服と同じです」

 彼女の言い分も判るがとても目立つことも事実である。

「なら、外も寒いしその上にコートを羽織っていけばいい」

「外気温でしたらわたしの動作保証範囲ですけど」

「いや、周りに寒さを感じさせる服装は良く無いってことさ」

 フタバの反応が少し遅れた。何かを考えているのかその後ぱっと笑顔になった。

「かしこまりました。そのような配慮が必要なことについて教えていただいてありがとうございます」

 判ってもらって何よりと、彼は残りの目玉焼きを口に放り込んだ。

 食事を終えて時計を見るとそろそろ華子が自分を叩き起こしに来る時刻だ。今のところ玄関の扉が開く音はしない。さすがに昨日の今日なので今朝はお休みなのだろう。

 学校にいく支度を調えて台所に置いてある華子の持ってきたお鍋を見ると、教室でどうすれば良いか悩んでしまう。何しろ隣同士の席なのだ、どこにも逃げようが無かった。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、彼に近づく足音が聞こえてきた。

「お待たせしました、手間取ってしまって申し訳ありません」

 片手にカバンと公太郎が貸したコートを持ってフタバが彼の前に現れた。

 時間的にまだ余裕がある。二人は並んで玄関から外に出た。


  §


 公太郎の家がある滝田川駅から末禅高校のある末禅駅まで上り六駅ほど。乗り換えは無いが途中で急行を待ち合わせるため所要時間は三〇分ほどになる。

 通勤・通学時間帯にあたり特に寒くなってから着ぶくれでラッシュもひどく感じるようになっていた。

 いつもなら遅刻ギリギリか眠たいところを華子に連行され学校に向かうのだが、目覚ましより早く目覚め、お風呂に入り、朝ご飯もきちんと食べ、理想的な登校をおこなっている公太郎の一番の違和感、それは彼の少し後ろを歩く女の子の存在にある。

 末禅高校は制服が規定されているが私服で登校することもできる。彼は私服派であり、白いセーターにジーパンとその上にジャンパーを羽織っていた。カバン代わりのリュックを肩にかけ足下はバスケットシューズである。

 セーターは去年の冬「お父さんにあげる試作品だから」と華子に貰った手編み製だが私服としてありふれたものだったので目立たない。よって注目される要因は彼の連れにある。

 半歩後ろのフタバは全身を覆う白いコートを着ており裾から白いストッキングが見えている。スカートの丈が短いのでコートの中に隠れているのだ。

 足下は濃い緑のパンプス、頭の上には例のフリルカチューシャが乗っていた。

 可愛い顔立ちがそれなりに目を引くこともあり、末禅駅を降りてから学校に向かう商店街の途中かなり注目されている。

 彼女が注目されると同時に公太郎にも目が向けられるのは、二人の距離が何らかの関係があると示すほどのものだったからだ。それはメイドとしての本業をわきまえていると言うのか、主人に並ぶことはせずさりとて離れることも無い。とても微妙な距離を保っていた。

 末禅高校への通りに入ると生徒から特に注目を浴びた。公太郎を知らなくともフタバの顔立ちを見てその美少女を見過ごすことができないのだろう。

 いつもは感じない圧力の中、二人で校門をくぐると守衛室からフタバに声がかかった。

「そこのお嬢さん、ここは生徒以外立ち入り禁止だよ」

 同時に公太郎も足を止め彼女に、ここまでで良いと言おうと思ったのだが、

「お仕事お疲れ様です。わたしはここに転入予定の者ですが、本日は親戚の方に付き添っていただいて見学に来ました」

フタバは守衛に頭を下げた。そんな話は聞いていないと公太郎が驚いている間に、

「ええと報告はきているかな……念のため名前を教えてください」

「はい、名前は萌葱フタバです。二年生として転入予定です」

 守衛はテーブルの上の書類をいくつか確認すると大きくうなずいてフタバの前に小さな紙とボールペンを差し出した。

「……うん、連絡は来ているよ。とりあえず今日は面会表を書いてくれるかな?」

 フタバは守衛に差し出された用紙にさらさらと自分の名前を書いて提出した。

「それでは帰る時、この用紙に先生のハンコをもらってきてね。これが面会バッチなので見えるところに付けておいて」

「はい、ありがとうございます」

 面会バッチと面会表の写しをもらったフタバは何事も無かったように彼のそばに近づいた。

 公太郎は事の真意を聞きただそうとしたのだが、ちょうどそこに校門を通りすぎた華子が現れた。

 まだ公太郎と話してもいないのに見たとたん目を反らしたくなるような不機嫌顔である。

〈そっか、昨日のあれもあるし今日は一人で満員電車だからな〉

 しかし今は彼女の心配より自分の身の危険だ。

 華子はすぐさま公太郎に気がつき、さらに隣のフタバの顔を見ると声を上げた。

 するとフタバも華子の顔を見て目を見開き声を漏らした。

 華子が驚くのは判るがなぜフタバまで驚くのだろう……昨日のリビングで華子が乱入した時、まだ起動していなかったはずだ。

 少しの間、華子の姿を見ていたフタバは首を振ってから公太郎を見て頭を下げた。

「申し訳ありません、わたしの勘違いでした」

 さて今度は華子の番である。

 まず目の前のフタバの顔をじっと見てその次に公太郎の顔をにらみつけた。

「この子をどうして学校なんかに連れてきたの!」

「ええと、この子はじいちゃんの紹介で……」

「失礼ですが、ご主人様とどのようなご関係ですか?」

 フタバが二人の間に割って入って来た。背丈は華子の方が高いためやや見上げられているが、口調と視線に何か強く訴えるところがあったのか華子が勢いに押され半歩下がった。

「……クラスメイトだけど、あなたは?」

「わたしはご主人様にお仕えしているメイドです。名前はフタバと申します」

「メイド?」

 少々ひっくり返った声が華子の口から漏れた。無理も無いことだと公太郎も思う。

 しかし昨日、彼が祖父から家政婦を紹介されたと聞いていたせいかフタバがメイドであると言うことには納得した様子だ。そして眼光はより鋭くなり公太郎に突き刺さる。

「良かったわね、公太郎。こーんなに可愛いお手伝いさんが来てくれて。すごくすっごくうらやましいわ!」

 誰が来ても歓迎する、確か昨日そんなことを言っていただろうと思っても、今の華子に指摘する気力など公太郎にあるわけが無い。

「いや、その彼女は……」

「それで昨日、あーんなことして、朝もそーんなことしてこんな時間に登校しているってことなの?」

「あーんなこととはどのようなことでしょう?」

 ふとフタバが不思議そうにたずねると華子が顔を赤くし返答に困っている。

「まさかまさか、あんたこの子を騙して胸を、その、もんでいたの!」

「それですか、騙されたなどとんでもありません」

 興奮している華子と対照的にフタバは落ち着いてうなずいていた。

「大丈夫なの? あんな、その、変なことされて、痴漢されているようなものでしょ」

「いえもちろんわたしも同意しております。確かにあれをおこなう必要は無かったのですが、ご主人様のお好みに異論ありません」

「こ、こらフタバ」

 当然華子の顔が大きく変形した。綺麗な顔立ちなのにもったいないと思っている間に、

「このバカタロウ!」

 彼女はそう吐き捨てると足を踏みならし校舎へと向かっていった。

「……あの方どうされたのでしょう?」

 フタバは心配そうに公太郎を見ている。

「あとで聞いてみればいいさ」

 どうせ教室で一緒になるんだし……そう思って彼は頭をかかえていた。


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