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それいけ! メイドレス・スリー  作者: みやしん
■第一章 公太郎
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■■ 「彼が健やかな学生生活を満喫できることを祈るよ」

 フタバの初仕事は一五分ほどで終了した。

 リビングの絨毯に派手にぶちまけたせいで、ビーフシチューの清掃にやや手間取ったが匂いとシミはおおかた消し去ることができた。

 その後落ち着いてフタバの着ているメイド服を見ると、さすがにあの爆発に巻き込まれていたせいかそこそこ汚れている。彼女も公太郎の視線に気がつき、自らの衣装を見ていた。

「この制服をお洗濯したいので、もしよろしければお着替えを貸していただけませんか?」

「君の身長とサイズはどれくらいかな」

「はい、全高一五五センチ、標準重量四七キロ、外周囲トップ七八センチ、アンダー六三センチ、ウエスト五八センチ、ヒップ八〇センチ、股下七四センチ、足のサイズは二二センチになります」

 そこまで細かく聞くつもりは無かったのだが、乙女の秘密が一気に判ってしまった。さすがにカップサイズまで表明していないが、アンダーとトップの差がバストの大きさと理解している。手のひらの感触はこの数値くらいなのかなと実感した。

 また、ロボットと言うからもっと重量があるのかと思ったが、予想よりずっと軽く同じようなプロポーションの女性とほぼ同じなのではないだろうか。

 そうなるとこの子、本当は人間なのではないかと疑ってしまうが、普通の人間は七〇キロ近くの重りを持って時速八〇キロあまりで走ることは不可能だ。

 ともかくそのサイズなら母親の服が少し余る程度だろう。しかし勝手に着させる訳にもいかないしと、フタバを連れて二階にある自分の部屋に向かった。

 彼の部屋は洋間の六畳だ。中には洋服ダンスが一つと大きめなベット、それに机を兼ねたコタツしか無い。コタツの上に小型液晶テレビがあるが非常に殺風景である。

 公太郎はタンスの中からジーパンとベルトにトレーナーを取り出すとフタバに手渡した。

「とりあえずこれを着てみて。たぶん大きいから裾と袖を折り曲げないといけないかな」

「はい、ありがとうございます」

 さっそくメイド服を脱ぎ出す彼女だが、彼は見まいと背中を向けていた。

「俺、外で待っているから、着替えが終わったら呼んでね」

 それから急いで部屋を出ると、戸口で立って待っていた。しかし良く考えたら着替えを見ていれば、彼女がロボットか判るかも知れない……そんな興味に駆られ部屋の中に意識を集中していると、

「お着替え、終了しました」

 何と言う早業だろう! 遅刻寸前に自分がマッハの勢いで着替えてもこんなに速く無理である。もしかしたらメイド服を破り捨てたのかと思ったくらいだ。

 公太郎が静かに扉を開けると、だぶだぶの洋服に身をくるんだフタバが恥ずかしそうに立っていた。

 足下に綺麗にたたまれたメイド服一式があった。しかも洋品店の商品棚にありそうなきちんとした折り目がついている。

 あの祖父が自慢するほどの性能だ。やはり着替えを見ておけば良かったと後悔した。

 予想通り公太郎の服は彼女に大きかったようだ。ズボンの裾は何回か折り返され、トレーナーの袖も手首が見える位置まで引き上げられているせいか、二の腕に布がかなり余っている。

 またズボンの腰回りとトレーナーの腹回りも余裕がありすぎる状態だ。ベルトよりもサスペンダーがあればそちらの方が良かったかもしれない。

 ただ一つ、頭の上のフリル付きカチューシャはそのままだった。

「それは洗わないの?」

 公太郎が指さして聞いてみると、フタバは真顔になって胸をはる。

「これはメイドとしての証ですから、ご主人様の前で外すことなど考えられません」

 彼女はきっぱり言い切った。彼も「まあいいか」とうなずく。見た目に違和感があるが、外せないプログラムになっているのかもしれない。

「ところで、ご主人様はパソコンを所有されていないのですか?」

 部屋をくるりと見回したフタバがたずねる。先ほどのドキュメントのことだと思った公太郎は、洋服ダンスの一番上の引き出しを半分ほど開け、力をこめて壁を押した。

 すると、そこが忍者屋敷のからくりのように回転し半分ほど開いたのだ。

 その隙間は一人がようやく通れるスペースしか無い。まず公太郎が、その次に手招きされたフタバが奥へと進んだ。

「ここは?」

「俺の趣味の部屋だよ」

 そこは三畳程度の空間だった。大きな作業机と壁に貼り付いているパーツ棚、二台のタワー型パソコンと三台の一九インチ液晶ディスプレイに小型のモノクロレーザープリンターが設置されとても窮屈である。

 さらに作業机の上にシンクロスコープと旧式のロジックアナライザ、定圧電源装置に周波数発信器、板金用とIC用の大きさが異なるハンダごて、小さいながら旋盤加工装置とドリル台、フライス盤、アナログ式とデジタル式のテスターが数個並んでいた。

 机の中央に全高三〇センチほどの人型ロボットがあった。一応指以外の関節が人体と同様の自由度を持っているが、形状は遠目に見てやっと人間に見える程度である。特に頭にあるのは小型のCCDカメラ一つであり、まさしくロボットそのものであった。

 公太郎が学校の友人や華子にも秘密にしている趣味、それはパーソナルロボットを作ることだった。毎日学校で寝ているのはこの作業部屋で夜更かししているためだ。

 部屋そのものは隣の物置と一緒に父親がこっそり改造してくれた。去年の春、公太郎が高校に入学したタイミングに、父親の部屋を含めそれなりに大がかりなリフォームをおこなった時、ついでに手を加えたのだ。

 そのため母親にも秘密である。ここにある機材は父親にもらったものが大半だった。

 リフォームの間はウィークリーマンションを借りていたためどんな工事がおこなわれていたか公太郎は知らない。その様子を見ていた華子の談だと家全体を養生し派手におこなっていたと言う。

「どうしてこのような隠し部屋にしているのですか?」

「趣味なんて隠れてこそこそやるからいいんだって父さんに教わったからかな。それなりに見せられるものができたら友だちに自慢しても良かったんだけど……」

 公太郎はフタバと自分のロボットを並べ比べ見ていた。作成者のレベルが異なると言え、かたや人間と同じ外観と挙動、かたや二足歩行も満足にできない動きでは、比べる方が失礼だろう。

「フタバを見ていると、俺のやっていることなんて無駄に思えてくる」

 フタバは机の上のロボットを見て、なぜかにっこりとほほえんでいた。それは嘲笑や侮蔑で無く、とても親しげなものに思えた。

「そんなことはありませんよ……このお部屋は父の研究施設に良く雰囲気が似ています」

「君のお父さんと言うと丈太郎じいちゃんかな」

 彼女はうなずいて見せた。それと同時に思い出したのは最後に自分にほほえんだ祖父の顔だった。

「じいちゃん、どうなったんだろう……」

「状況に不確定要素が多いためわたしにも判断できません」

「警察からの電話であの屋敷付近からケガ人は出ていないそうだけど……フタバ、これからじいちゃんの屋敷まで戻れないだろうか」

 その時、穏やかだった彼女の顔がけわしくなっていた。

「その命令には従えません。すでに夜もふけていますし父を襲った者どもがまだ潜伏していることも考えられます」

 確かにその通りだ。一応自分が命令者なのでさらに強く要求すれば従うと思うのだが、今は彼女の意見に同意した。

 さらに判らないことがある。

「……じいちゃんは『学会』がどうのこうのって言ってたけど、フタバは何か知っているの?」

「わたしもそれは存じていません。もしかしたら姉さんは何か聞いているかもしれません」

 そう言えばユーザー認証の時も「わたしたち」と複数形で話していた。

「じいちゃんも娘たちって言っていたけど、君には姉妹がいるの?」

「はい、三人姉妹になります。わたしは次女です」

「他の二人はどうしたの?」

「あのお屋敷から脱出しましたが、二人とも休止状態になっているのでわたしが呼びかけても答えてくれません」

「無事だといいね」

「それは判ります。二人とも、ご主人様にお逢いするのを楽しみにしていますから」

 姉妹についてはっきり言うのが少し気になった。

「どうしてそれが判るんだ?」

「わたしたちは繋がっていますから」

 フタバは彼にはにかんだ。ロボット同士だと無線とかいろいろと遠隔で話せるだろう。だからここに居なくてもお互いの気持ちは代弁できるのだろうか、公太郎はそんな風に考えていた。

 外見上ロボットに見えないフタバの、機械らしい側面かもしれない。

「それより、マニュアルはどうやって見るんだ?」

「わたしの身体を外付け記憶装置としてパソコンに接続します。USBケーブルはありますか?」

「あるけど、コネクターはAがいいの、Bがいいの?」

「どちらでもかまいません。ミニBやマイクロでも対応しています」

 公太郎が机の上のキーボードに触れると一台が待機解除になり、ディスプレイに質素なデスクトップ画面を表示した。それからロボットに繋げるための巻き取り式USBケーブルの先端をフタバに差し出す。コネクターはB形式だった。

「ケーブル、お借りします」

フタバはだぶだぶのトレーナーを少しめくっておへそを露出し、そこにUSB端子をすっと差し込んだ。

 するとディスプレイに「新しい機器が接続されました」とメッセージが表示された。しばらくすると外付けハードディスクが認識され、そこに収納されているフォルダ一覧が現れた。

 容量は二五六ギガバイトだ。ひょっとしたらペタとかその上の単位だろうかと予想していたので少々拍子抜けだった。

 もっともこれが彼女の記憶域全てでは無いだろう。外部に対して一時的に接続するための領域かもしれない。

「こちらの『マニュアル・本稿』フォルダをそのままコピーしていただければ、それにPDFファイルが存在しています。テキストだけでよろしければその形式も入っていますしコンパイル済みHTML形式のヘルプファイルも用意されています」

 フォルダの容量はさほど大きく無いようだ。コピーにかかる時間は一分以下だった。

「君の使用説明書って、あまり大きくないんだね」

「はい、基本的な使用方法はわたしに直接たずねていただければ答えますし、文字や触感でも伝わりますよ……もうケーブルを抜いてもよろしいですか?」

「あ、ごめんね」

 彼は彼女のことを考え普段はあまりおこなわない「ハードウェアの安全な取り外し」からフタバのドライブを切断し、ケーブルを抜いてもらった。

「そのおへそってUSBコネクターなんだね」

「USBだけで無くてIEEE1394やコンポジット映像信号、NTSCやPAL、光デジタル音声信号、またはアナログ音声信号にHDMIでも対応できます」

「でも二本以上は無理そうだね」

「その場合は変換コネクターがありますし、他にもいろいろと差し込めますから」

 そうにこやかに説明され「いろいろと刺すところ」と言う表現にちょっとだけエッチな想像を働かせて顔を赤くする公太郎だった。またそんなご主人様の変化を見過ごさないフタバは少し心配そうに彼を見ていた。

「いかがなされましたか?」

「いや、その……お腹が空いたかなって思って」

「そうですか……ではさっそく食事の支度をおこないます」

 彼女はほほえんでから頭を下げた。

 公太郎は作業机のロボットを見て、いっそ彼女がこんな形ならもっと楽なのかなと思っていた。


  §


 所変わって。

 ほとんど更地になった洋館のあった高台は、本日の現場検証が済んでおり「KEEP OUT」の印刷された黄色のテープが敷地を取り囲むように張られていた。

 もともと静かな場所である。虫の鳴く声も聞こえず空には満月が寒そうに浮かんでいた。

「結局、奴らはどうなった?」

 闇の中にそんな声が聞こえる。スーツをきちんと着こなした五〇前後の品の良い男が忽然と姿を現し、立ち入り禁止の建物跡に立っていた。

「ほぼ全滅でしょう。残骸は警察に知られる前に回収したようです」

 別の声が聞こえた。今度は三〇前後の男だが体格が良く声も野太かった。顔は闇に埋没し見えない。

 スーツの紳士はため息をつき背広の襟を正した。

「自業自得だな。わたしたちの『三原則』に反せばそのような末路も致し方あるまい。それで、萌葱博士はどうした?」

「こちらは所在不明です。一応捜索をおこなっていますが」

「うむ。あれぐらいでどうにかなる人物であるまい」

 紳士がうなずくと後ろに控えていた男も同意した。

「教授、例のメイドレスはいかがいたしますか」

「わたしたちと関係の無い人物に手渡ったとすると手の出しようが無い。向こうが派手に動かなければこちらは静観するだけだ」

 教授と呼ばれた紳士は顎に手をあてて高台から月を見上げていた。その時、彼の右の眉だけがくいっと器用に上がった。

「しかし……皆がそう簡単に納得してくれれば良いのだがな」

「全くです」

「ここは今晩にでも手を付けておけ。長引くといろいろと目立つことになるからな」

「さっそく手配します」

「次の所有者に簡単に説明しておくか。確か萌葱公太郎だったな」

「はい、現在高校二年生です」

「萌葱博士の母校、私立末禅高校か……彼が健やかな学生生活を満喫できることを祈るよ」

 彼はまた月を見上げていた。


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