■■ 「判るわよ……あいつのためなんだから」
その頃ヒトミはリビングでマッスルゥMから届いたファックスを見ていた。
ついさっき培養槽から出たばかりだ。
再生された肌の継ぎ目がやや目立つが動き回るのに問題ない。髪留めが無いのでウェーブのかかった黒髪が腰の位置まで伸びていた。
身体や髪は濡れている。とりあえずバスタオルを胸に巻くと工作室を抜けリビングに公太郎たちを探しに来たのである。
ところが家の中には誰も居ない。テーブルの上におそらく『筋肉ござる』から届いたと思われるファックスだけがあった。
カメラアイの調子が今ひとつなので文字は解析しづらいのだが、それを何とか働かせ文面を認識すると現時刻を調べた。
午後六時一二分。
それで彼女は全てを察した。つまり置いてけぼりである。
「あんのー、ばかマスター!」
ファックス用紙を握りつぶすときびすを返し、再び工作室にもどり急ぎ階段を下りた。
そこでディスプレイの中の丈太郎が声をかけてきた。
『ヒトミ、具合はどうだ?』
「最悪よ!」
ヒトミは大きな声で怒鳴っていた。丈太郎はその態度に慣れているのか驚きもしない。
「お父様、あたしの外出着はあるのかしら?」
『あるとも、そこのロッカーの中に入っておる』
すると壁際に設置されたロッカーの一つが自動的に開いた。ヒトミはバスタオルを脱ぎ捨てて急ぎそこに近づく。
途中でヒトミが指を鳴らすと身体に取り巻いていた水滴が全てはじけた。長髪もふわりと浮かんだがそれにも水滴は残っていない。着替えの準備は完了した。
ライトブルー地に薔薇の刺繍が施された下着を身に着け黒のストッキングを履き、胸にタックが数本走った白のワイシャツを着る。
ロイヤルブルーのタイトスカートを引き上げボレロ形状の肩の張りが目立つ長袖を着ると同色のタイをつけた。
さらに三メートル近い白いリボンを腰の位置に巻き付ける。
髪を両耳の上でサイドテイルにまとめそこに長めの白いリボンを飾り、メイド姿のヒトミが完成した。
『そのスーツとシャツは腰のリボンと同様に対高電圧仕様となっておる。出力一〇パーセントまでの電磁投射砲なら三発まで耐えられるだろう』
「それより外付けのカメラアイが欲しいんだけど……」
『こっちのロッカーにインターフェースユニットとゴーグルカメラがある』
次に別のロッカーが自動的に開きその棚の上のランプが点滅している。
ヒトミはそこからU字型のダークブルーの機器を取り出すと自分の首にはめ込んだ。それに付いているスイッチを軽く押すと開口部分が閉じ彼女の首にしっかりと装着され首輪のようなチョーカーとなっていた。
さらにゴーグルタイプのミラーサングラスを取り出し顔にかけ、細いコードを引き出しチョーカーに差し込んだ。
ぼやけていた視界がはっきりし、同時にセンサーも復活した。
「少しましになったわ」
『なかなか良く似合っておる』
「当然ね」
周りの風景を写り込むゴーグルを祖父に向けヒトミはにこりともしない。
もちろんそんな反応も丈太郎には予想済みなのだろう。
『そこの中におまえ用の装備がある。持っていきなさい』
彼女は指定されたロッカーからやや大きめの黒いバックを取り出すと肩にかついでいた。
「交通手段は?」
『祐太郎の車を使えるようにした。おまえの運転なら時間はかからんだろう』
「それじゃ、いってくるから。お留守番、よろしくね」
『ああ。いっておいで。公太郎が待っている』
ヒトミはディスプレイの中に向かって怪しくゆるむ口元を見せていた。
それはまさしく『破壊の権化』の笑顔だった。
§
廃工場での三人は苦戦を強いられていた。
フタバが防御しつつミカが攻撃を仕掛けているのだが、METAのパワーが有効になっているのがフタバだけであり、動作不能に追い込んだアンドロイドは二体だけである。
〈俺が足を引っ張っているな……〉
フタバに守られながら公太郎はそう考える。相手にしているドロイドと呼ばれる種類は、カテゴリータイプと異なり生身の人間への直接攻撃はおこなわない。しかしミカへの攻撃を彼がかばおうとするとそのまま打撃を食らう。
するとフタバとミカの連携が崩れるため、あえて無理な手出しをせず二人の目の代わりに働くしかない。
ミカはフルパワーで闘うことができないが、それでも格闘そのものは公太郎と比べものにならないスピードでおこなっている。
ところが明らかに自重の軽さから来る打撃力不足から、複数回ヒットさせて効果がある程度なのだ。
「ミカちゃん、パンチ力が弱いな」
《METAのパワーが来ないので、マスドライバーが使えないですぅ》
その声は耳からでなく直接脳裏に響いてくる。
ヒトミとの会話によく似ていたので、返事は自分の頭の中に投げてみた。
《これってどうして会話ができるんだ?》
《指輪がご主人様に慣れてわたしたちと直接接続しているからです》
今度はフタバの声が聞こえてきた。改めて自分の左手・中指を見ると、黄金色の指輪が強く輝いたように思えた。
《これが慣れるってことなのか?》
《まだ完全に慣れていませんが、今でもご主人様のアドレナリンが上昇したり、わたしたちの心理回路が極度に圧迫を受けると接続可能になるようです》
《すると今はあまり良い状態では無いな》
《ご覧の通りですね》
《フタバ、左後ろ!》
彼の心の言葉に応じ、フタバが背中から出したシルバートレイを盾にし左後ろから襲いかかるドロイドの蹴りを防ぐ、勢いが殺されたそれに対してミカが腹部に連続して数回拳を叩き込んだ。
《ミカちゃん、マスドライバーって?》
《ミカの体重を軽くしたり重くしたりすることですぅ》
なるほどそれで末禅公園でのマッスルゥとの戦いの意味がわかった。
《ヒトミおねえちゃまのMETAがあれば『ものさし』でも戦えるのにぃ》
《フタバ、次は正面二時の方向》
彼が呟いた時ドロイドは居なかったのだが、次の瞬間に指摘した位置に黒づくめが現れ、フタバに攻撃を仕掛ける。
それを防いでいると、
《ミカちゃん、俺の斜め左》
公太郎の声に応じたミカが、ドロイドのスタンスティックを回し蹴りではじいていた。
《おにいちゃま、次の攻撃が判るんですかぁ?》
《連中の動きが単純だからな。たぶん五角形の星形に攻撃を繰り返している》
《確認しました、確かにその通りです。ミカ、パターンは送ったわよ》
《うん、このとおりに受けてみるですぅ》
公太郎の指摘をログから解析し戦闘パターンを共有する。フタバとミカの動きが効率化されたがやはり決定打が繰り出せないので持久戦の様相を示している。
そこに、
「メイドレスの諸君、良いお知らせだ」
ドクトルが高笑いをしてそう叫んだ。
どうせろくでも無いお知らせだろうと公太郎は思ったが一応聞き耳を立てた。
「マッスルゥMの爆弾は時限爆弾でもある。起爆まであと一五分!」
「こ、こうたろー!」
続いて華子の情けない声である。ドクトルは覚悟が決まっているが彼女は拘束され逃げることもできない。時限爆弾扱いのマッスルゥMは腕組みしたまま微動だにしない。
この場合、言っても無駄なんだろうなと思ったがお約束は守るべきだろう。
「この、卑怯者!」
「おう、そうだよ。マッドサイエンティストはいつでも自分の目的のために手段を選ばないのさ、萌葱と同じようにな!」
「違うわよ、あんたは公太郎のおじいちゃんと全然似てないわ!」
それを叫んだのは華子だ。彼女は両目に涙をためつつ怒りに身体を震わせ怒鳴っていた。
「あんたなんかあの優しかったおばあちゃんに好かれる資格なんか無いわ!」
「なんだとこの小娘!」
「ふん、あたしはあんたより背が高いしそんなにおなか出てないもん!」
「……ハナ、そこら辺で止めとけって」
これ以上相手を挑発してどうすると思ったが、すでに時は遅かった。
ドクトルは手元のコントローラを操作し、高らかに宣言していた。
「マッスルゥMに仕掛けた爆弾はあと五分で爆発するぞ!」
「こーたろー!」
《これを『キジも鳴かずば打たれまい』って言うんだろうな》
《ご主人様、カウントダウンします、一分ごとに警告します》
ある意味この場においても冷静なフタバは頼りになると彼は思った。
《とりあえず、ハナを何とかしたいんだけど……》
《マスター、コマンドは?》
その声が聞こえた直後、倉庫の中に太陽が走った。
膨大な光量を含んだ柱が通過すると、その軸戦場にあったドロイドが三体同時に熱に焼かれその残骸を床にまき散らしたのである。
「来たか!」
「間に合ったみたいね」
その声に工場の入り口を見ると、ロイヤルブルーの落ち着いたメイド服に身をくるんだヒトミが、ゴーグルタイプのサングラスを着け小脇に長さが二メートルほどの筒を抱えて立っていた。
「おねえちゃま!」
「姉さん!」
「フタバ、META全開!」
その声と同時にヒトミが抱えている筒の奥底に光が貯まっていくのが判った。それをドロイドに向けると腰だめで打ったのである。
筒の先から先ほどと同じような光の線が走る。それに触れた二体が末端に向けて電紋を走らせ、電子的な回路を焼き尽くすと余剰エネルギーを空中に放電し果てていた。
「荷電粒子砲か、人形!」
それを叫んだのはドクトルである。ヒトミはそれに呼応してその筒先をドクトルに向けた。
「待たせたわね、メイドレスのカテゴリーT、あんたなんかに語る名前は無いわ!」
「待てヒトミ、奴の横にハナがいる」
すると彼女は抗議の目を公太郎に向けていた。せっかく名前を伏したのにあっさりと彼が告げてしまったことに対してのようだ。
それでも気を取り直し正面を見た。
「判っているわ、ミカ、あたしのMETAを全開にするから、あなたは他のアンドロイドを始末しなさい」
「おにいちゃま、切っちゃってもいいDEATHよねぇ!」
振り返ったミカの瞳は例によってハイライトが無くなっている。
またその小さな背中に大海原が展開し、そこにパンダのような白黒の外見と裏腹に空腹時に鯨を襲うと言うシャチがジャンプする姿が見えていたのである。
「よし、思う存分ぶった切れ!」
「ミカ、ちょうがんばりまーすですぅ!」
ミカはそう叫ぶと背中からものさしを引っ張り出した。以前、末禅公園でもちらりとみた竹製の三〇センチのものさしが彼女の手の中で赤く輝いていた。
不用意にミカに近づいたドロイドが彼女に向けてスタンスティックを振り下ろした。だが彼女が左右にものさしを一往復すると、まずスティックが真っ二つになり、さらにそれを構えていたドロイドの上半身と下半身が腰の位置で綺麗に切断され床に転がった。
《あれは何なんだ?》
《超高周波ブレード。ミカのマスドライバーと組み合わせると切れないものは無いわ》
ヒトミの言葉通りミカがものさしを振り回すと、そこにドロイドの刻まれた破片が飛び散っていく。
「ちょっきんちょっきんちょっきんな……ククッ」
《ご主人様、あと四分です》
《ヒトミ、目は見えているか?》
《何とかね。このゴーグルのおかげで普通に見ることができるわ》
《マッスルゥの身体に爆弾が仕掛けてある。どこにあるか判るか?》
《調べてみる……内部解析だからX線と核磁気共鳴に超音波で……》
そこにドロイドを全て破片にしたミカが、マッスルゥMに向かってものさしブレードを振りかざした。
「筋肉変態オヤジぃ、おまえも切ってやるですぅ!」
《待ちなさいミカ! それを切っちゃダメ!》
ヒトミの叫び声にミカは、振り下ろそうとしたものさしを止め後方にジャンプした。
《どうしましたかぁおねえちゃま!》
《ヤツの中の爆弾は胸部に仕掛けられているわ》
《なら、それをぶった切っちゃえばいいですぅ》
《最後まで聞きなさい! 爆弾の周囲の回路を予想するとどう切断しても起爆するわ。それに手足を二本以上、頭部や胴体を切断してもそれで起爆する》
《うー、残念ですぅ!》
《何か手があるか?》
ヒトミは人差し指を顎につけて考え始めた。
《あの爆弾と回路の大きさから逆算すると……》
《あと三分です、ご主人様》
フタバのカウントダウンのあと考え込んでいたヒトミが呟いた。
《……あたしのレールガンの九〇ミリできっと爆弾の装置ごと消し飛ばせるはず》
その言葉にはどこか不安そうなニュアンスが含まれている。
《どこかまずいのか?》
《そうなると出力三五パーセント以上にしないと……それにはフタバだけのMETAでは無理なの》
「そろそろ時間でござるな!」
「ご主人様!」
マッスルゥMの声とフタバの声が同時に聞こえ公太郎はとっさに起きた加速度に目眩を覚えた。
何が起きたか把握できない、視界が赤から元に戻ると目の前にフタバとヒトミの姿が見えた。
公太郎は慣れない会話に意識を集中していたせいか、前に出過ぎていたのである。その結果、不意に襲いかかったマッスルゥMに羽交い締めにされていた。
そしてちょうどヒトミとドクトルを結ぶ直線の間に立っていた。
「しまった!」
「どうだ人形、これで砲撃できまい。拙者ごと打ち抜いて見せるか……ぐへへ」
公太郎はマッスルゥMを振りほどこうと力を込めて動いてみるが微動だにしない。両腕がしっかりと押さえ込まれているのだ。
「さあどうするメイドレス。例えカテゴリーオプションと言えご主人様相手に攻撃などできまい、それがおまえらの最大の弱点だ!」
ドクトルは心から愉快そうに笑った。
「わたしにおとなしく解体させろ、そうすればマッスルゥMの爆弾も止めてやる、おまけに人質は解放する、良い話だろう?」
「待て、メイドレスの開発資料なら俺のズボンのポケットに入っているICカードに全部書き込まれている。それと交換でどうだ?」
それを聞いたドクトルはマッスルゥMに近づくと公太郎のズボンをまさぐって、彼の言うICカードを引っ張り出し華子の隣に座った。
「その中の資料で全てが判るはずだ」
「こんなものは!」
ドクトルは小さな溶断機をトランクから取り出しそのICカードを焼き切った。
「わたしを馬鹿にするのもいい加減にしてもらおう、メイドレスの秘密などどうでもよいのだ。わたしがおこないたいのは自らの手で萌葱の作り出した人形を解体し、ばらばらにし、粉々にし、さらしものにすることだ!」
ドクトルは灰になったICカードを踏みつけた。
「どうせたかがロボット、バックアップも取ってあるのだろう、解体するのに何の躊躇がある? それともおまえらのようなバケモノの心でもむき出しにされると恥ずかしいのか? そんなものがあればの話だがな!」
華子は唇を噛みしめ、汚物を見るような視線をドクトルに向けた。
「狂ってるわよ、あんた」
「そうだ、さっきから言っているだろう、わたしは萌葱と同じマッドサイエンティストだとな!」
華子の目を気にすることなく、ドクトルは笑い続けヒトミを指さした。
「見ろ、あれは電撃でやろうと思えばどんな艦隊でも壊滅できるまさしく破壊の権化だ!」
次にミカを指さした。
「それにあれは自分の質量を自在に制御しその拳でなんでもぶち壊せる悪鬼だ!」
最後にフタバを指さした。
「そしてあれは空間さえねじ曲げ全ての電子機器を狂わす魔女だ!」
ドクトルは三人をはらうように大きく手を振った。
「いいか、あのバケモノたちを作ったのは萌葱なんだ! この世に必要無い桁外れのエネルギーと能力であいつは何をしようとした! 世界でも征服しようと考えていたのか?」
彼の叫びに三姉妹は何も言えなくなっていた。
「言ってみろ、萌葱だって狂っていたのだ! わたしと同じように自らの欲望と欲求と本能に忠実な存在なのだ! そのために作られただけなのさ、あのバケモノはな!」
「……違うわ」
華子は小さく首を左右に振った。
「何が違うと言うのだ、小娘の空っぽの頭で何が判ると言うのだ!」
「判るわよ……あいつのためなんだから」
うつむいていた華子がゆっくりと顎をあげ、静かにそう告げながら公太郎の姿を見る。
「……全然起きないあいつを遅刻しないように、朝起こすためよ」
華子はフタバの顔を見た。
「それに欠食児童のあいつに、おいしい食事をたくさん作るためよ」
さらにミカの姿を見ていた。
「……そして一人暮らしで寂しくないように、ケンカ相手をするためよ」
最後に伏し目がちにヒトミを見ていた。
「今まであいつの面倒見てきたあたしだから判るわ。公太郎の世話をするのには、すっごいすっごいエネルギーがいるのよ、それこそ世界をひっくり返すような。きっと三人が協力しないとあのバカタロウはちゃんと生活できないって公太郎のおじいちゃんはそれが判っていたのよ!」
「……ハナ」
「そのためにおじいちゃんが喜んで作ったのよ! 判らないの? 誰かのために何かするなんて信じられないくらいの力がいるのよ! 科学者のくせに頭が良いくせにどうしてそれが理解できないの、そんなだからあのおばあちゃんは、あんたなんかに見向きもしなかったんだわ!」
「うるさいっ!」
ドクトルは華子のイスを蹴り飛ばしていた。床に転がりながら華子は悲鳴を上げた。
彼はそんな華子の姿を見て笑いながら立ち上がると、大きく手を広げる。
「さあ、とっとと抵抗をやめシャットダウンしろ! おまえらに残されたのはそれだけだ!」
《……あと二分です》
改めて公太郎は目の前を見た。
すぐそばにブレードを持ったミカ、距離を置いて正面に荷電粒子砲を抱えたヒトミ、自分とヒトミの間、やや右側にシルバートレイを持ったフタバ。
危機的な状況はいつでも紙一重だ。むしろこれならいけるかもしれない。
《マスター……》
《ヒトミ、俺が合図したらレールガンを撃て!》
お互いの秘匿通信なのだが彼女が動揺を表したのが判った。
《何を言っているの、あんたごと打ち抜けって言うの?》
《そうだ、そのつもりで撃て!》
《ばかじゃないの、あんたも巻き添えになって身体に大穴が開くわよ!》
《俺に考えがある。ミカちゃん》
《な、何おにいちゃま》
《俺の合図でこいつの左肩を切断してくれ》
《それでも右腕が捕まっているから逃げられないですぅ》
《大丈夫、そして俺がこいつから離れた瞬間にレールガンを撃て!》
《でもそれだと華子に当たるわ》
《それとヒトミが撃つタイミングでフタバは自分の周りにバリアを張るんだ》
《わたしの周りだけ? でもそれに意味があるのですか、それではあの男の爆弾が動作します!》
《大丈夫さ》
公太郎は強くうなずいた。しかしヒトミは明らかに拒否していた。
《できるわけ無いわ、あたしには……》
《俺と自分の妹を信じろ、俺たちが連携すれば必ずうまくいく》
《どこにそんな根拠があるの?》
《超天才科学者の孫としての勘だよ。それにハナも言っていただろう》
ヒトミのゴーグルはイスに縛られたままの華子を見ていた。
《華子は見捨てるつもり無いわよね》
《あの減らず口はおまえの鏡だからな》
ヒトミは視線を妹たちに向けていた。フタバとミカも姉に答えるようにうなずいていた。
「ヒトミ、すまないが言うとおりにしてくれ」
「こーたろー!」
彼の言葉を聞いて床に転がったままの華子が叫んだ。それに重ねるようにドクトルが笑った。
「さしもの孫も自分の命が惜しいと見える、そうさ、それが自然な本能と言うものだ!」
「……マスター」
そしてニヤリと笑う公太郎、それに答えるようにヒトミは荷電粒子砲を捨てた。
「ほほう、メイドレスも諦めたか」
ドクトルの声のあと、ヒトミは唇を噛むと両腕を目の前にまっすぐ伸ばした。指を組んでそのまま手首を半回転する。右手が上、左手が下、そのまま指を開き手のひらを外側に向けた。
《姉さん》
《おねえちゃま!》
《みんなのMETAを連動させるわ、出力三五パーセント九五ミリ四〇口径、秒速五キロメートル……》
「ヒトミ、俺の言うことを聞け!」
「いいのかメイドレス、おまえのマスターが死ぬことになるんだぞ!」
「あたしたちのカテゴリーを甘く見ないでね」
それに驚いたのはドクトルだった。
「マスターなんてまた見つければいいのよ!」
ヒトミの腕の間に大気中の水蒸気が凝縮し渦をまき、氷の透明なチューブを発生させた。その直径は以前コンテナ置き場で見せたものの三倍以上の太さがあり、そのせいか温度低下によってヒトミのゴーグルにも霜が付着している。
そのまますぐに発射態勢がとれると思ったのだが、
《ダメ、出力が二九パーセントから上がらない!》
悲鳴に似た叫びが伝わってきた。その言葉が示すように三姉妹の表情が沈んでいる。特にミカのブレードは光を弱めているように見えた。
《みんな、がんばるんだ!》
しかし最後の数パーセントが上乗せできないのかゴーグル越しにヒトミの表情が歪んでいるのが見えた。
指輪が伝えてくるのは絶望に似た感情だった。
出力にまだ余裕があるはず、ではなぜダメなのか? 公太郎は祖父との会話を思い出していた。そしてまずフタバを見た。
《フタバ、月曜日も俺をちゃんと起こしてくれ》
《ご主人様》
次にミカを見た。
《ミカちゃん、お昼のお弁当を楽しみにしているよ》
《おにいちゃま》
《そしてヒトミ……》
公太郎は改めて彼女を見ていた。
「おまえ、やっぱりバカメイドだろう?」
《何ですって!》
ゴーグル越しにヒトミの目が見開かれたのが判った。
《おまえはあの白衣のヤツが言う存在なのか、それとも減らず口の言う存在なのか、そんなことも判らないのか!》
ほほえんだ公太郎にヒトミも口元を緩めて答えた。
「言ったわね、このばかマスター!」
公太郎の指輪が大きく震えた、それに連動して三姉妹の指輪も震えていた。
目の前の三人のMETAが共鳴しているのが判る、彼女らのベクトルが一つになろうとしているのだ。
《見てなさいよっ! 出力三八パーセント九五ミリ四〇口径、秒速六キロメートル……発射準備、完了!》
《やったな!》
さらに三姉妹の表情が輝く、ミカのブレードも復活していた。
《マスターなんてまた見つければいいって、あれ本心か?》
《な、何を言っているのよ!》
《ミカちゃん、今だ!》
その合図でミカがマッスルゥMの左腕に飛びつくと、ものさしブレードで肩の付け根で腕を切断する。
公太郎の左手は自由になった、慌てるマッスルゥMの見開かれた眼球に向けて親指をはじく。
「そら、返すぜ」
「うおっ、貴様!」
とっさに目を閉じるマッスルゥM、彼が弾いたのはヒトミの体内から取り出した破片である。
公太郎は左手でマッスルゥMの右手首を掴むとそれを思いっきりぐるんと回した。
末禅高校の指導室で教授が野中相手に見せた実演だ。マッスルゥMも基本構造は同じなのだ。
すると彼の肘の結合部がゆるみ公太郎の右腕も自由になる。彼はそこで腰を落としてしゃがみ込んだ。
《ヒトミ、フタバ、Let's go!(それいけ!)!》
「勘違いしないで……」
ヒトミの左腕から右腕に向け電光が走る、目も開けられないほどの輝きと振動がヒトミを包んでいた。
「よねっ!」
その声と同時に彼女の胸から指先を超えて伸びた氷の筒が、胸元から次々と粉砕しながら大きなプラズマをマッスルゥMめがけて打ち出したのだ。
ヒトミの腕の中で起きた爆発は彼女の上半身を激しく揺らし、メイド服はおろかその中の下着、さらにゴーグル、髪留めのリボンさえ四散させた。
しかしマッスルゥMの反応も早かった。その光を認識したとたん身体を左にずらしたのである。
このままでは華子に砲弾を撃ち込むことになる! すでに方向を変えられない。
その砲弾がそのまま華子に向かって飛ぶように思えたが、それがフタバの横を通過する時に彼女のバリアに弾かれわずかに右に、すなわち砲弾をよけたはずのマッスルゥMの胸にめがけて跳んだのだ。
「ぬうおう!」
一瞬の出来事だった。
砲弾はマッスルゥMの胸に直径五〇センチほどの大穴を開け、工場を突き抜けていた。
爆弾そのものが機能する前に消滅していた。彼は自分の胸にあいた大穴を見つめ、そして小さく笑う。
「拙者の完敗……御見事にござる」
そう呟いてその場に倒れた。
「おのーれメイドレス!」
叫んだのはドクトルである。彼がイスから立ち上がった時、工場を取り巻くように連鎖的な小規模の爆発が起きた。
「な、なんだ!」
公太郎が天井を見るとそれがそのままこちらに落ちてくる。
その時、彼のそばに駆け寄ったフタバが公太郎の身体を抱え、工場の外に向けて跳躍した。
「まて、ハナが」
「大丈夫です!」
工場が崩れる轟音のなか、フタバが言うその声は明確に聞こえていた。
そして……ドクトルの笑い声だけが最後まで空しく響いていた。




