■■ 「ぼくのハナに何するんだ!」
萌葱家の玄関を出て徒歩三分ほど、回り込むように交差点を曲がると桜庭家がある。
二階建て三LDKと公太郎の家よりやや小さい。そこの一部屋は深夜にも関わらず明かりが灯っていた。
部屋の広さは六畳ほど、どことなく乙女チックな内装の住人は当然のように桜庭華子だった。
殺風景な公太郎の部屋と異なり広さのわりにいろいろな家具やら電化製品やらぬいぐるみやらアクセサリーが詰め込まれていた。そこを見た公太郎に「昔の宇宙船の船室みたいだ」と言われたことがある。
何のことか判らないがたしかにせせこましいことに同意している。
華子は勉強机の上に本やノートをたくさん広げかれこれ三時間近くうなり声を上げていた。
時期的に後期中間試験の勉強かと思いきや、そのノートに書いてあるのはついでの弁当の献立なのである。そして開いている本は彼女が愛読しているいろいろな料理のレシピ集だ。あちこちに付箋が貼りまくられ厚さは一.五倍になっていた。
つまり来週からの弁当対策なのだ。
さすがに根が真面目と言うのか秘密のノートには彼女が作った弁当について毎日どのようなおかずを詰めたかはもちろんのこと、その時に気がついたところ、反省点や公太郎の減らず口、気温に湿度、天気までも細かく記入されていた。このパワーの数分の一でも勉強に向ければもう少し成績が上がるに違いない。
〈……うむうむ、ここは奇をてらわないで和食でいこうかしら〉
そんな風にいろいろとおかずを検討しているうちにふと昼休みのことを思い出した。弁当でなく変質者の方だ。
公太郎に言われ大急ぎで職員室に飛び込んだが、彼女を待っていたのは大混乱の教員の姿だった。
「うわー。テスト問題セーブしてないのにパソコンがフリーズした!」
「おかしいなあ、アンテナ五本立っているのにケータイが繋がらない」
「何でウィキペディアが四〇四になるんだよ!」
「だーれ、コピー壊したの、武田先生でしょ!」
「おーい、食堂から券売機が壊れたって電話が……」
「こっちは購買部で販売機がジュースを垂れ流しにしているって……」
〈何よ何よ、この騒ぎはどういうこと?〉
もはや誰に声をかけてよいか判らない、あまりの様子に呆けていると、
「桜庭、どうしたんだ?」
職員室の中から場違いとも思える落ち着いた声をかけてくれたのは担任の碧だった。周りの騒ぎを全く気にすることなく静かにお茶を飲んでいる。
「先生! 体育館のところに変質者が現れて公太郎が……」
華子がそこまで言うと、碧の表情はいつになく険しくなり机の引き出しから棒状のものを取り出すと職員室から飛び出ていた。
華子は知らなかったが碧が持ち出したのは暴漢用のトンファだったのだ。この小柄な担任は風紀担当の他に校内の防犯委員もおこなっていると言う。
怒るとかなり怖いとの噂だが華子はそんな姿を見たことが無かった。
碧のあとを追って現場に駆けつけると、そこには壊れた渡り廊下の屋根とへたり込んでいる公太郎にフタバ、それとミカの姿があった。
「変質者はどうしたの?」
「……逃げてった」
疲れ切っている彼はやれやれと頭を振っていたが、ひどいケガはしてないようだ。フタバはうつむきミカはどこかうつろな目を華子に向けていた。
ほっと安心しつつもまるでそこだけ台風が直撃したかのような状態である。
碧も一人では手の施しようが無いと思ったのか、応援を呼びにいったん職員室に戻っていった。
「ハナは何ともないか?」
「う、うん、平気よ」
「そりゃ、良かった」
どう見ても公太郎の方が平気でない。それでも彼はほほえんで自分を見ている。
その姿で脳裏によぎったのは小学二年生のある日のこと。
『ぼくのハナに何するんだ!』
彼の家族と出かけた時、変質者にサイドテイルを掴まれ別の車両に連れていかれそうになった。
あまりのことで気が動転し声が出ない。なすすべも無く身体を引きずられ泣くこともできなかった。
そこで目に飛び込んできたのは家族と話す公太郎の背中、
〈助けて、公太郎!〉
華子が心の中で絶叫するとまるでそれに答えるように彼が振り向き、くだんの台詞を叫びながらこっちに体当たりしてくる。
それから先の顛末は千代子に話した通りだが公太郎の言葉は誰にも話していない。
もっとも公太郎本人ですら忘れている公算が高い。
あの時は小さかった背中も今日自分をかばってくれたそれは大きかった。頼りないところはさして変化が無いがそれでも少し男らしくなっているのかもしれない。
〈ぼくのハナに何をする……か……〉
にやついた顔でぼんやりとしていたが、ふと我に帰った華子は首を左右に振った。
「何よ何よ、あたしのこと自分のものみたいに言ってさ」
そして献立ノートに目を落とした。
それでも公太郎のことが気になり方角的に彼の家を向いた華子だったのだが、まぶたに浮かんだのは三姉妹の姿だった。
はたしてどんな暮らしをしているやら。表向きメイドでロボットだと言うが、自分から見ても魅力的なところは否定できない。
よく考えなくともいわゆるハーレム状態ではないか。もっともあの公太郎がそんな状況に甘んじるとも思えないのだが、男なんてどこで落るか判らない。
そんな華子の頭の中に浮かんだのは、三姉妹に囲まれ見下ろされながらどこかおびえている公太郎の姿だった。
普通ハーレムと言ったら三姉妹をそばにはべらせウハウハしている姿が基本なのだが、華子の想像も何となく当たっていた。さすが幼なじみである。
そんなことではいけない! 彼女は大きく頭を振った。
何と言っても萌葱家の留守を公式に頼まれているのは自分なのである。家主が居ない間に一人息子が人の道を外したとあればどうやってもお詫びできない。
とすれば、練らねばならないのはあの三姉妹への対抗策だ。
誰が見ても美人姉妹と認める姿は、華子ビジョンにおいて悪役っぽく不適な笑を蓄え照明は足下から顔に向かっている。当然バックは多重おどろ線のカケ網である。
まずはヒトミ。自分と同じ顔と体型を持つ彼女は華子にとってラスボスである。今、彼女と闘うのは無謀すぎる。何か変な術を使うし。
次にフタバ。人当たりは良さそうだけどだからこそ底が見えない。とりあえず今のところ利害関係に無いから置いといて。自分の事は「華子さん」と呼んでいるし。
そしてミカ。当面の目標は彼女の作る弁当である。あの可愛らしい容姿に惑わされてはいけない。そもそも男は胃袋で釣れと言うし、自分の事をガキ扱いしているし。
そうだ、まずは妥当チビッ子のためにこうやって方策を練っているのではないか!
何となく目標が小さいかもしれないが巨大なダムだってアリの一穴と言うし……山羊座A型の彼女は小さな事をこつこつと進めるのが基本だと思っている。
「見てなさいよ、あたしをガキ扱いしたことを絶対絶対後悔させてやるんだから!」
気合いを込めて料理レシピに目を向ける彼女は、十分子供っぽい事に気がついていなかった。
§
夕食と風呂のあと、公太郎はまた工作室に入っていた。
どうせ明日は休みだし自分のロボットの調整をおこなおうかと思ったのだ。
いつでも寝られるようにパジャマに着替えている。
必要以上の運動神経は無くとも体力はあるので徹夜作業もできると思う。しかしさすがに眠くなると頭脳労働は無理だ。
よくある栄養ドリンクとか高濃度カフェイン飲料に頼ろうと思わないし、今ではフタバやミカがその服用を許してくれないだろう。
ロボットのボディそのものはずいぶんと前に完成している。末禅高校に入学してから始めたアルバイトで金をため、パーソナルロボットの入門機を購入したのである。
出始めのパーソナルロボットはサーボモータをアルミ板で挟んで組み立てるタイプがほとんどだったが、最近のキットはABS樹脂の外装がそれなりに人型に見える上に関節の自由度も高い。
感覚器官もCCDカメラとマイクが標準で備わっている。公太郎のものは単眼だが二つのカメラアイを横に並べ視差で距離を測定できるものもあった。
搭載コンピュータの性能も上がっており一昔前のパソコン程度の性能は当たり前になっていた。
ハードウエアももう少し追加したいところだが資金が足りない。今は金を使わずに済む制御プログラムに手を加えていた。
今日は先ほどから二足歩行の早歩きを実装しようとしているのだが、どうもバランスがうまくとれず途中で転んでしまう。
股関節と膝関節のサーボモーター、ジャイロにモーションセンサーが出力する結果を見ながら彼は小さなため息をついた。
〈これだといつまでたってもじいちゃんに追いつけないな〉
ただヒトミたちと出逢ってからどうにもテンションが上がりづらいことがある。
要するに自分が求めていた答えがいきなり目の前に提示されたようなものだ。しかも要求以上のものが突きつけられたのである。
比べるのがおかしいだろう、相手は完全人間型ロボットを秘密裏に研究している『学会』でも有名な科学者が作った作品だ。
それに対して自分は高校二年生、国内でも有数の進学校に通っていても才能で目立つ存在では無い。
祖父と同じ歳になればヒトミが作り出せるのか? だとしてもあと五〇年……その三分の一も生きていない自分からすれば長いが道のりはそれ以上に遠く思えた。
〈それでも……それでも自分のロボットをこうやっていじるのはなぜだろう〉
彼はキーボードを叩きながらそんなことを考えていた。
歩行プログラムを起動したがロボットは早歩きの途中でゆっくりと動きを止めた。どうやらプログラムの不具合では無くバッテリーが切れたようだ。
やれやれとコンセントにACアダプターを取り付け、ロボットのバッテリープラグにそれを差し込んだ。夕方にフタバにも説明したがロボットが高性能になると問題になるのがバッテリーの容量だ。
本体の大きさや重量にも大きく関係するが、搭載コンピューターの性能が上がればそれが消費する電力も無視できない。
先ほどフル充電してから一時間も保たなかった。
動きが制限されるため外部電源を繋げたままにしたく無いのだがこればかりはしかたない。
公太郎はディスプレイに表示しているバッテリ残量表示を見ながら、フタバが説明してくれたMETAの事を思い出していた。
三姉妹が常時、どれほどのエネルギーを生成し消費しているのか判らない。ただこの家の電力に換算すると数百年分の量を作り出せるのは確かだろう。
出力が大きければそれにこしたことは無いと言うが、物には限度があると思う。
〈じいちゃんはどうしてそんなに大きなエネルギーを必要だと思ったんだろうな〉
普通のロボットでありたいと言うフタバの気持ちは自分に理解しきれないと思う。それでも余計な力があっても困るだけと言う考えにはどこか同意していた。
彼は通学に使用しているカバンから靴箱の中にあった封筒を取り出した。
いかにも女の子らしいカラフルな便せんを見ると、
『萌葱センパイ、ぜひバスケットボール部に来て下さい! センパイのお力が必要なんです』
と、これまた可愛らしい丸文字で書かれている。
自分は運動関係がまるでダメだと言っても謙遜としか見てくれない。
〈俺だっていつの間にかこんな身長になっていた、ただそれだけなんだ〉
萌葱家の血筋と言うのか父親も祖父も一八〇センチを超える大男である。だんだん血筋が弱まっているのか背丈が低くなっているが平均より高いことは確かだ。
そしてこれまた血筋と言うのか立派な体格なのに運動関係についてほとんど才能が無い。
格闘はもちろんのこと球技も陸上も苦手だ。バスケットボールだとドリブルで三歩以上進めないしゴールの真下からシュートしても入らない。できることと言えばマネージャーの仕事だろう。
自分の体格だって余分な力だ。それにコンプレックスがあるからせめて文化部的な趣味で頑張っているのにそれも思うようにいかない。
公太郎は少しずつ充電されていく表示を見ながら何度目かのため息をついていた。
その時、工作室への扉がノックされた。ただ今回はその位置がだいぶ低かった。
「入っていいよ、ミカちゃん」
すると扉を開けたのは思った通りミカだった。彼女も可愛い花柄のパジャマを着て、頭に赤い毛糸の帽子をかぶっていた。
「おにいちゃま、ちょっといいですかぁ?」
「うんどうしたの? 一人で眠れなくなったのかな?」
今朝のことを思い出し聞いてみた。だがミカの首は左右に振られ帽子の先端にあるボンボンもつられて可愛くゆれていた。
「そんなことは無いですぅ、ミカはいつもヒトミおねえちゃまのふかふかボインを枕に寝るんですぅ」
胸に圧迫を受けると悪い夢を見ると言うが、ヒトミは大丈夫なのだろうか……と思いつつ、どんな感触なのだろうと想像してみた。それが表情に表れていたのだろうか、
「おにいちゃまもふかふかボイン枕でおやすみしてみたいですかぁ?」
そう自分のよこしまな思いを言い当てられてしまった。彼は照れ笑いを浮かべたがミカは真面目顔だ。
「でも、ヒトミおねえちゃまのはミカ専用なのでおにいちゃまは華子たんのふかふかボインを使うといいですぅ」
確かに胸の容積は同じだろうがそれを華子にお願いしたとたん彼女とヒトミ、両方に酷く糾弾されるだろう。言葉で済めば御の字、最悪電撃だ。
それは良いとして。
「ところで、どんな用事なのかな?」
「これをパパから預かっていましたぁ」
ミカが差し出したのは布地の袋だった。赤地に花柄のまるで体操着をいれるようなそれ……見たことがあると思ったら昨日末禅公園でマッスルゥと闘う前にヒトミに手渡したものだった。
「昨日はぱたぱたしていたので渡すことができませんでしたぁ。ごめんなさいですぅ」
彼女はぺこりと頭を下げた。袋を受け取った公太郎は何が入っているのだろうと中を開けてみる。
それは小さなロボットである。全高二五センチ、今自分が作っているものに比べると一回り小さいが体型はより人間に近く重量バランスも優れている。
子供の頃、丈太郎の研究室で初めて見た踊るロボットだった。
「おにいちゃまの大切なものなので、ちゃんと渡してと頼まれましたぁ」
「そっか。ありがとうミカちゃん」
彼はロボットの背面を見てあの頃の記憶を掘り起こすと電源スイッチを入れてみた。
しかし動作しない。どこか故障しているのか単にバッテリーが放電しているのか、彼はそれを机の上の自分のロボットの隣に置いた。
さらに袋の中を見てみると紙が一枚入っている。公太郎はそれも取り出した。
『儂に逢ったらこれを直せと頼むのだ』
おそらく時間が無かったのだろう、乱暴な筆跡でそう書かれている。
「おにいちゃま、このロボットはどんな人なのですかぁ?」
ミカは机の上の二体のロボットを興味深げに見ていた。指さしているのは祖父のロボットだ。
「俺が小さい頃、じいちゃんの研究所で初めて見せてもらったロボットだよ。
俺の目の前でいろいろな踊りを見せてくれた、そして俺がロボットを作りたいと思わせたものなんだ」
改めて二台のロボットを見比べていると、自分のそれはミカはおろか祖父の小さなロボットにも達していない。自らロボットを作ると判るのだが圧倒的な技術差を見せつけられた。しかも一〇年以上も前の設計なのだ。
思わずまたため息をついてしまった。
そんな彼の落ち込みと別にミカはうれしそうに祖父のロボットの頭をなでていた。
「そうすると、この人はミカのおねえちゃまになりますぅ」
「お姉さん?」
ミカはこくんとうなずいた。
「でもこのロボットはミカちゃんほど高性能では無いよ」
「それでもおにいちゃまが喜ぶように踊ったのですから、その気持ちはミカと同じですぅ」
「そうかな、このロボットがそんなことを考えられるのかな?」
「もちろんですぅ!」
ミカは笑顔になって大きくうなずいた。
「ミカがそう思ってお料理を作って、お掃除して、お洗濯していますぅ。ですから、ちっちゃいおねえちゃまもきっとそう思っていますですぅ。
でもちょっと残念ですぅ。ミカもおねえちゃまが踊っているところを見たかったですぅ」
「……そうだな、俺もちゃんと動くかどうか調べてみるよ」
「お願いですぅ、そしたらミカの妹にも見せたいですぅ」
公太郎は彼女の言葉に腕組みして首をひねった。
「妹? ミカちゃんたち三姉妹だよね?」
「いやですぅ! ここにいるですぅ」
ミカが指さしたのは公太郎が作成しているロボットだった。彼は思わず乾いた笑いを浮かべていた。
「いや、それはまだ何にも動いてないし、ミカちゃんの妹なんかになれないよ」
「どうしてですかぁ?」
「じいちゃんに追いつこうとしているのにまともに走ることもできない。いつになったらミカちゃんみたいに元気に動き回れるんだろうな」
「でも、おにいちゃまが作るんですから完成したらミカの妹になりますぅ」
ミカは壊さないように注意し公太郎のロボットの小さな頭部をそっとなでた。
「ミカ、妹がほしかったですぅ。だからとっても楽しみですぅ」
無邪気に笑うミカを見ているとそのロボットでも彼女の妹になれるかもしれないと思えてくる。
いや、むしろミカの妹として遜色ないように作り上げる必要があるのではないか。
「完成するのに時間がかかるかもしれないよ」
「平気ですぅ、ミカ、おにいちゃまのお世話をしながらずっと待っていますですぅ」
ふと彼は教授の言葉を思い出した。ロボットに寿命は無い……確かにミカはイツまでも待ってくれるだろう。むしろ力尽きるのは自分の方が早いかもしれない。
だとすれば、これは競争なのだ。
「そしたら名前は何にしようかな」
「おにいちゃまが決めるですかぁ?」
「俺って名前考えるの苦手なんだよな」
そこでミカが元気良く手を挙げた。
「ハァイ、それならミカがお名前をきめまぁすですぅ」
「うん、そしたら可愛い名前を付けてね」
「ミカ、がんばりまぁすぅ!」
〈はたしてこの競争には勝てるのだろうか〉
公太郎は将来の妹と戯れるミカを見ながらそんな事を考えていた。
§
ドクトルは大型ディスプレイの前に腰掛け先ほどからマッスルゥが収集したメイドレスとの戦闘記録を見ていた。
顔は似合わない笑顔である。
「おもしろいかね?」
背後から聞こえてきた声にもうなずきもせず、手にしたリモコンのボタンをいくつか押した。
画面はヒトミとの戦闘に切り替わった。
「カテゴリーT・ヒトミ。メイドレスの司令塔だ。ありとあらゆるセンサーを詰め込んでほとんどの衛星をコントロールできる。だが、一番の特徴は電撃だ」
画面は彼女が両腕からプラズマを発射したところに切り替わる。
「見ろ、両腕にすさまじい電流をかけてレールガンにしやがった。使用したエネルギーは一ギガジュールか? これでも出力係数としてとても小さい。こいつがフルパワーで発射したらどれくらいまで加速できるか判らん。おそらく大気圏内で有効な出力がある荷電粒子砲を打つこともできるだろうし、その電荷に耐えられる筐体だ。
やろうと思えばどっかの国の原子力空母でも一撃で沈められる。たった一体で機動艦隊も全滅だ」
ドクトルがボタンを押すと今度はミカとの戦闘が映し出された。舞台は末禅公園である。
「カテゴリーY・ミカ。近接戦闘に関するデータベースを腐るほど持ってやがる。特徴は小さな筐体とそれに見合わない強力なアクチュエータだ。恐ろしく小回りが効く。そしてこっちの攻撃が当たりづらい、しかしそんなのはほんのおまけさ」
画面はミカが宙返りをしながらマッスルゥの後頭部を蹴ったところである。
「判りにくいがこいつは自らの質量制御をおこなう。計算では自重の千分の一から千倍まで自由に変えられるのさ。METAの真空歪曲でヒッグス場をコントロールしているのかもしれん。だからこの状態ではおよそ数十トンの蹴りを食らったことになるんだろうな。発音機能がいかれるはずだ」
さらにボタンを押すとフタバが大写しになっていた。学校での戦闘だが画面が乱れフタバの顔が見えない。
「カテゴリーK・フタバ。この世にある全てのコンピュータにアクセスできる。カテゴリーTと組み合わせるとこいつらに狙われたら地球上では逃げられないだろう。そのほかは平均的な能力かと思ったが大きな間違いだ」
ドクトルは大きく息をはいた。
「こいつが作り出す障壁は有効範囲こそ狭いが可視光線をねじまげ、電子機器を狂わし、どんな砲弾でも貫通できず、どんな光学兵器でもはじき返すだろう。おまけにそれを反転させればB-2やF-22なんて赤ん坊なくらいのステルスだろうな」
そして画面はいくつかに区切られ、それぞれの戦闘を表示しながらおのおののパラメータをグラフ化していた。
「近接・直接戦闘のY、中・遠距離からの広域攻撃と鷹の目を持つT、それに鉄壁の防御と最悪のクラッカーであるK……こいつらは何がしたいんだ? これだけの『力』がそろって『お帰りなさい、ご主人様』だと? いったい何のホラーだ!」
「感想は?」
「素晴らしいっ!」
ドクトルは唄うように叫んだ。宙に掲げられた両手が感喜に震えている。
「芸術的なバケモノさ。対消滅で生まれる有り余るエネルギーで好き放題やっている、判っているだけでもこれだけの機能があるのにまだ何か隠しているだろう。
この三体が連携したら誰が勝てると言うのかな、参考までにわたしに教えてくれ、教授」
背後の男はドクトルにゆっくりと近づくと右の眉だけを器用につり上げて見せた。
歳の頃なら五〇前後、スーツをそつなく着こなした彼は、襟を正すとふうと息を吐いた。
ドクトルは教授を気にせずまるで酔ったように解説を続けた。
「知っているか、萌葱の残した資料によるとあいつらのMETAは理論上最大毎秒一一一グラムの電荷反転をおこなえる!
三体合わせて六六六グラムの物質をエネルギーと真空に変換しちまうんだ! 判るか、三体合わせて八〇兆馬力だぞ! なんだこのインフレな数値は?」
「わたしはメイドレスなどと言う未完成品に興味が無くてね。ドクトルの言う素晴らしさが理解できない」
「そいつは残念。マッドサイエンティストとしてまさしく気が狂わんばかりの興奮を覚えているぞ、それと身を焦がす嫉妬をな!」
教授は目を閉じて首を振った。
「それだけのことで『学会』の一分派を処理させたと言うのかね」
「何を言う、おまえさんにしてもあの連中は目の上のたんこぶだったんだろ? 居無くなったおかげでずいぶんと見晴らしが良くなったのではないのか」
「見晴らしがよくなっても面倒が残れば変わらん。後始末をおこなう身にもなって行動して頂きたいものだな」
「ふふん、いいのかそんな事を言っても。まだあんたから届いた依頼内容は残っているんだ『萌葱丈太郎博士の研究所を爆破するように誘導せよ』ってな!」
「そんなものがあったところで捏造と思われ君が処理対象になるだけだぞ」
「すると今はあんたの恩情でわたしが生き延びているってことか。そいつは愉快だな」
「メイドレス相手に散々遊ばせたのだ。これくらいで止めておけ」
「ありがたき幸せ……だがわたしがこの程度で満足すると思うかね、教授!」
ドクトルの笑い声を気にとめず、教授が冷たい目を向けたのは部屋の中央にある手術台だった。
そこにはサムライ・マッスルゥだったものが乗せられている。
胴体に損傷は無いが右腕は肘から先が無く、左腕と両足は逆関節に曲がりねじれていた。
身体中に検査用のプローブを付けているが、そこから検出された信号はどれも勝手な値を示している。
「余計な仕事が増えただけだ。それで、この何とかまっするはどうするんだね?」
『セッシャ……ピ、ゴシ……』
まさしく壊れた人形のように片言で何とかしゃべろうとしているが、表情筋も動作が不安定なのか適当に変わっていた。
「どうでもいいさ。電子頭脳が根本的にやられているからまともに思考するのは無理だ」
「すると動作してもカテゴリー対象か。先々面倒だ」
ドクトルは記録映像に夢中らしく、ベットの上に目を移そうとすらしない。
「ついでにそいつを使って、メイドレスを解体してみるさ、なあ、マッスルゥ!」
『メイドレス……カイタイ、コワス、オノレ……ニンギョウメ』
マッスルゥはそう告げながら盛んに口を動かそうとしているが、唇がけいれんするだけで発音形状に至っていない。
そんな姿にも同情すら示す様子も無く、教授はドクトルに背を向けた。
「メイドレスを解体するにしても壊れたロボットでは到底勝てまい」
「いや、こいつらには決定的な弱点があるのさ。実に人間的な弱点がな」
その後真顔になったドクトルは懐から写真入れを取り出すとそれを静かに見ていた。
「奴のふざけた発明でわたしは唯一の思い人を失ったのだ、その悔しさは若造のおまえに判るまい」
「やり過ぎないようにな。わたしが手を貸せるのはここまでだ」
「ああ、当てにしてないさ。しかしそのうちわたしに頭を下げるのは教授、あんただよ」
部屋の出入り口で足を止めた教授は、振り返ること無く、
「そうなることを願っているよ」
もう一度右の眉をつり上げて笑った。




