■■ 「わたしたちがバケモノであることがですか?」
ヒトミは末禅公園まで来て様子を見ていたが、学校への不審者乱入と言う騒ぎにそこから先に進むことができなかった。
不審者とはマッスルゥなのだが彼は逃亡したことになっている。
彼の筐体は野中を含めた『学会』の後処理を担当するスタッフが秘密裏に持ち帰った。
なぜ学校関係者が犯人を押さえる前に『学会』のスタッフが先回りできたかについては、事件当時に発生した大規模な通信障害に原因があると言う。
携帯電話やPHSはもちろんのこと、本来電波障害と縁が無いはずの固定電話も不通となり、インターネットも光ファイバーがまるで使えなくなった。
使用できなくなったのは回線だけで無く生徒や教師が持ち込んだ携帯端末についても障害をおこしており、復帰しないものもあった。不運なことに平蔵の携帯電話も資源ゴミである。
視聴覚室にあるパソコンや成績処理用コンピュータも機能不全をおこし、データにも一部影響を受けていると言う。
表向き不審者が捕まっていないこともあり、その日は放課後になってからなるべく友人と複数で帰宅するか家族に迎えに来て貰うことが、学校職員によって推奨された。
翌日は幸い休日である。データ修復は休日の間に業者を呼びおこなうらしい。何しろ週明けに後期中間試験が控えている。
公太郎はフタバとミカを連れ末禅公園でヒトミと合流すると電車に乗って滝田川に向かった。三姉妹はみな無言だがそれぞれ無線で会話していたようだ。
家に着くととりあえず公太郎は自室に入り部屋着に着替えるとベットに大の字になった。
〈変態マッチョも『学会』が回収したし、これで一安心なのかな〉
気になったのはマッスルゥと戦った時のフタバだ。
ずっと自分に背を向けていたのでどのような表情だったのか判らない。ただあの黒い言葉をいつもの穏やかな、祖母の珠代とよく似た顔で発していたとはとても思えなかった。
可憐がフタバに抱いた感想『腹の底から来るもの』自分にも明確に判らないが、顔は見えなくて良かったのかもしれない……彼はゆっくりとまぶたを閉じた。
眠るつもりは無かったのだがほんの少し気がゆるむと意識が途切れていた。
そこで見た夢は祖母の珠代の葬儀だった。
四年前に何かの事故で逝去した祖母の葬式は今考えるとどこかおかしいものだった。
遺体に問題があったのかお別れに顔を拝見すること無く、そのまま火葬場へと向かったのだ。さらに遺骨も丈太郎一人が集めており骨壺も見ること無く四十九日に墓の下に埋葬された。
祖父が好きだったようにどんな時も笑顔で物腰が柔らかい祖母が公太郎は大好きだった。いつも丁寧な口調で優しく話しかけるその姿はまるで自分のお世話をしてくれるフタバのようだった。
葬式の最後に丈太郎が呟いた一言がなぜか公太郎の耳に残っている。
『おまえを待たせたりしない』
当時その意味も良く判らなかったがその頃から丈太郎はどこか生きる気力のようなものを失っていたのかもしれない。幼い自分に自信たっぷりに発明品を説明した姿はやつれ、親戚の中で一番高い身体もだれより小さくなったように見えていた。
その時声をかけるべきだった。しかし自分は隣で泣き崩れる華子の手を取って支えるだけで精一杯だった。
あれから四年……久しぶりの再開はもしかしたら永遠の別れになってしまうかもしれない。
ふと目が覚めた。
時計は午後五時を示している。夕食にはまだ時間がある。
彼は工作室に入るとパソコンの前に座り、フタバからコピーしたメイドレスに関するドキュメントを見ていた。
ややあって、工作室への扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します、ご主人様」
入ってきたのはフタバだった。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい、特に異常を起こした箇所もありませんから」
ほほえむ彼女は深緑色のメイド服を含めいつものフタバであった。
ミカもあの時は動作不良を起こしていたが昼休みが終わるまでに元に戻っていた。
午後は担任の碧の授業に付き合って美術室でデッサンのモデルをおこなっていたと言う。メイド服と可愛い容姿のおかげで大半の女子生徒と一部の男子生徒に大人気だったそうだ。
「お洗濯物があればと思ったのですが」
「うん、風呂に入るまでこのままでいいよ」
「そうですか……何かお調べ物ですか?」
彼が目の前にしているディスプレイを見たのだろう。開いているのは操作説明書の用語欄だった。
「うん……メタって言葉」
フタバは返事をせず彼の手元を見ていた。
「今日のフタバも言っていたけど何の意味だろうと思って調べてみたらフタバからコピーしたドキュメントの中に解説されてなくてね」
「……そうですか」
「ヒトミにも聞いたんだけどじいちゃんでないと判らないって言われたから、かなり専門的な言葉なのかな」
「姉さんはどのように説明していましたか?」
「エネルギーみたいなものだって言っていたけど特殊な電池なのかな」
そしてうつむいたまま無言となるフタバを見て、彼はキーボードを打つ手を止めた。
「どうしたの、フタバ」
「……姉さんも父ほどでありませんがMETAについて説明できたと思います」
彼女の意外な告白に公太郎は驚いていた。
「それに、わたしたちについてご主人様にも判っていただく必要があると思います」
「フタバは説明できるの?」
「父ほどでありませんが、ある程度は」
彼女は小さくうなずくと正面から公太郎の目を見た。彼もイスを回転させると身体をフタバに向けた。
「ご主人様はわたしたちの動力源についてどのようなものとお考えですか?」
「……そうだな、最初はかなり高性能のバッテリーだと思っていたよ」
彼は机の上のロボットを見た。
「例えば俺が作っているそれだとリチウムイオンバッテリーでフルに充電しても、三〇分動けば良い方だし普段はACアダプタで電源を供給してるからね。だからフタバたちの中に電池があるとしたらかなり高性能で大容量なものじゃないかと思ったんだけど……」
彼は指先で机をとんとんと叩く。
「容量を大きくすればそれだけ重量もかさむし、重量が増えればモーターも強力にしなければならない、そうするとより大きな容量のバッテリーが必要になる」
「悪循環ですね」
「うん、だからバッテリーで無くて発電機能を持った燃料電池のようなものかと思ったんだ。でもね」
彼がその答えで納得していないのは、その表情ですぐに判る。
「ヒトミがコンテナ置き場で見せたあの砲撃……とてつもない電力を必要とするレールガンの一種だとすると、燃料電池くらいで間に合うのかなって考えた」
「……わたしたちの身体の中にいわゆる燃料電池はありません」
公太郎の考えを肯定するようにフタバが言葉を繋げた。
「そうなのか、すると核動力とかなのかな?」
彼としては冗談のつもりで言ったのだがフタバの返事は無い。そして沈痛な面持ちは冗談で済まないのかと慌てさせる。
「まさか、ホントに核燃料で動いているの?」
「いえ……そのようなことはありません」
「そうだよね、そんな物騒な物はいくらなんでも……」
「わたしたちの動力源は反物質です」
きっぱり言われたその言葉に公太郎はリアクションがとれずに固まっていた。
「……ハンブッシツ?」
「ご存じですか?」
「習ったことがあるような……電荷が逆の素粒子だったっけ?」
うろ覚えだがそう答えると正解だったのかフタバがうなずいて見せた。
「そうです。通常マイナスの電荷を持つ電子に対してプラスの電荷の陽電子、同じように陽子に対して反陽子、中性子に対して反中性子があります。このように素粒子は電荷的な対称性を持つ反素粒子が存在します。
これらの物理的な特徴はご存じですか?」
「さあ……電荷が逆としか知らないけど」
「正物質と反物質が触れるとその質量は全てエネルギーと真空に変換されます。これを対消滅と言いますが、この逆の現象もあり、高エネルギーがある条件で正物質と反物質を生成することがあります。こちらは対生成と呼びます。アインシュタインのエネルギーの公式はご存じですか?」
「……確かエネルギーは質量かける光速の二乗だったかな」
これもまた正解だったようでフタバの口元がやや緩んでいた。
「一グラムの反物質があれば一グラムの正物質と対消滅を起こし一八〇兆ジュールのエネルギーとなります。実際にはニュートリノが発生しエネルギーを持っていくのでこの値より小さくなります」
「桁が大きすぎてぴんと来ないけど」
「一八〇兆ジュールは五〇〇〇万キロワット時に相当します。夏場東京電力が想定している最大電力量とほぼ同じですので一グラムの反物質があれば一時間の電力量をまかなうことができます。約八.七キログラムの反物質があれば一年間の電力を供給できます」
「それだけ膨大なエネルギーを作れるのか……するとフタバたちの中に反物質を貯めるタンクのようなものがあるの?」
今度は首を左右に振ってみせる。
「反物質を貯蔵するのはとても難しいのです。なぜならどこにでもある正物質と触れたとたんに対消滅しエネルギーに変換されてしまいますから」
「あ、そうか……完全な真空にどこにも触れないようにしておかないといけないんだもんね」
「そうです。さらに現在反物質は高エネルギーの粒子加速器を用い対生成で作れますがその過程で必要なエネルギーは、対消滅で得られるエネルギーより大きくなります。つまり反物質を作ることはエネルギーの赤字を招くことになります」
「うまくいかないもんだね。するとフタバたちはどうやって反物質を利用してるの?」
「父は正物質を反物質に変換する技術を開発していたのです。それがMETA、Mbius-ring Electric charge inverttunnel AntiMatter converterです」
公太郎にはその単語が理解できない。
「失礼します、パソコンをお借りします」
それを察したフタバはパソコンのキーボードを借りると、メモ帳アプリケーションを起動し該当するスペルをタイプした。
「メビウス……トンネル?」
並んだ英単語を見ても直感的に判るものでは無かった。
「日本語に訳すと、メビウスリングによる電荷反転トンネル反物質変換装置になります。メビウスの輪はご存じですか?」
「紙テープを途中で半回転してつなげたやつだっけ」
「そうです、そうすることによりその紙テープは裏表のない二次元空間になります」
公太郎がそれにうなずいてから、フタバは少し考えて話を続けた。
「反物質の話に戻ります。宇宙の生成過程を考えるとビッグバン以降に高エネルギーの真空から対生成による相転移によって物質が生まれたと仮定した場合、正物質と反物質は同量存在していても不思議で無いはずです。ですが今のところわたしたちを構成している物質は正物質です。観測できる天体も正物質です。
では同量存在してもよいはずの反物質はどこに消えたのかと言う疑問があります。そこでいろいろな仮説がたてられましたがその中の一つが正物質と反物質は宇宙に同量存在しているが、真空が電荷的対称性の壁となって隔絶していると言うものです」
フタバはプリンター用紙を取り上げると細く切って紙テープを作った。まずそれで両端をつなげ不通のリングにしてみせる。
「宇宙をこのような閉じられたリングに見立てた時、紙テープが真空の境界、その表が正物質、裏が反物質の世界と仮定します」
彼女はリングの裏と表をなぞってみせた。当然交わることは無く、正と反は真空で分離されている。
「正物質と反物質は真空と言う鏡に映った自分とも考えられます。もし、この真空を半ひねりして裏表を無くせば正物質と反物質の交換がおこなわれるのではないか、それがMETAの原理なのです」
そして紙テープを半ひねりしてメビウスの輪を作るとそれを指でなぞった。今度は表裏が一体化しているので表からスタートした指は一周すると裏側にまわっている。
公太郎にしてみると判ったような理解できないような中途半端な気分だったが、フタバがきちんと説明しているので茶化すこと無く腕組みしてうなずいていた。
「METAによって裏表が無くなった仮想空間では正物質を投入すると途中で電荷が反転し反物質が出てくる、当然反物質を投入すれば正物質が出てくることになります」
「そうすると、そのMETAを起動していれば無尽蔵に反物質が作れてとんでもないエネルギーを入手できるってわけだ」
「そうです。ただ得られたエネルギーの大半はMETAを稼働するために使用されています」
「フタバたちはみんなそのMETAを持っているのかな」
しかし公太郎の過程は外れているらしい。
「ところがMETAは一機では動作しなかったのです。理由は良く理解していないのですが実験の結果三機のMETAを組み合わせて、不安定ながらも電荷反転がおこなえるようになったのだそうです。
つまり今のMETAはわたしたち三人に搭載されているもので一組なのです。それがMAIDReSSの名前の由来にもなっています」
「メイドレスってメイドとドレスを組み合わせたのじゃ無いんだ」
彼は少し驚いて見せた。メイドレスと言う言葉に意味があると思わなかったのだ。
「正確なスペルはこのようになります」
フタバは再びキーボードを叩いた。入力された熟語は次の通りだった。
『Meta Annihilation Interchange Drive Re-sponse Synchronize System』
「直訳すれば、『METAを用いた対消滅・交換駆動・反応同期システム』です。わたしのMETAで生成した反転物質は姉さんの身体でエネルギーに利用します。同じように姉さんのMETAはミカに、にかのMETAはわたしに繋がっているのです」
確かに今まで自分の能力を使用する時に他の姉妹にMETAの制御を要求していた。
「それが自分たちは繋がっているってことなの?」
「繋がっていてもシステムとしてまだ安定していません。お互いの物理的距離が離れるとシンクロできなくなったり、また近づきすぎるとMETAが影響し合って効率が落ちたり、心理回路が安定していないとゲートがせばまり反転できる物質が少なくなったりします。
またエネルギーを使用する側が大きな出力を必要とすると、供給側のMETAが過負荷動作に陥ってそれが長引くと休止状態や電源断になることもあります」
それも今までのことで理解できた。ヒトミがレールガンを放った時にフタバが倒れそうになったり、ミカが戦闘を続けているとヒトミの具合が悪くなったりだ。
「ですので普段の動作に困らないようにご主人様のご指摘通りそれなりの充電池が搭載されているのです」
「そこが未完成な部分なんだね」
フタバはゆっくりと小さくうなずいていた。
公太郎としては原理など理解できていない。ただ彼女らが三人協力して稼働することで、通常では考えられないほどの高いエネルギーを生み出すことができる、それが判ったくらいだ。
同時にそれが付け狙われる要素であり、教授が言っていた不安定なものは望まないに繋がるのだろう。
「昼間のフタバもMETAの力の結果なのか?」
その質問に彼女はわずかに表情を曇らせたかのように思えた。
「そうです。あれは一種の強力な電磁界によるバリアのようなものです」
「風景が歪んで見えたのも?」
「一部の可視光線が影響を受けるのであのようになります。もっとも一番影響を受けるのは電子機器でしょう」
「そっか、それで俺のケータイが変な着信したのか」
「あの状態であれば姉さんのレールガンでも弾き飛ばせるでしょう」
「それはすごいね」
「ですがミカがあのバリアの中に踏み込んできたら、わたしはかないません」
フタバの力はヒトミに有効でミカに効かない……と、言うことは。
「ミカちゃんの格闘能力もヒトミが遠距離から狙ったら対抗できないってことなのかな?」
「そうなりますね」
つまり三人の能力はそれぞれがじゃんけんのように三すくみになっていると言うことらしい。
何となくそれを理解した公太郎だが、先ほどから眉をひそめうつむいているフタバの様子が気になった。
「……ありがとうフタバ。俺の頭ではとても全部理解できなかったけど少しだけ判ったような気がする」
「わたしたちがバケモノであることがですか?」
公太郎としては含みも無くお礼を言ったつもりなのだがフタバの反応は意外だった。
「先ほどご主人様は核エネルギーが物騒なものだとおっしゃっていました。しかしわたしたちの身体はそれ以上のエネルギーを作り出すことが可能なのです。それこそ暴走すればどうなるか判りません」
「でもフタバたちはそれをコントロールしているだろう」
「……させられている、と言うのが正解なのかもしれません」
彼女はうつむいて指を組んでいた。それは何かを恥じているように見える。
「一般の家庭でメイドとして働くのに原子力の数百倍のエネルギーが必要だと思われますか? 音速の数十倍で氷を撃ち込んだり、あらゆる電子機器を狂わせる電磁障壁を発生させる能力が必要だと思われますか?」
「う、うん……確かにそれはオーバーかな」
「ご主人様の生活をサポートするのであれば、一般的な家事をおこなえ、普段はおそばに控えていられればよいはずです」
その例えだとヒトミの立場が無いように思えるが声に出さなかった。
「わたしはこの力が嫌いです。だからよほどのことが無い限り使用したくありません。それは姉さんもミカも同じです」
「ヒトミも、ミカちゃんも?」
「姉さんは破壊の権化となることで逆に力の存在を忘れようとしています。ミカはより幼く振る舞うことで力を意識しないようにしています。
わたしも普通のロボットメイドでいることで力そのものを無かったと考えています。
どうして父はわたしを普通のロボットとして開発してくれなかったのでしょうか」
「……フタバ」
「申し訳ありません、ご主人様に言ってもしかたありませんよね」
肩をすくめるフタバに対して公太郎は腕組みして答えた。
「まるでダイナマイトの話だよな」
「ダイナマイト?」
「ノーベルがダイナマイトを発明した時はこれを利用すれば安全に鉱山開発ができると思ったのに、結局争いに使われちまった。それを嘆いてノーベル賞ができたって言うけど」
「わたしはダイナマイト以下の存在なのでしょうか?」
公太郎は首を左右に振った。そして板金用の大きなハンダごてを取り上げた。
「どんな発明品だって裏表はあるよ。これだって、ハンダで金属を接合することが目的にも使えるし」
彼がその先端を自分の左腕に押し当てるとフタバが小さく声を上げた。電源が入っていないのでコテ先が冷たく感じるだけだった。
「熱したまま人に押し当てれば凶器にもなる。
何かのSFで言っていたな『危険な道具など無い、それを扱う人間が危険なのだ』って」
彼はハンダごてを元に戻した。
「はっきり言えないけどMETAで大きなエネルギーを生み出すのは何か理由があったんじゃないのかな」
「……そうでしょうか」
フタバはまだどこか納得していないように見えた。
「んー、とりあえずこの家で普通に暮らしていく分にはその力を使うことも無いんだし」
「それはそうですけど……」
「少しもったいない気もするけど、METAで作られる膨大なエネルギーはこの家で暮らすために使えばいいんじゃないのかな。それとも俺がご主人様だとそのエネルギーを使うほどでも無いのかな」
「ですが今のMETAは不安定です。いつご迷惑をかけるか判りません」
どこか悲痛なフタバに公太郎はほほえんでうなずいてみせた。
「じいちゃんほどの科学者になれるか判らないけど、METAを完成させ安全なものにすればフタバたちの重荷も下ろせるのかな?」
「……そうかもしれません」
「なら気長に待っていてくれよ。もしかしたら俺の代では無理でも俺の子供とかその子供とかになれば電子レンジでチンするくらいに普通のことになるかもしれないし」
「……そこまで女性を待たせるおつもりですか?」
フタバが小さくほほえんでいた。不思議なことにその台詞と仕草に既視感があったのだ。
どこかで見たことがあるような……しかし思い出すことができない。
それでも彼はフタバの笑顔に応え自分も笑顔を返していた。
「意地悪かな?」
「はい、とても意地悪です」
「判った、ともかく努力するから」
「はい、ありがとうございます」
フタバは深々とお辞儀をした。
「そろそろ夕食のお時間です。ダイニングでお待ちしています」
「今日はどんな料理がでてくるか楽しみだね」
「はい、楽しみにしてください。ミカが有り余るエネルギーで夕食を作っていますから」
フタバは再度ほほえんで見せた。
公太郎の部屋の外、廊下に立ってヒトミは中から聞こえてくる笑い声に耳を傾けていた。
「努力する……か」
公太郎の言葉を復唱したあと彼女も小声で笑っている。
「ホント、意地悪なマスター」
ヒトミはそう呟いて部屋の前を離れた。




