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それいけ! メイドレス・スリー  作者: みやしん
■第三章 ミカ
17/32

■■ 「あたしの心の形」

 そのヒトミに呼ばれ自室から階下に降りると電話が来ていると言われた。

 相手は海外でリハビリ中の父親である。

 リビングにある固定電話は子機が無く、公太郎はそばにあるソファに腰を下ろす。やましい用件で無いがヒトミが対面で音声を切ったテレビを見ているのが何となく気になった。

『どうやら家政婦さんが来てくれたみたいだな』

 電話の向こうの父親、祐太郎の声は明るかった。ただ回線品質があまり良くないのか、たまにノイズが乗ることがありやや聞きづらい。

『それにしてもずいぶんと若い声だな』

「そうだね、でもちゃんと家事とか料理とかしてくれるよ」

 別に嫌みで言ったつもりは無かったのだが、ヒトミはやや鋭い眼差しを彼に向けていた。

『父さんは元気か?』

「それは……」

 丈太郎の近況を聞かれ思わず声につまる。

 浮かんだのは祖父の傷だらけの姿、自分に向けた笑顔、炎上する屋敷……どうするべきか、このまま父親に目の前で起きたこと全てを素直に伝えるべきだろうか。

 しかし公太郎は首を左右に振った。

「じいちゃん、家を建て直すみたいでしばらく適当なところを旅行するって言っていたよ」

『へえ、あの幽霊屋敷が気に入って買ったと思ったんだけどそうなのか』

「ああ、それで気ままに旅がしたいからって連絡先も教えてくれないんだ」

『それは父さんらしいな。改築はいつ頃終わるんだ?』

「年内に何とかってスケジュールらしいよ」

『するとわたしが日本に戻ったら、挨拶にいかないとな』

 公太郎はうまく話をつないでいるが、その間にも思い出されるのはあの夜の光景である。そのためか口が重くなっていた。

『……どうした、あまり元気が無いようだな』

「ん、ちょっとね」

『あのロボットの方はうまくいっているのか?』

 祐太郎にそうふられちらりとヒトミを見る。彼女は知らんぷりしてテレビを見ていた。

 言われてみればここ数日いろいろあったせいか、自分のロボットをまるで触っていない。先週まで連日連夜没頭していたのが嘘のようだが、何となく今更と言う感じだった。

 祖父との競争に敗れたこともあるのだが『学会』の存在を知った時から、自分がスタートラインにすら立っていないことを思い知らされたのである。

〈俺はヒトミを作り出せるだろうか?〉

 笑いさえこみ上げるような絶望感だった。三人にマスターだ、ご主人様だ、おにいちゃまだと呼ばれていても、それはプログラムされた結果にすぎない。

 自分にそんな価値があると思えなかった。むしろ祖父であれば正当なマスターなのだろう。

「なかなかうまくいかなくて。ちょっと行き詰まっている」

『そうか……まあそう簡単に完成しないだろう。気分転換にわたしの工作室で作業でもしてみると良い』

「そうだね、やってみる」

『使うのはかまわないが、あまり散らかさないようにな』

 その後電話の向こうが慌ただしくなり、話し相手が変わったようだ。

『公太郎、元気にしている?』

 声の主は母親のかな子である。久しぶりに聞くが相変わらず若い声だ。

 実際に祐太郎とかな子はそれなりに歳の離れた夫婦だった。身長差もあるため二人並ぶと夫婦と言うより親子に見えるほどだ。

「うん、元気だよ」

『ハナちゃんに迷惑かけて無いでしょうね』

「ちょっとかけてるかも」

『もー、祐太郎くんと一緒で一人暮らしができないんだから!』

 そのあとかな子の説教を少し聞き、帰国は少なくとも来年になりそうだと教えられ受話器を置いた。

 そのタイミングでヒトミもテレビのリモコンを取り上げると電源を切った。

 静かなリビングで向かい合う二人は、見つめ合うことも無くソファに腰を下ろしたまま黙っていた。

ヒトミは届いたばかりのブラウスとスカートを身体に合わせるように指で引っ張ったり、サイドテイルの髪をなでている。

「……父さんにホントのことを言った方が良かったのかな」

「それはマスターが決めることよ」

「結局、あの教授と同じことを言っちまった」

「そーね、あの男の言うことは事を荒立てないつもりなら最適な言い訳と思うわ」

「あとはじいちゃんが見つかればいいんだけどね」

「……お父様か。どこに居るんだろうね」

 彼女の一言に公太郎は視線だけ動かした。

「ヒトミ、俺の勘違いかもしれないんだが……じいちゃんに対してフタバやミカちゃんと違う感情を抱いてないか」

「何のこと?」

「少なくともすぐに見つけたいと思っていないように見える」

「……そんなことは無いわ。だから教授との会見に無理矢理割り込んだのだし」

「でもあの時は聞いているだけでほとんど話さなかった」

「話すヒマをあなたが与えてくれなかっただけよ」

「いつもは俺に話すヒマを与えないおまえがか?」

「それだけ公太郎が真剣だったと言うこと。あたしが口を挟まなくても聞きたいことはマスターが口にしてくれたから」

 それでもどこか疑いの目を向けた公太郎に、瞳は苦笑いをうかべていた。

「……全くどうしてそんなことを考えるのかしら、あたしのマスターは!」

「気疲れしているだけだよ」

「あらそ。そう言うことなら……」

 ヒトミは公太郎のすぐそばに腰掛けた。そして彼の耳元に唇を近づける。

 サイドテイルの毛先が彼の肩を流れていた。

「そんなかわいそうなマスターは、あたしが慰めてあげる」

 彼女はそうささやくと細い指を公太郎の肩に乗せて、すっと顔をさらに近づけた。しかし彼はふっと息を吐き出して眉をひそめた。

「……またそっちの話題かよ」

「だってこんな時のサポート役だもの。あたしはあたしの役目に徹しているのよ」

「これもプログラムだって言うのか?」

「さあね、あたしには意識できないもの。あたしが嫌っているとマスターが思うお父様に聞いてみれば?」

 公太郎は目を閉じぷいっとヒトミと反対を向いた。

「……いらない」

「無理しなくていいのに」

「無理もしてない」

「そんなにあたしの存在を否定したいの?」

 彼女の声は怒っていると言うよりどこかに悲しみの音色が混ざっていた。それが気になるが芝居かもしれないと思い彼は横を向いたままである。

「公園でも言ったけどヒトミの役目はいくらでもある。それにおまえのマスターが俺でコマンドを出すのが俺の権利なら、おとなしく言うことを聞いてくれ」

「……了解」

 諦めたようにそう告げると彼女は小さく笑っていた。

「いつになったらこんなに可愛そうなあたしに、意地悪なマスターはキスくらいしてくれるのかしら?」

「ヒトミが弱みを見せて泣いてお願いしたらかな」

「ホントに意地悪なマスターなのね」

 ようやく彼女は公太郎から身体を引き離すとソファに深く腰掛け直した。

 あくまで自分の役目に徹しようとするヒトミ……それは全てプログラムから来ることなのだろうか。祖父は人間の心理を全て機械に再現することができたのだろうか。

 フタバに比べても人間くさいヒトミは目を閉じてどこか不満げだ。

 その彼女を見ているうちに、別の疑問を思い浮かべた。

「ヒトミ、メタってなんだ?」

 その単語に彼女は微妙に反応していた。

「昨日のヒトミも、公園でミカちゃんもそれを言っていた。その意味を教えてくれないか?」

「あたしたちが動作するためのエネルギーみたいなものよ」

「それも気になる」

 さらに公太郎は真顔になる。

「この家に来てフタバとヒトミは一度も充電している姿を見たことがない。それに水以外何かを食べている姿もね。君たちはどんなエネルギーで動いているんだ?」

 彼女らの体内に何かの電池か発電システムがあると思うのだが、普通のものであそこまで高出力の運動ができると思えなかった。

 まさかリチウム・イオン充電池程度では無いだろうと予想できる。出力と持続時間を考慮すると新種の燃料電池だろうか。

 自らロボットを作っている身としてどうも引っかかることなのだ。

 公太郎の視線を避けるようにヒトミはうつむいている。

「あたしではうまく説明できないわ。お父様が居ればちゃんと解説してもらえたかもね。あなたにも判るように教えてくれるか別だけど」

 目を伏せるヒトミを見ていると、彼女は何かを隠しているように思える。

 考えられるのは丈太郎が彼に最後に自慢していた新エネルギーだ。その全貌を開発者から直接聞くことが無かったが完成していたのだろうか。

 その特許などに関係してヒトミたちにも説明していないのだろうか。

 丈太郎が行方不明ではそれを聞くこともできない。

 これだけの大容量を作り出せるのは核分裂か。だとすると体内に核燃料を蓄えていることになる。しかしそれは物騒だろう。

〈もしかして小型の核融合炉でも開発したのかな。あれなら水素があれば何とかなるから水を補給していれば継続して動作できるかも〉

「ごめんね、こんなところでも役にたたなくて」

「いいさ、誰にでも得手不得手はあるから」

「そう……」

 安心したようにうなずくヒトミを見て、これ以上聞いても無駄だろうと公太郎は思った。

 ただこの質問から改めて彼女等の構造は、いったいどうなっているのだろうと想像する。

「もしかして、あたしの服の下より皮膚の下が気になるのかしら?」

 まるで公太郎の考えを読んだように言うので彼は思わず声を漏らしていた。

「ふーん、やっぱりそうなんだ。そう言うところはお父様に似ているかもね」

「俺はじいちゃんほどの技術も才能も持ってないよ」

「テクニックの有無と興味は別問題よ。もしマスターがどうしてもってお望みなら、あたしを解体してもよろしくてよ」

 そしてにっこりとほほえむヒトミは冗談で言っているように見えなかった。

「よせやい、解体したら元に戻せないよ」

「それでも興味はあるのね」

「うん、まあ、それなりに」

 曖昧に答えたつもりなのだが、ヒトミはほほえんだまま小さくうなづいていた。

「あたしの知らない間に解体されるのは嫌だけど、もし身体の中を見ることがあったら教えて欲しいことがあるわ」

 ヒトミの奇妙なお願いに公太郎はゆっくりと瞬きした。

「あたしの心の形」

「……それって電子頭脳の精神に関係する部品とかなのか?」

「ううん、それは心理回路って言ってあたしの頭の中にあるし見た目普通のモジュールよ。あたしが見てみたいのはあたしの心」

 大きな瞳でそう言われ公太郎は眉を潜めた。

「俺だって自分の心の形なんか知らないぜ」

「そうかもね……でもあたしは心に形があると思うのよ。それもみんな違う形が」

「それじゃあミカちゃんは?」

「あの子はお花が好きだから、チューリップみたいなものかな」

「ならフタバは?」

「きっとお星様の形ね」

「……するとヒトミは太陽みたいなのかな?」

 彼女の容姿から光り輝く夏の太陽を印象した公太郎だったのだが、ヒトミは目を閉じて首を左右に振った。

「それは違うわ。お日様の形はきっと公太郎よ」

「なら、ヒトミは自分の心がどんな形だと思っているんだ?」

「……お月様」

 彼女は目を閉じたまま静かに呟いた。

「そうね、たぶん繊月かな。ぎりぎりまで細いお月様」

 彼女がなぜ自分の心がそんな形だと思うのか、彼にはよく判らなかった。

 そしてなおさら不思議になるメイドレスと言う存在……

〈ロボットの心か〉

 公太郎は今日寝る前に、自分のロボットの様子を見てみようと考えた。


  §


 とあるビルの地下施設。

 手術室を思わせる部屋の中央に大きめの作業台があり、そこに寝かされているのは身長二メートル以上の大男だった。

 上半身裸、横幅と奥行きが同じような胸板と丸太のような腕、そして口ひげ以外毛髪が無い頭。すでに二度メイドレス襲撃を失敗しているアンドロイド、サムライ・マッスルゥの姿であった。

 彼の胸にはいくつもの検査用プローブが吸着されており、それらは束になってそばにあるコンピュータ端末に繋がっている。首元に接続されている特に太いチューブは先ほどから静かに脈動を繰り返していた。

 端末をのぞき込んでいた白衣の若い男が、目の前の液晶ディスプレイを指さした。

「充填率は一一〇パーセント、すでに稼働に問題ありません、ドクトル」

 そうそばにいた初老の男に告げた。

 ドクトルは咳払いしマッスルゥの身体をのぞき込んだ。

「……さて聞こえるかね? PM0012-346JM。今回もご苦労だった」

『拙者このたびも戦いを終わらせること無く逃走でござる。全くもって情けない有様』

 マッスルゥの声は彼の口では無く、外部スピーカーから聞こえていた。頭部にやや損傷があり発音機能が正しく動作しないのである。

 ちなみに目と耳も外付けのカメラアイとマイクに接続されていた。

『これ以上は恥さらし故、潔くもののふらしく腹を切らせていただきたい』

 ドクトルは外付けのカメラアイに見えるように首を左右に振った。

「慌てることはない。おまえは十分役にたっているぞ」

『本当にござるか?』

「おまえの収集してくれたメイドレスに関する戦闘データは有用だ。それにまだ収集しなければならないデータもある」

『されど、もはや我があるじも無く拙者浪人のみ……』

「何、おまえほどの優秀なサムライならば士官の先などいくらでもある。『学会』だけが活動の場では無いのだよ」

『勿体ないお言葉。されば今すぐにでもかの人形目を討ち取りに』

 マッスルゥの身体が僅かに動いた。それを見た白衣の男が画面に表示されているデータを読みながら首をひねっている。

 状況からすると神経を遮断している手足が動くはずが無いのだ。

 ドクトルは気にもとめず不気味な笑顔を浮かべた。

「慌ててはいけない。その身体を直してメイドレスに対抗できる機能を追加してあげよう」

『おお、さすれば今度こそ、かの人形目の首を我が手に』

「そうだ……そして今度もわたしの指定した場所でメイドレスと戦うのだ!」

『しからば、次なる戦場はいずこで?』

 ドクトルの口元がわずかにゆるんだ。

「おまえの負け戦たる公園の隣……私立末禅高校」

『末禅……高校』

「そうだ、そこで大暴れをしてせいぜい『学会』の連中の目におまえの実力を示してやれ!」

『御意』

 マッスルゥの返事を聞きドクトルは身体を震わせると、拳を握りしめていた。

「そこは亞奴の母校、そして萌葱の孫も居るのだ」

 またもや懐にある写真入れを見ると声を出して笑い出した。

「見ていてください! あなたの仇はわたしが必ず取ります!」

そして、部屋中に響き渡る声で笑っていた。


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