■■ 「ミカもおにいちゃまの身体を洗うですぅ」
末禅公園に変質者が現れたと言う騒ぎは、学校はおろか末禅商店街にも知れ渡り大騒ぎになっていた。
公太郎たち三人はその包囲網を抜け出し、何とか駅までたどり着くとそのまま滝田川に向かっていた。
途中で逃走中のマッスルゥに出逢う可能性もあったのだが、それはヒトミが自分のセンサーと人工衛星をいくつかリンクして警戒していたおかげで遭遇せずに済んだ。
ただ相手も『学会』がからむロボットだ。監視網に引っかからないことも予想できる。
そのため騒ぎが発生している地域を、警察と消防の無線を盗聴し確認していた。末禅公園での大騒ぎは一応収束しているようだ。
「おねえちゃまはいろいろできてすごいんですぅ」
「ま、あたしにできるのはこれくらいだしー」
滝田川駅に到着するとミカとヒトミはそんなことを言っていたが、何にもできない自分はどうなんだろうと思い、やや落ち込んでいると、
「おにいちゃまはミカのごしゅじんさまですから、それでいいんですぅ」
そんな慰めになっているのだかいないのだか判らない言葉をうけ照れ笑いした。
そのあとミカのリクエストで駅前のスーパーに立ち寄り、彼女の指示でたくさんの食材を買い込んだ。聞けば公太郎に逢えたので今日は豪華なお料理を作るのだと言う。
「ミカお料理は得意ですからぁ、期待してほしいですぅ」
フタバも家事全般は妹の方が上だと言っていた。
彼は荷物持ちとして役にたつことになるのだが、そう言う力仕事はヒトミの方が適任なのではないかと思いそのままを告げてみると予想通りの言葉が返ってきた。
「女の子にそんな荷物を持たせて、男として心が傷まないわけ?」
とても冷たい視線に彼はおとなしく従うしかない。
そんな仲むつまじい兄妹三人で家に帰ると、玄関で自分たちを迎えてくれたのはすっかり元気になったフタバだった。
「フタバおねえちゃまぁ!」
ミカはフタバの姿を見るなり小さな身体をはずませ彼女の胸に飛び込む。そのあと、
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま」
何となくメイド喫茶ってこう言うものなのかなと実感する。
平蔵には末禅駅ビルにできたメイド喫茶にいこうと何度も誘われていたこともあり、それなりに興味があったのだ。
まずここまではとても穏やかな帰宅時の風景だった。
そこに……階段から華子が降りてきて、次のバトルが始まるわけである。
三姉妹の正体がロボットであることを華子に説明した……それについて公太郎もヒトミもフタバから伝わっていた。
「……ヒトミおねえちゃまが二人いますぅ?」
当然のようにミカが華子を見るとぽかんと口を開けている。それに対してフタバがにこやかに華子を紹介した。
「この人はご主人様のただの幼なじみの方なのよ。あなたも自己紹介しなさい」
さりげなくきついことを言われたような気がするのだが、華子も目の前の本当にお人形のように可愛らしい女の子をじっと見ている。
ミカは華子にぺこりと頭を下げた。
「はじめましてぇ、メイドレスのかんじざいぼさつY、お名前はミカですぅ」
すでにカテゴリーと言う方が簡単だと思うのだが、華子も何の事か判らなかったのかそこには突っ込まなかった。
そこはまだ良い。
問題なのがヒトミである。彼女は悪びれる様子も無く余裕のある笑を向けていた。
「あーら、気がついたんだ」
すると華子もこれまた不自然なくらいに爽やかな笑顔を向けていた。
「おかげさまで、学校をサボったあげく九時間もたっぷり寝かせてもらったわ」
華子の普段着のヒトミと、昨日のヒトミと同じ服装の華子、 声が違うから良いが、ヒトミが声を華子のそれに切り替えたらより不気味さが増していたことだろう。
二人は笑顔のままお互い見つめ合っている。次に動いたのは華子だった。
「学校で変なことしてないでしょうね」
「ええ、『いつも通り』マスターと仲良くしてただけよ」
華子のこめかみがぴくんと震えた。
「いつも通り?」
「そうね、教科書忘れたマスターに肩よりそって見せてあげたり、お昼休みに一緒にお弁当食べたり、放課後に指導室で先生に二人の将来について相談したり、あと一緒に下校して公園でデートしたくらいかな」
「……ホント?」
華子の刃物のような視線は当然のように公太郎に向く。
「いや、一部脚色が」
「大変だったんだからマスターったらああしろこうしろって、もちろんあたしはメイドだからマスターのコマンドに逆らえないしー」
「……ホント?」
「いや、俺は命令なんか……」
「だってぇ、学校ではいつもそうしているから、華子に化けている以上そうふるまえって」
「……ホント?」
「違うぞ、違う」
「それでも保健室では優しくしてもらったかな、ベットもあったしー」
「……ホ・ン・ト?」
「いって無いってば」
「一番困ったのがお昼休み、お弁当箱を渡したら『どうして口移しで食べさしてくれないんだ』って怒るから、しょうがなくて恥ずかしかったんだけど……」
華子は無言になった。公太郎は青くなった。ヒトミはこんな時だけ彼の肩によりそった。
公太郎は自分に『甲斐性』と言うものが欠けていると実感する。
同じ顔の二人の美少女がそれぞれの制空権を主張しオーラを吹き出している。その球体が重なる部分で熱対流が起き蜃気楼が発生し風景が歪んでさえ見えた。
「……こっちのヒトミおねえちゃまはおにいちゃまの恋人なんですかぁ?」
相変わらず平蔵並みに空気を読まないミカが、華子を指さしてぽつりとそう公太郎に聞くと、すかさず華子が顔を真っ赤にして答えた。
「な、何言ってるの、公太郎はただの幼なじみよ!」
「そうそう、『華子は俺の幼なじみ』なんだ」
緊急停止コマンド発動!
当然のように三姉妹はぴたりと動きを止めていた。指を口にくわえて公太郎を見ているミカ、華子とヒトミの間に入って困っているフタバ、そして公太郎の肩に身体を寄せているヒトミ。
「……どうしちゃったの、みんな?」
「一応、仕様だから」
ヒトミたちがロボットであることをまざまざと見せつけられた華子だが、問題なのは三姉妹の再起動である。
彼は大丈夫だからと華子をリビングに追い出し、三姉妹に禁断の復活の呪文を唱えるのだった。
§
そのあとヒトミが注文した衣料品が届いた。そこでミカが華子に提案したのは、
「今日はこの新しい服を着て帰ってくださいですぅ。ヒトミおねえちゃまが着ていた服は洗って返しますぅ」
その提案に華子は困惑しヒトミは眉を潜めた。
「別に発汗機能と疑似体臭機能はオフにしてるからそんなに汚れてないわよ」
「そう言う問題では無いですぅ、礼儀ですぅ」
結局ミカに押し切られ、華子が着替えてみると気味が悪いくらいサイズがぴったりだった。彼女はポケットに入っているものとカバン、それに一昨日の夜に落としたおなべを持って、どこか釈然としない様子で家に戻ったが今度学校でのフォローが大変だと公太郎は肩を落とす。
それから食材を抱えたミカが台所に入って夕食の準備が始まるわけだが、彼としては本当に家事ができるのだろうかとやや心配になる。姉二人は気にする様子もなく特にヒトミは自分がそこに入らなくて良くなったことを本気で安心しているようだった。
結局一人暮らしからいきなり四人暮らしになったわけだ。彼が問題に思ったのは三姉妹の部屋割りだった。
公太郎の家はリフォームでとても余裕のある造りになっているのだが、それでも四LDKである。二階には物置と別に四畳半の和室が空いているが三人には狭いように思えた。
「わたしたちは寝室が無くても大丈夫ですよ」
部屋割りについて相談した時のフタバの返答だ。
「調子が悪くなければ横になる必要もありません」
「小さな故障とか傷はどうするの?」
「自然に修復できますけどあまり大きな損傷になると専用の施設が必要になります」
つまり爆破された祖父の屋敷にあったであろう装置のたぐいだろうか。もし大きな損傷を受けたとしたら今の自分では修復など不可能だ。
そうなると教授に頼るしか無いのだろうか。彼は食事の支度が済むまで自室で教授からもらった名刺を見ていた。
教授は『役に立つ』と言っていたがどう見ても普通の紙だし、その真ん中に縦書きで教授と二文字書かれたそれは子供のお遊び用に思えてしかたない。
彼と接触するには野中に話せば良いと思うのだがいまさら彼がロボットだと聞かされても今後どう接して良いのか迷ってしまう。
名刺入れを持たない公太郎は、教授のそれを工作室の作業机の中に納めていた。生徒手帳に挟んでも良かったのだがもしも手帳を落とした場合に不審がられるかもしれないと感じたのだ。
部屋割りの話は二階の四畳半を主に両親が帰ってくるまで一階の八畳も使って良いことに決めた。
フタバは寝る時に(待機状態だと言う)布団もいらないと言うのだが、それだと彼の精神衛生上よろしくないのでヒトミに頼むと、通販サイトから布団三組を注文してもらった。
昨日購入した衣服はヒトミだけで無く三人分の私服も含まれていたのだが、どうせなら寝具や日用品など必要と思えるもの全部を、またしてもバーゲンセールのように注文した。一部は配達が間に合わないそうなのだが、ほとんど明日の夜までに届くと言う。
ヒトミが彼の工作室でパソコンを使用していると時々落ち着かない様子を見せていた。
「どうかしたか?」
「うーんどうもね、気になることがあって」
彼女は小首をかしげていたが、サイドテイルを揺らし首を振った。
「……もう少し調べてからにするわ」
買い物している彼女は楽しそうに見える。こう言うところは人間に似せて作っているのだろうなと公太郎は思った。
ヒトミが買い物を終え部屋を出てすぐ、夕食の支度が調ったとフタバから声がかかる。
ダイニングに向かうとテーブルにはまさしく豪華な料理がのっていた。
食べるのは公太郎一人なのでトータルの量はそれほど多く無いのだが、フタバが用意してくれた食事に比べてバリエーションが豊富、見た目もあでやかである。
「これ、ホントにミカちゃんが全部作ったの?」
「はい、がんばりましたですぅ」
彼女はメイド服の上に大きめの白いエプロンを着け頭にコック帽を乗せるとお似合いの笑顔を向けていた。
できあがりの見事さもさることながらその手際も良かった。台所に入ってから料理が完成するまでの時間がとても短いのである。
スーパーで買い物した時に加工された食品はほとんど購入しておらず下ごしらえから始めているはずだから、彼はもっと待たされるものかと思っていた。
「おにいちゃま、早くたべてくださいですぅ」
「うん、いただきます」
さっそくいくつかのおかずを食べてみると、何と言うことだろう! それらの全てに的確な下処理と絶妙な味付けがされている。
どれもこれも「うまい」としか言いようが無い。食べ出すと箸を置くことが不可能なほどだった。
せっかく作ってくれたのだからもっと味わって食べようと思いつつも身体と口は次の料理を求めて動き続ける。傍目から見るととても下品な食べ方になっていたかもしれないが、彼の様子を見ながらミカはにこにこしていた。
最後まで一気に食べ終えると彼は自然に手を合わせていた。
「んー、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでしたですぅ!」
「いやー、おいしかったよ、とっても」
「喜んでくれてミカ、うれしいですぅ。おにいちゃまはたべっぷりがかっこいいので、見ていて楽しいですぅ」
ミカがほほえんでいる間、ヒトミが複雑な表情で公太郎を見ていたのが何となく気になった。
「それではおにいちゃま、これを受け取ってくださいですぅ」
ミカは公太郎の目の前に黄金色の指輪を差し出した。それは姉のそれと同じ形状だった。
唯一異なるのはルビーがはめ込んであることだ。この宝石の色は姉妹のメイド服と同じなのだろう。
素性は心得ているので受け取ったそれを左の中指に嵌め、そっとミカの前に差し出した。
ミカがゆるゆるの指輪に小さな唇でそっと口づけると、鋭く輝いて指に絡みつき二人の指輪と一つになった。
幅がほんの少し広くなったように思えるが装着感がまるで無い。宝石はサファイヤ、エメラルド、ルビーの順に縦に並んでいた。
ヒトミ、フタバ、ミカの指輪が一つになった、これが完成形なのだろうか……彼は蛍光灯の明かりを反射し美しく輝く黄金色のそれを見つめていた。
「これでおにいちゃまは、ミカのホントのおにいちゃまになりましたぁ!」
「うん、これからもよろしくね、ミカちゃん」
「はい、お料理や洗濯やお掃除にお裁縫はおまかせくださいですぅ!」
そこで少し不機嫌顔のヒトミが割り込んで空っぽになった食器に手を伸ばす。
「ハーイ、食事も終わったんだしさっさと片付けましょうね!」
ヒトミは慣れない手つきで食器を重ねる、その様子をじっと見ていた公太郎に流し目を向けた。
「公太郎、お風呂にでも入っちゃえば」
「……そうするか」
彼はヒトミに追い出されるようにダイニングをあとにしていた。
§
〈やっぱり料理のことで思うところがあるのかな〉
公太郎は浴槽につかりながらぼんやりとそんなことを考えていた。ダイニングでのヒトミの態度についてだ。
本来ならメイドとしてあるまじき態度と言うことで、折檻の一つでもして良いのだろうが、どうもそう言うのは自分の体質に合わない。
そもそもフタバならともかくヒトミはメイドに思えなかった。メイド服を着ていないこと、普段の口調、家事全般のスキル……どれを取ってもメイドでは無い。しいて言えば美人だけど性悪の従姉妹の姉である。
さすがにミカにでも八つ当たりしたら注意しようと思ったが、ヒトミも妹に理不尽なことを言い出さないようだ。
ふと曇りガラスがはめ込んである戸を見たが、今回は誰がお風呂に入ってくるのだろうかと考えた。
順番からするとミカだと思うのだが、彼女の場合身体を洗ってくれると言うより、一緒にお風呂に入ると言い出すのかなと想像する。
ただ家事はお任せくださいと言っているのでこんなこともばっちりとこなすのだろうか、いやいやこれは家事では無いだろう……などと妄想していると、ガラス戸の向こうにうっすらと人影が見えた。
「失礼します」
静かに入ってきたのはフタバだった。前回と同じバスタオルだけの姿だが、昨日のヒトミを見ているせいか今回はさして驚かなかった。
それより今もしっかり着けているまん丸メガネだが、浴室の蒸気にさらされても曇る様子が無い。特殊な防湿加工が施されていると思うのだがあの祖父である、それ以上のどっきり機能が組み込まれていると思える。
例えば透視機能とか、目からレーザー光線を発射する場合の集束レンズになっているとか。
「ご主人様、お身体を流します」
彼女はしゃがむと小さくお辞儀した。気をつけないとフタバもセクサロイドと言うことだ。あのバスタオルの下にきちんとした女の子があるわけだからと、公太郎はなるべく視線を上に向ける。
すると彼女の胸元で目が止まった。ヒトミが教えてくれたフタバはBカップと言う情報がバスタオルの谷間を見ているうちに思い出されてしまう。そこでさらに視線を揚げると真面目な彼女と目が合ってしまった。
自分がよこしまなことを考えているのでその澄んだ瞳を見ていられず視線を落とすのだが、そこに胸が、さらに降りて足下がと上がったり下がったりを繰り返す。
そうしているうちにどうにも浴槽から出づらい状態になっている。フタバは気にしないだろうが自分が気にする。
「……いかがされましたか、ご主人様」
「いや、ええと、その……」
「ご気分が悪いのですか? お一人で出られないようでしたらわたしが補助しますけど」
それはもっとまずい。フタバならまだしも騒ぎを聞きつけたヒトミにこの状態を見られたら、どんな表情を向けられるか想像にたやすい。
浴槽の中でもじもじしていると、ガラス戸がいきなり乱暴に開いた。
「ミカ、おにいちゃまと一緒にお風呂に入りますですぅ!」
その元気な声のあと、頭にタオルを巻いただけのミカが浴室に入ってきて、そのまま浴槽に飛び込んでいた。
大きな水しぶきが上がり公太郎も頭からそれをかぶってずぶ濡れになる。お湯の中に沈んだミカはすぐに顔を出して楽しそうに笑った。
「ダメでしょうミカ! そんな入り方ではご主人様に迷惑よ!」
フタバはガラス戸を閉めながら注意するが、ミカはにっこりとほほえんだままだった。
「だってぇ、一緒にお風呂に入りたいんだもぉん!」
「もうミカったら……申し訳ありませんご主人様」
「いやいいよ。それより背中だけ流してもらおうかな」
「はい、かしこまりました」
ミカが飛び込んでくれたおかげでビックリして、何とか浴槽から出られる状態になったのだ。
〈ありがとうミカちゃん、俺は心を折らずに済んだよ〉
彼は心の中で浴槽の中の天使に手を合わせた。
公太郎は一応タオルで股間を隠すと、フタバに背を向け腰を落とした。彼女は慣れた手つきでスポンジにボディーソープをすり込み背中にそれを滑らせる。
その時彼はフタバと別の視線を背中に感じていた。
「ミカもおにいちゃまの身体を洗うですぅ」
浴槽の中でその様子を見ていたミカが洗い場に出ると公太郎の前にしゃしゃり出たのだ。
なぜ背中でなくて前? 浴槽の天使は洗い場の悪魔になるのか?
ミカは頭に巻いていたタオルを外すとそれに石鹸をすり込んで彼の胸板を洗い出した。
「失礼がないように洗うのよ、ミカ」
「判っていますですぅ」
一応力加減は心得ているのかさほど圧迫を感じることも無いが、前後二人が全力を出すと自分は即圧死だろうなと思う。
思うついでにミカもセクサロイド扱いになるのだろうかと言う考えが頭によぎる。
〈いやじいちゃんだって、いくら何でもそこまでしないだろう〉
頭のタオルも無くなったミカは今のところ彼の前で全裸状態である。なるべく肩から上だけを見るようにしているが、ちょっとしたはずみで視線が落ちても胸がふくらんでいる感じは無い。
もちろんそこから下は絶対に見まいと心に誓っているが興味が無いわけではない。待て待て自分はそんなロリコンじゃないぞと思っていても本能的な反応をしそうな自分の身体が怖かった。
「わぁい、おにいちゃまも泡だらけですぅ」
明らかに泡立てすぎのタオルで公太郎の身体で遊んでいるミカは、何の遠慮も無く公太郎の股間のタオルをむしり取っていた。
「ミカちゃん、そこは俺が……」
「ミカ、そこはご主人様の大切なところだから気をつけて洗ってね」
「ハぁイ、判りましたですぅ」
って言うか止めろよと思っているうちに、泡だらけのタオルを盛んに押し当てて、きゃっきゃきゃっきゃと洗っていく。
その仕草があまりに無邪気なため、今回も膨張や暴発しなかったが二人が身体を表裏同時に洗い終わるまでにすっかり心が疲労していた。
「それではご主人様、わたしは失礼します」
全身の泡を洗い流したあとフタバが頭を下げた。
「ああ、どうもありがとう」
「ミカ、もう出なさい」
「ミカはもう少しおにいちゃまと入っていますぅ」
「あまり迷惑にならないようにね」
フタバは再度頭を下げると浴室から出ていった。
そのあとやや狭いが浴槽にミカと二人身体を沈めていると、ようやく落ち着いた気分になった。
彼がふうとため息をつくと、ミカもまねをしてため息をつく。タオルを絞ってたたんで頭の上にのせると、彼女も同じようにして頬をゆるめていた。
「ミカちゃんは料理じょうずだね」
「えへへ、ありがとうです」
「どれくらいのレパートリーがあるの?」
ミカは上目遣いに考えてお湯から右手を出して指を折り、足りなくなると左手も出して指を折った。
「うんとぉ、材料さえ手に入れば、何でもつくれますぅ」
「フランス料理とかイタリア料理とかでも大丈夫なの?」
「メキシコとかブラジルとかベトナムとかタイとかでもできますぅ。ただ、広島風お好み焼きは難しいですねぇ」
つまり万能では無いにせよ作れない料理は無いと言うことだ。
「あとはおにいちゃまの好みを覚えていけばばっちりですぅ」
「今のでも十分おいしいと思うよ」
「まだまだですぅ、精進を怠ったり慢心したらダメですぅ」
「えらいえらい」
彼がタオル越しに彼女の頭をなでるとまさしく満面の笑みを浮かべた。
ところが公太郎が手を放すと大きな瞳を寄せ少し寂しそうな表情を見せる。
「でもミカはもっと大きくなりたいですぅ」
「そうなの? 家事とか完璧にできるのならそれでいいような気がするけど」
「でもぉ、おねえちゃまがうらやましいですから。ボインもぺったんこだしおしりも小さいしヒトミおねえちゃまのふかふかボインになりたいですぅ」
そう言うところは女の子なのかと思いつつ、性格まで似てほしくないなと素直に願う。
ミカは大きな瞳でじっと公太郎を見ていた。
「おにいちゃまはパパと同じで背が高いからぁ、ミカももっとオトナになってみたいですぅ……」
大人になると言っても時間がたてば成長するわけでもない、たぶんそこはミカも判っているのだろう。
もちろんボディを差し替えればそこで大人になれるのだが、今の自分には到底無理なことだった。
「じいちゃんが見つかれば大人の身体にだってなれるのにな」
「そうですぅ、早くパパが見つかるといいですぅ」
ミカにパパと聞かされて改めて考えてみる。
丈太郎がミカたちの父親だとすると、自分の父親の祐太郎と兄妹となり自分から見るとミカは叔母にあたるわけだ。
「そうか、ミカちゃんは俺のオバサンになるのか」
「違うですぅ、ミカはオバサンじゃないですぅ!」
「ごめんね」
少しむくれたミカのほっぺたを指でちょんちょんとつつきながら、この台詞だけはヒトミに絶対言うまいと公太郎は心に誓った。




