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7.意味不明のアドバイス

 家に帰って坂上に宣言したとおりににーちゃんに写真付きで報告書を送ったら、目覚めたときにメールが返ってきてた。

 受信時間が朝五時過ぎてて、一体にーちゃんはどういう生活を送ってるのかちょっと不安になる。

「うわうまそうそれ! 今度お兄様をそこに連れて行きなさい。というかお兄様は坂上君といいお友達になれそうなので紹介して下さい」

 高圧的なんだか丁寧なんだかよくわからない文面。眠すぎて大分壊れてるんじゃないかなあ。

「二人を横に並べて見比べても楽しそうだけど、ね」

 そうは思うけど、実際に横に並べるチャンスはないだろう。

 既読のメールの中から麻衣子のメールを選び出す。昨日の夜に送られたそれは、今日の約束の件について書いてあった。

「はぁい、未夏。坂上とのデートはどうだった? あ、詳細は明日生で聞くから、ネタばらしはしないように。さて明日だけど、家の場所は覚えてるわよね? 可愛い格好して来なさい(命令)。私が未夏をもっとかわいーくして自信をつけさせてあげるから。あ、時間は二時くらいで! 近くまで来たらメールして」

 可愛い格好ってどんなのよって返信したら、

「とにかく可愛いの。気合いの抜けた服着てきたら、わかってるわよね?」

 なんて微妙に怖い返答。私は何をわかってることになってるの麻衣子。

 とにかく昨日の晩は慌ててひたすらクローゼットをひっくり返した。

 気合いの抜けたのは駄目って言われたけど、友達の家に行くのに気合いを入れた服っていうのもどうなんだろう。ジーンズなら動きやすくていいと思うのに。

 麻衣子が期待しているであろう、可愛らしい服の在庫はあいにくと一つしかない。臨時収入があったんだと上機嫌だったにーちゃんが冗談半分で買ってくれた、茶色いスカート。

 ふわふわな生地で高校生の私からすると結構値が張った。買ってもらったのは去年だけど一度も着たことがないのはにーちゃんは絶賛してくれたけど似合うとは思えなかったから。

 全く着ないでクローゼットの肥やしにするのも申し訳ないし、麻衣子の家に行くだけなら似合わなくても人目を気にしなくていいかもしれない。

 何度見返してもメールの文面が変わることはない。ジーンズの誘惑に流されそうにはなったけど、えいっと思い切って、スカートに着替える。

 白いシャツ、寒いといけないからジャケットを羽織った。

 鏡の前で一回転して、確認する。まあまあだ。似合うか似合わないかは別として、可愛い格好だと思う。うん。

 これなら麻衣子も一応納得するでしょう。




 家を出て、いつもの停留所からバスに乗る。

 麻衣子の家は学校から徒歩圏内だ。二つ手前のバス停で降りると、少し違和感があった。

 車内は暖房が効いていたのか、外に出ると寒い。

 もうすぐ冬なんだなあって思いながら、記憶にある道をたどった。

「あ」

 そうだ、メールしなきゃ。

 思い立って立ち止まる。何度か来たとはいえメールを打ちながら歩いたら迷う予感がしたので、手早く文章を打ち込んで、送った。

 バス降りたよ、だけでも充分意味は通じるでしょう。

 ちゃんと送信完了画面を確認して再び歩き始めると、ややしてくぐもった着信音がカバンの中から聞こえはじめる。

 麻衣子からだった。

「もしもし?」

「やっほー、未夏。今歩いてるところ?」

「うん」

 テンションの高い麻衣子の声。

「おっけ、じゃあ着く頃に戻るから玄関前で待ってて」

「戻る?」

 問い返してる途中でぷちっと通話が切れた。プープーいう携帯の、電源ボタンを押して黙らせる。

 出かけてたんだ。

 待つだけなのもつらいから気持ち足をゆるめた。それでもすぐに麻衣子の家にたどり着く。

 麻衣子の家は純和風の見かけだ。見覚えはあるけど、木彫りの立派な表札にちゃんと里中と書いてあるのを確認する。

 間違いなく麻衣子の家だ。でも、待っててといわれても門の中にはいるのにはためらいがあった。

「ごめんお待たせ、未夏!」

 立ちすくんでいると、すぐに麻衣子の声が聞こえた。声のした方を見ると、麻衣子が隣の家から飛び出したところだった。

「お隣さんに行ってたんだ」

「そー。ちょっとあってね」

 麻衣子は足早に近づいてきながらにっこりした。上から下まで私を観察して眉を寄せる。

「八十点ね。その服にスニーカーはないんじゃない?」

「だって他にないし」

「そんなもの、学校にはいてくローファーでいいじゃない。スニーカーよりはましだわ」

 てゆか、一足くらいまともなの買っておかないとって麻衣子は続けながら鍵を開けて玄関をくぐる。

「入って」

「お邪魔します」

 先に部屋に行っておいてって言い残して麻衣子は台所に行った。勝手知ったる何とやらで言われたとおりに麻衣子の部屋に入ったものの、座るのは遠慮してしまう。

「座っててよかったのに」

 お盆を持ってやってきた麻衣子は呆れたように呟いた。

 麻衣子の部屋は外見からは想像できない洋室。それもとても大きい部屋だ。

 部屋の中央に四畳くらいのカーペットがあって周りにまだ余裕がある。いつ来てもうらやましいくらいの広さ。

 私の部屋にこれくらい余裕があれば、スライド付きの大きな書棚が欲しい。でも現実の私の部屋といえば、六畳しかなくてしかもいろんなものであふれかえってる。

「いつ見てもきれいにしてるよねえ」

「そう?」

 部屋が広いだけじゃなくてきっちりと片付けられている。だから余計に広さを感じるんだと思う。

 麻衣子は私の感想に首を傾げた。

「手抜きで悪いけど」

 カーペットの真ん中のテーブルに二人分グラスを置いて麻衣子はペットボトルのミルクティーを注ぐ。

「で」

 向かい合わせに腰を落ち着けて、一段落したら麻衣子がいきなり身を乗り出してきた。

「昨日はどうだったの?」

「えーっと」

 興味津々って顔で、じっと見つめられて。

 ごまかすようにグラスを手に取ったら軽くにらまれた。

「どうって、図書館前のカフェでケーキセットをごちそうになったけど」

「簡単にまとめないの!」

「だって」

「だってじゃないの。いいこと未夏、昨日の事を聞けばそれだけこれからの対策が立てやすくなるんだから」

「ただの好奇心なんじゃないの?」

「それもあるけど」

 麻衣子は素直に認めて。

 でも傾向と対策を考えるためには聞かなきゃいけないんだからね、と続ける。

「それだけど」

「うん?」

「本気なの?」

 麻衣子は目をぱちくりさせた。

「そう言ったでしょ?」

「私、坂上に告白する気はないんだけど」

「当たりに行かなきゃはじまらないと思うけど」

 呆れたように麻衣子は言ってため息一つ。

「でも未夏は逆立ちしたってそんなことできないとはわかってるわ」

 そこで麻衣子はにやりとした。

「だったら、坂上に告白させればいいだけの話、でしょ?」

「はああああ?」

 けろっとそんなことを口にする麻衣子には自分がむちゃくちゃなことを言っている自覚はないらしい。

「私が告白する以上にありえないよそれ」

「悲観的なこと言わない。さー、そんなわけだから昨日の詳細をさっくり話なさーい」

 うきうきした様子でそう私を促して、麻衣子は目線に力を込めた。




 しばらくにらみ合うことで、抵抗はした。でもどうしたって麻衣子の要求には抗いきれない。

 話せない何かがあるわけでもないし、正直に全部説明した。

 取り巻きさん達の話のところで片眉を上げて、記念写真のところでため息をもらしたものの麻衣子は黙って話を聞いている。

 話し終わってもしばらくは黙りだった。

 すっと手を伸ばして、ミルクティーを飲み干したあと麻衣子はようやく口火を切る。

「なんつーか」

 呆れたような声。

「なに?」

 そんな呆れられるようなこと言った覚えないんだけどな。

「未夏って……ブラコンよねえ」

「だから違うって言ってるでしょ」

 いつもの言葉にいつものように答える。麻衣子の反応はいつもより呆れた風。

「お姉さんから一つ忠告」

 昨日からお姉さんぶるブームが麻衣子にやってきているようで、そんな風に言いながら彼女は指を一本立てた。

「坂上に振り向いて欲しいんなら、そのブラコン何とかしなさい」

「だからブラコンじゃないんだって」

「端から見たら、充分そうなの。いい? 未夏は坂上が小坂さんばかり見ているって言うけど」

「実際そうだよ」

 口を挟むと黙っててと軽くにらまれた。

「客観的に見たら四月からこっち、坂上が妙に執着してるのは未夏、貴方よ」

「え」

 麻衣子がさらっと言ったことが意外すぎて、私は馬鹿みたいに口を開けた。

「一回断っても誘われたって辺り、脈はあるでしょうが」

「でも、だって、お礼みたいな感じで言ってたし」

 何とかそう言うと、麻衣子はあーあってつぶやいた。

「何度も誘ってくれたんだから、そこには好意があるって思わない? それをあっさり断っちゃったりして」

「だって、麻衣子との約束が先だったし」

「じゃあ私が誘ってなかったら行った?」

 鋭い眼差しが私を射抜く。首を横に振るとほら、と言いたそうな顔。

「知らない人ばっかりのところに、入り込みにくいじゃない」

「坂上だけを見つめてりゃ、問題ないでしょ。余計なもの見て余計なこと考えてるから先に進まないの。ま、そう仕向けたのは私かもしれないけど」

「そんなこと、ないよ。麻衣子があの人のこと言わなくたって、私だってずっと見てれば気付いただろうし」

「まったくねぇ」

 麻衣子は呟いて、ため息を吐き出す。もっといろいろ言いたいことはありそうだけど、ため息に変えたみたいだった。

「あと、お兄さんネタは厳禁」

 そして、話を少し変える。

「なんでそこでにーちゃん?」

「坂上が未夏に好意があっても、しょっちゅうお兄さんの話を聞かされてその上ことあるごとににーちゃんにそっくり、だなんて聞かされたら好意もしぼむってもんでしょ」

「前提条件があれなんですが」

「どれよ」

 わかっているだろうに、麻衣子は首を傾げる。

「想像してみてよ。坂上がお母さんのことをママ、ママなんて呼んでるマザコンだったら」

「うわこわっ。今なんか頭の中でイメージが浮かんじゃったよ……」

「引いちゃうでしょ? 未夏はお兄さんネタで同じことしてるのよ」

 強引なことを言ってるのに麻衣子は自信満々だった。

「坂上は確かに、去年は別の人を見てたかもしれない。でも今、その人には恋人がいるのよ。それも坂上の親友。だから別の人に振り向く余地はあるの。だったら可能性を減らすような真似、自分でしちゃ駄目。わかった?」

「でも、そんなこと急に言われても……」

「いいからわかったことにして、お兄さんのことは言わないように」

 じっと私にプレッシャーをかけて、うなずかせる。

 麻衣子はほう、と息を吐いて時計を見上げた。

「あら、もうこんな時間じゃない。思ったより手間取ったわね」

 もうとか言っても、来てから一時間くらいしか経ってない。それなのに麻衣子は慌てて立ち上がった。

「ちょーっと待ってて」

 言うなり部屋を出て、ばたばた部屋から離れていく。

 私は肩の力を抜いて、伸びをした。

 急激な麻衣子の言動の変化に、気持ちが追いつかない。今まで駄目だ駄目だって言ってたのに、本当にどうしていきなり私を勇気づけるようなことを言うんだか。

 応援してくれるのはうれしいけど。

 でも麻衣子がどれだけフォローしてくれても、坂上が私に振り向いてくれるとは思えない。

 だってあの人はきれいだし、あの人を坂上が見つめているのを見たのはつい何日か前だし。

 そりゃあ麻衣子に言われて思い返すと、二年になってから少なくともクラスの中で一番坂上と仲がいい女子は私だけど。

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