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6.デートの真似事を

 いつも降りる一つ先でバスを降りて、坂上の先導で歩き始める。

「図書館?」

 いつもお世話になってるところだから土地勘がある。バスを降りて少し歩いた右側は緩やかな上り坂。そして坂の上には図書館がある。

「の、前。お店があるの知らない?」

「あー、あるかも? ここ来るときは図書館しか見てないから、どんなお店だったかまでは」

「おっしゃれーなカフェだよ」

 期待しててね、って坂上はにっこり笑って口を閉じた。

 道中時たま思い出したかのように坂上がした呼び名についての提案を、ことごとく突っぱねたことでご機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

 坂上のことを名前で呼んでいたらもしかして――とは思ってたけど、改めて提案されたからってはいそうですかと呼び名を変えるわけにはいかないんだから仕方ない。

 春の話を逆手にとって、知り合ってもう大分経つんだから名前で呼んでくれてもいいんじゃないとまで言われたけど、時間が経ったからこそ呼びにくいって事はある。

 最初っからそう呼んでたら誰も気にしないだろうけど、今更そんなことしたら変な誤解をされそうで怖い。

 名前で呼び合う、なんて。

 まるでつきあってるみたいじゃない。

 実際そうなら天にも昇る心地になるだろうけど、そうじゃないんだから周りにそんな風に見られてもつらいだけだ。

 誤解されてそれを坂上が否定するのを見たら、絶対傷ついてしまう。

 だから否定したんだけど、おしゃべりな坂上が黙りこくって先を進むのを見ると悲しくなった。

「着いたよ」

 うつうつと考えていたら目指すカフェの前までたどり着いていた。本当に、図書館の目の前。

 坂上は金メッキの取っ手に手をかけて、木製の扉を押し開いた。

 からりと扉につけられたベルが鳴って、中からいらっしゃいと声がかかる。

 白髪の優しそうな風貌のおじさんがカウンターの中から軽く頭を下げて、坂上は「こんにちは」と明るい声をかける。

 こぢんまりとした明るい室内。木調に整えられたテーブルや椅子。壁にはパステル調の風景画がいくつかかけられている。

 どこかで聞いたようなクラシックが、うるさすぎず、気にならない程度の大きさで流れていた。

 お客さんは数人程度。誰もがゆったりとカフェの空気を楽しんでいるようだった。

 坂上は店内をくるりと見回して、窓際の席に狙いを定めて勝手に歩き出す。

 案内を待たなくていいのかななんて心配は必要なかったらしくて、席に着くとしばらくして気にしたそぶりもなくウェイターさんがやってきた。

「いらっしゃいませ」

 大学生くらいのお兄さんは私と坂上の前にグラスとおしぼりを置いて、一礼して去っていく。

「さて」

 坂上は壁際に立てかけてあったメニューをすっと抜いた。

「何でもおごっちゃうよ」

 満面のうれしそうな笑顔で坂上は宣言。メニューを私に見えやすいように広げて、はいと押し出してきた。

「本当に何でもいいの?」

 とりあえず意地悪く尋ねながら、メニューに視線を落とす。

 サンドイッチとかの軽い食べ物と、ケーキやパフェといったデザート、あとは飲み物。

「どーんとこい。がっつり頼んでいいよー」

 めくりながら悩んでいると坂上は気前よく言った。

 よっぽど追試がうまくいったんだろう。にこにこして、やたら機嫌がいい。

 とは、いわれても。

 本気でがっつり頼んで、遠慮のないヤツだって思われるのも嫌だし。

「じゃあ、っと」

 坂上のがっつりはどの程度なのか考えながら、無難なところに心を決める。

「ケーキセットで」

「それだけ?」

 坂上はなぜか驚いた。

「本気でたくさん頼むと思ったの?」

「未夏ちゃんが脅すから、てっきり」

 本気でそう思っていたのかいないのか、坂上はそんなことを言いながら手を挙げてお兄さんを呼ぶ。

「ケーキセット二つと、カツサンドを」

「本日のケーキはパンプキンケーキ、マーブルシフォン、ティラミスになります。どれにしましょうか」

「パンプキンで!」

 お兄さんに張り切った声を坂上は返して、私の方を見る。

「私もそれで」

「お飲み物は――」

 お兄さんはメニューを指差して、坂上は今度も素早く「コーヒーで!」と言った。

「私は紅茶、えっとミルクで」

「かしこまりました」

 一礼して去っていくお兄さんを見送って、坂上はメニューをぱたんと閉じた。元通りに立てかけて、私の方を見る。

 向かい合うように座ってるんだから当たり前だけど。

 坂上は極上の笑顔を浮かべて上機嫌。

「こんな風に食べに来るの、初めてだね」

 おしゃれなカフェ、目の前には好きな人の笑顔。これでどきどきしないわけがない。

 私は坂上の言葉に馬鹿みたいにかくんとうなずいた。

「ちょっとデート気分だねぇ」

 にんまりして、いつもの軽いノリで。

 坂上が驚くようなことを言うもんだから息が止まりそうになった。

「え、え、あ、えっと」

 あまりのことに言うべき言葉が見つからない。

 デートみたいって思ってたのが私だけじゃないのがうれしいし、でもそれを素直に言うのも恥ずかしいし。

「どうしたの?」

 軽く冗談を言っただけのつもりの坂上は私の反応に首を傾げる。

「あー、いや。えっと」

 何とか心臓を鎮めて、言うべき言葉を探す。

「免疫ないんだから問題発言しないでよ」

 誤解しちゃうから、って言葉だけは言いたいけど飲み込んだ。

 聞いた坂上が引いちゃったらショックだ。

「えー」

「えーじゃないよ」

「だってさあ」

「だって、何?」

 坂上は私のことをじっくり観察した。

「あー、いや、なんでも」

「言いかけてやめるのは卑怯だよ、坂上ぃ」

 私が絡む真似をすると、「卑怯とは失礼な」と坂上は憮然とする。

「未夏ちゃんが免疫ないっての、信じられないなーと思って。だって可愛いし」

「うっわ。坂上、お世辞言うのもほどがあるよ?」

「本気なのに! 自分で聞き出しておきながら否定するのずるいよ」

 やっぱり坂上はこんなところでもオーバーアクションで、未夏ちゃんが俺のことを信じなーいなんて変な節で歌いながら机の端にのの字を書く真似をする。

「えっと、ごめんね?」

「誠意がないよ、未夏ちゃん」

 何となく謝ってみせると、坂上はのの字を書くのをやめないままうらみがましーく私を見つめた。

 視線は机の端に向けて、横目で私を伺う。

「あーもう。ごめん、ごめんってば。私が悪かったわ。坂上の方だって私が免疫がないって言ったの信じられないとか言ったくせに」

「……あ、えっと、ごめんね?」

「誠意がないわよ?」

 同じ謝罪に同じ言葉を返す。さすがに同じ真似をする気にはならないけど。

 数秒見つめ合ったあと、同時に吹き出してしまった。

 二人で馬鹿みたいに笑ったら店内の視線を集めてしまって、逆に周りに謝りまくって。

「若い二人の過ちに、世界は寛容だね」

 何とか許してもらった後で、坂上が真面目な顔で冗談を言ったから私はまた爆笑しないように必死にこらえなきゃいけなかった。

 坂上が言ったとおりに寛容なウェイターのお兄さんは、最初と同じ丁寧な動作で注文の品を届けてくれる。

 かぼちゃケーキと、飲み物と。坂上の前にはサンドウィッチも。

 おしゃれなお店だから、お皿もおしゃれに飾ってある。

 やわらかそうなスポンジケーキにはゆるく泡立てたクリームがかけてあって、刻まれたカラフルなドライフルーツが彩りにちょんと乗せてある。

「おいしそうだね」

 そう言った坂上は、やっぱりきれいに盛り付けてあったサンドウィッチを既に崩して食べ始めてた。

「食べて食べてっ」

 笑顔で薦めてくれるけど、すぐに食べてしまうのはもったいない気がした。

「晩ご飯も近いのに、サンドウィッチにケーキまで食べて平気?」

 だから手をつけるのは後回しにして坂上に聞いてみる。

 坂上は私より量が多いんだから、ちょっとくらい遅く食べ始めても平気なはずだし。

「ん、ぜーんぜん」

 坂上はけろっとしたものだ。

 ぱくぱくとおしゃれなサイズのサンドウィッチを次々に口にしている。

「お腹減ってたの?」

「そりゃもちろん。未夏ちゃんはお腹空いてない?」

 坂上は心配そうに私の顔をのぞき込んできた。

「食べるのがもったいなくて。きれいにしてあるから」

 ケーキと私を見比べた坂上は納得したように微笑む。

「かわいーこと言うなぁ」

「や、かわいいというかこんなのはじめて見るからでっ。あ、記念に写真撮っておこ」

 ふと思い立って携帯を取り出す。ぱちんと開いて、カメラを起動して、と。

 かぼちゃケーキが真ん中になるように調整して、決定ボタンをかちり。撮った写真を保存する。

「写真って……それどうするの?」

 坂上は私の行動に驚いたようだった。

「今日の記念、かな」

「そんな喜び方をされるとは思わなかった」

 驚いたように坂上が言うから、携帯をしまいながら私は顔を上げた。

「またいつこんなの食べれるかわからないし、にーちゃんに自慢メールもしなきゃいけないし」

 自慢というか、報告だけど。

 心の中で付け加えていると、坂上の動きが止まる。

「未夏ちゃんってメール好きなの?」

「嫌いじゃないけど、好きって言えるほど活用はしてないかな」

「それなのにおにーさんとメールしてるの?」

 唖然として坂上が言う、その真の意味は「やっぱりブラコンなの?」な気がする。

「――仲、いいねえ」

 昨日全力で否定しておいたから、ブラコンとは言わずに昨日とよく似た表現をされる。坂上はかみしめるようにそう口にすると、サンドウィッチに再び手を伸ばす。

 呆れているのが影響したのか、さっきよりも緩慢な動作だった。

「仲いいというか、悪くはないけど」

 いやいいかもだけど。

「普段はそんな、連絡しないよ。ただ最近はほら、いろいろ相談したし」

 坂上の追試のこととか、坂上のこととか。忙しいのに悪かったなって思うから、にーちゃんの好奇心を満足させるために妹は頑張って報告書を作り上げねばならないのです。

 なんて事は当然坂上には言えない。

「にーちゃんの協力のおかげで坂上は追試がうまいこといきそうで、ついでに私はこんなにおいしそうなケーキにありつけましたと自慢たらたらなメールを送って悔しがらせてやろうかと」

「ぶっ、自慢なの?」

「うん。にーちゃん、甘いの好きだしね。そういや、坂上も甘いの平気なんだ?」

「嫌いじゃないよ。コーヒーの苦みと合わせると最高」

 坂上はにやっと笑ってコーヒーカップを持ち上げる。

「――うわー、前ににーちゃんもそんなこと言ってたよ、そういや」

 カップを持ち上げたまま坂上は動きを止めた。

「あのさあ、やっぱりさあ、未夏ちゃんて」

「違うから言わないで!」

 遠慮がちな言葉を遠慮せずにぶった切ると坂上は呆れた顔。

「本当に違うんだから」

 ほんとにすごーく坂上がにーちゃんに似た人なんだと思って、何となくちょっとうれしくなっただけなんだから。

 馬鹿なこと言うヤツだなあって呆れられてるのを目撃するのが怖くて、そろそろとフォークに手を伸ばしてケーキに手をつける。

 角を少し崩して、クリームを少し付けて口に入れる。

 柔らかな甘みが口に広がると、坂上の様子を確認する勇気が出た。

「おいしい?」

 見上げると、私をじっと見つめる坂上の顔。

 馬鹿みたいにこくんとうなずくと、坂上は安心したように笑った。

「お口にあったのなら何よりですよ、せんせー」

 冗談めかしてそう呟いた坂上もケーキに手を伸ばす。

 私が落ち込んでいる間にすっかりサンドウィッチの皿を空にしていたから驚いた。

「これって、やっぱりハロウィンだからかぼちゃなのかな」

 私よりもおおざっぱにケーキを口に運んだ坂上が独り言めいて呟く。

「え?」

「ハロウィン。子供がおばけに仮装して、とりっくおあとりーと! っていろんな家を回るアレ」

 俺が子供の頃はそんな愉快なイベント知らなかったからなあ、って坂上は悔しそうに続けた。

「もしかして、だからかぼちゃなの?」

 坂上が育てていたかぼちゃはオレンジで、ハロウィンのかぼちゃもオレンジで。

 今更気付いてつぶやく私に坂上はうなずいた。

「明日、収穫してランタン作るよ、ランタン。さすがに仮装して騒げはしないけどねー」

「そのためにかぼちゃ育てたかったの?」

「去年のハロウィンの時に、これだ! って思って」

「さすがだよ坂上、そんな思いつきで園芸部長なんて」

「それはありがとうって言っておいたらいいのかなあ」

 複雑な顔で坂上はぶつぶつ言いながら目線を落とした。

 でも、例えば麻衣子だって聞いたら呆れるに決まってるじゃないそんなこと。

 にーちゃんだったら「同志よ!」とか言いそうだけど、たぶん少数派だ。

 ゆっくりケーキを口に運びながら様子をうかがっていると坂上はしばらくして気を取り直したように顔を上げた。

「で、さあ。そんなわけで明日ハロウィンパーティするんだけどさ、未夏ちゃんも来ない?」

「え、っと」

 その話はもう終わってると思うんだけど。

「俺の追試もうまくいったし――いや多分だけど。ケーキセットだけじゃ、拘束しちゃった時間に足りないし。ぱーっとみんなで騒ぐから来ない?」

 びっくりして言葉が継げない。

「未夏ちゃんは知らない人ばっかりだと気が引けるって言ったけど、えーっと。さっき新と祐司に会ったし、それに……」

「ありがと。楽しそうだけど、約束があるから」

 坂上はまだ言葉を続けたそうだったけど、たたみかけるように言われて思わずうなずかないように私は慌てて口を挟む。

「え、そうなの?」

「うん。参加してみたいけど――約束反故にしたら怖いから」

 麻衣子はいい子なんだけど、たまーになんか妙に怖いんだ。

 昨日までの麻衣子だったら「私より坂上を優先するなんて何事!」とか怒り狂ったと思う。今日の大変貌のあとなら「本気でくっつけに行くって言ったんだから、遠慮せずに行けばよかったのに!」とか言いそうだけど。けど、それには気付かなかったことにして。

 だって今日会った人がいるとはいえ、交わしたのは一言二言。あんまり知らない人の中に入り込むって事実は変わらない。それに気が引けるのは確かだし、それにそれに――彼氏が来るってのなら、かぼちゃを気にしていたあの人も来るはずで。

 あの人を見つめる坂上を見るのはもう嫌だった。

 だから、麻衣子が許してくれても絶対うなずけない。

「そっかあ。残念だなあ。来年もするからぜひ、って言いたいところだけど実際わかんないし」

「もうかぼちゃは育てたくない?」

 心の底から残念そうに言う坂上は善意のかたまり。それなのに受け取る私はその善意を素直に受け取れず、からかうようなことを言ってしまう。

「育てるのはかまわないけど、来年の今頃はセンターのカウントダウンが始まってるよ」

 私の言葉に機嫌を損ねたとは思えないけど、坂上は真面目な顔になった。

「受験生だと、そうそう遊んでばっかりはいられないよね」

「あ、そっか。遠い未来の事みたいに思ってたけど、そんななんだ」

 背中から冷や水をかけられたような気分。

 坂上はふざけて変なことをしてるだけじゃなくって、ちゃんと先のことまで考えてるんだ。

「偉いねえ、坂上。私そんなところまで考えてもなかった」

「鬼が笑いそうだけどね」

 冗談めかして言った坂上は、一転笑みを浮かべて続けた。

「さっき、追試の時にお前ら来年の今頃は受験だぞ、センターが近くて追試してる暇なんてないんだからなって言われただけなんだけどね」

 こっそりとトリックを明かすように。

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