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5.かぼちゃ畑で

 静かな教室で本を読んでいると、がらりと扉が開いた。

 顔を上げた私と、入ってきた坂上の視線が合う。

「おまたせ、未夏ちゃん」

「あ、うん」

 私はぱたんと本を閉じて、カバンにしまった。

 坂上は足早に自分の机に向かって、荷物をまとめている。

「思ったより早かったね」

 時計を見ると、四時を少し過ぎたくらい。追試の時間、まだまだあると思うんだけど。

「マッハで終わらせたよ」

「ちゃんと問題は見直した?」

「完璧。昨日の問題が高確率で当たってた。いい線行くんじゃないかなぁ、未夏ちゃんのおかげ」

 坂上はにーっこりと満面の笑顔を私に向けながら近づいてきた。

 息が弾んでいるのは教室まで走って戻ってきたからかな。

「そんなに急がなくてもよかったのに」

「えー、だって悪いじゃない。あんまり待たせたら」

「本読んでたら、平気だし。もうちょっと遅い方がもっと読めてよかったかも」

 半分以上本気で言ったのに、坂上の反応は未夏ちゃんって優しいなあ、って言葉だった。

 それは思いっきり勘違い。でも、優しい子だって思われるのもいいかなって黙っておくことにする。

「じゃあまずはー」

 教室を出て、坂上は私を先導する。

「かぼちゃ、だね」




 玄関で外履きに履き替えて、向かったのは校舎の裏側のかぼちゃ畑。

 入学してから初めて足を踏み入れる未知のゾーンだ。普段校舎裏なんて、何にも用事がないから。

 教室から見ただけじゃよくわからなかったけど、そこには教室一つ分くらいの広さの畑がある。大きな葉っぱが茂っていて、オレンジ色のかぼちゃがごろごろしている。

「思ったより広いね」

「でしょ?」

 坂上は畑を見つめながら子供のように無邪気に微笑んだ。

「去年までは季節の花が植わってたんだけど、切り替えちゃった。部長の特権特権」

 うひひ、なんて上品じゃない笑いも坂上がすると妙に似合う。カッコイイのに似合っちゃう坂上って人は、やっぱりちょっと変だ。

「春くらいに植えて、夏くらいはひたすら雑草を抜いて苦労したんだよー」

「ほんとにおっきいね」

 持てるのか不安なくらい、おっきなかぼちゃばっかりだ。

「でしょ。ここまでになるのに苦労したんだー」

 坂上はしみじみ言った。しゃがみ込んで、近くのかぼちゃに手を伸ばすと子供の頭をかわいがるみたいにぽんぽんと軽く叩く。

「坂上はそんなにかぼちゃ好きなの?」

「嫌いじゃないね。天ぷらもおいしいし、コロッケもいいかな。煮付けたのも好きかな。あー、あとスープもいいね!」

 子供みたいに目をきらめかせて、好きなものを熱く語る。

 思わず笑ってしまうといじけたように坂上は私を見上げた。

「未夏ちゃんは、かぼちゃ好き?」

「うん。サラダとかもいいよね」

「サラダ! え、それってどんなの?」

「ポテトサラダみたいなのを、かぼちゃで作るの。おいしいよ」

 坂上は目をいっぱいに開いて、感心したようにうなずいた。

「うわ、いいなあそれ。おいしそう」

 よだれがでそうだ、とか呟いて坂上が口をぬぐう真似をするもんだからさらに笑ってしまった。

「食べる話をしてたら、お腹空いてきた」

 坂上は最後に強くかぼちゃを叩いて、よっと立ち上がった。

「未夏ちゃんの家って、どの辺?」

「市内の西側だけど」

「じゃあ、あそこにしようかなあ」

 坂上は独り言を言って、きょとんとする私を見た。

「その辺でいいお店、知ってるんだ。ケーキがおいしいトコ」

「近場でいいよ? 坂上の家はどの辺なの」

「俺は市内のはずれ」

「じゃあ、遠くなるじゃない」

「いいのいいの。じゃあいこー」

 私の文句なんて聞きやしない。坂上は弾むような足取りで歩き始める。

 後を追って足を踏み出す。

 坂上は校舎の方に戻りかけて、そこで立ち止まった。

「あれ、まだいたの?」

 坂上が呼びかける先にはどこかで見たような姿が二つある。

「明日の準備はー?」

「お前は何でそう他力本願なんだよ」

 坂上の言葉に呆れたように答えたのも、その横でこくこくうなずいたのも、面識はないけどあの人の取り巻きの人だと思う。

 遠目で見た印象が二人ともにあった。

「えー、だって俺は追試だったし。祐司が先にやっとくってことだったでしょ?」

「委員会だったんだよ。新はお前の仲間。大体準備っつったって俺にはすることないしな」

「えー」

 坂上の不満そうな声に祐司って人は嫌そうな顔をする。

「えーじゃないだろが、春。言い出しっぺはお前だろ」

「ノリに乗ったのは新じゃなーい?」

 人に責任を押しつけるなんてひどいんだ・か・ら、って坂上はオカマっぽい仕草で新って人に近づく。

 心底嫌そうな顔で新さんは坂上をにらみつけた。

「寄るな、変態」

 気持ちはよくわかるけど。

 私が呆然と見ているのに最初に気付いたのは祐司さんだった。

「利春、お前お連れさんを置いてきぼりだぞ」

「ふあっ」

 新さんににじり寄るのを坂上はぴったりと止めた。

「あー、ついうっかりー?」

「ついうっかりで変なコトするな、この電波め」

 しっし、と新さんが坂上を追い払う。素直に坂上はこっちに戻ってきた。

「いやあ、俺って実は新を見るとからかわずにいられないという奇病にかかってて」

「そいつは初耳だなあ、春ー?」

 真面目な顔で説明する坂上の首を後ろから新さんががしっと掴む。

 なんだっけ、プロレスとかでありそうな技?

 もちろん本気じゃないだろうし、祐司さんもいつものことだと言わんばかりにその様子を見守っている。

「ギブ、ギブ。今俺は未夏ちゃんに説明をだね?」

 オーバーアクションが得意の坂上は大げさに手を振り回した。苦しそうな顔で新さんを見上げたら、彼はぱっと腕を放した。

「あー、どうもお騒がせしまして」

 死ぬかと思った、とか言って坂上が騒ぐのを尻目に新さんは私をまじまじと見る。その後ろにいつの間にか祐司さんもやってきて、同じ眼差しを添えた。

 どこか、探るような眼差し。二人ともあの人の取り巻きで、下手をするとどちらかが彼氏さんだ。

 仲間の連れてきた見慣れない私をあの人と比べて値踏みしているような気がした。

「いえ、こちらこそ」

 ぼそぼそ言ってみたものの、何がこちらこそなんだか自分でもわからない。

 居心地が悪いのは視線のせい? それとも入り込みにくい三人の関係のせい?

 妙に坂上も生き生きとしていたし、私がここにいるのが場違いのように思える。

「もー。二人とも未夏ちゃんを威圧しないでよ」

 逃げ出したくなってじりっと後ずさりした私と彼らの間に、坂上が割り込んできた。

「未夏ちゃんが怖がってるでしょ」

「お前の馬鹿な行動に引いてんだろ」

「ええっ」

 慌てて坂上が振り返ってきた。

「ごめん馬鹿なことして!」

「え、あ、いや。思ったよりも変な人だなーとは思ったけど」

「けどっ?」

「――ええっと、気にしないよ」

 にーちゃんより変かも、とか一瞬思ったけど。

「よし」

 坂上は私の返答に握り拳をつくって、友人達に向き直る。

「やっぱり怖がらせたんだろー?」

「誤解だ」

 嘆息とともに祐司さんが言って、新さんがこくこくとうなずく。

 新さんはぽんぽんと坂上の肩を叩きながら、私を見た。

「君もこーんな電波にはあんまり関わらない方がいいぞ。ろくなことないから」

「いつもいつも人を勝手に電波にするなよ、新」

「だってお前はどう考えてもおかしいだろ」

 流れるような掛け合いは慣れたことなんだろう。祐司さんが呆れたように肩をすくめる。処置なしと言いたそうだった。

「ねえ、坂上」

 とても居心地が悪くて私は坂上の服の袖を引っ張る。

「あ、ごめん未夏ちゃん」

 坂上が我に返って、ひどく申し訳なさそうな顔をした。

「いいわよ。明日の準備とやらがあるってさっき言わなかった? 私、もう帰ることにする」

「え」

「じゃあね」

「ちょ、ちょっと待って、準備は祐司の仕事なんだって。俺はいいの、俺は明日頑張るからいいのッ」

 私が立ち去ろうとするのを坂上は慌てて制した。

「お、なんだ。どっか行くのか?」

 新さんが驚いたような声を出す。

「勉強見てもらったお礼に、ちょっとね」

 にんまりと坂上は笑った。

「だから俺は明日頑張るよ」

「ほっほー」

 うなずく坂上の友人二人は面白がるように私と坂上とを見比べる。

「うらやましかろー」

 坂上はますます笑みを深める。

「ふっふ、じゃあ未夏ちゃんいこっかー」

 コメントに困ってる友人にかまわず、坂上は私を促して歩きはじめる。

 とりあえず二人に一礼して私は坂上の後を追った。

「よかったの?」

「うん」

「部長は坂上なんでしょ? 私が昨日変なこと言ったせいですっぽかすことになったんじゃ」

 あんまり歓迎されてない空気だったのは、それもあったのかもって今更気付いた。

「それは全然関係ないよ。最初から祐司の割り当てだったし。てか、ヤツの彼女がメインなんだけどねえ」

「彼女、ってあの彼女?」

「いんや、祐司の彼女は――ええっと、違うよ? 小坂ちゃんの彼氏は新の方」

「そうなんだ」

 あの人の彼氏だから、坂上は妙に絡んでたのかな。そんなことを考えてしまってちょっと落ち込んだ。

「祐司さんの彼女さんが残りの園芸部員?」

「祐司さんッ?」

「え?」

 私の問いかけには全く答えようとせず、坂上が大声を張り上げたもんだからびっくりした。おっきく見開いた目に信じられないと書いて、坂上は私を真剣な顔で見つめる。

「何で祐司さん?」

「なんでって」

 問いかけの意味がわからなくて、私は坂上の様子を探る。どこか怒ってるように見えるけど、何でだかわからない。

「祐司って名前じゃないの? あの人」

「そうだけど何で祐司さんなのー?」

 坂上は納得いかないとばかりに言うけど、そう坂上が言う理由がわからない。

「どういう意味?」

 仕方なく尋ねたら坂上はふいっと顔をそらして、

「俺のことは坂上としか言ってくれないのにー。利春でいいよって言っても坂上って言うのに、何で祐司だけ祐司?」

 子供のようにいじけた口調で言った。

「あー」

 なるほど、意味はわかった。

 坂上はじっと横目で私を見ている。何でそんないじけるのかわからないけど、坂上のことだから大げさにやってるんだろう。

「ねえ、なんで?」

「だって、名字知らないし」

「あ」

 つぶやいて、坂上の方も納得したようだった。

「あいつはねえ、原口だよ原口。そんで新が、篠津。あいつらのことは名前で呼んでやる必要はないから俺のことだけ利春って呼んで」

「その論理が意味不明だし」

「不明でもいいから利春って呼んでー」

「無理だから」

「祐司のことは祐司さんて言ったのに。じゃあ利春さんとかそんな感じで」

「そんな恥ずかしいことはしません」

 そんなずるいひいきだ、いやこれは実はいじめなのかも! なんて坂上はぶつぶつぶつぶつ続ける。

 いい加減聞き飽きた頃にバス停にたどり着いて、ちょうどタイミングよくバスが来てさすがに坂上もぶつぶつ言うのをやめた。

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