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2.魔女と取り巻き

 私が坂上の存在を認識した日のことはよく覚えてる。

 あれは今年度初めの四月九日。

 始業式を終え、最初のホームルームでお決まりの自己紹介をやった。そのあとで話しかけてきたのがたまたま隣の席だった坂上。

「ねえねえ、可愛い名前だね」

 そんでもってにっこり。

 振り返ってみると、そのときにすでに私は坂上のことが好きになってしまったんだと思う。

 坂上にしては社交辞令の一種だったんだろうけど、私にとってはそれが特別なことだったんだ。

 席替えまでの一週間、それなりに話した。

 坂上はほとんど初対面の私にもよく言えば気安かった。悪く言えば馴れ馴れしい感じだったけど、気にはならなかった。

 今にして思えば坂上に失礼な話なんだけど、どこかにーちゃんに似た雰囲気を持ってるから話しやすかったんだと思う。

 もちろん今は坂上がちょっとはにーちゃんに似てても全く違うと思うけど。にーちゃんほど坂上は変じゃないし、何より真面目で、明るいから。

 よっぽど私の名前が気に入ったのか、最初から名字でなく名前で私の名前を呼んで、自分のことも名前で呼んでいいよとまで言った。

 私は知り合ったばかりなのにそんなこと絶対無理だから、かわりに名字で呼び捨てるところで合意したわけだけど。その時に素直に名前で呼んでいたらもうちょっと今、坂上との関係は違ったかななんて思ったりはする……想像の中でなら、いつでも今以上の今が思い浮かぶ。

 席替えのあとはずいぶんと離れてしまって、寂しかった。そこそこ話す仲にはなったけど、教室の入り口近くの私が奥の坂上のところまでわざわざ話しに行くほどでもなかったから。

 坂上の近くには他の友達もいなくて、だからますますわざわざ行く理由がない。

 何か寂しいなあとは思ってても、その時はそれだけだった。

 でも、席替えからしばらくした時に、一年から同じクラスで親友の麻衣子が――。

「ねえ、未夏」

 彼女らしくなく、言いにくそうに話しかけてきたから何だろうと思った。

「なに?」

 授業と授業の合間の、短い休憩時間。

 ルーズリーフに黒板の中身を書き終えて私は顔を上げた。

「坂上は、やめといた方がいいと思うな」

「はぁ?」

 ざわめきの満ちる教室で、麻衣子の声だけが妙にはっきりと聞こえた記憶がある。

「やめとくって、何?」

「わかんないならいい。でも、やめといた方がいいわよ。坂上は取り巻き、だから」

「えーっと」

 そこでベルが鳴った。麻衣子自身、ノートを取るのに時間がかかったのか、休み時間が残り少なかったらしい。

 彼女は言いたいことだけ言ってしまうとそれ以上の説明をすることなく自分の席に戻っていく。

 残された私の頭の中ははてなマークでいっぱいだった。

 やめとくって何を?

 取り巻きって何だ?

 次の授業時間をまるまる使って考えて、ようやく答えはひねり出せた。

 席が離れてしまった坂上のことを私やけに気にしてたよなあとか、これまでこんなことなかったぞとか――やめとくってのは、恋愛対象としてみるなって意味だった。

 そしてそれがわかったら、取り巻きって言葉の意味もわかった。




 あれは去年の、今くらいの時期だったかな。

 教室移動をしていたら、こんな声が聞こえてきた。

「あ。いま、魔女が横切った?」

「ホントだ」

 くすくす、くすくす。あがった笑い声には悪意が満ちていて、何のことかと思った。

 ちょうど学園祭の時期だったから授業の合間にも出し物の準備でもしてるのかと思ったけど、悪意に満ちた表現が不思議だった。何よりもそれを言った先を行く彼女たちが「魔女」なんて表現を使うとは思えなくて私は狐につままれたような顔をしていたと思う。

「――あー、魔女ねぇ」

 隣には麻衣子がいた。

「知ってるの?」

 麻衣子は耳が早い。思わずばっと振り返ると麻衣子は苦笑した。

「食いつきがいいわね珍しく」

 だって、魔女よ?

 その言葉には夢があってどきどきする。同時におどろおどろしいイメージもつきまとうけど。

 昔はよく五つも年上なのにやけにノリがいいにーちゃんと二人して魔法使いごっことかしたものだった。だから私の中では魔法使いとか魔女とか言うと楽しいイメージしか浮かばない。

「だって、楽しそうじゃない?」

 全部説明したらブラコンよね、って言われるのはこれまでの経験で理解している。だからそれだけ言うと麻衣子はますます呆れた顔をする。

「あんまり、いい意味じゃないけどね」

「確かに今の言い方は、そうだったけど」

 前を行く彼女たちに聞こえないように麻衣子は声を落とした。私も同じささやき声でうなずく。

「一組のクールビューティは、噂に疎いあんたでも知ってるでしょ? 確か前に説明したし」

「あー、うん」

 そのあだ名は男子にとってはいい意味で、女子にとってはあんまりよくないような意味で言われてる。麻衣子の言い方はさばさばしていて、どっちの感情とも無縁そうだった。

 一組のクールビューティは学年一の美人さんだ。人形のような整った顔立ちの、凛とした人。

 彼女のことを教えてくれたのも、やっぱり麻衣子だった。

「最近、女子の間じゃ魔女ってあだ名が流行してるみたい」

「それはなんというか……ファンタジーねえ」

「悪女って意味合いだと思うけどね。最初に言い出した誰かさんのセンスがあったんでしょ」

 ふうん、ととりあえずうなずく。

「でもなんでそんな、変なあだ名?」

 一組のクールビューティさんはとてもきれいだから、彼女が好きな男の子はたくさんいる。だから女の子の間であんまりいい印象を持たれていない理由はわからないでもない。

「夏休み明けるまでは、人嫌い――ってわけでもないだろうけど、自分の周りに壁を作ってたみたいだからね」

「へ?」

「要するに、あこがれるだけで野郎どもは彼女に近づけなかったわけ。それが、夏休みが明けるとがらっとイメチェンしたのよ」

「イメチェン?」

 そ、と麻衣子は軽くうなずいた。

「なんていったらいいのかなあ、話しかけやすくなっちゃったのよね。一組に休み明け、転校生が来たでしょ?」

「うん」

「その彼が幼なじみだったってのも影響したのかな、一気に話しかけやすい空気になったのかも。でもね」

 麻衣子は重要なことを言うのだとばかりにますます声を潜めた。

「その中でクールビューティさんはつきあう相手をえり好みしちゃったわけ」

「そりゃ、好きじゃない人とお付き合いなんてできないでしょ」

「そーじゃなくって。逆ハーレムって言うの? そんな感じのモノを作っちゃったワケよ」

「えええ」

「未夏、声おっきい」

「だって!」

 学校で逆ハーレムって何ッ?

「どうどう。端から見てみるとえり好みしてるなーって感じだし、見ててあんまりいい気はしないわよ、あれは。もちろん、見ただけの印象と実際が違うことは十分にあるけど」

「そうなんだ」

 見逃したから、実際どんな感じなのかわからない。

「カッコイイ人ばっか?」

「とか、運動得意なのとか、頭いいのとかねえ」

 麻衣子はすらすらと教えてくれた。

「有名よ? そりゃ、ブラコンの誰かさんは興味がないかもしれないけどー?」

「だからそれは違うって」

「ま、どーでもいいけど。機会があったらじっくり堪能するといいわよ、彼女の取り巻き。確かに魔女っぽいかなーって思うんじゃないかな」

 麻衣子自身あんまりいい感情は持ってないらしい。最初のさばさばしたのが嘘みたいに最後の言葉はやけに突き放したような響きを持っていた。




 麻衣子が言いたかったのは坂上はあの人の取り巻きだから、勝ち目はないよってことだったんだ。

 麻衣子に「魔女」の話を聞いたあとだと、それまでに見えてなかったいろいろが見えて、春の私は取り巻きがどんなものだったのかよくわかってた。

 あの人を中心に、男の子が四、五人。ひっきりなしにやりとりするのを見たのは一度や二度じゃなかった。

 ――その中に、坂上がいたんだってことには気付かなかったけど。

 そのころは全然意識してなかったし、遠目でたまたま見かけた光景の一人一人をしっかり意識してたわけじゃないから。

 あの人がその中の坂上じゃない一人を選んだって話も聞いたし、坂上がクラスが離れたのもあって取り巻きから卒業したのも知ってる。

 でも麻衣子は言うんだった。

「あのねえ、魔女さんは有名人なわけ。そんでもってその周りでうろちょろしてた坂上のヤツも有名なのよ。あいつ自身、性格はアレだけど見た目はいいしね」

 それを認めるのはしゃくだ、って顔に書いてある。

「そんなヤツともし万が一うまいこといっても、周りの好奇の目にさらされると思うわ」

 私が坂上に告白するつもりだと思っているんだろうか、麻衣子の主張は激しくて苦笑したのを覚えている。

 麻衣子が主張すればするほど否定すれば否定するほど、私は坂上が好きだって思いを深めていったから彼女の行動は逆効果だった。

 でも麻衣子が主張するように、坂上はやめておいた方がいいだろうなとは思った。あの人は眉目秀麗でおまけに頭がいい。対する私は顔はまあ普通だと思う――というか思いたいけど、成績の方は逆立ちしたって彼女には遠く及ばない。

 どう頑張っても勝てそうにないあの人に、勝負を挑むなんてばからしい。

 未夏ちゃん、って親しく呼んでくれるのは坂上が軽口なればこそだ。新学期早々隣の席だった私に起こした気まぐれ。

 それに坂上の視線はしょっちゅうあの人に向かうんだって、坂上を見てたら嫌でも理解してしまった。

 だから、告白しようだなんて思わないし思えない。それでも一日に一度でも話せば舞い上がりそうになるのは止められなかった。

 そして、つい数日前。坂上に「追試になったから古文教えて」なんて言われたら、迷いはしても最終的にうなずかざるを得なかった。

 坂上の申し出を知った麻衣子にくどいくらいに忠告されても、何かあるんじゃないかってちょっとは期待したんだ。もしかして、もしかしてって。

 二人きりの教室で、見せつけるように坂上があの人を見つめる未来なんて想像しないで。

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