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続・俺と未夏ちゃんの関係

 耳を真っ赤にした未夏ちゃんは恥ずかしくなったのか、一度は握りかえしてくれたはずの手をぱっと離して歩く速度を上げた。

 人通りも多いし、未夏ちゃんは恥ずかしがりだから仕方ないって諦めて俺は彼女の背を追う。彼女が器用に人混みをすり抜けるから、追いつくまで少しかかった。

 しかもそれは、未夏ちゃんが立ち止まったからできたこと。誰かの名前を言ったようだけど、小声な上にこの人の多さだからさっぱりわからない。

「誰? 知ってる人?」

 聞きながら未夏ちゃんの視線を追ってはみたけど、視界の中に俺の知っている人は見えない。けど、こっちを見ている女の人がいるのがわかった。ちょっと大人っぽいから、中学の時の先輩とかそんな感じ、かな?

 その人の視線は未夏ちゃんから俺に移ってきて、軽い会釈をしてくれたから俺も同じように軽く頭を下げる。

「うん」

 問いかけにうなずいたあとで、未夏ちゃんは人混みをかき分けるようにしてその人の所へ向かった。

「あけましておめでとうございます」

「ええ、おめでとう」

 ぴょこんと頭を下げる未夏ちゃんに対して、彼女はにっこりと微笑む。どう見ても同級じゃない、大人の微笑みだ。

 それから探るような視線が未夏ちゃんの後ろに立つ俺を見たから、どうもと頭を下げる。

「はじめまして、坂上君――よね?」

「えっ」

「息がぴったりね」

 ズバリと言い当てられた俺と未夏ちゃんの声が重なって、彼女はくすくすと笑った。

「な! 何で知ってるんですかー!」

「色々聞いてるのよ」

「うわあ!」

 未夏ちゃんは真っ赤な顔で小さく叫んだ。この人は誰なのなんて聞けるような状態に見えなくて、俺の名前を言い当てた人をじっと見る。

 多分未夏ちゃんと付き合ってる俺の名前を誰かに聞いたんだろうけど――誰だかわからない人に名前を知られているってのは、ちょっと気持ちが悪い。

「どなたですか?」

「ああ、ごめんね名乗りもせずに。お噂は未夏ちゃんのお兄さんからかねがね」

「にーちゃんの彼女さんだよ」

「井下優美です」

「はあ」

 未夏ちゃんのお兄さんの、彼女さん――か。

 何でそんな人が俺の名前を知ってるのか知りたいような、知りたくないような気がする。未夏ちゃんにブラコンの気があるように、お兄さんもシスコンってこと?

 うわー、突き詰めたくなーい。

「えーっと、坂上利春です」

 とりあえず俺も名乗って、頭を下げておく。どういう話を聞かされているにしろ、未夏ちゃんのお兄さんの彼女にここで好印象を与えておくのは悪くない。

「うう、優美さん。にーちゃんは坂上のことを一体どんな風に……」

「どんなって……要約すると、一度会ってみたい、かな」

「ええー」

「そんな嫌そうな顔すると、武正が悲しがると思うけど」

「だってー」

「まあ、私もお勧めしないけどね。あの人気に入ると容赦ないから」

 気に入ったらどう容赦がないのかとかすんごい気になるんだけど、聞くに聞けない。未夏ちゃんが俺をお兄さんに会わせたくなさそうなのもちょっと気になる。

 まさか、いきなり「うちの妹に手を出したな!」とか言って殴ってきそうとか……いやいや、待て待て。今気に入るとか言っていた上に、俺とデートをする未夏ちゃんのためにミニスカプレゼントしちゃうようなお兄さんだぞ。その辺はどう判断したらいいわけ。

「もう初詣が終わったなら、早く離れた方がいいわよ」

「今からですよ」

「今から?」

 お兄さんの彼女は裏返った声を出して、携帯で時間を確認した。

「――未夏ちゃん、武正に初詣のこと言った?」

「坂上と行くってメールしましたけど」

「彼が鷹城に帰ってくるって知ってる?」

「え……! 聞いてないですけど」

 未夏ちゃんは驚いた様子で慌てて周囲を見回す。

「にーちゃん、びっちり忙しいんじゃ」

「新年の挨拶は欠かせないとかで帰ってくるみたいよ」

「にーちゃんと待ち合わせ、ですか?」

 油断なく廻りの様子をうかがいながら未夏ちゃんは身を縮めている。お兄さんの彼女さんがうなずくと、頭を抱えるようにした。

「せっかくだから会えないかなって思ってるのね……」

「何もこんな所に来なくていいのにー。ごめん、坂上、行こう」

 お兄さんと仲がいい未夏ちゃんが俺をお兄さんに会わせたくない理由が気になるけど、聞くのは何となく怖い。顔を隠すようにした未夏ちゃんがはぐれないようになのか俺の手を掴んでくれたから、どうでもよくなったってのもある。

「はやく言ったら良かったわね」

 立ち去りかけた俺たちの背に届いた優美さんの言葉は嘆息混じりで意味ありげ。不思議に思って俺が振り向くのと、未夏ちゃんがきゃっと叫んで立ち止まるのは同時だった。

「うわ、にーちゃん!」

「新年一番にそんな嫌そうな声出さなくていいんじゃないの、未夏ぅ」

 未夏ちゃんの前に立ちはだかった男は、情けなさそうな声を出した。しょんぼりと垂れ下がった目に加えて、寒いのか目深に被った帽子が情けなさを加速させている。

 未夏ちゃんの言葉を借りると、にーちゃん――噂のお兄さん、のはずだ。そういう目で見ているからか、お兄さんは何となく未夏ちゃんに似た印象。

 性別が違って背の高さと体格が違い、もちろん着ている服が違う。でも眼鏡をかけているところと、見た感じの雰囲気が何となく似ているような気がした。

「だってーっ」

「そんなに騒いだら注目されちゃうぞー?」

 しぃっとお兄さんが人差し指を立てると、慌てた様子で口を押さえた未夏ちゃんは辺りをきょろきょろと見る。

「おどかすにーちゃんが悪いんじゃない」

「ごめんごめん」

「こめんじゃないよ」

 周りから別に注目されているわけじゃないと気付いた未夏ちゃんが唇をとがらせると、お兄さんはへらりと笑う。もうっと声を上げる未夏ちゃんだけど、半分くらいは諦めた顔だった。

「あんまり恥ずかしいことしないでよ」

「……えーと、妹の進路を阻むように立ちはだかるのは恥ずかしいことでしょーか」

「帰ってくるなら帰ってくるって連絡してくれてたらいいじゃない。とーさんもかーさんも、もちろん私だってにーちゃんは帰ってこないものと思ってたんだから」

 ごめんなさいとお兄さんは素直に謝った。

「いやー、仕事終わった後で打ち上げがある予定だったけど中止になったからさあ。どうせならびっくりさせてみようと思ったんだ」

 言い訳のように続いた言葉に未夏ちゃんは何度も何度も呆れたように頭を振った。

「車?」

「うん、高速。意外と空いてたよ」

「新年あけたばっかりにそんなに走る人はいないと思うわ」

「いやー、そう見込んだ人が多いのかそれなりに車はいたけどねえ」

 未夏ちゃんに続いて優美さんも呆れたように頭を振る。

「無茶するんだから。眼の下、隈ができてるわよ」

「え、うそ」

「ほらここ」

「うわー、こんなこともあろうかと昨日昼寝したのに。さすがに完徹は厳しいかー」

 お兄さんは携帯を取りだし自分の姿を写して、優美さんに指摘された隈を確認する。

「あんまり無理するんじゃないわよ」

「えー、だって優美にも会いたかったしー」

「城上に戻ったらいくらでも会えるでしょ」

「元旦にちゃんと新年の挨拶がしたかったんだってばー。ってわけであけましておめでとうございます」

 真面目ぶった挨拶に続いて「未夏が嫌そうな声を出すから忘れてた」とお兄さんは言う。

「にーちゃんがいきなり来るのが悪いんじゃない」

「だって正面から坂上君に会ってみたいって言っても門前払いするじゃない」

「だって恥ずかしいじゃない」

「恥ずかしがることないのにー」

 うすうす予想をしていた通り未夏ちゃんとお兄さんは仲がいいらしく、じゃれ合うように話をしている。予想はしてたんだけど――目の前でそれは正直厳しい。

 今年一年さい先いいどころか、よろしくない前兆じゃないこれって?

 ずーんと落ち込む俺の前で、未夏ちゃんとお兄さんはまだまだじゃれ合ってる。いやあその服似合うと思ったんだーじゃないってば。自分の彼女放っておくのはどうなのさー。

 って思ってたら、優美さんは未夏ちゃん達に近づくとお兄さんに手を振り上げた。ぽーんと軽く一叩き。お兄さんはびっくりしたようにぽかんと口を開けて動きを止める。

「優美ちゃん痛い」

「峰打ちよ」

「み、みねうちって……」

 毛糸の帽子越しに頭を押さえてお兄さんは弱々しくうめく。

「何バカやってんの。坂上君に会いたいって言ってた割に放りっぱなしだし」

「あ」

「あ、じゃない。こんなところで騒いでるのは時間の無駄よ」

 そうだったと呟いたお兄さんはきりりと表情を改め、俺の方を向く。

「未夏の兄の武正です。妹がお世話になってます。よろしくー」

 最後ににっこり手を差し出されたら、こちらもどうもと挨拶をして握手するしかない。笑顔の裏で「うちの妹に手を出したな!」なんていう密かな怒りがこもってそうな様子もなく、お兄さん――武正さんは満足げに合わせた手を振り回した。

「よし、無事未夏達に会えたから、今年はいい年になりそうだなぁ。初詣終わった?」

「これからですけど」

「奇遇だね!」

「あー、えっとそうですね」

 徹夜明けの影響か武正さんのテンションはやたら高くて対応に困る。うん、まあ、なんとなく――相通じるモノを感じたりしちゃったりはするんだけど、未夏ちゃんのお兄さんというだけで距離感が掴みにくい。

 いつもの調子が出ない間にお兄さんは「じゃあ一緒に並ぼう。終わったら今日の記念にお茶でも一杯」なんて俺の腕を掴んで引っ張る。

「ちょっと、武正!」

「にーちゃん何言ってるのーっ!」

 引っ張られるなんて予想もしてなかったから、一歩ぐいっと足が出るとそのまま武正さんに引っ張られて勢いで数歩進んでしまう。

「妹とダブルデート。うん、どこか新しい響き。未夏に君の話を聞いたその日からぜひ一度お話ししたいと思ってたんだよー」

「そーなんですか」

「うん」

 本音を言わせてもらえばダブルデートなんて冗談じゃないけど、友好的な未夏ちゃんのお兄さんに喧嘩を売れるほどの度胸は残念ながら俺にはない。聞く限り俺たちに協力してくれている人を、敵に回してどうなるのかが怖いでしょ?

 にっこり笑顔でうなずかれると、嫌です妹さんと二人きりがいいですなんて俺の口からはとても言えず、捕まれた腕を放すのを精一杯の反抗にする。

「ちょっとにーちゃん、にーちゃんは優美さんとデートなんでしょ?」

「でも、優美となら城上で会えるし。未夏と坂上君も学校で会えるだろうけど、この四人が一堂に会するなんて滅多にない奇跡だよ」

 恥ずかしがり屋さんの未夏ちゃんが少しでも俺と二人がいい素振りを見せてくれただけで今日一日やっていけそうな気がしてきた。予想外のこの出会いに何の心構えも出来ちゃいないけど、俺が貴重な機会を得たのは間違いない。

 潜在的な敵を知ることには意味があるし、未夏ちゃんについて貴重な話を聞けるかもしれないし。

「ごめん、坂上、いい?」

 隣にやってきた未夏ちゃんが申し訳なさそうに聞いてくる。俺の希望的観測なのか未夏ちゃんの目には否定してと書いてある気がしたけど、俺はいいよとうなずいた。

「本当にいいの?」

 そうやって未夏ちゃんが俺と二人でいたかったって密やかにアピールしてくれるだけで満足だ。

 俺はもう一度うなずいて未夏ちゃんの手を握り、潜在敵の隣に並んで歩くことにした。

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