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おまけ パーティのあとで

 部屋に戻って坂上の計画を実行に移したら、坂上が電気を消した瞬間に怒号が上がって、私がカーテンを開けるとそれがぴたりと止んだ。

 試みとしては大成功。

 暗い中窓の外のランタンがとてもいい感じだった。

 しばらく静かに窓の外を見たあとで、しばらく食事を続けた。

 麻衣子が大量に作り上げた料理はかなりの勢いで消費され、残ったものを大皿に集めて引き上げる。

 その後でおいしいお菓子達が振る舞われる。

 麻衣子のお菓子は絶品だけど、評判はいまいちだった。料理を食べ過ぎたってのもあるだろうけど、主力の男性陣が甘いものを遠慮したって事もある。

 私や麻衣子や小坂さん、それに甘いもの好きだっていう坂上は別腹だとばかりにたくさん食べたけど。

 完全に食べ終わった頃には十時近くになっていて、時計を見て驚いた。

 日中あまり役に立たなかったからって私は後かたづけの皿洗いを一手に引き受けた。少しはお手伝いしなきゃ申し訳ないと思って。そこまではよかったんだけど、流し台からさえ溢れるお皿の山にうんざり。

 それじゃあいつまで経っても終わらないって少しずつスポンジで洗い始めると、しばらくして麻衣子がやってきた。

「どおー?」

 いつもより高い声での呼びかけに体をずらして流しを見せる。流し台いっぱいのお皿は洗いにくくて仕方ない。

「それじゃないんだけど」

「それじゃないって、どーゆーこと?」

「坂上とうまくいったのか、ってーコト」

「うえぇ」

 あまりに平然と麻衣子が言うから、お皿を取り落としそうになった。

「なにしてんの」

「だって」

 玄関から部屋に戻るまでの間に特に会話はなかった。でもなんというか、なんとなくだけど私と坂上の中で暗黙の了解ってヤツができたんだと私は勝手に思っている。

 そんなに突然つきあいはじめましたとか報告しなくっていいんじゃないの、って。

 そりゃまあ麻衣子は私の気持ちを知ってるし、二人で出てって戻ってきたら何かあったのかなって推測できるんだろうけど、他の誰かに聞かれたらどうするんだ。いや、別に秘密ってわけじゃないんだけどさあ――恥ずかしいんだもん、私は。

 誰かとつきあうなんて初めての経験だし、その相手は小坂さんが好きだった(ふりをしてただけらしいけど)坂上で、今日ここのいるのはそんなことを知っている人ばっかりで。

 こんな状況に置かれたら、誰だって言い出しにくいと感じると思う。私でなくても。

 他の人の気配を探る私を見て、麻衣子は苦笑する。

「誰もいないわよ」

 言いながら中に入り込んで扉を閉めた。ばたんと言う音ともに部屋に二人きり。

「で、どうだったの?」

「ど……どう、って」

「その様子じゃ、うまくいったみたいね」

 うんうん麻衣子は満足げにうなずいた。

「信じられないことにね」

 黙っていても無駄だから素直に認めることにした。

「私は信じてたわよ」

 恥ずかしくて作業に戻る私の近くまで麻衣子はやってきた。

 お皿ふきましょって、ふきんを取って構える。聞く気満々なのが気配でわかる。

「何で信じてたのか、理由を聞かせてもらえる? いろいろ不思議なんだけど」

「祐司も鋭いヤツだからね。坂上の気持ちを推測してたみたい。それにプラスして、坂上は私と親しくなった後でさりげなさを装って未夏のこと聞いてきたりしたしそれを考え合わせると――未夏のこと好きなんだろうって、結論づけられたわ」

「そうなの?」

「そうなの」

 ちらりと横目で麻衣子を見ると、何かを思い出しているのか含み笑い。

「そういえば、坂上に私がブラコンだって吹き込んだみたいだけど、聞かれたときにそう答えたの?」

「実際、そうとしか思えないでしょ」

「それは聞いたけど。それって私だけじゃなくって坂上の方も諦めさせようとさせてたわけ?」

「そういうことね。だからかなり邪魔したって言ったでしょ?」

 確かにそれは聞いた。その時もそんな風には思わなかったけど、私と坂上の気持ちを知っていながらそんな行動をしたっていうのは、邪魔したと言い切って間違いじゃない。

「なんで?」

 適当にごまかして私を煙に巻くことは麻衣子には簡単だと思う。でも、素直に言ったんだからそこには何かの理由があるはず。

 それを言う気があるから、そこまで正直に話したんだろう。

「聞きたい?」

「態度の激変の理由と合わせて、是非お聞きしたいわね」

 わかりました、親友殿――麻衣子はお皿を拭きながら冗談めかして言った。

「春に、最初にやめなさいって言ったのは、こないだ言ったように未夏がブラコンだってのもあったけど、小坂さんには勝てないって思ったからよ。私自身がね、祐司はあの人が好きなんだって思ってた」

「だからブラコンじゃないって――まあいいけど。じゃあ原口君とつきあったのは、それから後?」

 これまで何度も言ってることを、また言っても改善してもらえそうにない。とりあえず文句は棚に上げて、問いかけを続ける。

「そう。ゴールデンウィーク頃かな。まあその話はいつかじっくりと聞かせたげる。のろけちゃうわよー」

 今聞いてもいいんだけど、それで本当に聞きたいことが聞けなくなっても困る。私は麻衣子に続きを促した。

「魔女と取り巻きの実体は、端で見るのと全く違うものだったみたいね。祐司に聞いてその時点で未夏に悪いことをしたなあとは思ったのよ」

 つきあってすぐにそう思ったとしても、今はもう十月末。もうそれから何ヶ月も経っている。

「それでも反対してたのは、私がブラコンだと思ってたから?」

「未夏がお兄さんを好きな延長で坂上を見ているんだったら、うまくいってもその先続かないなってはずっと思ってた。でも未夏はいつまでも坂上を気にしてるし、それだけじゃないかなとは思ったけど――それだけじゃないのよねえ」

 きゅっきゅとお皿を拭く麻衣子の手が止まった。大きなため息がそのかわりのように吐き出される。

「坂上が真剣だとは思わなかったのよねぇ」

「――まあ、何というか誤解されやすそうなタイプだよね、坂上は」

 思い返して考えてみると、坂上がオーバーな表現をするときに私への好意がたくさん溢れてたんだろう。坂上が小坂さんを好きだって信じている私にはそう見えなかったけど。

 麻衣子もきっと同意見なんだな。

「むしろ自ら誤解を振りまくヤツだわ」

「振りまいてはいないと思うけど」

「未夏にはさすがにね」

「どういう意味?」

 麻衣子はぎこちなく笑う。はっと半分呆れたような息がもれる。

「坂上が篠津をからかうためになんて言って小坂さんに言い寄ってたか、知ってる?」

「そんなの知るわけないよ」

「そうよねえ」

 麻衣子はどこか遠くに視線を向けた。

「じゃあ、小坂さんのフルネームは知ってる?」

「え?」

 そんなこと突然聞かれてもわからない。

 でも全く聞いたことがないわけでもなかった。小坂さんは有名人で、魔女なんて噂が流れる前はクールビューティって呼ばれてた。

 そのクールビューティにフルネームをくっつけて呼ぶ人も中にはいて、それを何度かは聞いたことがある。

 一組のクールビューティ、

「えーっと、小坂あきほ?」

「正解」

 私が思い出すのを麻衣子は辛抱強く待っていた。

「じゃあ第二問」

 また昨日のように問題なの?

「小坂さんと坂上と未夏にはある共通点があるの。それが何かわかる?」

 呆れる私を前にして、麻衣子はすらすら問題を口にした。

「はああ?」

 またいきなり何を言うんだ。

 私と坂上と小坂さんの共通点? そんなもの全然わからない。

 坂上と小坂さんだけならわからないでもないけど。二人とも美形で、そして頭がいい。あ、二人ともに名前に坂が含まれてる。

 でもその共通項は私には当てはまらなくて。

「ヒントは第一問に隠されてるわ」

「えええ、フルネーム?」

 麻衣子はうなずいた。

 小坂あきほ、坂上利春そして――。

「あああっ」

「わかった?」

「かも」

 泡に字を書いて、ぴんっとひらめいた。頭の中でも書き直して、それしかないと確信する。

「名前に季節が含まれてるね。坂上が春で、私が夏、小坂さんが秋――冬の名前がいたら完璧だね」

「未夏……」

「え、違う?」

 いい線いったと思ったのに。

「合ってるわ」

「じゃあ何でそんなに呆れた声出すのー?」

 麻衣子がなんだか疲れたようにため息をついたのは、私の答えが原因のはず。

「それ、なのよねえ」

「へ?」

 ため息の続きのように気の抜けた声で麻衣子は言う。

「まさしくそんなことを坂上は言ってたのよ」

「それって――つまり」

「なんだっけ、四季カルテットを作るとか何とか?」

「なにそれ」

「私に坂上の考えなんてわかるわけないでしょ」

 それはもっともだと思う。

 でも、反射的に問い返しちゃったものの、すぐに意味はわかった。春から冬まで四人揃えたかったってことだって。

「さっき自分で言ったんだから想像つくでしょ? 坂上は小坂さんの名前に秋ってついてたからこだわった風に言ってたのよ。それで今年は、未夏でしょ? その冗談の延長で未夏にこだわってるんだって、祐司も思ったし話を聞いて私も思ったわ」

「だから、ずっと反対してたの?」

「日頃の行いが悪いのよね坂上は。本気なら本気で本気らしくしてたら、もっと前に協力しようかなーって気分にもしかしたら万が一なってたかもしれないのに」

「ものすごくなってなさそうな言い方だけど」

 さあどうかしらねって麻衣子は笑った。

「祐司は最初はよっぽど好みな子なんだなーって思ってたみたいよ。だけどしっかり名前を聞くと、四季シリーズじゃない? だから本気だとは思えなくなったって。でも、長いことこだわってるみたいだし、小坂さんの時とちょっと様子が違うなって少しずつ思いはじめたみたいだけどね」

「そうなの?」

「そーなのよ。無駄に身振りがでっかいから、本心が見えないわよね、坂上って。もーちょっと早くそれに気付いてて、未夏も本気だって思えてたらもーっと早くに動いたんだけどねえ。ホントに悪かったわ」

 麻衣子が何度も何度も謝ってくれるのは、相当気にしているってことだ。気にしないでって私は首を振る。

「昼も言ったでしょ、私は告白する勇気なんてなかったんだし、麻衣子が協力してくれなきゃ坂上の気持ちなんて聞けなかったよ」

 麻衣子は私のためを思って行動してくれたんだから、謝る必要はないと思うよ。

「そう言ってくれるとうれしいわ」

「ほんと、夢みたいだよ。麻衣子がどうやって坂上をその気にさせたのかわかんない」

 麻衣子は手を止めて、私を見た。

「それは秘密。坂上が未夏が好きなのは間違いなさそうだったから、言う気にさせただけよ。挑発してみたりね」

 こんなに早く効果が出るとは予想外だったわー、って麻衣子は独り言のように続けた。

 それきりお互い口を閉ざして作業に集中する。

 坂上と両思いだったなんてほんとに夢みたいで、信じられないなって思いながら。

「ねえねえー」

 皿洗いが終わりそうな頃、がちゃっと扉が開いて坂上が姿を見せた。

「今からトランプするんだけど、皿洗い終わった?」

「もうちょっとー」

 最後の数枚をゆすいで麻衣子の手に託す。

「私は終了」

「おつかれさまー」

 それから軽く手を洗って振り返ると、坂上はやたらにこにこしながら言ってくれた。

 今までと同じ笑顔だけど、今までと違うように見えるのは私の気持ちの問題かな。

 どうしよう、こんなに幸せでいいのかな。

「はいはいそこのお二人さん、意味もなく見つめ合わない。そういうのは二人きりの時にしてちょうだい」

 お皿を拭き終えた麻衣子が呆れたように言ってくる。

 坂上がぎょっとしたように目を見開いた。

「未夏ちゃん?」

 暗黙の了解があったんじゃないのって感じに私を見るので、私はこくこくとうなずいてみせる。

 坂上はおそるおそるって感じで私から麻衣子に視線を動かす。

「えーっと、里中さん?」

「私の目は節穴じゃないのよ?」

「――そーなんだ」

 納得したようにつぶやいた坂上は、ゆるりと頭を振る。

「怖いよ、里中さん」

「お褒めにあずかり光栄の至り」

「全然褒めてないんだけど」

 坂上の切り返しなんて麻衣子の耳に入らなかったらしい。麻衣子は弾む足取りで私に近付いて、ぎゅっと腕を組んだ。

「未夏のことを泣かせたら、私が承知しないからね?」

「うわ、本気で怖いよ」

「あらー。そーんな失礼なこと言うなんて、本気で失礼ねええ」

 私の腕を抱えたまま麻衣子はじりじりと坂上に詰め寄る。

「それとも何かしら、未夏を泣かせて私を怒らせる自信でもおあり?」

「それはないっていうか、逆に俺が今まさに里中さんに泣かされそうなんだけど」

「あらあ、それってどーゆー意味かしらー」

 私の腕を解放して、麻衣子がさらに坂上に近付く。坂上は反対にじりじりと後退した。

「とまあからかうのはこれくらいにして。先に行ってるわねー」

 坂上が扉の前から移動したから、麻衣子はぱっと素早く台所を出て行った。

 ほっと坂上は息をもらして、ひどく曖昧な顔をする。ぎりぎり微笑みに見えなくもないけど、一歩間違うと違うものに見えそうな顔。

「いろんな意味で怖いね、里中さん」

「そのいろんなって意味がいまいち説明できないところがさらに恐怖をあおるよね」

 坂上のつぶやきにしれっと答えてみると、坂上はぶっと吹き出した。

「そんなに俺、わかりやすかったのかなあ」

「わかりやすかったよーですよ?」

「うわあ」

 坂上は目をきょろきょろさせた。お酒に酔ってるときはそんなでもないようだったのに、顔が赤い。

 実は暗いからよくわからなかっただけで、さっきも外でこんなだったのかな。

「心配しないでいいよ、私もわかりやすい仲間だから。わかりやすいもの同士仲良くしましょ?」

「それ、フォローかどうか微妙だなぁ」

 そんな文句を言ったけど、坂上は結局は気にしないことに決めたようだ。

 じゃあ行こうかって、二人して歩き出す。

「わかりやすいもの同士とか、そーゆーんじゃなくってずっと仲良くしてきたいよね」

 坂上は半歩先でぽつりと言った。私と隣にならないように気持ち早足なのは、顔が赤いのをごまかしてるから?

 耳の裏が赤いのがちらりと見えて、なんだか笑ってしまった。

 今まで気付かなかったけど、坂上って実はわかりやすい人なのかもしれない。私にさえ思われるだなんて相当だよ?

「私もだよ」

 でも、そう答えた私の顔もきっと真っ赤だろう。

 部屋に戻ったときに真っ赤な顔をしてたらさらに麻衣子にからかわれる。

 台所からさっきの和室までの短い距離を残りは沈黙で埋めて、私は平静を装うために平常心と呪文のように呟いた。

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