10.パーティを抜け出して
コロッケにサラダ、スープに煮物、グラタンに炒め物。それぞれいくつかの皿に分けてテーブルに所狭しと並べる。どの料理もかぼちゃ入り、それもなんだかすごい話だ。
「晩ご飯だね、すっかり」
「そのつもりで作ったからね」
六時から晩ご飯はちょっと早いけど、早すぎるわけじゃないかな。
「晩ご飯いらないって家に電話かけとこうかな」
「ついでに今日泊まっていくって言っておいて」
運び終えてつぶやいた私に麻衣子はあっさりそんなことを言った。
「またそんな、突然」
「今日、祐司の家族は旅行なのよねー。みんな泊まるつもりできてるの。未夏のだーい好きなデザートはかなり後でしか出ないわよ?」
「そんな誘惑をされても!」
「着替えなら貸すわよ」
坂上と一緒にいたいでしょ、ってささやいて麻衣子は私をうなずかせようとする。
「どれも腕をふるったんだけどなぁ。ケーキもクッキーもプリンも会心の出来なんだけどなぁ」
「うぅ。泊まっていいって言ってくれたらいいんだけど」
結局最後は根負けして、電話をかけた。意外とお母さんはあっさりしたもので、迷惑かけないようにねとだけ注意するだけ。
「許可、出ちゃった」
麻衣子の家に遊びに行くって言ってたし、それでかもしれないけどそんなにあっさりでいいのって思うくらいあっさり。
「何意外そうな顔してるの。じゃあ未夏もたーっぷり楽しめるわねー。うふふふふ」
麻衣子は何かたくらんでいそうなにんまり笑顔。
それがなんなのかは何となく想像できるようなできないような。
原口君が用意してくれた会場は麻衣子の部屋と同じかそれ以上ある和室だった。
麻衣子は一番入り口近く、その隣から順に原口君、春日井先輩、羽黒君。羽黒君の正面は小坂さんでその隣は篠津君、さらに坂上、私。
それぞれが適当に座り込んだけど、私の隣がやけに機嫌がいい坂上なところに作為的なものを感じる。
うれしいよ、うれしいんだけど。
目の前の麻衣子が何かたくらんでいそうな笑顔のままで怖いんだけど。
「えーっと、じゃあ始めるねー」
そう切り出したのは坂上だ。それぞれの前に並ぶのは同じオレンジジュースのグラス。
坂上がそれを持ち上げると、みんなも手に取った。
「それでは皆様の協力に感謝して、かんぱーい」
掲げたグラスをかちりとあわせる。
のどが渇いてたから一気に三分の一くらい飲んでしまった。
「炭酸入り?」
見た感じも気にならないし、微炭酸くらいだけど違和感があったから尋ねると麻衣子は笑顔でグラスを振った。
「オレンジジュースで缶チューハイ、割ってみましたー」
「え」
麻衣子の言葉は予想外だったから、私は手に持ったグラスを取り落としそうになる。
「それってお酒? 私たちまだ未成年……ッ」
「まあまあ、未夏落ち着いて。ちょっとだしいいのちょっとだし。割ってるし、アルコール度低いから」
「そういう問題でもないでしょ」
真面目そうに見える原口君は麻衣子の言葉を聞いても平然としている。坂上も知っていたのか気にしないのかまあまあと私をなだめる。
「たまにはいいでしょ」
「うー」
お酒が早くも効いてきたのか、途中でどうでもよくなった。
諦めて料理に手を伸ばして、取り皿に次々と取ってみる。麻衣子が腕をふるったというだけあってどれもおいしい。
そのうちふわふわした気持ちになってきた。
「ねえねえ、さかがみー」
大分食べてお腹はいっぱい、食べるスピードも落ちてくる。みんなそれぞれ盛り上がってて、私の相手をしてくれるのは坂上くらい。
「うん、なに?」
坂上はけろっといつもの顔で、次々に料理を口にしている。私の三倍は食べてるんじゃないだろうか、この人。
ちょっと手を止めて、首を傾げる。そのしぐさが何か可愛い。
「園芸部って結局、坂上と誰と誰と誰?」
「俺と、新じゃなくて――篠津と、原口と、羽黒」
「先輩は何で先輩?」
「いっこ上だから?」
「園芸部じゃないのに先輩?」
コロッケを加えながら、坂上はあーってくぐもった声を出した。かみかみごっくんして、アルコール入りのオレンジジュースをごくり。
「そういうわけじゃなくって、最初は新が連れてきたんだよねえ。新はああ見えてスポーツ万能でね、それを先輩が見込んだんだな。それでまあなーんとなく仲良くしてもらっているというか何というか」
坂上自身よくわかってないらしくって首をひねりながらの説明。
「ふーん」
「三年だし園芸部には関わってないけど、結構助けてくれたよ。花好きみたいで」
「坂上は花壇をつぶして野菜のかぼちゃを植えたんじゃなかったっけー?」
「痛いところつくなあ。かぼちゃの花もかわいーんだよ」
黄色いんだっけ? 見たことがある気がする。でもオレンジのかぼちゃの花も黄色いのかなあ。
尋ねようと思ったけど、坂上は食事に戻ってしまった。
つまらなくなって、ジュースをちびちび飲みながら人間ウォッチングを開始する。
麻衣子の姿はいつの間にかない。多分おかわりを取りに行ったんだと思う。原口君は両手を後ろについて満足そうな顔でゆっくりしてる。
春日井先輩はひょいぱくひょいぱくと次々に口の中に料理を放り込んでいる。
先輩の隣にいたはずの羽黒君は少し移動して、小坂さんのすぐそばまで寄っている。小坂さんは苦笑しながら隣の篠津君と羽黒君に均等に話を振ってるみたい。三角関係ぽくって大変そうだなあ。美人さんもいいばっかりじゃないのかも。
坂上は一つ一つを味わうように順繰りにいろいろ食べている。コロッケを食べてスープを飲んで、煮付けを食べてご飯を食べて、ジュースを飲んで一息ついてなんていう、妙に規則的な動き。
「ねえねえー」
「なぁに?」
「坂上って、好き嫌いないの?」
「そんなにないけど」
「何でも食べてるねえ」
「かぼちゃは好きだしね」
「ほんとに好きなんだねー」
坂上はこっくりとうなずく。かぼちゃばかりのメニューは味付けが違っても途中で飽きないかって思うけど、坂上も他のみんなもぺろりと食べている。
麻衣子も小坂さんも手際よく作業してたし、おいしいもんなあ。
サラダくらいなら簡単だし私でも作れたんだけどなって今更思いついてしまった。いいなあそれって言ってた坂上は、作ってたらサラダもおいしそうに食べてくれたかなあ。
「うわ、未夏ちゃん大丈夫?」
ほやほやした気分であったかもしれない今に思いを寄せてると、すぐ近くで坂上の声がした。
「う?」
肩を掴む力強い手。いつの間にかつむっていた目を開ける。左肩に見覚えのある手、そこから持ち主をたどると右斜め上に坂上の顔があって心底驚いた。
「うきゃあっ」
「うわ傷つくなーそれ」
思わず坂上を振り払うように離れると、坂上は顔をしかめた。
「びっくりした」
「俺の方がびっくりしたよ」
坂上は嘆息してさっきまで私の肩を掴んでいた手を下ろす。
「いきなりこてんと寄りかかってくるし」
「きゃー。ごめん坂上、うとうとしちゃった」
怒っていないかなって、おそるおそる坂上を見上げる。坂上は目を細めて頭を振った。
「いくら薄めてるとはいえ、未夏ちゃんお酒飲み慣れてないでしょ」
「慣れてるほーがおかしいと思う」
私のもっともな突っ込みに坂上は苦笑する。
「まあね。里中さんがさりげなーくグラスを満たし続けてるから、こっそり結構飲んじゃってるよ、未夏ちゃん」
「そう?」
「うん」
坂上に言われて考えてみると、自分でおかわりをしたつもりもないのにいつも気付くとグラスは満たされていた。どれくらい麻衣子が注いだのかはわからないけど、二・三杯分は飲んでる気がする。
「眠いなら、端っこで寝とく?」
「今ので眠気は飛んだかも」
無意識とはいえ坂上に倒れかかるなんて、なんてことしたんだろう。思わず離れなかったら今も寄りかかったままでいられたかな。
ドキドキしすぎてすっかり目が覚めた。ちょっとは酔いも覚めたんじゃないかな。
「それならいいけど」
坂上はぐいっとグラスを傾けてジュースを飲み干した。
「酔い覚ましに、ちょっと外行く?」
「寒くない?」
確かに寒ければ目も頭もすっきりしそうだけど、風邪を引くのは嫌だし。
坂上は周囲の様子を伺って、内緒話をするように私の耳に口を寄せた。
「そろそろランタンに火を入れようと思うけど、見たくない?」
そんな風にささやくのはずるいと思う。
いくら麻衣子に言われたからってここまで私に気を遣ってくれること、ないのに。
本当は小坂さんを誘いたいのに違いないんだろうに、私をなんて。
坂上の肩越しに小坂さんを見ると、篠津君と羽黒君に囲まれているから誘えそうになさそうだってわかるけど。
「いいの? そんなこっそりとで」
かぼちゃランタンが今日のメインじゃないのかな。着火式みたいに盛り上げなくていいの?
「つけたあとで部屋の電気を落として、それからカーテンを開けて庭のランタンが見えるようにするわけ。多分綺麗と思うし、みんな驚くでしょ?」
坂上の言う情景を思い浮かべる。それもいいかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
よっと立ち上がる。
準備中は庭から直接行き来してたけど、最終的には玄関から中に入った。
ジャケットを着てから廊下に出て、ふらふらと玄関に向かう。私が転けそうになったら支えられそうな半歩後ろを坂上は歩いてて、その優しさがうれしい。
靴を履いて、がらりと玄関を開けて。
「さっぶー」
外に出ると想像以上に寒い。ジャケットを羽織ってても中が薄手のシャツだとすーすーする気がする。スカートは着慣れてないし、足下からも冷える。
坂上が言うとおり、酔いも覚める感じ。
「冷えるねえ」
そんなことを言い合いながら庭に向かった。カーテンの隙間を縫って細い明かりが漏れていて、その行く先に坂上が並べたランタン達が並んでいる。
外はもうすっかりと闇に覆われていて、壁際のランタンは細い明かりの助けを借りてもオレンジの輪郭が何とか見える程度にしか見えない。
坂上は立ち止まった私を追い越して、かぼちゃランタンのそばに座り込む。
どこからか手品のようにマッチ箱を取り出して、それに火をつけるのが何とか見える。
マッチの光でぼんやりと坂上の顔が浮かんだ。
坂上は数本のマッチを使ってランタンの中に仕込んだろうそくに火を灯す。
最後のマッチの火を消して、坂上はマッチを地面に落として踏みつぶす。彼がそうする後ろで灯されたばかりのランタンから顔だけがぼうっと明るく浮かんだ。
幻想的なような、ちょっと怖いような。
魅入られたように見つめていると、坂上が私のそばにやってきた。
感嘆するように坂上は大きく息を吐く。
「綺麗だね」
言いながらランタンから坂上に目を移すと、てっきりランタンに見入っていると思っていた坂上と視線が合ってしまった。
「坂上?」
私を見る坂上の顔が今まで見たことないくらい真剣なで、どうしようもない違和感を覚える。
「どしたの?」
呼びかけに坂上はすぐに答えない。
らしくなく迷うそぶりを見せて、坂上は目を伏せた。
「ねえ、未夏ちゃん」
いつものふざけた感じじゃなくて、真剣な声でそんな風に切り出すと坂上はすんごくかっこいい。
元々かっこいいけど、もっとずっと。
「え、っと。なに?」
一体何を言い出すんだろう。坂上のことだから、真面目な顔で冗談でも言い始めるのかもしれない。
私に呼びかけたあと何度も言いかけてはやめた坂上は、しばらくして意を決したように口を開く。
ためらいもいつもの坂上とは無縁の存在で。
だから、冗談を言うはずはないともちらりと思うけど。
「俺が何で未夏ちゃんに追試用の勉強見てもらったかわかる?」
ようやく坂上が言ったのは、ためらう必要もないごく普通の問いかけ。
「んん? 私が国語に強いって聞いたからでしょ?」
坂上が言った言葉はもちろんちゃーんと覚えてる。だからそう答えると坂上はうなずいた。
「うん、だからちょうどいいなーって思ったんだよね。古文引っかかって」
「ちょうどいい、って。追試になって喜んでどうするの?」
私は国語だけは安泰だけど、他の教科はいつも冷や冷やものだ。大体平均点を取れるけど、追試になりそうでヤバイ教科もある。毎回、今度も逃れたーって安堵するくらい。
「喜んじゃいけないんだけどね」
坂上もそこはわかってるらしい。苦い笑みで独り言のようにつぶやいた。
「でも」
それから声に力を込めて、さっきと同じ真面目な声を出す。
「未夏ちゃんに勉強教えてもらえるなら長いこと一緒にいられるって思ったら、うれしかったんだよ」
なんだか、妙な方向に話の風向きが変わった。
「未夏ちゃんは俺の提案にうなずいてくれたし、一週間楽しかった。いや、楽しんでる場合じゃないのもわかってたけどそれでもさあ、ねえ?」
「いや、ねえとか言われても」
なんだか、妙に落ち着かない。坂上が何を言い出したいのか想像を始めそうになる頭を、必死に止めたのは誤解するのが怖いから。
「うれしすぎて、未夏ちゃんの顔ばっかり見つめたら変なこと口走りそうで、そんで思わず窓の外ばっかり見たりして、未夏ちゃんにとって俺はあんまりいい生徒じゃなかっただろうけど」
じわりと坂上は私に近付いてくる。思わず私が同じだけ退くと坂上はわずかに顔をしかめた。
「かぼちゃ畑に小坂ちゃんがいたのは、時間帯の問題だよ。たまたま俺が目を向けるくらいに、いただけ。それを未夏ちゃんが気にするとは思わなかった」
ふうと坂上は息を吐く。一度下がった視線は再び上がって、もう一度私をしっかりと見た。
「気にしてくれたって事はさ、俺誤解しちゃうけどいいかな?」
「ご、誤解って何を」
「小坂ちゃんを見てる俺を気にしちゃう程度には、未夏ちゃんが俺を好きだって」
「ぬあっ」
思わず可愛らしくない声が出た。
恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい、恥ずかしいよ。私の気持ち、すっかりバレバレだったってこと?
逃げたいのが本当だったけど、ぐっとこらえた。そんなことしたら坂上と今までのように話せなくなる。それは嫌だから。
「いい?」
よくない、それはよくないよ坂上。
どう言ったら坂上の誤解を解くことができるんだろう。本当は誤解じゃないけど、坂上が誤解しちゃうって言う誤解を。必死に考える私にもう一度坂上はじわりと近付く。
逃げないようにって自分に言い聞かせてたら、逃げそびれた。
「小坂ちゃんは好きだけど、あくまで友達として。新が小坂ちゃんを好きなのは目で見て明らかだったし、からかうのが面白くってそんなふりをしたことはあったけど――恋愛感情はないよ」
妙な噂が広がったのは知ってるけどね、って坂上は軽く続けた。
「小坂さんのこと、頻繁に見てるように思ったけど」
思わず口にしてしまって、失言だったと気付く。これじゃ、私は坂上のこと気にしてたって言うようなもんじゃない。
坂上は口の端を持ち上げる。
「小坂ちゃんのことは意識してたみたいだけど、その周りのことは意識してなかったみたいだねえ。大抵、新が近くにいたよ。同じクラスだし、羽黒に抜け駆けされるのが嫌だからって小坂ちゃんのそばに」
そう言えばさっきも羽黒君はいつの間にか小坂さんの近くにいた。
「新が頑張ってるのを見ると面白くてねー。そんなのも、見てたんだ?」
「う、あ、いや。えーっと」
いたずらっぽく坂上が目をきらめかす。うう、ごまかせそうにない。どう頑張ってもごまかせそうにないよ……。
白旗をあげて、素直に坂上に告白すべきタイミングなのかもしれない。
でもでもでも。やっぱり怖い。怖いんだ。
「いじめてるつもりはないんだけどな」
射るような眼差しから逃れるように視線をそらすと、坂上が嘆息混じりにささやいた。
「ねえ、ここまで聞いてもわからない?」
「わからない、って何を?」
何も感じないものがないかって言われたら、ないとは言い切れない。むしろある。
あるけど。
私が坂上の言葉を大幅に誤解してる可能性が高いんじゃないかと思ってしまう。
それって期待していいの?
目をそらし続けることを諦めて坂上をじっと見ると、今度は坂上の方が私から視線をそらした。
「俺、未夏ちゃんのことが好きじゃなかったら、畑に誘ってその流れでパーティに招いちゃえとか思わなかったし。昨日カフェでデート気分だなんて浮かれたりしなかった」
それって、つまりそういうことなの?
「坂上、酔ってない?」
聞いた言葉に、わーいやったあなんてすぐに思えるほど私は素直じゃない。だから浮かれないように気をつける。
「酔ってるよ」
言いながら坂上は再び私を見た。
「そうでもなきゃ、こんなこと言えない」
そう言う坂上はいつもより真剣な以外、普段とそう変わらない。お酒には強いのか顔も全然赤くなくって。
「未夏ちゃんがちょっとは俺のこと気にしてくれてるって思ってうれしかったけど、それって俺がお兄さんに似てるから? それで気にしてくれてるんだったらすんげえ勘違いだし、こんな事言い出して未夏ちゃんに勘違いだって言い切られたらすんげえショック」
本気にして、いいのかな。
冗談だってあとで言わないかな。
まじまじと坂上を見ると、坂上はまっすぐな視線を返してくれる。
「だから普段は言えなかった。でも駄目、もう黙ってらんない」
「お酒の勢いで?」
素直じゃない私は反射的に問い返した。坂上は勢いよく首を横に振った。
「まさか!」
「じゃあ、なんで?」
言われたことを素直に信じ切れない。だから私は首を傾げてみせた。
坂上は言葉に詰まった。うろうろと視線がさまようのがわかる。
「坂上?」
「だって、だってさあ」
坂上はやがていじけるように言い始めた。
「私服の未夏ちゃんがすんごいかわいいし、無防備に寄っかかってくれちゃったりするし。これから先もこんな感じが続いたら、耐えられないよ?」
そんな風に首を傾げられても。言ってる意味がわからないよ。
「耐えられないって、何が?」
「今以上に未夏ちゃんを好きになっちゃうだろうし。そのあとで俺のことお兄さんの代わりにしか見れないって言われたら、今そう言われる以上にショックを受けるよ」
「ねえ、坂上。それ本気で?」
「何も言えないまま平行線を続けるよりは、今のうちに引導を渡してもらった方がいいかなって思ってお酒の力を借りたことは否定しないよ。でも、俺が未夏ちゃんを好きなのは事実。俺の言うこと、信じられない?」
坂上がらしくもなく悲しそうな顔をするもんだからそんなことないよって首を横に振った。
一瞬で坂上は顔を輝かせて、ぐっと身を乗り出す。
「ねえ、じゃあ誤解してていい? 希望を持っていい? 期待しちゃってもいい? 俺をお兄さんのかわりみたいに思ってるなら今のうちにばしっと言っちゃって?」
まくし立てるように言うもんだから、坂上の言葉をすべて飲み込むのにちょっとかかった。
坂上は私の反応をぴったり口を閉ざして待っている。
「期待していいのって、聞きたいのは私の方だよ」
坂上が言ったことって、そーゆー意味だよね?
それこそお酒の勢いとか、願望とかで私の中でねじ曲げられてない?
「ちょっとにーちゃんに似てるなあって思うけど、坂上は坂上だよ」
坂上がぽんぽんと私を好きだって言ってくれたみたいには私は言えない。
頭の片隅で勘違いじゃないのって言う自分がいるから。
「ほんとに?」
ゆるゆると坂上はつぶやいた。
ほんとだよって一つうなずき返した。
ねえこういうこと? 私は坂上が小坂さんのことを好きだって思って諦めてて、坂上は私が坂上のことをにーちゃんの代わりにしてると思ってたから諦めてた。
それがずっと続いたら、坂上が言ったようにそれはいつまでも交わらない平行線。
麻衣子はこのことに気付いたから、にーちゃんのことは禁句だとか言ったの?
ぐるぐるぐるぐる、考えが巡る。
「じゃあ、俺のこと俺として好き? 俺は未夏ちゃんのことすんごい好き」
坂上は好きの大盤振る舞い。期待する眼差しでじっと見つめられて、どきどきしない方が間違ってる。
「――好きだよ」
恥ずかしがってる場合じゃなかった。
坂上が私と同じように考えてるなら、ここでうなずかないとこれから今までのように話せない。
「どうしよう、すんごいうれしい」
私の答えを聞いて坂上が今まで見たことないくらい幸せそうな顔になった。
お酒の勢いだけじゃなくって、私のことを好きなんだって信じていいなと思うくらいの笑顔。
「きゃー」
笑顔のまんま坂上ががばっと抱きついてきた。
恥ずかしくて悲鳴を上げると、ぱっと重圧が引いていく。
「襲われたような悲鳴上げないでよ、傷つくなあ」
「酔った勢いだからって、していいことと悪いことがあるでしょー?」
坂上が離れちゃったことを心の底では残念に思いながら、口ではそう答えてみせる。だって、いきなりすぎるし恥ずかしすぎる。
坂上はすっかりいつもの調子を取り戻して、にんまり楽しそうな顔になる。
「なんて可愛いんだろう未夏ちゃん」
「そんな風に言いまくって、明日後悔しても知らないよ」
「しないよ、絶対しない」
坂上は自信満々、胸を張った。
「ほんとに?」
「本当に。未夏ちゃんこそ明日我に返って勢いでうなずきましたって言わないでよ。本気でへこむから」
「言わないよ」
坂上が間違いでしたって言ったら、私の方がへこむ。
「ならよかった。あとで本当はお兄さんの代わりとしか思ってなかったっていっても、もう信じないことに決めたからね」
「だから言わないもん」
「わーい」
坂上は言いながら今度は腕を組んできた。
「これならいいでしょ?」
首を傾げて、心配そうに尋ねられて、恥ずかしいから嫌だってすぐには言えなくて。
そうするとなし崩し。
弾む足取りで玄関に戻る坂上と、腕を組んで歩く羽目。
玄関にはすぐについて恥ずかしくて、でもこれ以上ない幸せな時間はすぐに終わりを告げた。
腕を外して坂上が玄関の扉を開けて、あっと小さく叫んだ。
「どしたの?」
「肝心なこと聞くの忘れてた。だから俺とお付き合いしてもらえますか?」
体ごとこっちを向いて、生真面目な問いかけ。
その答えなんてもちろん決まってる。
私はこくんと一つうなずいて、坂上をじっと見つめ返した。
END
※未成年の飲酒シーンがありますが、よい子は飲んじゃだめですよー。
薄くしてもアウトだと思います。




