1話:「俺、勉強するわ」
「マ、マジかよ......こんなこと、ありえねぇ......」
手に握られた手紙を読み、彰は思わず声を漏らした。
その声は、驚いたような、悲しんでいるような、色々な感情がフクザツに入り交じった声だった。
彰の手に力が入り、やがて見る影もないほどに手紙は握り潰されてしまった。
その手紙とは、高校の合格通知のことだ。
現在の日本では、だいたいの公立高校で結果発表は張り出されるものが多いと思う。
だが、彰の受けた高校は珍しく、通知発表は手紙できた。
朝から郵便ポストの前で仁王立ちで構え、配達されてすぐに封筒を開封した。
そして一言。
「ありえねぇよ......。だって、そんなまさか___」
手紙に書かれていたのは『合格』の二文字。
「いよっしやあああぁ!!受かったぜぇぇぇ!!」
雄叫びかのごとく声を張り上げた。
あまりにも煩い声に、近所から苦情が来たが、そんなものはきっぱりと無視をする。
清々しいくらいに。
彰が受けた高校___それは、ここらでは有名な偏差値の高い高校である。
高いと云っても、普通の成績を修めている人にとれば、それほどではない。
だが、彰には高すぎた。
『俺、花咲高校に行く。ぜってぇに』
親と教師との三者面談の時に云ったその言葉は、その場の空気を固まらせるほど、意外であり、ありえないことだった。
今まで素行が悪かった彰には、進学することなどほとんど考える機会がなかったからだ。
とりあえず中学を卒業し、アルバイトでもしながら生活をすると親にも教師にも伝えていた。
それを、今になって進路を変えると云うのだ。
驚くなと云う方がおかしい。
『......なぁ、彰。わかってるか?花咲だぞ。お前の頭じゃ難しい......いや、正直に云おう。無理だ』
『無理じゃねぇし。勉強すりやぁいいことだろ』
今時の教師が云うことがほとんど珍しい完全否定の言葉も聞き入れず、キラキラした目でこう云った。
ため息をはきながら項垂れる教師とは逆に、彰の母親は両手を組むようにして喜んでいた。
『高校に行くきになってくれたのね!』
『あったりめえだろ!俺にかかれば高校受験なんぞお茶の子うまうまだぜ!』
『彰、それを云うならお茶の子さいさいだ......』
気持ちを入れ替えた彰に喜ぶ母親の目にはうっすらと涙が
浮かんでいたが、またそれとは反対に、教師の眼にも呆れて物も云えず涙が浮かんでいた。
受かるだろうと調子に乗っていた彰だったが、勉強するにつれ、段々と不安で押し潰されて行った。
もちろんそのはず、今の今まで勉強してこなかったのだ。
ヤル気だけでどうにかなる問題じゃない。
けれど、彰が諦めることはなかった。
彰の人生を変えることにもなった『とある人』に会うためには、花咲高校に行く必要があった。
名も知らぬ、笑顔が美しい女性に会うために。
心引かれたあの笑顔をもう一度拝むために___。
『あー、っと。そろそろ勉強再開すっか。めんどいけど』