目が覚めたら知らない人になってて、ついでに監禁されてたので逃げます。
「…ここ、どこ?」
自分の口から出てきた、“自分じゃない”聞きなれない声。
目を開けたら、見覚えのないゴシック調の部屋。
倒れていた身体を起こせば、視界の隅で茶色が揺れた。
それを不思議に思い、視界の隅で揺れた茶色を掴めば、それは茶色の髪の毛だった。
引っ張れば、自分の頭皮が悲鳴をあげる。
……待て、あたしは黒髪だ。
あたしの母はロシア人と日本人のハーフで、あたしはクウォーターだ。
美形な母と、モデル体型の父から生まれたあたしは母親譲りの見た目とモデル体型で、周りからは“天使”やら“女神”と言われていた。
ぶっちゃけ、他人に容姿をどうこう言われても気にならなかった。
目も当てられないほど醜くて、いじめられようが。
可愛いや好きだと見た目で寄ってくる馬鹿な人間がいようが。
だって、あたしの容姿はあたしを愛してくれている親バカの二人から受け継いだものだ。
どこに不満をつけようか、否、あるまい。
そんなあたしの黒髪はどこに行った。
家出?家出なのか?
首を傾げれば、また茶髪が揺れた。
わけがわからない
そう小さく呟けば、この部屋に一つだけあるドアがガチャリと音を立てて開く。
「あれ、起きたんだ」
あたしを見て笑った男に、あたしは見覚えがない。
無遠慮にカツカツ足音を立て近寄ってきた男を見て、無意識のうちに眉を顰めていたらしい。
目の前の男が、あたしの眉間を人差し指で突く。
が、その手を叩き落として、目の前の男に問う。
「あんた誰」
と。
そう言った途端、彼の目が見開き、次には面白いものを見るかのように細められていた。
「ふぅん。忘れたフリするつもりなんだ?」
…わけがわからない。
「忘れたも何も、あたしとあんたは初対面でしょ」
何だこいつ。
初対面なのに知ってるわけないじゃんか。
逆に知ってたら怖いわ。
「へぇー、記憶喪失っぽいけど、自我がはっきり確立してる」
だからあたしはあたしで記憶喪失じゃない。
あたしはどこにでもいそうなクウォーターだ。
「それじゃ、君に面白い話をしてあげよう」
そう言って、目の前の男はニッコリと笑った。
むかーし、むかし、あるところにそれはそれは我儘なお嬢さんがいました。
彼女の名前は、ロベリア・フェナシータ。
フェナシータ家は王都で有名な実力派の貴族でね。
そこのフェナシータ家に待望の第一子が産まれた。
それがロベリア・フェナシータ。
待ちに待った待望の第一子が女の子。
それはそれはフェナシータ家のお手伝いや親戚など、みんなが甘やかした。
そんな生活を続けていたからだろうね。
彼女の性格は、捻くれ者で高飛車、それに加えて傲慢な自分本位の我儘なお嬢さんになっちゃったんだ。
これに対して、フェナシータ家の人は皆、頭を抱えたよね。
甘やかしすぎた結果が、我儘なお嬢様の完成。
そんな彼女が7歳の時に、婚約者が出来たんだ。
名前は、ウィリアム・リアシス。
フェナシータ家に並ぶほど有名な貴族の一家の跡取り息子。
ウィリアムはロベリアの2歳年上。
ロベリアはウィリアムの幼いながらに整った容姿に一目惚れしてしまったのさ。
それからというもの、ロベリアはどこにいくにもウィリアムの後をついて回る子になった。
王都にある学校に入ってからもそれは変わらなかった。
だが、ある日それは急に崩れた。
転入してきた男爵家の一人娘に、ウィリアムは惚れてしまった。
よくある話さ。
それに気づいたロベリアは、男爵家の娘に陰湿な嫌がらせをした。
まぁ、嫌がらせと言っても、ウィリアムに近づくなとか、馴れ馴れしくするなとか、すれ違いざまにいう程度だったけど。
それに耐えきれなくなった男爵家の娘はウィリアムに泣きついた。
そして、それを聞いて怒ったウィリアムは君との婚約を破棄し、君の顔を今後一切見たくないと言って、彼は自分の家の権力を使って君を街外れの小屋に監禁した。
僕はその監視役。
最後まで言い切ると、目の前の男は楽しそうに笑う。
「これで君の今置かれてる状況は理解した?」
「…まぁ」
この男が話していたのは、恐らく今のあたしが使っている身体の持ち主についてだろう。
最後には、もう“ロベリア”から“君”って言っていたし。
「…とりあえず、鏡貸して」
「鏡?そんなもの何に使うわけ」
「いいから早く貸して」
納得いかないような顔で渡された鏡を見る。
鏡に映ったのは、あたしと瓜二つなんじゃないかって疑うぐらいそっくりな顔だった。
「…似てる」
違うところと言えば、さっきも言ったように髪色が違い、あとは瞳の色が違った。
栗色の髪に、ターコイズブルーの瞳。
「似てるって何が?」
「別に」
「君は素っ気ないね」
「ありがとう」
「褒めてないし」
可笑しそうにクスクス笑う男。
「記憶喪失みたいだから、一応自己紹介しようか。
僕は、ルイ・パンナシェード。
さっきも言ったように、君の監視役」
よろしくね。
人の良さそうな笑みを浮かべているが、あたしはその笑みが気持ち悪いと思う。
あたしの人生教訓的に、人の良さそうな笑みを浮かべている奴は、大抵腹の中は真っ暗だ。
ドン引きするくらい黒だと言い切っていいほどに。
それより、あたしは記憶喪失じゃないし。
「あぁ、因みにお風呂とトイレはさすがに監視はしないから」
…お風呂とトイレまで監視されてたら、精神的に参りそう…。
てか、今更なんだけどなんであたしはロベリア・フェナシータって子になってるらしい。
あたしはいつものように授業さぼって、学校の中庭で気持ちよく寝てたはずなのに…。
解せぬ。
「最後に忠告。
逃げ出そうとしないでね」
くすりと笑みを零し、部屋を出て行ったパンナコッタみたいな名前の男。
「それは無理」
だって、あたしは家に帰らなきゃいけない。
お母さんがあたしの大好物のグラタンを作って待ってるだろうから。
だから何がなんでも帰る!
側にあったイスを部屋にある唯一の窓に投げつけて窓を破壊し、そこから木に飛び移り王都に逃げ出す話や、そんな彼女を追いかける監視役の男の話も。
王都に着いて早々、彼女を街外れに追いやった元婚約者に会うのもまた別の話もここでは割愛しよう。