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仲間入りの頁

「ちょ、ちょっと待った!!!」


とうとう堪えきれなくなってバルトとレシカの会話に割って入る。


「さっきから言ってるメンバーって何?!何をするの?!それが解らない限り 僕は何も言えないよ!」


そこでやっと肝心の少年を完全に置いていっていたことに気付いたバルトは、「(わり)ぃ悪ぃ!そりゃそうだ!」と言ってテオの頭をクシャクシャと掻き回した。


「まぁー、簡単に言っちまえば、『戦争を止めるための集い』みたいなものさ!」


「………はい?」


───今なんて言ったこの人?


あまりにも突飛な回答。


返事はしたが内容の理解に苦しむ。


「今、俺達の国、スラスタが戦争をしているのは知らねぇわけねぇよな?」


「あ、当たり前のこと確認しないでよ……」


それを聞いたバルトは満足気に頷きながらその場で胡座(あぐら)をかいた。


少し説明を入れよう。


今、彼らの住むスラスタ王国と、隣国のアナスタチア王国は、三年も前から戦争を続けている。


均衡を保ったまま、戦況が大きく変わることもなく、このまま終わる気配が見れないのが現状だ。


戦争の原因はスラスタ王国の成り立ちにある。


敵国・アナスタチアは元々、一つの大地を統べるこの世界で唯一無二の国家であり、膨大な土地を持つ超巨大王国であった。


彼らの住む現スラスタ王国の土地は、アナスタチア王国の一部でしかなかったのだ。


それが何故、新たな国(スラスタ)を生むような事態になってしまったのか。


これにはアナスタチアならではの事情が絡んでくる。


巨大王国・アナスタチアは、その広大な土地を国王一人で収めなければならない。


しかし、王とて一人の人間であり、限界というものがある。


故に、その長い歴史の中で、成人した世継ぎに戴冠式までの期間、国土の一部を治めさせるという少々特殊な伝統が生まれた。


主に国王一人では治めきれないほど荒みきった土地がその対象となる。


──国土に比べれば──小さな土地を、信頼の置ける選ばれし家臣と共に治めるのだ。


そこで臣民にその者の器を計られると言っても過言ではない。


歴代の王族の中でも特に賢いと言われていたアナスタチア王国第一王女、アイリス・S・グレイシフルは、そういう意味で彼女が成人するよりも前から平民の注目を集めていた。


この国の、何百年にも渡る暴政に終止符を打つ、希望の光として。


そして三年前。成人したアイリスに、なんと現アナスタチア国王は国土の半分に当たる土地を分け与えた。


これは前代未聞の出来事で、アナスタチアの側近たちは当然ながら猛反対したらしい。


そんな側近たちの不安を的中させるように、アイリス王女は半年もかからずにその巨大な土地を急速に発展させ、独自の法を作り、『スラスタ王国』の建国を宣言した。


勿論、アナスタチアが了解していないのだから正式な国の創立ではないのだが、スラスタの民の異様な盛り上がり様と、アナスタチアの対応の遅れにより、事実上の黙認という形で世間では収まっていた。


スラスタとなった土地にはアナスタチアの主要都市もいくつか含まれていたため、当時は文字通り、大陸全土を騒がす大事件となった。


それだけで済めば、── 一触即発の状態にはあれど──戦争には至らなかっただろう。


しかし、アナスタチアは横暴な絶対王政が目立つのに対し、立憲君主制を置き、発展途上ではあるにしろ申し分ないほど国民にとって環境が整っているスラスタに、アナスタチアの土地にいた国民たちが惹かれないわけがなかった。


国民は次から次へとスラスタに流れていき、アナスタチアはそれを抑えるので必死になっていく。


結局アイリス王女──否、女王の行動は、最終的に多くのアナスタチアの王侯貴族の怒りを買った。


そしてスラスタができたそのすぐ一ヶ月後に、戦争の火蓋が切られたのである。


最初はやはり、士気の高いスラスタが優勢となっていたが、軍を指揮していたスラスタの元帥が変わった途端、今度はアナスタチアが優勢となり、それからしばらくした今は均衡を保っている。


しかし、この戦争の間に謎の『魔獣(モンスター)』と呼ばれる生き物が徘徊し始め、治安維持と戦争の両立に、今のスラスタは手一杯の状態であるのが現状だ。


「俺たちはスラスタの人間だ。スラスタに勝ってほしいと思うのは同じなわけだし、力になりたいとも思うだろ?」


「そりゃあ勿論」


「だが今の状態の軍に入るのはちょいと躊躇(ためら)われる。荒れ狂ってるのは外から見ても判るしな?」


「うん…まぁ………ね…」


「だがお国の戦力になること以外で、俺たちがやれることなんてたかが知れてる。結局、道としては兵士になるしかない」


「うん……………」


「───と、思うだろ?」


「え?」


テオの反応に、バルトはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「あるんだなぁ他にも道が!てか寧ろ兵士じゃできねぇ事なんだけどな?」


「兵士じゃできない事………?」


食いついたテオに手応えを感じたのか、バルトは怪しげな笑みを更にはっきりと浮かべる。


「実はこの戦争には面倒くせえ事情みてぇなもんがあってな」


「な、なにそれ…」


「申し訳ないがまだ内容は言えねぇ。だが、そこさえなんとかすりゃあもう兵士も何も必要なくなるのさ」


「……は?!」


戦争とは、そんな簡単に終わるものなのだろうか。


「それって…和解させる…ってことじゃなくて?」


「それよりもっと簡単なんだわ〜」


「そんなことって……」


「だがそれをしねぇと、スラスタは確実に負けるだろうなぁ?女王であるアイリスは現状維持が手一杯らしいしよぉ?」


「う、うん…」


女王陛下を呼び捨てにするバルトの肝の据わりっぷりに、テオは心の中で後退(あとずさ)った。


「んで、自分の国の女王が困ってるなら、国民がそれに助け舟を出してやりましょうっつーわけで、俺たちがいるわけさ!まぁお国には非公認どころか、秘密裏に動いてるんだけどな」


「つーかバレたらヘタすると俺の場合首飛ぶわ」という小声の付け足しは聞かなかったことにする。


「ちょっといい?随分と話を盛ってない?私もリルも、貴方とそこまでの意見の一致はしてないわよ?」


突然ピシャリと、しかし淡白にレシカが割って入った。


「リルは『場所の提供と引き換えに得られる安全のため』に、私はあくまで『アナスタチアへの報復のため』に共に行動している…それだけじゃない」


「まぁな?だが理由は別としても最後に目指す目的は紛れもなく『戦争を終わらせること』だ。そしてお前たちはそれに納得して今ここにいる。充分じゃね?」


それを聞いたレシカは、一方的にバルトに敵意に似た視線を送る。


しかしサラリとバルトはそれを受け流し、再びテオに視線を戻した。


「こうなりゃもう(らち)明かねぇなぁ。決めるのはテオ(こいつ)自身ってことでいいか?」


「…………そうね。お互い一歩も譲る気はないわけだし」


テオが二人の様子をハラハラと見ていると、近くにいたリルが耳打ちをした。


「レシカさん、人と交流したりするのを何故か酷く嫌うんです。ですから、あまり人が増えるのを好まないんだと思います」


「そ、そうなんだ……」


「で、でも、私も今では仲良くできてるので、きっと大丈夫です!ですからどうか、レシカさんを嫌わないであげてください」


入ることを確定したような風に言われ、苦笑いを浮かべながらテオは少し考えた。




 テオが軍に入らなかった理由は、いくつかあるが、その中の一つに、ある人物が深く関わっている。



 三年前、名を残すこともなく辞任に追い込まれた、この国初の元帥がいた。


大陸史上最年少、しかも当時未成年だった彼の名は、しかし国家機密として公表されず、最後まで市民の耳に聞かされることはなかった。


しかしテオは、名も知らないその人の伝え聞いた人柄や戦法に敬意を感じていた。


明るい人格者。

頭はよく、兵には労りの気持ちを持ち、武に優れ、(おご)ることを知らない。

若く才気溢れる青年──それが町人たちの噂から描かれた人物像だった。


なんでも、建国の際にその力を女王と共に発揮していたのだという。


そんな、正に完璧とも言えるような人物が、一体世の何処を探せばいるのだろうか。


いや、勿論多少盛られたところもあるだろうが、やはり話を聞くだけで一目会いたいと思うのは必然だろう。


彼は、テオが住んでいた遠い北の地を出て、兵になるべくわざわざこの首都(レアディア)までやって来るには十分な理由の一つになっていた。


 ───が、貴族を味方につけた現元帥との内部争いに彼は巻き込まれていたらしい。


それに敗れた初代元帥(かれ)は、たった数ヶ月で元帥の座を退くこととなってしまったのだ。


そして軍を抜けた後、名前すら知られずに消えた若き元帥の行き先を知る者は誰もいなかった。


テオがそれを聞いたのは、テオが丁度、自分の住む町からスラスタ軍の本部がある此処、レアディアについた時の話だった。



 現元帥は余程初代元帥が気に入らなかったのだろうか。


戦法から方針まで、軍に関わるものはほぼ全て、初代元帥とは真逆の方向で進めて行った。


まだ国内が整いきっていないこの国には無理のある戦法を取ったことにより、犠牲者数は圧倒的に増え、兵も減った。


そしてその噂を聞いて、志願する者も日に日に減っていった。


何故そのような愚行を働いているのかは解らないが、皆が尊敬する初代の元帥を追い込み、戦法すら変え、明らかに不利な戦いに持ち込んだ現元帥と軍にテオは失望した。


それと同時に、この国の軍に勝機を見出せなくなった。


いっそ町に戻ろうかとも考えた。


しかし、背中を押しつつ、声が枯れるまで大泣きして、本当は自分を戦場に行かせたくないと言ってくれていた妹を遠い町に残しておいて、「元帥が変わったから入らなかった」なんて間抜けなことを行って帰るわけにもいかない。


何よりも彼には、どうしても果たしたい目的があった。


しかしそのためには、軍に入らざるを得ないということも解っていた。


そして、どうしようかと悩んでいる間に二年が経過していた。


居候先のおじさんたちは優しく、条件無しにずっと面倒を見てやってもいいと言ってくれているが、店の手伝いをしているとはいえ流石にその言葉に本当に甘えきるわけにもいかない。


正直、青年の言った話が本当ならば、このまま何もせず徴兵されるのを待つよりはずっとこの団体に入ったほうがテオ自身にはずっと有益だ。


しかし───


───問題は話の信憑性なんだよなぁ…


本当にそんな大それたことができるのか。


本当に徴兵を回避できるのか。


本当にこの三人は、信用するに値する人たちなのか………………




うんうん唸りながら、テオが考えこんでいると、笑いを堪えながら発せられた声が彼を現実に戻した。


「いやぁ、そこまで真剣に考えてくれてんのは…くくっ…ありがてぇ…ぷっ…で、結論は出たかい?」


───僕の…結論は………



 小さく息を吸った少年は、はっきりとした口調で宣言した。


「入る…入ります!」


「よっしゃ!決まりだ!」


バルトが軽快にパチンと指を鳴らすと一人を残して、その言葉に全員が笑顔になった。


奥歯をギリッ…という音が鳴るまで噛み締めると、少女は背後の森に姿を消した。


「はぁ〜…レシカも素直になりゃいいのになぁ〜?」


それに気付いたバルトは、呆れたように軽く溜息を吐いた。


「あぁ見えて意外とお前のことは受け入れてると思うぜ?あんまり気にしないでやってくれ」


「う…うん………」


「あの…ずっと気になっていたんですけど、レシカさんてどうしてあそこまで人を嫌うんでしょうか…?特に人見知りとかそんなふうに見えたこともないのですが…」


確かにあれを人見知りというのかというと少し違う気はした。


だが、それではやはり、何かそれなりの理由があるはずだ。


「俺も詳しくは知らねぇよ?俺が知ってるのは、あいつの姉さんがアナスタチアの連中に殺されて、あいつ自身もアナスタチアに追われる身となっちまったってことくらいだ」


バルトはそこまで言うと、森の方を見ながら更に続けた。


「今もかは知らねぇけどな?でもそれが影響してそうだってことくらいは、なんとなく解るだろう?」


何処か寂しげな空気を持つそのバルトの声音に、リルは複雑そうな表情を作る。


「レシカさん…か………」


テオは少女の消えていった森から目が離せなくなっていた。



兎にも角にも、テオ少年は巨大なこの国の運命に、確かに一歩踏み入ったのだった。

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