一筋の光の頁
───私が馬鹿だったんだ
眠りの中でも、ずっとレシカは過去に苛まれていた。
───あれだけ沢山の人を巻き込んでおいて、都合が良すぎたんだ。バチが当たったんだ。誘惑に負けないで、バルトの誘いを拒否していれば……
拒否していれば、どうなってた?
拒否していれば…皆を巻き込むことがなかった…
拒否していれば……
誰かを傷つけることも、
独りが寂しいと思うことも、
皆と一緒にいたいと思うことも…
───ナカッタノニ………………
✽✽✽
「………ん…」
レシカが目を覚ますと、そこには見慣れた少年の顔があった。
「あ!良かったぁ…気が付いたみたいだね」
一瞬何が起きたのかレシカは解らなかったが、すぐに気絶する前のことを思い出すと、身を起こして辺りを見回した。
そこは気絶する前の空間とは別で、もっとずっと大きな、村一つ分はある空間だった。
月明かりは差し込んでいるが、空気は森よりも淀んでいて、この空間で何かがあったというのは素人目でも解るような雰囲気が漂っていた。
「…あの双子は……」
譫言のように呟いたレシカに、テオが穏やかな声で答えた。
「あの双子なら、多分アナスタチアに戻って行ったよ」
✽✽✽
レシカが気絶した後、いよいよ大変な事になったと思ったテオは、どうするべきかと思考を必死に巡らせながら、それでも双子を威嚇することを忘れなかった。
「そんな怖い顔しないでよ〜」
「…………」
表情を全く崩さない少年に、双子は半ば呆れたように「「はぁ〜あ」」と溜息のハーモニーを零す。
「仕方ないですわね。お兄さんの目を覚まさせてあげますわ」
「このお姉ちゃんが何をしたか、もっと詳しく教えてあげますね」
双子は聞いてもいないというのに、レシカの過去について事細かく、そして大いに話を盛って語った。
王様の命に逆らい、姉と村を捨てて逃げた。
その結果、その村は全滅した。
国家に敵意を向けていた村に逃げ込み、手を組んで、国家滅亡を目論んだ。
そしてその村でも、いざ襲われれば村人を見捨て、逃げ出したまま姿を眩ませた…
要約すればこのような内容だったが、兎に角言いたい放題だった。
「ざっと申し上げただけでもこんなに悪事はしているのですわ」
「王様の命という名の正義で動いた僕たちを悪者にしたようなもんですよ」
「しかも二つの村を壊滅させてもなお、反省の色すら見せないだなんて見上げた根性ですわ!」
「お兄さんだって昔はアナスタチアの人でしょう?どれだけこの人が悪いことをしたかくらい、解るよねぇ?」
双子は詰め寄り、「その娘をよこせ」と無言の圧力をテオに掛けた。
が………
「これ…以上……………な…」
「え??」
俯いたままボソリと呟いたテオだったが、次の瞬間には顔をバッと上げ、普段のレシカにも負けない、鬼をも喰らう羅刹のような視線で双子を射抜く。
その時点で怯んだ双子に、更にドスの利いた声で吠えた。
「これ以上、俺の仲間に近づくな!!!」
「!!?」
幼顔の豹変っぷりに、双子は訳も解らず固まった。
その隙に、テオはレシカを横に抱いて走り出した。
「あ!!待てぇ!!!」
そう言って追い掛けようとする双子には目もくれず、木々を上手く使いながら、テオは何とか双子を振りきった。
テオのような能力の無い彼らには、真っ暗闇の中でテオを追い掛けるのは、不可能に近かった。
「次会ったら覚悟なさい!!!!!」
「仲間を全員燃やしてあげますからね!!!」
幼い子供特有の甲高い声が、森中に響き渡っていた。
✽✽✽
「───それで一応、万が一双子が来ても戦えるようにと思って広いこの空間で休むことにしたんだけど…薄気味悪いね、此処……」
改めて周りを見渡すとやはり気味が悪い。
土の色は周りの森と違い変色しているように見えるし、焦げ跡のような物のついた木片があちこちに散乱している。
何よりもあちこちに苔の生えた人骨があるのだから、臆病者がここに来たら生きた心地はしないだろう。
「もう少ししたらまた移動し──レシカ?」
テオが移動を提案しようと思ってレシカを見ると、レシカは人骨を呆然と眺め、ポツリと呟いた。
「まさか………」
「ん?」
続くはずだった「どうしたの?」という言葉は、テオの中で飲み込まれた。
一つ一つの散らばった人骨を見渡していく中で、レシカの瞳から真珠の様な涙が、一つ、また一つと零れ落ち、地面に吸い込まれていく。
偶然にしては酷過ぎる。
そこはかつて、レシカが暮らしていた戦闘民族の村があった場所だった。
五年近くの時が経ったにも関わらず、村が燃やされてしまった後は大きな一つの空間として、森に飲まれることなく存在し続けていたのだ。
「……………」
「レシカ………?」
「…双子の話に…戦闘民族の村の話があったでしょう…?」
「え?う、うん………」
今まで見たことがない──怒りでも、憎しみでも、悲しみでもない、何とも言えない表情で何処か遠くを見詰めるレシカに、テオは戸惑いながら頷いた。
「それが此処よ。民族全員が、此処で死んだの。あの双子の炎に飲まれて。……私が、逃げたばかりに」
そういうと、レシカは別の方向に視線をずらした。
テオの位置からはもう、彼女の表情が見えなくなった。
「優しい人たちだった。能力を制御しきれずに倒れていたところを拾ってくれた上に、身寄りのない私を嫌な顔一つせずに受け入れてくれたの」
抑揚のない声で、あくまでも淡々とレシカは続ける。
「優しいといえば、姉さんだってそう。たまに度が過ぎることもあったけれど、私のことをひたすら可愛がってくれた」
そこで大きく息を吐いたレシカは、そのままゆっくり俯いた。
「そんな皆を奪われたのが悔しくて、何度も何度もあいつらの住む塔に乗り込んだ。でも結局上手く乗り込んでも、双子を見ると足が竦んで、何もできない。腹癒せにも似た感覚で奴らの重要書類を盗んで、奴らの悪巧みのほんの一部を邪魔する程度が関の山だった」
魔獣製造装置の破壊。
魔獣実験に利用するためだけに捕獲された生き物の救出。
実験手順の記された資料は見つけ次第根こそぎ盗み、全てその日の内に灰にした。
しかしそれで満足感を得られるわけがない。
悪いことをしている自覚もある。
そして少しずつ、何が正解で何が間違いなのか、感覚が麻痺して判らなくなる。
「復讐に狂って、孤独に酔って、沢山の人を傷つけた」
優しくしてくれた、沢山の人を見殺した。
大切にしてくれたアイリスに濡れ衣を着せた。
見つけ出してくれたバルトに冷たく当たった。
尊敬してくれるリルを無下にあしらった。
そして、こうして助けに来てくれたテオを、容赦無く罵った。
仲間と自分を天秤にかけた時、自分は間違いなく迷ったのだ。
ここまできても、我が身を捨てることができなかった。
そして結論は出ず、浅はかな考えで自分から命を断つことを選んだ。
その後の双子の行動を、鑑みることもせずに。
「自分でも驚くほどの悪人振りね」
結局自分は何をしたかったのか。
復讐か?
違う
お涙頂戴か?
違う
求めたものなど、とうに手の届かないところに行ってしまっていた。
それを知りながら、そこに残った残骸で勝手に藻掻き苦しんだ。
いつかきっと、報われると信じて。
「救いようがないわね。…何処までも」
吐き捨てるように言った直後、レシカはテオの腕の中にいた。
何が起きたのか判らず、レシカは一瞬だけ身じろぐ。
目の前には、その顔に似合わない、広い胸があった。
「泣いちゃいな?」
その声にレシカが顔を上げると、慈愛に満ちたような顔で見下ろしてくる、オレンジ髪の少年の顔があった。
「そんなにしっかり反省してるんだもん。あとは胸の中を少しスッキリさせればもう大丈夫だよ」
「何言って───」
「口ではどれだけ自分が悪いと言えたって、やっぱりどうしても言葉にできない悔しさってものはあるでしょう?そういうのは涙で流せるんだよ」
「少しだけだけどね?」そういって優しく微笑んだ少年を見た時、レシカの中で何かが決壊した。
「…っ…ぅ……」
次の瞬間には、声を上げて泣いていた。
幼い子を慰めるように、テオの手は優しく、レシカの頭を撫でる。
安心感と共に、黒い感情も溢れ出た。
「どうして私だったの…どうしてお姉ちゃんたちだったの…!!」
「うん……」
「私はただ普通に、皆と平和に暮らしていたかった…!!」
「そうだよね…」
「私たちが何をしたって言うの…私が…何を…教えて…教えてよ…」
「レシカ………」
「向こうに行きたくない…でも独りも怖い……本当は皆と………一緒に…いたい…」
テオは一瞬、自分の耳を疑った。
─── 一緒にいたいって、思ってくれてたんだ………
考えてみれば当たり前だが、その言葉をレシカから聞けたということに、何か特別な意味があるのではとテオは感じた。
「普通に接して…普通に笑いたい…だけど…誰かといたら、私、また…また巻き込んじゃう…」
舌足らずのように言葉を紡ぐレシカに、テオはクスリと笑う。
「レシカは優しいね」
「優しくない!!優しくなんてない!!皆を巻き込んだ…皆死んじゃう…」
「死なないよ。大丈夫。現にほら、僕は生きてるでしょう?」
「でも、でもいつか…いつか必ず…」
「そりゃあ人間だもん!いつかは死んじゃうよ!でもね、それは今じゃない。遠い未来の話だよ」
言葉をかけるうちに少しずつ落ち着きを取り戻していくレシカを見て、テオはそっと微笑んだ。
「レシカ、戻ろう?バルト、ずっとレシカが出てくるのを待ってたし、リルもずっと心配してた」
そう問うと、レシカが綺麗な二つのアメジストをテオに向けた。
「………………戻っても…いいの…?」
「勿論!何のために僕がここまで来たと思ったの?」
「だって……危険な目に……遭うかも…」
「どんとこいだよ!皆でその時は迎え討とう」
「そんな簡単に勝てる相手じゃ………」
「僕達の目標は、実質、五芒星とやりあうことでしょう?立った二人を相手にヒイヒイ言ってちゃ、話にもならないよ!」
テオは明るく笑い飛ばすと、一回だけ、ゆっくりとレシカの頭を撫でた。
「レシカはね、自分が思ってる以上に、皆に大切にされてるんだよ?レシカのために命を落とした人たちだって、きっと僕達と変わらない…ううん、それ以上の愛情で接してきたと思う」
テオの言葉を聴くレシカは、腫れた目をテオから逸らさずに、ジッと耳を傾けている。
「その愛情に恥じない生活を送ることが、レシカができる、その人たちへの最大の恩返しだよ」
自分の中で言葉を反芻しているのか、レシカが一瞬だけ、視線を下に逸らした。
「だからね?命を捨てるなんてもっての外だし、レシカが進みたくない道を進む必要は全く無い。レシカの本心のままに生きるべきだって僕は思う」
そこまで言って、テオは頭を掻いた。
「…こんなこと言っちゃったから、その後にこういうのはズルいと思うけど…僕達としては、レシカに戻ってきてほしい。純粋に仲間として、レシカが大切だから」
「………………」
「戻ってきて…くれる?」
テオの問に、レシカは俯いた。
そして無言のまま一回、こくりと首を縦に振った。
「ありがとう!」
そう言って抱きしめてくれたテオの腕の中で、レシカはそっと呟いた。
「私の方こそ………ありがとう」
その呟きがテオの耳に入ったかは判らない。
空間には登り始めた陽の光が差し込み始め、潜んでいた朝露の光が宝石のように輝きだしていた。




