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英雄の影にいた僕らの物語(旧版)  作者: 眞汐 あこや
意志強き女王の章
33/79

意志強き女王の頁 〜6〜

 「…………………」


アイリスは厨房に隠れて二人の会話を聞いていた。


「陛下…」


厨房から出てきたアイリスに、少年は跪いた。


「よしてくれ。今はお忍びという形でここに来ているのだから。呼び方もせめて『様』くらいにしてくれ。固いのは嫌いだ」


そう言う彼女の声は、どこか虚ろだ。


無言で立ち上がると、店の出入口の方にカインは視線をずらした。


「…城内でのバルトさんの様子は、どのような感じなのですか…?」


遠慮してるように見せながらも心からバルトを心配している少年に、アイリスはすっかり心を許していた。


「ずっと暗い。あれよりな。闇に溶け込みそうなほどだ。まだ元には程遠いが…それでもあそこまで明るくいてくれる場所があったのはありがたいことだ」


淋しげに答えるアイリスに釣られて、カインも淋しげに「そうですか…」とだけ返事した。


「あいつは…何時(いつ)から此処に?」


「うーん、戦争が始まって、序盤の方だったと思いますが…ある日から毎日来て下さってます。」


「毎日…?!」


全然気付かなかった。気付けていなかった。


アイリスが更に気を落とすのを見て焦ったカインは、気遣いのつもりで留めの一言を投げつけた。


「け、決してアイリス様を避けてのことじゃないですよ?!!!」


グサリという音が聞こえるのではないかと思うほどに、アイリスに大きなダメージを与えた。


アイリスを避けてのことではない。


つまり、──まぁアイリスに非が無いのはバルトの発言でも明らかだったが──あれの原因は他にある。


──あれだけ「何かあったならば直ぐに私を頼れよ」と言っていたのにも関わらず、あいつは私に相談一つ無しにずっと悩んでいたということか…?


それを考え、認識すればするほど、自分の頼りなさというものを思い切り突きつけられた。


「…………………………………」


「あ………あの…………」


「一体どこまで私は頼りないんだ………」


完全にしょげりきった体のアイリスに、カインは驚いた。


庶民の前に出るアイリスは、常に威風堂々といった構えを崩したことがない。


そのためてっきり、「よし!私が何とかしてみせよう!」などと言って、やる気満々に帰るだろうと、カインは思い込んでいたのだ。


「アイリス様…………」


城のバルトに負けないくらいの暗いオーラを放ち始めたアイリスに、カインはどうしたら良いかと思考をフル回転させ始めたが、「あ!そうだ!」言うなりカインは厨房にすっ飛んでいってしまった。


アイリスが目を丸くさせたままでいると、暫くしてカインがジュースを片手に戻ってきた。


「せっかくお越しいただいたのに、何もお出ししていませんでした。ご無礼、お許しください」


差出されたジュースからは、アイリスの大好きな桃の香りがフワッと香る。


中に入っている氷も桃のジュースを固めて作られているようで、なかなか手が込んでいるようだ。


「バルトさんから、アイリス様の好物は聞いていたんです」


思いがけない言葉に、アイリスは目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いた。


「あいつが…私の話を?」


「はい!一日に一回はアイリス様のお話になりますよ!話しにならなくても、『アイリス様』という単語は必ず──」


「はぁあ?!!」


素っ頓狂な声を上げた後、アイリスはブツブツと何事かを呟き始めた。


何か良からぬことを話してはいないか気が気でないようで、机に焦点を合わせたまま動く気配がない。


「そ、そんなに心配されなくとも…」


「あいつのことだ!私の何を言うか解ったものではない…!!」


暫く苦笑いを浮かべていたカインだったが、何だかその光景はどこか微笑ましかった。


「うーん、バルトさんの仰る通り、やっぱりアイリス様は素敵な魅力に溢れる女性なのですね」


にっこりと花のような笑顔でそう言った少年に、アイリスは赤面しながら噛み付いた。


「そ、そんな訳無いではないか!!!!お、お世辞など求めた覚えはないぞ?!!!!」


それに対してカインは軽くクスッと笑うと、少し真面目な顔をして、ボソッと呟いた。


「きっとバルトさんは、貴女のそのような所に惹かれたんですね」


「ひ、惹かれる…?!!!」


その呟きを聞き逃せなかったアイリスは、もう既に茹上がった蛸のように顔を真っ赤にしていた。


「あ、聞こえちゃいました?でも本当のことですよ?」


カインの笑顔にアイリスはわざと()った事だと解ったが、それでも顔の火照りは収まらない。


──なんだそれは…初耳だぞ……いやいやいや、恋愛と限ったわけではないか!!


アイリスが必死に頭を振っていると、カインはふと寂しげな顔で店の窓の外を見た。


「そういう大切に思える人がいるから、バルトさんはまだ、あと一歩で穴に落ちそうなところを、踏み留め続けることができているのではないのでしょうか?……それもそろそろ限界が来ているみたいですが…」


「………」


その言葉に突き動かされるように、いつの間にか空になったグラスを置いて、アイリスは席を立った。


「カイン…ジュース、美味しかった。感謝する」


「感謝する」の中に、複数の意味を込められていることを悟ったカインは、店を出て行くその背中に「頑張ってください」とだけ言った。


店に取り付けられたベルが、可愛らしく、どこか淋しげに店内に響く。


「…頑張ってください」


カインは念を押すようにもう一度、誰もいない空間にそう言った。

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