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出会いの頁 〜2〜

 森の入り口にテオがつくと同時に、教会の厳かな鐘の音が正午であることを国中に伝えた。


協会の脇を通り、お気に入りの丘を通り、森の更に奥へ進む。


指示された通りの道を慎重に辿って行くと、光のカーテンが降り注ぐ小さな空間に繋がっていた。


「あれ………?」


目的の場所についてすぐに、テオは首を傾げる。


空間には既に、二人(・・)の先客がいた。


一人は今日の約束を──ほぼ無理やり──取り付けた青年・バルトだ。


何も敷かず、地面に横になって完全にリラックスしているその様子は、昨日の昼の少年───いや、それ以上に無防備だ。


とても決闘を申し込んだ人間とは思えない。


もう一人は、見覚えの無い、深い緑色のポンチョを着た少女だ。


彼女が切り株にちょこんと座っているその後ろには昨日のように倒れた巨木があり、恐らく木を切り倒した犯人のものであろう巨大斧(アックス)がそれに深々と刺さっていた。


テオがどうすればいいか判らず立ち呆けていると、少女はテオに気が付いたのか慌てた様子で切り株から立ち上がり、寝ているバルトを揺すった。


「バルトさん!いらっしゃいましたよ!」


「おっ、約束はちゃ〜んと守るやつだったか〜!」


「きゃあっ?!」


寝起きとは思えない随分と元気な返事に驚いた少女は声と共に肩を揺らす。


「狂気の森を待ち合わせ場所にしちまったから、来ねぇのも覚悟だったが…はははっ!いやぁ、昨日の今日で度胸があるな!」


言いながら、彼はサッと体を起こして地面の土を払う。


どうやら先程のは寝た振りだったらしい。


そしてちっとも寝起きとは思えないその精悍な顔で、少年の装備をまじまじと観察し始めた。


「ほぉ〜!槍使いってのは本当だったのか!にしても随分変わった形の槍だなぁ!」


「う、うん。よくそれ言われる。でも僕、小さい頃から本物の槍ってこれしか見たことないから…ところであの───」


「ほーう、炎をイメージしてんのかねぇ?扱い辛そうだが…」


「いや、見た目よりも癖はないよ…で、バルト───」


「へぇ〜こりゃすげぇや!で、なんだい?」


「聞こえてたの?!…じゃなくて、えーっと、その隣の子は?」


「あぁ、 こいつは────」


「はっはじめまして!!」


紹介を始めようとするバルトを遮るように、隣にいた少女が勢い良くお辞儀した。


それも、まるで体を折り畳むのではないかと思うほどの角度で。


「リル・U・イレーガイと申します!その、えーと、よろしくお願いします───」


そう名乗った少女が顔を上げると、同時に彼女が被っていたフードが外れた。


「あ……!」


初めて見る彼女の顔は、春の花の生まれ変わりと言われても頷いてしまうものだった。


上品な薄桃色のセミロングの髪は、先端だけがピョンと外側に跳ねている。


ついでに、フードに押さえられていたらしいアホ毛も可愛らしくピョコンと跳ねた。


目の形はくりっと丸く、瞳の色は陽の光を浴びている若葉のような、決してキツくない黄緑色。


少しお嬢様チックなふんわりとしたロングのスカートや胸元の大きな薄黄色のリボンは如何にも女の子と言った様子だが、くどくはない。


あどけなさの残る、笑顔が似合いそうな少女だった。


「はわわわわわ!フードが!!」


「別に判りゃしねぇだろ〜?それにバレたってどうともなりゃしねぇって〜」


慌ててフードを被り直そうとしたリルをバルトは片手で制した。


「よ、用心は必要じゃないですか…!!」


「俺といりゃあ平気だって〜の!こう見えてそれなりに顔広いんだぜ〜?何かあったら俺が言い含めてやるって〜」


二人の話を聞きながら、テオは少し訝しげな表情になる。


───何か、顔を隠さなきゃいけない理由があるのかな…?


しかし、どう見ても二人が悪人のようには思えない。


「それに用心とか言う割には、昨日シェイドを連れて顔出した時、平気でフード被らず外に出たよな〜?」


「あ、あれは家が近かったからですよ…!!」


「んん?用心は必要なんじゃなかったか?」


「ううぅ〜!!バルトさん!!!意地悪が過ぎます!!!」


「えっとー…………」


遠慮がちに二人の間に入ったテオは率直に疑問をぶつける。


「二人はその…一体どういう…?」


「あぁ〜」


バルトは一瞬言い淀んだが、「まぁ、同志みたいなもんさ!」となんとなくでまとめてしまった。


「でもって、今日はこのリルが俺達の審判をしてくれる」


「そ、そんな本格的に…?!」


「いや、それにこいつは治療ができるんだ。もしも怪我したとなったら───」


「はい!私に任せてください!」


「そ、そっか、よろしくね。えーと…リルちゃん?」


「リルで大丈夫です!」


「おーおー早速仲良くなれたみたいで何よりだ!まぁ歳も近ぇだろうから当然っちゃ当然か!」


そう言いながら「はっはっは!」とバルトが景気良く笑う。


「歳…って、あ、でも女の子に年齢聞くのは流石に無礼か」


「私ですか?十五です!」


「あ、そ、そうなんだ」


───ごめん!てっきり十二辺だと思ってた!!


彼女の背は少年の頭一個半程小さい。


そう思ってしまうのは仕方ないと、テオは心の中で言い訳を吐いた。


「そー言うテオはいくつなんだ?」


「え?僕?僕は十七歳。だから来年には成人だよ」


「「十七歳?!!」」


声を揃えた二人だったが、その後の反応はまるで正反対だった。


「す、すみません、あの、同い年辺だろうだと思ってまして…!!思わず大きな声を…!!」


「くくっ…てことは俺と五歳しか変わんねぇのか…!!まじか!!見えねぇ!!あーいや、身長は妥当かっ…はははははっ!!」


「…………………………」


───慣れている。大丈夫。僕はこの反応を何度も見てきた。今更何も傷つかない。大丈夫


そんな風に自己暗示をかけないとやっていけないほどにはダメージを受けていた。


例えるなら無数の針の集中砲火と言ったところだろうか。


大袈裟に傷を抉られるよりも数十倍辛い。


あと何回、この童顔を恨まなければいけないのだろうか。


───おかしい…父さんも母さんも童顔じゃなかったのに…妹のシャーラだって…


何処から来たのかも判らないが謎の遺伝に、深海よりも深い溜息を吐く。


「あ、あの、テオさん…?」


心配そうに見つめてくるリルに、何とか笑みで返す。


彼女に罪は無い。


いや、正確には無くはないけれどけれど故意ではないのは確かだ。


「まぁそんな気にすんなって!男は顔だけじゃねぇし別にこれっぽっちも不細工じゃねーんだからさ?」


いつの間にか落ちていた肩をポンポンと叩かれると、バルトはさらりと話題を変える。


「さーて、茶番はまぁこれぐらいにしてそろそろ今日の目的を果たしますかねぇ」


「そ、そうだね…うん、そうしよう…」


「おいおい〜そんなんじゃ俺に五分と保たねぇんじゃねぇの〜?」


「なっ?!そ、そんなことは!!」


「おっ!いいねぇその勢い!それでこそ───んん?」


不意にバルトがある一点から視線を向けた。


同時に彼の纏う空気だけがサッと変わる。


「……どうやら昨日のと言い、この森には無粋な奴が多いみてぇだなぁ?」


「え?」


戯けた表情からは彼の思考が読み取れない。


唯一判ることは、彼の視線の先に穏やかでない何かが存在するという事のみだ。


───何だって言うんだ…?


テオはその瞳の色をミントグリーンに変え、バルトが目を向けている方向に自分も視線をずらす。


「あれは………」


見ると、ぼんやりとした影が木々の隙間から見え隠れしている。


割と近くにいるその気配はかなり大型のもののようだ。


そして一瞬、その見えない何かと視線がぶつかる感覚を覚えた。


───とりあえず、人じゃない…しかも、こっちから目を離さない…


そして少しずつ、それが纏う空気の色が変わる。


───真紅…圧倒的な………『殺意』


姿こそ木々に上手く隠れているが、その明らかな敵意に気付けば嫌でも存在を認識できる。


仕留め損ねはしない。


そんな意思をあの見えぬ生き物から感じる。


狩りが始まる前に放たれる独特な静けさは、その獣の視線と共に肌を打ってくる。


暑くもないのに、汗が一筋背を伝った。


「あの…どうなされたんですか?」


「いや……………」


「…ありゃあちょいヤバそうだなぁ…一旦この場を離れるか?」


バルトはそうテオに尋ねながら倒れている木に向かう。


そしてそこに刺さっているアックスをのんびりと引き抜くと、再び視線を元に戻した。


「俺の(つたね)ぇ経験から言えば…あいつはかな〜り厄介だと思うぞ?あれは間違いなく魔獣(モンスター)だ」


「え?え?!どこですか?!」


「リル、ちょい声下げてくれ。刺激しちまう」


「!!そ、そうですね、すみません…」


「で、どうするよ?」


「……………」


厄介なのは間違いない。


あの敵意は異常だ。


しかし───


「食い止めよう」


答えは迷う必要もなかった。


バルトはテオの答えに片眉を上げる。


「本気か?昨日のとはわけが違うぜ?」


彼としては不安が少し残るのだろう。


確かに昨日の魔獣よりも遥かにその存在は上を行くだろうから。


しかし、今日の少年には昨日はなかった武器(対抗手段)がある。


そして、何よりも────


「ここを突破されたら、後ろは首都(レアディア)だから…多少危険でもやるしかない。街にアレを放すようなことになれば、きっと兵が動いたとしても犠牲者が出る」


それは絶対に防がなくてはいけない。


そもそも知っていた上で見て見ぬふりなど、彼には到底できなかった。


「…ま、それもそうか〜」


クイッと口角を上げると、軽くバルトは肩をグルリと回す。


「面白ぇ、久々の大物だ。ど派手にやってやろうじゃねぇの!!」


「え?!え?!!何ですか?!!全く状況が把握できてません!!」


「あ~…えっと、リルは取り敢えず僕の後ろに───」


テオが言いかけた瞬間、唐突に地響きと咆哮が森に響く。


「来るよ!!!」


テオが叫ぶと同時に、突進して来たそれは太い枝をへし折りながら三人の前に姿を現した。

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