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因縁の頁

「………バルト…」


アイリスが意を決したように、馬から降りた瞬間、思わぬ事態に場が騒然とした。


「レシカ?!!!!」


テオは思わず叫び、バルトは目を見張った。


何処からか飛び出してきたレシカは一瞬の間に、アイリスの喉元に双剣の刃を突きつけていた。


軍の全員が、レシカに向けて武器を構える。


「…お前たち、武器を降ろせ」


アイリス女王はそれでも怯まずに、冷静に指示を出す。


兵たちは、納得行かないといった様子を見せたが、「有無は言わせん」とばかりのアイリスの睨みに、渋々武器を降ろした。


「…久しぶりだな、レシカ。……無事で、良かった」


アイリスは穏やかな声でレシカに話しかける。


「無事で良かった?思ってもない事を」


それに対してレシカの声は、静かだが、確かな怒気を帯びて吐き出された。


「…どういうことだ?」


アイリスの疑問の声に、レシカは鉄仮面を外し、全ての憎悪を込めてアイリスを睨みつけた。


「よくもそんな…姉さんを殺したくせに………!!」


「なっ?!私がか?!」


「おいレシカ!それは違うぞ!!」


二人の会話に割って入ったのはテオの隣にいるバルトだった。


レシカを否定したバルトの声は、信じられないくらい冷たい声だった。


テオが思わずバルトを見ると、彼は笑っていないどころか、背筋も凍るほどの怒りの表情を顕にしている。


しかしそれにも怯まず、レシカはバルトを睨み返す。


「違う?何が違うの?教えてよ。私は確かにあの時、あの双子から聞いたのよ?『アイリス様からの命令だ』って」


怒りが身を支配しだしたのか、レシカは肩で息をしながら、据わった目でバルトを射抜いた。


「他に誰がいる?アイリス・S・グレイシフルという名の女は一体何処にいるというの?!何故姉さんは殺されなければいけなかったの?!姉さんはずっと…ずっとこの人を心友と呼んでいたのに!!何故!!!」


レシカがとうとう怒鳴り声を上げる。


空気を震わすその声は、そのままその場にいる人間の恐怖心を煽った。


「まずいよバルト、レシカ、正気じゃないって…!!」


睨み合っている片方に、テオは必死に声をかける。


テオの若草色の目には、はっきりとした紅蓮色の炎が、レシカを包んでいるのが映りこんでいた。


「……おい、落ち着けレシカ。それはお前と再会した時、俺が説明しただろう?お前が誤解して──」


流石に危険を察知したバルトは怒りの表情を解き、今度は真面目な顔でレシカを説得しようとした。


が──


「誤解?!ふざけないで!!それにこの女は、ニつの村を滅ぼしたのよ?!!どれだけの人が死んだと思う?!どれだけの人が──!!!」


ヒートアップした彼女には、どんな言葉も届かない。


日頃こんなに大声を出したことがないレシカの声は既に枯れ始めているが、それでも彼女は怒鳴り散らす。


激昂なんて言葉では収まりきらないその怒りは、もう誰にも止められそうがない。


「レシカ、バルトの言う通りだ。誤解している」


今度はアイリスが冷静な口調で口を開く。


その言葉に、レシカの憎悪の炎は天を突き抜けるのではと思う程に燃え上がった。


炎に身を焼かれる彼女は、その身体を微かに震わせる。


「姉さんどころか、サラ姉たちのことまで無かったことにするつもり?!!そんなの…許さない!!!」


更にきつく刃を押し当てるレシカを見て、更に場に動揺が走る。


流石のアイリスにも恐怖の色が見えた。


「サラ姉?サラ…じゃ、なくてか?」


「姉さんじゃない!サラ姉。戦闘民族のサラよ!!指示を出したのは貴女でしょう?!ずっと私の事を追ってたんでしょう?!沢山の人を、巻き込んでまで!!!!」


「違う!追っていたのはアナスタチアだ!!私じゃない!!」


「しらばっくれないで!!あの側近たちは言ったわよ?!全て貴女の命令だと!!!」


「それは嘘だ!!」


「何が嘘だっていうのよ!!!!」


女二人の怒鳴り合いに、バルトも含めた男勢は皆気圧され、氷に閉じ込められたような顔をして固まっていた。


「レシカ、ちゃんと聞いてくれ、お前を追っいてるのは──…レシカ?」


諭すような口調で話し始めたアイリスが、突然、驚いたような顔をして話すのを止めた。


「…あ〜…レシカの野郎、やらかしたな…」


「え?どう言うこと?」


バルトの呟きにテオが二人の様子を改めて見てみると、アイリスの表情は凍りついたような緊迫感を漂わせていた。


そして背を向けているレシカの顔がちらりと見えた時、テオは自分の目を疑った。


「レシカの目が……」


まるでその復讐の炎を示すかのように、レシカの瞳は金色に輝いていた。


能力が発動されている証拠だ。


「っ……本格的に止めに入んねぇとやべぇな………」


しかし、テオが「そうだね」と言い、たった一瞬バルトを見ていた間に、レシカの姿は、いや、気配までもが、跡形も無く消えていた。


「あれ…?!」


挙動不審に辺りを見渡すが、何処にもその気配は無い。


レシカの能力の恐ろしさを、テオはまた改めて実感した。


一方、テオの上げた声の意味を察したバルトは、ホッとしたように溜息を一つ吐いた。


表には出さなくてもかなり焦っていた彼には、まだいつもの余裕は見られない。


「まぁ、流石に怒り任せに斬りつけるようなやつじゃあないか〜…」


「だけど、あそこまで感情的なレシカも珍しかったね…」


確かに普段から負の感情しか表立って見せない彼女だが、だからといってあそこまで激しく感情を顕にしたことは、今までテオが知る中で一度も無い。


「怒ってた理由も気になるけど…何で急に居なくなっちゃったんだろ…」


「さぁなぁ〜?流石にあんなふうに怯えられたんじゃ、まともに話し合いもできないだろうと判断したんじゃね?実際、能力を使った状態のレシカに敵うやつは、少なくともこの場にはいねぇしな」


バルトはそう言うと、再び小さく息を吐く。


確かに、レシカの能力を知っている者で、あの彼女とまともな話し合いをしようと思う人間は少ないだろう。


「とはいえそもそも、あいつが変な誤解をしてるだけで、あそこまでアイリスに怒り狂う必要は何処にもねぇんだけどなぁ?」


「誤解………ねぇ、レシカって一体──」

「バルト」


テオが更に質問を重ねようとした時、アイリスが再びバルトに話しかけた。


アイリスの怪我を心配してざわついていた兵士たちは、アイリスの声に再度口を閉ざす。


無駄に広い二人の距離や沈黙は、意味あり気に思えてしまう。


「…いやぁ、悪かったなぁレシカが!一応、今は俺の仲間だからさ!あいつの失態は俺の失態さ」


バルトの声はいつもの調子だが、笑顔がうまく作れていないのは誰が見ても明白だった。


「……バルト…」


「そっちはどうだい?上手くやれてっか?」


「………………」


「流石に酷な質問だったか」


ははっと乾いた笑いをした後、バルトはアイリスにくるりと背を向けた。


「帰ろーぜーテオ〜。俺疲れたわ〜」


「え?!」


「!おい!バルト!!」


「おーい?何してんだよ?」


「え、え?え?!あ、う、うん…」


テオは暫く挙動不審になっていたが、結局、アイリスに一礼してバルトに付いていった。


「い、いいの………?ましてや陛下にあんな………」


「あぁ、俺、あいつとは幼馴染だから、問題ねーよ?」


平然とそういったバルトに、テオは一瞬、目を点にする。


「………はぁあ?!!いや!?え?!!ん?!いや、問題は違うけど、いや、え?!幼馴染?!!」


「はいはい、落ち着きまちょうね〜テオく〜ん?」


「誤魔化さないで答えてよ?!!!」


「今度な〜」


───(わり)ぃな、アイリス…


バルトはボソリと、テオに聞こえないように呟いた。


「まだ…その時じゃねぇんだ」


✽✽✽


 二人を追い駆けようとした兵士を、アイリスは制した。


「………バルト…いや、バルティオ…………………」


ただそれだけ呟いて、アイリスは一人、兵士たちを置いて先に城に戻った。


その時、彼女の瞳が潤んでいたことを、誰も知らない。

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