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街の大騒動の頁

 今日も中庭では、金属のぶつかり合う音が響いている。


テオとバルトは陽炎と共に、灼熱地獄の中で舞っていた。


「やぁあっ!!!」


「甘い甘い!もっと本気出してこいよ!!」


今日は稽古ということで、リルは呼んでいない。


女子組は買い出しの為に、レアシスの商店街に行っていた。


「くっ…!!」


既に何度もその刃で攻撃を受け止めるテオに、バルトは更に強く攻撃を当てる。


「受けてばっかじゃ話になんねぇぜ?」


「解って…る!!」


反撃に出たテオはバルトのアックスを弾くと、そのまま角度を変えて槍を突く。


バルトはそれを軽い身のこなしで躱すと、テオの首スレスレでアックスの刃を止めた。


「はっは〜!まだまだだな!」


「うっ…初めて戦った時以来一回も勝ててない気がする……」


降参して槍を手放したテオは、溜息混じりにそう呟いた。


いつも勝負は拮抗している。


直前まで、「今日は勝てるのではないか」と思えることもある。


しかし、いつも最後は負けていた。


パワーに押されているわけでもない。


俊敏さが欠けているわけでも無さそうだ。


それなのに何故勝てないのか。


悶々とした思いがテオには溜まっていた。


しかし今は──


「バルト…そろそろ休憩したい…」


「そうだな〜水取れ、水!」


この暑さに頭がやられてそれどころではない。


テオは近くに置いておいた自分の水筒を手に取ると、やや乱暴に蓋を開け、口に傾けた。


水を少し含んだだけで、水が体全身に染みこんでいく。


テオは一気に水筒の水を飲み干すと、口から零れた水を手の甲で拭った。


「お〜、良い飲みっぷりだなぁ!」


「お酒みたいに言わないでよ………」


「はははは!たまには酒でもいいんじゃねぇか〜?」


バルトはそう言いながらテオに負けじと豪快に水を飲む。


「僕まだ未成年なんだけど?!」


「っぷはぁ!やっぱ滅茶苦茶に動いた後の水は最高だわ〜!!」


「風呂あがりに牛乳飲んでるおっさんみたいな台詞だね」


テオがそう言った丁度その時、玄関が閉まる音と慌ただしい足音が、中庭にまで響いてきた。


「おうおう、随分とまぁ騒がしいなぁ?」


バルトが中庭の入り口に目を向けると、しばらくして、リルが息を切らせて中庭に入ってきた。


「た………たい…たいへ…大変なんれす………」


相当疲れたのだろう。


呂律の回っていない口でそこまで言うと、リルはその場でへたり込んでしまった。


「リルどうしたの?!!」


テオが駆け寄ると、リルはやや目も虚ろにしながら、必死に自分が来た方向を指さした。


どうやら体力の無い彼女が、それなりの距離を一気に走ってきたらしい。


「も…魔獣(モンスター)の……大群が…しょ……商店街に…」


「何だって?マジかよリル?」


真っ先に反応したバルトの問に、リルはひたすら頷く。


「アナスタチアの野郎、とうとうやり出したか…?レシカは向こうにいるんだな?リル?」


「一人で、全部…相手してます…」


「なっ…何で?!街の人は?!」


「レアシスの人間は基本、武器の持ち込みが禁止なんだ。その代わりに国の兵があそこの保護を担当してるはずなんだが〜…」


「何やってんだ〜?あいつら…」と、バルトの目はどんどんと剣呑になっていく。


「そういうことか…分かった。でもリル、大丈夫?部屋まで運ぼうか?」


「私よりも…レシカさんのとこに早く行っへあえてくらさい…」


そこまで言われてもテオはリルが心配で仕方がなかったが、バルトにも()かされたため行くしかなかった。


✽✽✽


 「うっわ!?何これ?!!!」


テオは余りの場の壮絶さに思考回路が一瞬停止する。


店という店を沢山の魔獣が埋め尽くし、少し離れた場所から見ると、まるで点描画の世界に迷い込んだようだった。


その点描画に、時折、煙の線が入る。


レシカが、魔獣を飛散させて作っているものだと、直ぐに解った。


しかし、絵の具を水で滲ませた様にも見える煙が消えた後には、点描画がその下に再び描かれている。


暑さの影響もあり、とても目に五月蝿(うるさ)い光景だ。


「やっべぇなこりゃ…国はまだ動いてねぇのか〜…?」


苦笑混じりにバルトはそこまで呟くと、アックスを構えた。


「つべこべ言っててもしゃあねぇな、やるか!」


二人は同時にモンスターの群れに突撃していった。


✽✽✽


 「きりがねー…そろそろ飽きてくるわ〜…」


あの戦闘狂のバルトでさえ、こんな愚痴を零し始めたのは、戦闘を始めてから一時間半は経つ頃だった。


結局いるはずの見張り番は何処にも見当たらず、レアシスの人間を全員避難させ、早速魔獣の相手を始めたはいいものの、どこから湧いてくるのかまるで(きり)がない。


まだ湧いて出るだけで襲いかかってこないことだけが救いだろうか。


「国は何やってるんだろう…レアシスと首都(レアディア)ってそんなに離れてた覚え無いんだけど…」


テオはそう言いながらレシカの様子を見た。


一番戦い続けている彼女は、攻撃の威力は落ちていないが、明らかにスピードが落ちていた。


いくら彼女と言えど限界がある。


「レシカ、ちょっとだけでいいから、何処かへ避難して一旦休んだ方が──」


「話しかけないで。集中が切れるでしょ」


「…!いや…もう切らしてもいいんじゃねぇかぁ?」


そういうバルトと同じ方向に目を向けると、馬に乗った兵隊たちがこちらに向かってきているのが見える。


「やっときたんだ…!」


テオは安堵で少し気持ちが楽になっていたが、ふと見ると、いつの間にかレシカとバルトの顔が険しくなっていた。


「「アイリス…?」」


テオは二人の声を聞いて驚愕した。


珍しく二人が声を揃えた事に──ではない。


いや、それも勿論珍しいが…


「ア、アイリス…て、あ、あの、アイリス女王陛下?!」


戦いながらその軍の先頭を改めて見ると、真っ黒な馬に乗った女騎士がそこにいた。


海のように深く青いショートの髪を(なび)かせながら、髪よりも深い蒼の瞳を鋭くさせている。


剣を片手に魔獣たちの中に自ら進んで入ろうとしている姿は、決して男に引けを取らない。


「か、格好いい……」


「余裕だな〜?お前、モンスターを片手間にできる程アイリスに見惚れたか〜?」


「そういう訳じゃない!!ていうか何で女王陛下を呼び捨てに──」


そうこう言っている間に、アイリス率いる兵士たちは、魔獣の群れに入るなり敵を一掃し始めた。


馬に乗ったまま、女王・アイリスはテオたちの近くまでやって来る。


「…バルト?何故お前が──」


「来んのおっせぇよ〜。避難は済ませたし後は任せたぜ〜?」


テオはアイリス女王とバルトの礼儀の『れ』の字もないような話の内容を聞いていたが、戦う兵士の邪魔にならないようにとだんだん二人から離れていった。


✽✽✽


 「す、凄い……」


所々で上がる煙を見ながら、テオは呆然と呟く。


稽古も合わせて戦い続けた身体はガクガクになって使い物にならない。


そう判断したテオは、潔く安全な場所に移動していた。


「………少ねぇな」


「え?」


不意に近くで聞こえた呟きにハッと顔を上げると、隣で背を壁に預けているバルトがいた。


その顔は彼にしては珍しく真顔(・・)だ。


「ありゃあ多分アイリスの護衛隊の連中だ。普通なら討伐隊を動かしゃいいものを、何で動かさねぇ…それに、アイリスが直々に動いたくせに、元帥は顔すら見せねぇったぁどういうこった」


「……確かにいくらスパイでも不自然すぎる気がするけど…」


しかしそれ以上に、異様なほど軍について詳しいバルトにもテオは疑念を抱く。


「…んん?そういえばレシカは何処行った?」


「え?レシカならさっき──あれ?!!」


先程木の上で一時撤退していたレシカの姿は、今は気配ごと、煙のように消えていた。


「もう安全だって判断して帰っちゃったのかな…?」


「いーや、そりゃねぇな」


バルトは妙にきっぱりと言い切り、首を回してレシカを探す。


テオも能力を使いながら彼女の気配を探したが、やはり何処にもいない。


その間に、三人では進行を食い止めるのがやっとだった魔獣を、兵士たちは一時間足らずで一体も残さず消していった。


例え少数の隊でも、やはり数というのは重要だと思い知らされる。


安全を確認して、テオとバルトは再びアイリスたちがいる方へ向かった。


「…終わったみたいだね…良かった、これで一安心かな。バ──バルト?」


「…………………」


気付けばバルトは、自分たちの前にいるアイリスと見詰め合っていた。


いや、アイリスだけではない。

その後ろにいる兵の全員が、バルトのことを凝視していた。


バルトの顔は、いつものように飄々としていたが、どこか取り繕っているようにも見える。


───いつものバルトの空気じゃない…


何とも言えない、ピリピリとした空気が、テオの肌を打った。

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