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英雄の影にいた僕らの物語(旧版)  作者: 眞汐 あこや
癒やしの少女の章
17/79

癒やしの少女の頁 〜5〜

突如笑い出した男性を前に、男性以外の人間は、いや、狼でさえも、目を点にしていただろう。


「いやぁ!はははっ!こりゃすげぇ!笑い止まんねぇわ!!ははははははははっ!!」


男性は腹を抱え、遠慮無しに笑い続ける。


とても三人に銃を向けられている真っ最中の人間とは思えない。


しかし、それを何時までも黙って見ている兵士たちでもない。


「こ……このやろぉおおお!!!」


───も、もうダメ…!!


引き金にかけた指に力を込めようとした彼らを見て、リルは思わず目を瞑った。


しかし──


「なぁ」


突如ピシャリと笑いが止まり、代わりに冷たく低い、しかしからかいの空気を纏う声がその場に響く。


恐る恐るリルが目を開くと、男性は悪戯心を剥き出しにしたような、企みの笑みを浮かべていた。


コロコロと変わる男性の空気に翻弄されている兵士たちは、まるで魔法にかかったように動けないでいる。


「そんな銃で、一体どうやって俺を撃つんだい?」


「「「は?」」」


「あっ………」


兵士よりも前に、リルがその男性の言葉の意味に気付く。


「どうやってっておま──ぁああ?!!」


一人の兵士が自分の銃を見て絶句した。


彼等の持つ銃は、いつの間にか真っ二つに切られていて、もう既に使い物にならなくなっている。


「は?!う、嘘だろこんな!!!」


「お、おま、お前!何なんだよ!!化け物かよ!!!」


「おいグズグズすんなって!!!」


発狂寸前まで追い詰められた兵士たちは、散り散りになって逃げて行ってしまった。


そして丁度その時、狼の治療が終わった。


「ガルル!ガウッ!」


色々な意味でホッとして俯いたリルの周りを、狼はグルグルと回ってお礼を表した。


「おーおー!逃げんのは構わねぇけど魔獣(モンスター)に襲われんなよ〜?」


蜘蛛の子と化した兵士たちにそんな言葉を投げつけると、男性はリルの方に歩み寄る。


「あ〜面白かった。軍の新人をからかうのはやっぱ楽しいわ〜」


ヘラヘラと笑いながら何とも悪趣味なことを口にする男性を、リルはまだ呆然と見ていた。


顔がよく見えてくると、実は彼が声で判断していたよりも若い、青年ほどの歳だと解る。


「いやぁ、大変だったなぁお譲ちゃん。怪我はないかい?」


「ガァウッ!」


「おぉっとぉ」


顔を上げて応えようとしたリルの代わりに、黒い狼が応えると、男性は一瞬肩をビクリとさせた。


───わんちゃんが苦手なんですかね…?


それが解ったリルは狼を置いて、リルの方から男性に近づいた。


「あ、あの、本当に、ありがとうございました!!」


フードを外して深々とお辞儀をすると、青年は笑いながらそれを止めさせた。


「別にそこまで礼を言われるようなこたぁしてねぇよ〜」


「で、でも!ほんとに助かりました!それに、あの銃を壊したのは格好良かったです!!」


折られた銃の残骸を指差しながら、リルは興奮気味に感想を述べる。


あの時、リルは見ていた。


青年が話し終わると同時に、いきなり銃が二つに分かれ、地面に落ちた、その瞬間を。


近くで見ると、銃は綺麗に切断されたような切り口になっていて、本当にどうやったのか不思議なくらいだった。


「あー、それは俺じゃねぇよ〜?」


「……ふぇ?」


彼じゃないというなら一体誰だというのだろうか、と、リルが考えようとした時だった。


「ちょっと、いつまでそうやって話してるわけ?」


「わわわわわわわわわわわわ?!!」


背後からいきなり声がして、リルは文字通り飛び上がって驚いた。


振り返ると、そこには目を疑うような美少女がいた。


サラサラとした銀糸のような色の髪。

月の光を跳ね返す白い肌。

吸い込まれそうな紫の瞳。


女のリルでも見惚れてしまうほどだった。


「いやぁ、(わり)ぃ悪ぃ!ついお譲ちゃんと話が弾んじまってな!今、お前の話してたんだぜ〜?凄かったってさ〜」


「どうでもいい。そんなこと。あれだって銃が普通の金属で作られてたから出来たのよ?魔力鉄鉱石(マジックスチール)だったらどうなっていたか──」


そこまで言うと、不意に少女は口を噤んだ。


「お?何だ?珍しく心配してくれてんのか?

優しいねぇおい?」


「馬鹿言わないで。こんな所で死なれたら私の寝覚めが悪いのよ」


少女は青年の声を見事にスパンと切り落とすと、更に鋭い視線をリルに向けた。


「敵国の子とこれ以上何を話すっていうの?

お人好しはいいけれど、私に支障をきたさない程度にしてよ」


「おいおいレシカ〜。いざって時は国境なんて意味は成さないんだぜ〜?もっとこうグローバルというか──」


「今は違う。敵国は敵国よ」


「あ…あの…!!!」


気になる単語を聞いたリルは、二人の会話に何とか入り込んだ。


「て、敵国っておっしゃってましたけど、も、もしかして、スラスタの方ですか……?」


後半から念の為声を潜めると、男性は「あぁ、そうだけど?」と、簡単に頷いた。


「な、何でここに…」


「それは諸事情ってやつさ〜。今のお譲ちゃんには、聞かないほうが無難なことだ」


やはりというか、笑いながら誤魔化されてしまった。


しかし、スラスタの人間だということが判っただけで、リルは安心に浸れた。


「そうですか…変なこと聞いてすみません。

そ、それで、あの、スラスタの方なんですよね…?お願いがあるんです!」


「ん?何だい?」


「実は──」


「ちょっと…そんなに話してて大丈夫なわけ?日の出近いんだけ…ど…………」


そういいながら改めてリルを見た少女の顔が、少し決まりの悪い色を浮かべる。


リルは安心やら何やらで、泣く寸前だった。


「こんな顔してんのにほっとくのか〜?」


「………………」


意地の悪い質問を青年が投げると、少女は横に顔を逸らした。


「ははは!サンキュ!で、何だいお譲ちゃん?」


無言の少女の答に青年は笑うと、リルに再度要件を尋ねた。


リルは自分の持っていた地図を急いで青年に渡し、地図の一部を指差す。


「この地図に書いてある目的地に、私を連れて行って欲しいんです!!」


「ん?これ、スラスタの中じゃね?」


男性の言葉に、リルは反射的に目を伏せた。


「そうなんです…」


「ほぉ〜う、本格的に訳ありそうだな。いいぜ!連れてってやろうじゃねぇか!」


「ありがとうございます!!!」


リルは安心からとうとう涙を零した。


「てかこれ、レアシスの中か」


青年は「丁度いい」と口にしながらその地図を眺めている。


「レ、レアシスとは………?」


スラスタになってから地名が変わったのだろうか。


リルの知らない土地の名前だ。


「あ〜、アナスタチアの捕虜や国から逃げてきたやつらが集まる街っつえば解るか?」


「え…そんな街があるんですか…?!」


「おうよ!」


そのような街となると、やはり、環境は劣悪なのだろうか…と、リルは頭の中でついつい、色々な想像を巡らした。


しかしその想像は、次の男性の言葉で抹消される。


「まぁ確かに申し訳程度の隔離はされてるが、殆ど普通の街と変わんねぇさ!」


「ほ、ほぇぇ……」


予想外の言葉に、思わず変な声が漏れる。


アナスタチアよりまだ不安定とはいえ、環境はやはり、圧倒的にスラスタのほうが良いらしい。


無意識にリルは、スラスタという国に安心感を抱いていた。


✽✽✽


 三人と狼二匹はのんびりと歩きながら、地図に従って別邸を目指した。


「でも、お譲ちゃん…名前聞いたほうがいいな。名前はなんて言うんだ?」


「あ、えと、リ、リルと申します!!」


名前を言うと、一瞬男性は目を見開いた。


「…ほぉう、いい名前だな。覚えとくぜ。俺はバルト。後ろの無愛想はレシカだ」


「よ、よろしくお願いします!!」


───バルト…さん…ですか…珍しい名前ですね……


長い名前の愛称でならよく聞くが、それが名前とは珍しい、とリルは思う。


しかし、特に怪しいと思うことはなく、そのまま流した。


「おう!よろしく!…で、話を戻すが、リルは一体何をしにスラスタに?」


バルトの問に、リルは祖父に言いつけられたように、隠し事は一切しないで此処に来るまでの経緯などを説明した。


戸惑わずに話せたのは、案外彼らの人柄があってのことかもしれない。


「なるほどねぇ…相変わらずアナスタチアはそんなことしてんのな」


「はい……」


リルは俯きながら頷いた。


きっとスラスタでは、そんなことは行われていないのだろう。


───もし、村がスラスタの一部になれていれば…きっと今頃皆さんは………


村がスラスタの領地に入れなかったことに、リルは少し天の神を恨んだ。


「まぁすぐ終わるさ。戦争なんて」


何処か複雑そうな横顔をした青年を見て、リルは無意識に首を(かし)げていた。


✽✽✽


 数時間後、一行は迷うことなく、あっという間に別邸に辿り着くことができた。


「でっっか?!」


バルトの感想にリルは「えへへ…」と曖昧な笑みで答える。


リルにとっては家より小さいと思えるが、自分の感覚と周りは違うというのは村にいた時から知っていたので、何も言わなかった。


「あ、あの、ありがとうございました!もし何か手伝えることがあったらいつでも言ってください!どうせ私、暫く此処で一人暮らしなので…」


「ガウッ!!!」


「あら?一緒にいてくれますか?」


「くぅ〜ん!」


狼二匹は完全にリルに懐き、この時から既に彼女の護衛となっていた。


「ははは!良かったじゃねぇか!んじゃまぁ手伝えることは〜…あるかは解んねぇけど、ある時はそうさせてもらうよ」


二人が話していると、後方で大きな溜息が吐き出された。


「…もう終わったしいいでしょ。帰る」


「おーう!お疲れさーん!」


レシカはバルトの声に返事もせず、スタスタと森の方へ戻り出した。


「あ、あれ?あっち側に家なんてありましたっけ…?」


「いや、ねぇけど?」


「え、でも今帰るって…」


「あー、あいつ、野宿生活してるからよぉ」


───なるほど、野宿ですか、野宿なら仕方な……野宿?!!!!


「ま…ま、ま、待ってくださいレシカさーーーん!!」


叫びながら、リルは必死にレシカを追いかけた。


結局その後、リルは半強制的にレシカを別邸に住まわせることとし、戦争が終わるまでバルトたちの活動に参加することになった。


それがリルなりの恩返しだ。


しかし、実はバルトがレシカの生活とリルの孤独を思い、わざとレシカが野宿している事をバラしたのはまた別の話。

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