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英雄の影にいた僕らの物語(旧版)  作者: 眞汐 あこや
癒やしの少女の章
16/79

癒やしの少女の頁 〜4〜

 逃げ出したリルは、目的地に向けて、示された通りの道を進んだ。


──否、進んだはずだった。


「ここ…どこですかぁぁ……」


右には保身用の真っ白な銃、左には地図を手に、リルはフラフラと森を彷徨っていた。


屋敷と別邸は国境ギリギリで分けられていたが、森を挟んでも馬車ならすぐの場所だった。


──が、馬車でしか別邸に行ったことのないリルには、今現在自分が何処にいるのか全く把握できていなかった。


そもそもその別邸に行ったことも十回に満たない程であり、それも最近の話ではないのだから仕方がないといえば仕方がない。


そしてリルは生来、北に行こうとして南西に行くような、救いようのない方向音痴だった。


「ほ…ほんとどうしましょう…………」


恐ろしさに寒さも重なり、震えながら辺りを見渡すと、闇に包まれたこの森でも確認できる程の黒い物体が、視界の片隅に映った。


「…?何か鉄の臭がする……」


嫌な予感がしたリルは、ゆっくりとその物体に近付いた。


✽✽✽


 リルが見つけたのは瀕死の狼だった。


横の腹から大量の出血をしていて、それは周りにある雪を鮮やかな紅に染め上げている。


金色の目は虚ろで、焦点が定まっていない。


「大変?!」


リルは銃をしまって駆け足で側に行くと、瀕死のはずの狼は、それでも人を近付かせまいと力の無い声で必死に唸った。


「ダメですよ動いちゃ!今治療しますから!ジッとしてて下さいね?」


優しくそう言って狼に手を当て、治療を始めた瞬間だった。


「──ルルルルルッ!!!」


と、後方から明らかな威嚇を示す唸り声が響いた。


「ひっ?!!」


リルは驚きで手を離しかけたが、そこはなんとか堪える。


片手でも離してしまえば、治療しかけの傷には能力に対する耐性ができてしまう。


それを許せば二度と、この狼を救うことができなくなるのだ。


「わ、悪いことをしようとしてるわけじゃないです!お願いですから攻撃しないでください!!」


狼に何を言っても無駄なのだろうが、それでもとりあえず必死にリルはそう叫んだ。


傷の回復を早めるために両手を塞いでしまったので、銃を取り出すこともできない。


「…………グルル…」


唸り声こそ小さくなるも、気配はどんどんリルに近付いてきた。


リルの耳の中で、心臓の音が煩く鳴り続ける。


そしてとうとう、気配はリルの視界に入る位置にまで移動してきた。


見えたのは、正に純白。

真っ白な狼だった。


その狼は暫く、治療を受けている真っ黒な狼と、少女の手元を暫く見詰めた。


やがて何をしているのか、解ったのだろうか。


真っ白な狼はリルに何もせず、ただ心配そうに黒い狼に擦り寄った。


体格からして親子ではないのだろうが、とても仲が良さそうだった。


「お友達さんが倒れて、心配だったんですね…」


「クゥン…」


まるで少女に反応するように白い狼が鳴いた瞬間、ガチャガチャと耳障りな足音が聞こえてくる。


「おい!こっちだこっち!!」


「ん?おい、あれ誰だよ?」


「おい、誰かいんぞ!!」


「ひぃいっ?!!」


リルは再び手を離しかけた。


声のした方を見ると、三人の兵士と見える姿をした男たちが、駆け足でこちらへ向かってきていた。


彼らの胸元を見ると、確かにアナスタチアの軍の印がついている。


───どうしましょう……?!


本来なら逃げるべきだが、それもできない。


そんなことをすれば此処にいる白い狼にも攻撃されかねないし、何より、助けられるものを見捨てるなど、リルに出来はしない。


「おいお前!そこで何をしている!!!!」


「おいおい、なんか狼増えてねぇか?」


「まじかよ、厄介だなぁ」


三人はリル、黒い狼、白い狼を順に見ると、揃って銃をそれぞれに向けた。


「おいそこの娘!」


「!!」


余りにも怖くて声も挙げられないリルに、兵士は続けた。


「その狼から手を離せ!」


人生初の命の危機を前にしても、リルはその手を離さない。


手を離せば、まだ傷の治りきっていないこの狼は、確実に死んでしまう。


「聞こえてんだろ?!手ぇ離せ!」


「い…いや、です!!」


震える声で言い切ったその声は、しかし確かな大きさで兵士たちに届く。


「はぁあ?お前、俺達をなめてんのか!?」


言い終わると同時に違う兵士がパンっと一発、リルの腕を撃った。


───いっ…!!!


傷が焼けるような激痛に、思わず肘の力が抜ける。


弾は掠っただけで終わり、傷は能力による自己治癒で勝手に消えてしまったが、リルの心に恐怖を刻むには十分すぎた。


「何だ、キュアーか?ますます厄介だな」


「なら精神的にやっちまえばいいだけだろ」


兵士たちは更にリルを追い詰めようと、銃口を一気にリルに集中させる。


「ガルルルルル!!!!」


それを見ていた白い狼は、リルの前に立って盾の代わりになろうとでもいうように、少女と兵士たちの間に立つ。


「だ、ダメですよ!!退いてください!!危ないです!!」


リルの叫びに、兵士たちは嘲り笑う。


「は?なんだよこいつ!友情ごっこ?」


「狼と?ぼっちかよ!」


「笑えるわ〜!じゃあお友達さんと纏めて一緒に──」


「纏めて一緒に…何だって言うんだ?」


余裕をかましていた兵士たちは、最後にかぶせてきた男性の声に、顔面に雪玉をぶつけられたような顔をした。


「だ、誰だよあんた!!」


銃口は仲良く三人同時に、彼らの後方にいる一人の男性に向けられた。


突如現れた青年は、グレーの髪を掻きながら、何か企んでいるような光を、その黄色い瞳に湛えている。


「おーいおいおい〜俺何の武器も持ってねぇんだぜ〜?もう少し穏便に行かねぇか〜?」


武器を持っているようには見えないその青年は、しかし何処か掴めない雰囲気で兵士たちを飲み込んでいく。


「な、何なんだよ!俺達は任務中なんだ!邪魔すんな!!」


「…つーかこいつ、年齢的にアナスタチア兵(俺達の仲間)じゃねぇの?」


「「制服着てねぇのにそんなわけあるか!!」」


さっきまでの余裕は何処へやら。

完全に三人は取り乱していた。


「あ〜、俺?俺は兵士じゃねぇよ?平和主義だからなぁ?」


「…じゃあ何だ?徴兵免れたのかよ?!はぁ?!!意味解かんねぇ!!」


リルは何か的外れな方向に話が傾いている気がした。


だが確かに、徴兵制を敷くこの国で、彼くらいの歳の人間が兵をやっていないというのは不思議だ。


リルが落ち着いた思考で色々と考えを巡らす間にも、兵士たちの焦りは募っていく。


「もういいよこいつ、う、う、撃とうぜ?!な?!!許されるって!!早く狼連れて帰らねぇとだしよ!!」


「はぁ?!!お前がやれよ!!」


「や、やだよ人殺しなんて!!!!」


「さっき真っ先に発砲した奴がこんな時に善人振んじゃねぇ!!!」


とうとう仲間割れ起こした彼らを見て、リルはどこかホッとした。


撃てても殺すのは抵抗がある人たちらしい。


……正確には、リルがただナメられていただけかもしれないが。


───でももうこれなら危険性もそこまで高くは…


「あ〜撃つか?撃つなら撃っていいぞ?」


余りに予想外な発言に、リルは声も出せなかった。


───なんてこと言ってるんですかこの人は……?!!


もはや彼が正気かどうかを疑う。


いや、この場にいる全員はある意味、正常な思考を失っているのかもしれない。


「あ〜ただ、出来るなら急所狙ってくれよ〜?痛みで苦しむのはご勘弁なんでねぇ?」


青年から出される言葉はあまりにも物騒で、手が塞がってさえいなければリルは両耳を塞ぎたかった。


「お、お、おま、おま!!馬鹿にしてるだろ!!!」


「いや〜別に?」


「ふ、ふざけんなよ!!!撃てるさ!!撃ってやる!!」


「お〜頑張れ〜」


子供じみた台詞を吐き散らす兵士たちは、本格的に銃を構えだす。


しかし一方の青年はまるで動じない。


───どうしましょう、三発も撃たれたら、助けられるかどうか……!!


そもそも、体に銃弾が残れば、彼が生き残っても治療ができない。


最悪の事態だって余裕で予想される。


どうするべきか。


リルが必死に残っている正常な思考を掻き集め、考えを巡らせようとした時だった。


「ぷっ…くくっ…ふっ…はははははは!!」


堪えきれなくなったというような、男性の盛大な笑い声が、森全体に響き渡った。

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