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英雄の影にいた僕らの物語(旧版)  作者: 眞汐 あこや
癒やしの少女の章
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癒やしの少女 〜3〜

 カインが村を出て一年後、村長であるリルの祖父宛に、一通の手紙が届いた。


封筒には、国の紋章である薔薇の印で封がされている。


「……………ふぅむ…」


白い髭を弄りながら、その手紙にさっと目を通すと同時に老人の顔は眉間に皺が寄り、眼光が鋭くなる。


「………………」


時計の針は既に丑三つ刻を指している。


何故こんな時間に…そう思っていたが、手紙の内容を見た瞬間に、老人には納得がいった。


暫く黙り込んでいた彼だったが、おもむろに一つ溜息を吐くと、低くはっきりした声で近くの人間に声をかける。


「すまないが、リルを呼んできてくれ。すぐ外に出れる格好で来るようにとも伝えるんだ。あと、残りの者はあの子が今すぐにでも旅立てるよう、準備も頼む」


その言葉を聞き、彼の側に控えていた数人の使用人たちは、重たい瞼を何度も擦りながら主人の言葉通りに動き始めた。


✽✽✽


 「お祖父様、お呼びですか〜?」


まだ眠そうにしているリルは、重たい瞼を何とかこじ開けながら祖父の元に来た。


目が赤く腫れている。


───また泣いていたのか…


祖父は、カインがいなくなったあの日から、リルが寝る前に時々泣いていることを知っている。


二人の仲の良さはこの少し大きな村では有名で、勿論それが村長である祖父の耳に届かないはずも無い。


長い戦争の影響で心が疲労している孫を、できればゆっくりと寝かしてやりたい。


だが、それは今叶えてあげられるものではない。


寧ろ片隅に置かなくてはいけない。


置いておかなくては、その涙も、意味がない物になってしまいかねないのだ。


「リル、今すぐこの屋敷から逃げなさい」


「はい〜逃げ……へ?」


祖父の言葉に、寝ぼけ頭のリルは一気に目を覚まされた。


「逃げなさい。今すぐ。この屋敷から」


順を変え、区切り区切りに強調した言い方は、リルは頭の中を徐々に白くしていく。


「な、なんでいきなりそんな…」


余りにも急すぎる話だった。


何か祖父に嫌われるようなことをしてしまったのではないかと、リルは必死に今日の自分の行動を振り返る。


しかし思いつくことなど、祖父が大事にとってあったお饅頭を食べてしまったことくらいだ。


「明日…いや、もう今日の昼だな、王国の側近の一人がいらっしゃる。それを知らせる手紙が先ほど届いた」


「これだ」と言って祖父は、王国の印が付いた封筒を見せた。


「差出人はイレーナ様だ」


「嘘……」


───あの『五芒星』の一人…ですよね……?何故そんな人が…?


『五芒星』とは王の側近である五人の総称である。


毎年アナスタチアでは国王の即位と同時に五人の側近が発表され、彼らは国王の手腕として働いていく。


何故五人なのかなどはこの国の歴史が関わっていたはずだが、リルはそこら辺の知識はからっきしだった。


兎に角、その五人は大変な権力の持ち主で、実はその側近次第でこの国の未来が変わるとも言われている。


──もっとも、今の代は特別に六人で編成されているが。


「でもどうして…わざわざ村の訪問に──」


そんな彼らは余程のことや私事でない限り、城内から出ることもない。


わざわざ手紙が届いたということは、私事ではないのだろう。


───戦争のこと…ですか…


リルにはそれしか思い浮かばなかった。


「あれ…でも、もうカインさんで、徴兵対象の人はいなくなったはず………」


「今回は『兵』を目的にしていない」


「え?」


不思議そうに見つめてくるリルに、祖父は無言で側近からの手紙を渡した。


「リル。五芒星の方がわざわざ赴く様な用事など、二つしかないのだよ」


何処か諦めたような声音で祖父は言った。


そこまで言われればリルにも何となく察しがつく。


五芒星が直々に動く事例の一つは兵士だけで手に負えなくなった暴動の鎮圧だ。


五芒星は一人で千の兵力になるような強者もいる。


そして二つ目は…………


「能力者の…品定め………」


そう。要は引き抜きだ。


強力な能力者の存在が国に知られれば、その情報の確実さを確かめた上で直々に五芒星の人間が迎えに上がる。


それは能力者の逃亡を阻止するためと、万が一能力者が逃げた場合、その場で町や村ごと反逆の罪で始末(・・)するためである。


「……………………」


祖父はリルの出した言葉に重い溜息を吐く。


読めということだろうと判断したリルは、その場で封筒に収められていた手紙を読んだ。


「『──優秀な『キュアー』がそちらの村にいると聞きました。是非、その者を城内に入れ、その力を振るわせたいと思い──』…これって………………………」


何処か縋るような瞳でリルは祖父を見詰めた。


祖父は苦しげに目を逸らしながら、苦々しげにボソリと告げた。


「お前の事だ…リル」


残念なことに、この村に『キュアー』は一人しかいない。


何よりも、その力の強さは誤魔化すことも不可能だった。


✽✽✽


 彼女が能力に気付いたのは、まだ物心がついて間もない頃だった。


不注意で割ってしまった祖父の写真立てを、泣きながらリルは腕の中に抱え込んでいた。


隠す場所がどうしても見当たらず、何とか祖父に見つけられないようにと幼い彼女なりに考えた結果だった。


しかし、腕の中に隠したはいいものの、このままではどう考えても見つかることはリル自身がよく判っていた。


考えれば考えるほどどうすればいいのか解らず困り果て、後々落とされるであろう雷を恐れていると、涙が溢れ、止まらなくなってしまった。


部屋の隅でメソメソと泣いているリルに真っ先に気付いたのは祖母だった。


話を聞いた祖母は優しくリルを諭しながら、「どれくらい割れてしまったのかを知りたいから、写真立てを見せてほしい」と頼んできた。


リルは恐る恐る自分の腕を開くと、自分の目を疑った。


そこにはヒビすら入っていない、綺麗で新品のような写真立てがあった。


✽✽✽


 『物』すら修復できる(キュアー)は大変珍しく、また、『生き物』へ対するその力の大きさも絶大だった。


その力を人の為に使える人間になれば、間違いなく皆の信頼を集め、人並み以上の幸せを得られるような人間になれるだろう。


しかしそれを、アナスタチアという国は許さない。


力の大きな能力者が国の誰かの目に留まれば、その能力者の運命は二つしかなくなる。


城に繋がれ『英才教育』という名の洗脳を受け、死ぬまで国家の人形となるか、それを拒否してその場で罪人として命を詰まれるか…


国は『国民としての幸せ』は許しても、『人としての幸せ』は夢見ることすら許さなかったのだ。



写真立ての話を聞いた祖父は、リルの本当の幸せの為にも、反逆罪を覚悟でリルの能力を隠すことを選んだ。


それに関わる情報に細心の注意を払い、村人たちにも決して外部に漏らさないよう、再三に渡って勧告していた筈だった。


──が、手紙の内容は、全て破綻、露見した事を意味したとしか取れない。


原因を探すのは簡単だが、こうなってしまった以上、祖父の中の最重要事項は(リル)の身の安全だ。


「ただでさえ戦争中なんだ。(向こう)へ行ったら何をされるか解らない」


「そうですが…逃したことがバレればお祖父様は…」


「私はそこまでもう長くないよ。今更『生』に執着したりしない。それよりも私は、リルに幸せになって欲しいんだ」


「………………………」


物心つく前に事故で亡くなった父母の代わりに、祖父母はそれこそ溢れる程の愛情を込めてリルに接してきた。


そのお陰もあってか、決して器用な子とは言えなくても、可愛く、優しく、気立ての良い、自慢の孫に育ってくれたと二人は思っている。


今此処で、この子の心を壊すくらいならば…

祖父の心の中はそれだけだった。


「ご用意が出来ました」


二人の間の沈黙を、使用人が掻き消す。


祖父はその言葉に頷くと、使用人から彼女の荷物と地図を受け取った。


「さて、じゃあこれを持って早く出なさい。地図には安全なルートを書いておいたから必ずこれの通りに行くんだよ。そうすれば迷うことはないから」


地図の目的地として記されていたのは、スラスタにある別邸だった。


「スっ……スラスタまで逃げるんですか…?!」


大声を出しかけたところを、リルは自分で口を塞いで必死にそれを防いだ。


「国内にいれば、捕まったとき間違いなく殺されてしまう。だがスラスタなら、もし勝手に入ったことがバレたとしても、もう少し賢明な判断をしてくれるだろう」


「そ、そうですね……」


敵国な筈のスラスタの方が信頼できるというのも、また可笑しな話だ。


───でも、納得がいってしまうのがまたおかしい話なんですよね…


リルは珍しく、自嘲したように顔を歪めた。


「もしスラスタの兵に見つかったら、隠し事はせずに全てをちゃんと話すんだ。下手に隠せば疑われたり、罪を被せられたりするかもしれない」


「ア、アナスタチアの兵に見つかったら………?」


「…………………」


祖父は黙ったまま、静かにリルを見詰めた。


考えてみれば愚問だった。


「……私、戦争が終わったら必ずここに帰ります!ですからお祖父様、ちゃんと待っていて下さいね!」


「あぁ、分かったよ」


「お祖母様にもそう伝えてください!」


「必ず伝える」


祖父はそう言うと、骨張った腕を伸ばして孫を抱擁した。


お爺ちゃんっ子のリルはそれだけで涙が溢れそうになったが、そこは必死に堪えた。


「……いってきます…!」


震える声で、それでもなんとか笑顔で別れを告げると、リルは荷物を背負い、祖父に一礼し、闇の中に駆け出した。



 その昼、村はやって来たイレーナと兵に襲撃され、祖父は反逆罪として牢に繋がれ、自分の処刑を待つ日が始まった。


牢屋の中で祖父は毎日、孫の無事を祈った。


「あぁでも最期にあの饅頭は食べたかったなぁ」 などと思っていたのは、祖父だけの内緒の話である。

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