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不穏な空気の頁

 作戦から一ヶ月程経ち、暫く目立った動きの無かった両国が、とうとう動き出した。


「スラスタは『徴兵制を施行』、アナスタチアは『徴兵制を廃止』………か……」


難しい顔をしながら二つの新聞の見出しを見比べるのは、居候先での仕事(アルバイト)を終えてティータイムに途中参加してきたばかりのテオだ。


そのテーブルを挟んで向かい側にいるバルトは、真逆にのんびりゆったりと珈琲を啜っている。


ふんわりと漂うその香りは、今日のクリームたっぷりのシフォンケーキともよく合う。


「…そろそろスラスタも危ないわね。負けてもらっちゃ困るのに」


レシカはそう言いながらバルトの隣で頬杖をつき、さり気なく机を指で叩く。


「今まで何とか引き分けぐらいで抑えてましたが……そろそろ本当に均衡が崩れそうですね………」


リルはケーキを食べながら、テオの持っている片方の新聞を覗いて表情を曇らせていた。


アナスタチア国が独自に国民に配っているその新聞には、アナスタチア国を賞賛するような記事がこれでもかと言うほど載っている。


勿論、それを持ってきたのはレシカであり、何処から持ってきたのかを聞くのは無粋なことだ。


「本格的にマズイよ…僕たちも何かできることをしないと……」


「ちぃと、急がねぇとな〜」


焦るテオを前に、呑気とも言える喋り方で、バルトがやっと口を開いた。


「…あんたはどこまでも脳天気ね。本当にどうにかする気はあるわけ?」


「ははははは!お前よりは遥かにあるから安心しな! そもそもお前を誘ったのは他でもない俺だろう?」


大笑いをかましながらバルトは残った珈琲を飲み干した。


「しっかしまぁ、三年前はスラスタが圧倒的優勢だったってのに、今じゃこのザマかぁ」


バルトはさりげなくテオから新聞を取り上げると、サラッと目を通した。


「スラスタの兵不足は随分前から問題になってたし、時間の問題とは思ってたが…こちらは少々想定外の早さだったなぁ」


アナスタチアの新聞を見ながら、バルトはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている。


記事には、アナスタチアは兵の代わりに、魔獣(モンスター)を使った戦略に変更することまで書かれていた。


何でもアナスタチア曰く、『野生のモンスターの新しい活用法』なんだとか。


───野生も何も、生み出したのは自分たちのくせに……


随分とまぁ傲慢な記事だ、と、テオはその記事を睨みつけた。


「しっかしなぁ…レシカが持ってきた資料を見る限り、こんな大それたことができるほどの研究結果は一つもなかったけどな〜」


「え?そうなの?」


バルトの意外な言葉にテオは思わず聞き返す。


「おう。戦場に出すには不安定すぎんのさ〜。ひっでぇ時なんて仲間を攻撃しあったって結果もあるしな?」


「え…何それ……」


そんなものを戦場に出せばスラスタ兵を喜ばせるだけな気もするが…


「でも…昨日の魔獣さんたち、普通に手強くなかったですか?あ、も、勿論私が言ったところで何の説得力もないですが…」


「いや〜?お前の言う通りだぜリル。そしてまたあれも、今までの実験結果を考えりゃ不気味なレベルの発展ぶりさ」


バルトは新聞から目を離さずにリルに応える。


「たった一回の成功で、もう戦場に出すことを決めたってこと?!」


だとしたら相当無謀な──とテオは言いかけたが、それよりも前にバルトは首を横に振った。


「そんな馬鹿は、いくら豪胆なあの国でもやらねぇだろう。ましてや、今の国のトップを考えりゃ──」


確証がないのか、珍しくバルトは言いかけたまま言葉を濁した。


「でも、それなら──」


「あんたはもっと別の可能性を考えてるんでしょう?」


テオの言葉を遮ったレシカは、見透かすような目でバルトを見ている。


「別って…?」


「あー…レシカー…?」


縋るようなバルトの目を完全に無視して、レシカはテオの問いに答えた。


「罠よ」


「「罠ぁ?!!!」」


テオとリルは同時に叫ぶとそのまま視線をバルトに向けた。


「資料から作り上げた…あの国にしては随分と細かい罠。あの国は偽資料を使ってスパイと親玉を探ろうとした。違う?」


そのバルトは両の手で顔を覆うと背もたれにもたれ掛かる。


「………あくまで可能性の範囲だ。確証もねぇ」


「逆に確証を得られる方法があるなら教えて欲しいんだけど」


「いや、それはマジであるんだぜ?…結果が出んのは数日後だが」


後半は一際低い声でボソリと呟く。


いつもは飄々としているバルトだが、今回はあまり余裕が見られない。


相当マズイ状況なのだろうか、と、テオは思わず不安になる。


「あんたにしては随分と余裕が無いじゃない。そんなに罠に嵌ったのが悔しいのかしら?」


罠に嵌められた張本人・レシカの言葉に、バルトは悔しげに宙を見る。


「俺は逆境に燃える男だぜ?罠に嵌ったのが俺だけだったら(・・・・・・・)燃えるだけで済んでらぁ」


後半になるに連れてどんどん落ちていくその声を聞き、テオはニッコリとバルトに笑いかける。


「そんなのバルトが気にすることじゃない。元々、こういう活動をするって解ってるんだから、そういう覚悟はできてるよ」


バルトはちらりとテオを見ると、フッと口元を緩ませた。


「あ〜…新入りのお前に気を使われるって俺相当やべぇな〜」


「何か酷くない……?」


そう言いながらも笑うテオの横で、今度はリルが「でも万が一そういうことなら…」と不安をポツリと口にした。


「今回の件で、アナスタチアに危険人物扱いとかされませんかね…?特に不審者がいないか嗅ぎまわってたレシカさんとかは……」


「あ~……ありえなくねぇな……念の為、いくらお前とはいえ気をつけとけよ?」


「余計なお世話よ」


鬼も怯むような睨みを利かせたレシカを見ると、テオはこれならアナスタチア兵も恐ろしすぎて彼女に触れることすらできないのではないかと思ってしまう。


いや寧ろ、逆にレシカに視線だけで拘束されて、バルトの前に引きずられてしまうのではとさえ思う。


「おいおい〜そう睨むなよ〜折角の美人が台無しだぜ〜?」


「五月蝿い」


「はははっ」


和んだ空気に浸りかけたが、テオはすぐに話の根を思い出す。


そう、事はもっとずっと厄介なのだ。


これからは人対人なんて、もう生温く感じる時代になる。


つまり、今の戦況でさえ手一杯なスラスタに、更に厳しい波が来るということだ。


かつてはアナスタチアの桁違いな被害者数にど肝を抜いたものだが、今後のスラスタはアナスタチアの被害者数超える可能性がある。


それを考えれば、アナスタチアが必死になって、巧妙な罠を作ってまで隠したがる機密事項になるには十分だ。


「──笑ってる場合じゃないか」


仮に本当に先頭に繰り出された場合、助けに入りたいのは山々だがそうも行かない。


── 一人を抜いて── 一般兵よりも実力は数段上を行く彼らだが、兵士ではない以上、戦場で魔獣を放たれてしまえば、指を咥えて見ていることしかできない。


その場に乱入してしまえばそれこそ、怪しい奴として、味方であるはずのスラスタ兵にしょっ引かれるのが落ちだろう。


あくまでも四人は一般市民(・・・・)なのだ。


「あのー…ちょっと気になったんですが…」


「ん?」


テオの隣で難しい顔をしていたリルはいつの間にかバルトの持っていた新聞を読んでいた。


「あの、こうなってしまった以上、とりあえずは魔獣の対策をどうにかしないとですよね?国にとっても、私達にとっても脅威ですし」


「ん?まぁそうなるなぁ」


「じゃあ…この記事って、何かに使えませんかね?」


リルはそういって机に新聞を広げると、そこにある記事を指差した。


「この人…魔獣研究の第一人者って書かれてる人がいるんです」


「んー…どれど──」


新聞に目を向けた瞬間、バルトは唐突に動きを止めた。


「…?どうしたのバルト?」


「……………………」


「バルト………?」


「………………………」


テオの問には答えず、バルトは空気を吐き出すだけの笑い声を漏らすと、そのまま彼は手で自分の額を抑えた。


「…はははっ…一本取られたわこれは…」


軽く俯いたバルトの表情は彼の髪で確認できないが、明らかに負のオーラと呼べるものを纏っている。


正直、滅茶苦茶に恐い。


「……(わり)ぃ!ちょいと外出てくるわ!」


急にパッと明るい表情を向けたかと思えば、バルトは返事を待たずに屋敷を出て行った。


「バルトが怒るだなんて。明日は吹雪か何かでもあるのかな…?」


荒々しく閉まるドアの音を聞きながらテオが青い顔ででそう呟く。


レシカは特に気にした様子も無く、無言でまだ口を付けていなかったミルク入りの珈琲を一口だけ啜った。


リルはというと、足の震えが止まらないのか、貧乏揺すりのように椅子ごと足をカタカタと揺らしている。


「な…なんか……この中で一番怒らせちゃいけない人を、怒らせちゃった気がします…」


「いや、リルは悪くないと思う…よ…?」


───でもじゃあ、バルトは何を見て怒ったんだ…?


テオは新聞を手に取ると、その原因の記事を見た。


するとすぐに、バルトが怒りに包まれた原因を見つけ出した。


「『ベルディ・ベトライヤー博士』…待ってよ、この人って………」


テオは読み上げた男の名前を凝視する。


───おかしい。何で…………


「何で……………」


同姓同名で済まされればいいが、残念ながらその希望は隣に描かれている似顔絵で掻き消された。


「…?スラスタの元帥(・・)がどうかしたわけ?」


怪訝そうに聞くレシカの問にも、テオはすぐには答えられなかった。


───そう、スラスタの元帥だ…そのスラスタの元帥が…


「何でアナスタチアの……魔獣研究の第一人者になってるの…?」


この時テオは、ここの仲間に勧誘してきた時バルトが発した『面倒臭い事情』という物に、近づいたような気がした。

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