崩れゆく現実
同じ頃、ガルダ地区の中心にある王家が住まう城では誕生祭の準備が着々と進められていた。
「お父様、お父様。」
美しい金髪の髪を持ち、空色のドレスをきた、ガルダ王の長女、レイヤは優しげな笑みをたたえた父である王に訴えかける。
「今日の誕生祭はオズワルトさまからどんな贈り物が届くの?お父様ならわかってらっしゃるのでしょう?」
「やめなさい、レイヤ。はしたないじゃないの。」
レイヤと同じ、翡翠色の目をした母親のマヤがぴしゃりとレイヤの声を遮る。
「まぁまぁマヤ、婚約者からの贈り物だ。レイヤが喜ぶ気持ちもわからないでもない。」
レイヤに甘い父は顔を緩めながらレイヤの柔らかい髪をなでる。
「あなたったら。」
「レイヤ、自分の部屋を見ておいで。」
「ありがとうお父様」
スカートを翻しながら走るレイヤの後ろから侍女のマリーがふくよかな体を揺らしながら後に続く。
「甘やかせ過ぎですよ。あなた。レイヤはこの国の王女となるのですよ。」
「マヤ。私はレイヤが成人するまで、自由にさせてやりたいのだよ。」
目を吊り上げて怒るマヤを父である王は静かな声で諌めた。
「お嬢様。もう18なのですからそのようにかけ回るのはおやめください。」
「悪いわね。マリー。でも待ちきれないのよ。」
将来女王となるレイヤには多くの侍女が仕えている。しかし、その中でもレイヤは子供のころから育ててくれたマリーにだけ同行を許していた。
レイヤが自分の部屋のドアを勢いよく開くと白で統一された部屋の中央、大理石の机の上に真っ赤なバラの花束が置かれていた。
おそるおそる花束を持ち上げると、花束の下には美しいダイヤモンドの指輪がある。
「お嬢様。オズワルト様からのプレゼントですか!なんと美しい指輪でしょう。」
マリーの感嘆とした声も耳に入らない。レイヤは驚きで声も出せずにただただ指輪を見つめる。王家に生まれた宿命として、レイヤは生まれた時から他国の王との結婚が定められていた。ガルダ地区と隣あわせの富裕層地区、アヴァ地区を統率する王家の次男、オズワルトは将来レイヤの夫として婿入りが決まっている。しかし、そのような堅苦しい取り決めの中で、レイヤとオズワルトは互いに一目惚れに似た恋情を抱き、愛を深めていた。
「気に入ってくれたかい。」
やや低めのハスキーボイスが聞こえ、レイヤが扉を見ると、オズワルトが微笑んでいる。
「オズワルト、なんといえばいいのか。」
「気にしなくていいよ。ただいつも身につけてくれると嬉しいな。」
金髪に空色の瞳をしたオズワルトは驚くほど整った顔をしている。甘いマスクで微笑まれ、レイヤは羞恥心のあまりに顔をそらした。
その時、王子の後ろにくすんだ茶色の髪が流れるのが見えた。
「ごめんなさい、ちょっとこちらでお待ちになっていて。」
レイヤが部屋からでると、階段を降りる人影が見える。
「メアリー!」
階段の踊り場でレイヤが呼びかけると、足音が止まる。
「あら、レイヤお姉さま。ごきげんよう。」
階段を登りながらこちらを見上げるメアリーはレイヤの唯一の兄妹だが、いつもくすんだ髪の無表情で陰湿な空気を放つメアリーは王室中から嫌われていた。最近は父や母がメアリーと話している姿を見たことがない。
「ここで何をしているの。」
メアリーの部屋は王宮から離れた別邸にあり、ここは用事がない限り、滅多にこないはずだ。
「来てはいけないのですか、今日は誕生祭ですのよ。」
相変わらず無表情のまま、メアリーは答える。しかし、レイヤは子供の頃からメアリーに度々命の危険を感じるほどのいやがらせをうけており、メアリーの言葉の裏になにかあると感じていた。
「誕生祭なら、ここよりも町の方が活気があって面白いわよ。」
レイヤが顔をしかめながら言うと、メアリーはぼんやりと見返した。
「悲しいですわ。私、そんなにお姉様に嫌われているなんて。」
悲しいなんて…。今まで聞いたこともない言葉にレイヤが驚いてメアリーを見返すと同時に足が地面を離れる浮遊感を感じる。
すぐそばに階段があるのを忘れていた。
全てがスローモーションに見え、メアリーが相変わらずの無表情でレイヤを見ているのをただ見返すしかできなかった。
その日、誕生祭は次期女王の事故により、取りやめとなる事態に追い込まれた。
レイヤが目を覚ましたのはこの事故から3日後のこと。
頭の激痛をこらえて体を起こすと、周りは鬱蒼とした静けさが立ち込めている。
「変ね…、マリー?」
いくらマリーを呼びかけても誰もこない。声を発する口も妙に動かしずらい。口は動くのだが、目の周りや頬はほどんど動かすことができない。
不気味さを覚えながら部屋を見渡すと、魔術の本や植物の本などの専門系の本で埋めつくされている。
「この本はメアリーのもの…」
よくみると、この部屋はメアリーの部屋だ。カーテンもベットの模様も前に一度だけ訪れた時にみたものと同じだ。でもどうしてメアリーの部屋に寝ているのだろうか。
ふと、部屋の隅に置かれた鏡台の鏡が目に入る。もしかして、打ち所が悪くて、顔に傷がついていたら。慌てて鏡をのぞくと、どんよりとした目、くすんだ茶色の髪、のっぺりとした無表情の顔。
そこにいたのはメアリーだった。
「ぎゃーーーーー」
口をついてでた悲鳴は今まで経験したことがないほど大声だった。
どうして。どうして。私は一体どうしてしまったのいうのだろう。
混乱のあまり小刻みに震えながら、自分の一番嫌いな妹の手のひらを見つめながら
ただただ、叫ぶしかできなかった。