プロローグーある少年の気づき
そう遠くない未来、日本で第2次高度成長期が始まった。しかし、飛躍的な進歩は富裕層にのみ、享受され、貧困層の人民の生活は悪化の一途を辿る。
———2053年5月30日
富裕層の代表的な都市、ガルダ地区で開かれる王の誕生祭。
大勢の名だたる著名人たちのなかを物売りたちが渡り歩く。彼らはエネルギーを売る。石油が枯渇し、電気では需要が追いつかなくなり、人々は次なるエネルギーとして植物の光合成を培養したエネルギーを開発した。
中心都市で大量の農作物が培養されているものの、市民全体のエネルギーを補うことはできず、富裕層は個人個人で農作物を培養し、エネルギーを生み出している。貧困層の人たちからなる物売りたちは背に多くの根っこのついた農作物を入れ、富裕層の人々に血気盛んに呼びかける。
その一人、ルダという名の浅黒い肌をした20代なかばの青年は未だ売れない農作物の重みによろけながら城壁にもたれた。ボサボサの黒髪に汚い身なりの外見とは裏腹に、太い眉の下には意思の強そうな黒い瞳が輝く。ガルダ地区は地区全体を囲むように塀に覆われており、見上げる高さのある城壁はおよそ300メートル。威圧感のある壁も、もたれかかれば歩きつかれた体を心地よく冷やしてくれる。
ほっと一息つくルダの横の路地から声が聞こえきた。そっと覗くと、3人の男性の後ろ姿が見える。どうやら、彼らも貧困層の人のようで、足元には半分ほどになった農作物が無造作に置かれている。
「いやいや、すごいですね。最近の人工知能の増加は。」
その内の髭を蓄えた男性がシワの刻まれた口からしみじみと漏らす。
「本当だよ。それがね。この前この地区を歩いてたら別嬪がいてね~。いい雰囲気までいって手を握ったら驚くほど冷たいんだよ。慌てて首の裏を確認してみたらマークありでさぁ」
若干の汗を滲ませながら小太りの男性が苦笑しながら声を漏らした。
「あのぉ、マークってなんすか?」
3人のうちもっとも長身だが気弱そうな目をした男性がか細い声でつぶやいた。
「お前マークも知らんのか。ほら、この壁のしるしを見てみろ。」
3人が壁に注目するのを感じ、思わずルダを身を乗り出して見てみると、十字架に似たマークが刻まれている。十字架の中央には百合の花があしらわれている。
「このマークが体のどこかに刻まれているものは人間じゃねえ。」
「じゃあなんだっていうんですか」
長身の男性の声が震える。
「ロボット人間だよ。最近ではファームロイドっているらしいがな。」
「ファームロイド?わしの頃はアンドロイドだったがな」
年寄りの男性が不思議そうに言い返す。
「なんでも農場の農作物からなるエネルギーから作れられているからファームロイドだそうだよ。もっとも、大抵のファームロイドは首の後ろにマークがあるそうだからすぐ見分けがつくがな。」
「ひゃー。おっかねぇ。」
長身の男は鳥肌のたった腕をさすりながら、震えた声を上げる。
ルダはまだ熱心に話し続ける3人から静かに離れた。今聞いたことがとても現実とは思えず、焦りにも似た感情がルダを襲う。助けを求めるようにあたりを見回すと、ふと、目の前に一組のカップルが歩いてきた。男性は平凡な顔をしたいかにも貴族風の身なりをしていたが、女性は目をみはるほど美しい。ただそこにいるだけで匂い立つような色香を発する女性はしかし、ほどんど表情を顔に出さなず、妙な違和感をルダは覚えた。
よくよく見てみると、彼らが通り過ぎる際、ルダは確かに女性の首元に十文字のマークを見た。人間と人間でないもの。
ルダが初めて異質なものに気づいた瞬間だった。