Ⅲ ディスクをB面にセットしてください その④
「お前もそういうこと、するんだな」
中学校へと向かう通学路の途中で、ふと懐かしい光景を思い出していた。
「それはヘルメットに対する冒涜だぞ」
中学校指定のヘルメットの話だ。防護性や、いわゆる「中学生らしさ」を重視して空気孔も空けられていない半球形のヘルメット。
成長期に入って元々使っていたヘルメットのサイズも頭に合わなくなって来る頃、時を同じくして反抗期を迎えた男子もヘアスタイルを気にする女子も、決してあごヒモを締めずに被る。「先輩」はそのことでいつも嘆いていた。曰く「危機管理の意識が足りない」と。
先輩はいつもその固いヘルメットで頭を守っていた。だから雨の日の川に自転車ごとすべって落ちた時も、頭だけは無事だったと左腕にギプスをしながら笑っていた。先輩が中学を卒業する年のことだ。
なぜ急にそんなことを思い出したか、ライガにはよくわかっていた。
「なんで……」
中学校の駐車場に停まった全自動車から降りた。
車に乗っている間中、その視線の先にあるものを理解できなかったからだ。
「なんで校舎が壊れていないんだ?」
すでに廃校となっている夜海中学校の校舎は依然としてそこに建っていた。玄関先の白色灯だけが光っていて、まだ電気は通っていることがわかる。
この校舎が巨大な怪鳥に踏み潰されたのをライガは確かに肉眼で見た。いやというほど。
思わずそらを見上げると、またも違和感の正体に気が付く。
「月がない」
空は厚い灰色の雲に覆われている。星さえも見えない夜空。つい先刻まで山の形が見えるほど明るい月が昇っていたはずの空はもうどこにもない。
思わずしゃがみこむ。これはライガの理解力を越えていた。
「どういうことなんだ……?」
これまでのことを一つずつ思い出しながら軌跡をたどっても答えは出そうになかった。
ただ一つだけ言えるとすれば、もうここに用はないということだった。廃校から消えた怪鳥を調べようと思ってここに来たのだから、その目的が消えてしまったなら早く帰るべきだ、と。
全自動車のドアに指をかける。
ふと、いやな気持ちがした。自分がなにか得体の知れないモノに意識を誘導させられているような気持ち。hIEが言葉巧みに人間の意識を誘導するアナログハックの種を知った時のような。
俺が、操られている?
誰に? なぜ?
車に入らないで立ち尽くしていると、ゴムタイヤが地面を滑走する音が近づいてきた。
驚いて中学校の校門を振り返って、またしても違和感に気が付いた。
普通、校門は閉まっているものじゃないか? 深夜の、それも廃校の校門が……なぜ?
一台の大型バイクがゆっくりと校門を通過した。
その大きさに似合わない静音とスピード。スマートセルで動く全自動バイクだ。
まさか、とライガは身構える。
「こいつが犯人か?」
なぜ? なんのために?
こちらに背を向けて駐車場にバイクを停めたライダーは、周囲のわずかな明かりの中では全身黒ずくめで大柄な体格であることしかわからない。
ライガに向き直ると、ライダーは「よぅっ」とかいう声をフルフェイスのヘルメットの中で発して、片手を挙げてひらひらさせた。
そのくぐもった声には聞き覚えがある。
「まさか」
大柄に見えたのはライダースーツに取り付けられた分厚い衝撃吸収ポリマーのせいか。
フルフェイスヘルメットをすっぽりと外して小脇に抱えるその男こそ。
「先輩!?」
「おっす」
藤本 昭。その人だった。
「誰かと思ったら、ライガじゃん。久しぶり」
「お、お久しぶりです。先輩。なんでここに?」
「うん? いやあ……」言っていいものかと、アキラは頭を掻いて答える。「夢、かな? 夢にここが出てきて、気になったから来た」
「夢……?」ライガの息が荒くなる。「どんな夢ですか?」
「え……っと」
アキラは言いたくなさそうに顔をしかめたが、よし、とひとこと呟いてからライガの質問に答える。
「美少女と夜の散歩、かな。家からここまで通学路を通って歩いてきたんだ。で……忘れ物をして、一人で取りに戻ってから……うん?」
アキラの指が止まった。
「あ、そうだ。そういう夢だったんだよ。忘れ物を取りに走ったはずがベッドで寝ててさ。だから、夢なんだよな。あれは。妙にリアルだったけど」
「リアルって、どのぐらいリアルですか?」
「そりゃあ、リアルもリアル。」腕を組みながらアキラは語る。「女の子の髪の毛の匂いまでリアルだったね。もうちょっとイチャイチャしたかったな。はは」
アキラの鼻の下が伸びているのに少し寒気を覚えつつ、ライガは確信する。アキラ先輩もまた、何者かに誘導されてここまで来たのだと。
「じゃあ……」
ライガがもう少し質問をしようとした時、中学校の自動ドアが音を立てて開いた。
「ん?」
すぐに近づこうとするアキラの背中を追いかける。
廃校の自動ドアが勝手に開く。これが何を意味するか、二人の目には明らかだ。
「誰かが来いって言ってるみたいだ」
アキラが玄関口から校舎の中を指差す。玄関口の奥から左へ向かう通路だけ白色灯が光っている。
誘導が露骨になってきたなあ、と思っていたライガのARゴーグルに一通の通知が届いた。
見知らぬ名前。犬の顔写真が吹き出しでしゃべっているようなその一文を見て、ライガの血の気が引いた。
「なぁ、どうする?」
「えっ?」
その、犬の通知文とアキラの顔の間をライガの目が縫うように泳いだ。アキラは校舎の中と外を交互に指さして言う。
「行ってみるか、帰っちゃうか」
通知にはただ一言こう書かれてあった。
『これ以上、近づくな。』
ライガには判断しかねた。脳がもっと酸素をくれと要求し始めて、焦りが顔に出る。
「どうした?」
「いえ……」
アキラに相談するべきかもしれない、と思った。しかし、いままでの自分の頭の中に「帰る」という選択肢が無かったことに気が付いた。自分たちはいまアナログハックを受けて、引き返せなくなっているのだ。
しかし今ならまだ間に合う、とこの通知は言っているのか?
「待って……待ってください」
無理を承知でポケットの中から携帯端末を操作し、アキラに隠れて謎めいた通知に返信する。
「どういうこと?」
簡潔な文章を送信した。
ほとんど間を置かず返信が来る。
「うっ」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫です。大丈夫ですから」
アキラに悟られないように視線を外に向ける。視界に二人以外の人影はない。
『貴方達は誘導されている。これ以上何も知らなくていい。帰れ。』
「なんだ。けっこうビビりなんだな、ライガって」
のんきに欠伸しながら、アキラはライガの答えを待っている。
「先輩。これ……」
見せないよりはと、ライガは意を決してアキラに携帯端末から通知を見せた。
「ん? ……何だよこれ、ここまで来て帰れって?」
ばかばかしい、とアキラは端末を突き返す。
「じゃあなんだ? 俺たちをここに来させた奴と、帰らせようとしてる奴の二人がいるのか?」
急にアキラが外に向かって大声を出した。
「おい! いるなら出てこいよ!」
残響音がくらやみに吸い込まれていくだけだった。
「はあ……なぁ、ライガ。」
「なんです?」
「こういう手はないか。その通知の相手に、いざとなったら助けてもらおう」
「え?」
アキラはライガの手に握られている携帯端末を指さして説明する。
「こいつは、俺たちをなにかから守りたいんだろ。お前がどう思うかはともかく、俺は『それ』がなんなのか知りたい。こういう変なのは結局、今知らなくたって後で知らなきゃいけなくなることだと思うんだよ」そう言いながらアキラは肩をすくめる。「それに、だ」
急に神妙な顔つきをして、ライガと見つめ合う。
「あの子が夢の中で言ってんだよ、待ってるからってさ。もしかしたらこの先に本人がいるかもしれないだろ」
それを聞いて、ライガは思わず吹き出してしまった。続けてアキラも笑った。
「そいつと交渉しようぜ、ライガ。良ければ俺が代わるけど」
「いや、僕がやってみます」
アキラに通話が来なかったことに何か意味があると考えたライガは、謎めいた通話相手に文章を一字一句、正しく意味を伝えられるか確かめながら打ち込んだ。
「この先に何か良くないことがあるのか?」
『貴方達が知る必要はない。』
「帰ることはできない。まるで現実のような夢、について知らないか」
『それについて明確な回答はできない。貴方達が知らないでいることに何らデメリットはない。』
「ここで何か実験をしているのか? それは夢に関する実験?」
『貴方達が知る必要はない』
「どうも質問系はダメだな」 通話履歴を見ながらアキラが言った。「YESかNOで答えてもらうとか。どうかな」
ライガは頷いて、端末上に指を走らせる。
「YESかNOで答えて。仮にこのまま先に進んだ場合、あなたは僕たちを助けてくれる?」
数秒の沈黙。初めて向こうの返信スピードが遅くなった。
それはまるで、二人の動揺を予測しているかのようだった。
『YES。』
よっしゃ、とガッツポーズするアキラ。
「あ、待ってください。ただし……」
『但し、それは貴方達がこれから必ず危険な状態に陥ることを意味している。私にはその脅威を退ける為の用意があるが、それを行使する権限を私は保有していない。』
その一文とともに、端末が一個のファイルを受信する。
ダウンロード完了まであと三十分。
『私はエキドナ級hIE三番機≪オルトロス≫。貴方がこの利用規約ファイルに承認すれば、貴方は私のオーナーとなり、私を「使う」ことができる。』
「エキドナ級……?」ライガは訝しんだ顔でアキラに聞いた。「そんなhIEがいるんですか?」
「いいや、聞いたことのない名前だ」
アキラはしばし通知文を見つめたあと、ついに「自分に打たせてくれ」とライガに頼んだ。ライガは、アキラに携帯を手渡した。
「確認させてほしい。YESかNOだ。俺たちがこのまま校舎に入って、無事に帰れるか?」
『NO』
「俺たちがお前と契約すれば、無事に帰れるか?」
『YES。但し、オーナーは一人だけとする。』
「校舎の中の『脅威』ってやつは、お前の敵か?」
数秒の沈黙。
『NO』
「なんだと」
アキラが熱くなっていることがライガにも伝わる。
「お前と『脅威』はグルなのに、お前は俺たちと契約すれば俺たちを助けるのか?」
『YES』
「『脅威』はエキドナ級hIEか?」
数秒の沈黙。
『YES』
「校舎の中に俺たち二人以外の人間はいるか?」
『NO』
「『脅威』にオーナーはいるか?」
数秒の沈黙。
『YES。但し、オーナー情報は非公開とする』
「お前と契約すれば、それは公開情報になるか?」
『NO』
ふぅ、とアキラは一息ついて「じゃあ、これで最後だ」と言った。
「俺たちを帰そうとしたのはブラフで、本当の目的は契約。そうだろ?」
この質問の回答に、相手は一分の時間を要した。
『YES』
「決まったな」アキラは携帯を返しながら言った。「すごいぜ。いまどきのhIEは自分を売り込みに来るんだな」
すっかり乗り気になったアキラとは逆にライガは不安になった。
「あの……先輩。行くんですか? この通話の相手が誰かもわからないのに?」
「お前……。それって今更なんじゃないのか?」
やれやれ、とアキラは肩をすくめた。先達として、かわいい後輩に教えてやらねば。
「一番気になるのが、お前のケータイ『だけ』に通知が来た。そうだろ? なぜなら……俺はケータイを忘れてここに来たから」
「えっ?」
アキラはライダースーツの隅々をはたいて何も入っていないことを証明する。バイクの免許証も無くて大丈夫なのかと思うと、予備の個人認証タグがきちんと左の手首に巻かれていた。
「いいか、ここからが重要だぞ。俺がケータイを忘れた理由は、『夢』だ。いいか、今から再現するぞ。手をつなげ」
「え、再現って?」
いいから、とアキラはライガに右手を出すように要求する。
アキラは差し出されたライガの右手の指と指の間に自分の手指を絡ませた。
「ちょっ。恋人繋ぎですか!? 気持ち悪ッ!」
「再現なんだからしょうがないだろ!」
逆ギレだ。
「……俺はこうやって美少女と手をつないで夜道を歩いていた。俺が道路側。当然だよな。そんで、この中学校に来た。こっちの正門からじゃなくて、下駄箱のあるあっち側だ。門も玄関も真夜中なのに開いていて、俺たちは校舎の中から中庭に出た。あの、でっかいイチョウの木の下を囲んでるベンチに座った。ここで手を離す」
ぱっと手の拘束が解かれた。二人ともが手汗をズボンで拭う。
「で、な? 彼女が言うんだ。
『ねぇ、貴方の携帯端末を見せてよ』
どうしてだいって俺が聞くと、
『だって。貴方のソレ、とっても素敵なんですもの』
そうかそうか。それじゃあ見せてやるよ。どうだい? これが俺のブツだよ。とケータイを渡す」
「その流れ、なんなんですか?」
「フロイト先生もびっくりのほにゃららのメタファーだよ」
咳払いをして、アキラは夢の再現を続ける。
「そしたら彼女、言うんだ。
『ところで、お弁当は持ってこなかったの?』
は? お弁当?
『作ってくれるって約束したじゃない。食べたかったなぁ、貴方の作ってくれる美味し~いタコライス』」
「えっ」ライガが口をはさむ。「先輩、タコライス作れるんですか?」
「いや、全然。でも夢の中の俺はてっきりそれを作ったもんだと思ったから、
やっべぇ、忘れてた!
『もぅっ、アキラのお馬鹿さん♪』
ごめんごめん、今から取ってくるからな! 待ってろよ!
『はーい♪』
うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………こう、走って。おおおおおお……………………ホワンホワンホワンホワワワ~ン……ガバッ! はッ! 今のは夢か!?」
「……つまり、忘れ物っていうのはお弁当だったんですか」
「ああ、そういうことだな」アキラはすっかり上機嫌でライガにお礼の言葉を述べた。「ありがとう、再現のおかげで思い出せたよ」
ライガは思う。こっちが必死に家から逃げ出そうとしていた時に、この人はラブコメ時空で可愛い女の子とこんなにイチャイチャしていたのか、と。
うらやましい。っていうか、その女一言も先輩のこと「待ってる」って言ってないじゃん。
「で、夢の中でその女の子に携帯端末を渡したから、現実でも忘れてきたってことですか?」
「それだけならまだいいと思ったよ」
アキラが≪オルトロス≫との通話画面を指さす。
「この通知のアイコン、犬だろ。」
「はい」
黒と白のパグが画面の右下を見ているような顔写真。
「で、この名前」
『亜門』。
「これ、大昔のマンガのパロディな」
「はあ」
ライガには、この意味をいまいち理解できない。
古典漫画の良さを知らない後輩の為に、アキラは最後に一番反応の取りやすい爆弾を投下した。
「この犬、俺んちの飼い犬。それと俺のハンドルネーム。だからこの通知、俺のケータイから送られてきてんだよ」
「は?………………はぁ!?」
ようやく理解が追い付いて、ライガは思わず叫んだ。
「なんで最初に見せた時に言ってくれなかったんですか!?」
「いや……変だなあ、とは思ったけど。通知の中身のほうがもっと変だったから……」
「じゃあ、この≪オルトロス≫って奴が先輩のケータイを盗んだってことじゃないですか!」
「……だよなあ。そうなるよなあ」あっ、そうか、とアキラはにやけて言った。「てことは、彼女が≪オルトロス≫か。はー、なるほどなるほど」
「一人で勝手に変なこと考えないでくださいよ……!」
ライガはどうにか冷静になって、今までのことを振り返った。
「これ、もう僕たちだけの問題じゃないんじゃないですか? ここまでされるような心当たりってあります?」
「うーん。無いと思うけどなあ」
二人ともあれこれ考えを巡らせたが、明確な答えは浮かばなかった。深夜三時を回って、さすがに頭が疲れてきたのもある。
そうこうしている間に、≪オルトロス≫の利用規約ファイルのダウンロードが完了した。まさか議論がひと段落つくタイミングまで狙ったのかと深読みしながら、ライガがそれを開く。
「どうよ?」
「どうと言われても……本当にサービスの利用規約、って感じですね。≪サクラ≫のは紙状端末だったけど、それとあんまり変わらない気がします」
hIEの利用規約は、hIEを介してオーナーの言動は逐一監視・記録され、法的処置がとられる際にはそれらのデータが裁判所などに提出される。逆に言えばそれまで秘匿される、という点が最も重視すべきもので、hIEのオーナーが持つべき「責任」とはおいそれと背負い込めるものではないことはライガも十分に理解しているつもりだ。ことに、これから犯罪行為の一歩手前にいるようなhIEのオーナーになるのだから。
あれ? とここでふとライガはあることに気が付いた。
「これ、僕がオーナーにならなきゃいけないんですか?」
「いや、そうだろ? オルちゃんはわざわざお前を指名する為に俺のケータイを奪ったんじゃないのか?」
「オルちゃんって……」ツッコみたい気持ちを抑えて、ライガは話を続ける。「そもそも、僕も変な夢を見てここに来たんですよ? さっき先輩は『hIEが売り込みに来た』って言いましたよね。そんな普通じゃないhIEに対して僕の個人情報も割れてるはずなのに、わざわざ先輩の携帯から僕に話しかけてきた意味が分かりません」
「わざわざ俺のケータイを奪わなくても、警告の仕方はいくらでもあるだろ? ってことか」
ライガはうなずく。
「うーん。俺のケータイや通話ソフトに脆弱性が無いわけないし、誰にも内緒で話したかったってわけじゃないよな。俺がここに来たのも別にイレギュラーって感じじゃなさそうだし」
確かに、≪オルトロス≫との会話ではライガだけがオーナーになれるとは言っていなかった。オーナーはライガでなければならないというのは、二人の思い込みかもしれない。
「……でも、まぁ、ケータイ取られちゃってるし。この場合、俺がオーナーになったら普通に返してくれるのかな?」
「えっ? じゃあ、そうして欲しいですけど。嫌ですよ、hIEに盗みを働かせたって言われたら。僕だけ損じゃないですか」
「あ、待った。今から返せって言えば返してくれるんじゃねえか? 言ってみ?」
なるほど、と思いながらライガは≪オルトロス≫に通知文を送った。
「アキラさんの携帯返して。」
『拒否。携帯端末はオーナー登録完了を確認し、そちらと校舎内にて合流した後で返却する』
二人は小さく肩を落とした。
「なるほどね……結局、モノ質か。俺のケータイは」
「一度は突っぱねて、今度は誘って……なんか、気持ち悪いですよね。こいつ」
「駆け引きって言おうぜ? ……でも、どんなhIEなんだろうな? エキドナ級ってのは」
「そう、そこなんですよ……」
話しながら、ライガは奇妙な相違について考えていた。
ライガとアキラで、「夢」とその目覚める前後の動きが違うのだ。ライガは夢の中で最後に車上に飛び降りてから、本当に飛び降りた先で夢から覚めた。夢と現実がシームレスに繋がっていたのだ。しかしアキラはずっとベッドの上で寝ていて、明確に夢から覚めたという実感を持っている。
「うん。何かわかりそうか?」
「いえ……全然、見当もつきません」
「夢を操る能力」がエキドナ級hIEとやらの特徴なのだろうか。そんな異能がこの世に存在するとは、にわかに信じられないことだ。
だから、ライガはこの考えをこの場では口にしなかった。
利用規約の斜め読みを終えて、ライガの親指は指紋認証登録システムの上にあった。
それが自分の確かな意思決定であると念じつつ、画面をタッチする。
携帯端末のバイブレーションが意味ありげに右手を震わせて、≪オルトロス≫との契約が完了した。
「よし……じゃあ、行くか」
「……はい」
二人はついに中学校の校舎へと足を踏み入れる。




