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最後の一葉が散る前に  作者: (第一樹)真いかみみ (第二樹)七峰らいが
第一樹
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幕あい② 反省をしよう(R-15)

(この小説には一部残酷な描写が含まれます。

 15歳未満の方はpixiv「番外編 本日のメーンイベント」(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5253005)をお楽しみください。)

 人間・七峰来駕の脳内に確かに存在すると本人だけが主張している架空の企業「有限個人NO NAME」。その社屋の内装は水のように移ろいやすく、その全貌はこの世界を管理している彼や「管理者代行」ディーナ・カルツァでさえ明らかにしていない。

 今日のディーナは、普段の仕事場である洋館の一室のような執務室から離れて、機能美で整えられた事務室の椅子に足を組んで座っていた。その側にハイドレインジア・パートリッジが立ち、震える瞳でディーナと奥の椅子に座っている七峰亜理亜のひと房だけぴんと伸び上がった髪の毛を交互に見ていた。

 ディーナの鋭い視線の先には木枠の扉がある。彼女はそれを睨み付けるように見つめていた。獲物の姿をとらえて逃さないタカの目にも似て、ハイジアはうっかり覗き込めば眼力だけで殺されるとでもいうように、わずかにディーナから距離をとった。亜理亜はそれを見て愉快気にアホ毛をくねらせた。

 事務室の入り口であるアルミの引き戸とは違って、その扉は彼女たちの力では開かない。ゆえに、彼女たちはただ扉が開くのをじっと待つことしかできない。


「遅いのう」

 重い空気が立ち込める中、亜理亜の一言を聞いてハイジアは少し肩の荷が下りたような気持ちがした。もしも彼女が似たようなことを言えば、今にも待ち人が現れるような気がしてならなかったのだ。

 亜理亜の後押しを受けて、ハイジアが恐る恐る口を開いた。

「あの……あるじ」

「ん?」

 ディーナがわずかに表情をゆるませてハイジアに顔を向けた。切れ長の目が据わっている。

 ハイジアの胃がきゅんとなった。

「私、吐きそうです……マジメに」

「そう。アリア」

「うむ」

 うなずいた亜理亜が立ち上がり、右の拳を天高く突き上げた。

「おー」

 気のないかけ声が引き金となって、蛍火のような緑の光がハイジアの体をやさしく包み込んだ。ハイジアの吐き気が嘘のように楽になった。

「さすが、お上手ね」

 どうやら本当に笑っているらしいディーナに対して、亜理亜が不思議そうに自分の手のひらを見つめてぼそっとつぶやいた。

「いや、儂もまさか本当に効くとは……」

「えっ!? プラシーボ効果ですか、今の!?」

 事務室の中がにわかにざわつき出したとき、木枠の扉の向こうから戸を叩く音が三回連続で鳴った。

 しんと室内が静まり返る。

 ハイジアの胃は落ち着いていた。

 亜理亜はまるでサーカスでも見に来た子供のように目を輝かせている。

 ディーナはゆっくりと椅子から立ち上がった。事務椅子の背もたれがキィと鳴った。

「入って」

 凛と響くディーナの声に応じて、木枠の扉がゆっくりと開いた。

 ハイジアが生唾をごくりと飲んだ。

 半開きの扉の向こうから人影が事務室の中を確かめ、三人がいることを見て取った。


 そして静かに扉を閉じた。

「帰るな帰るな! 帰るな! 入れ!!」

 扉が閉まりきらないうちにディーナがこじ開け、人影を無理やり事務室の中に引っ張り出した。

 ほーう、と亜理亜がなにか意外そうに目を細めた。

「……化身の具現化が遅れた件については不問にしてあげるわ」

 ディーナは扉の向こうから来た、彼女が「化身」と呼ぶ女性の胸ぐらを掴みながら言った。レディススーツを押し上げるふくよかな胸元から全身が小刻みに震えていた。黒いストッキングの足先を包むパンプスがわずかに床から浮いていた。

「私が貴方をこちらに呼んだ理由……わかるわよね? ライガ」

 ライガと呼ばれた女性が苦しそうにディーナの腕を叩く。ディーナは突っぱねるようにライガを解放した。ライガは何度か咳き込んだあと、改めてディーナと向き合った。

 スーツ姿の女性の顔かたちを借りてこの世界に干渉している者こそ、この世界を生み出した「管理者」七峰来駕だった。しかしその化身の大人びた容姿とは裏腹に、ディーナに向けられた眼差しはハイジアと同じように震えていた。

「えと……どこから話そうか?」

 冷ややかな視線を投げかけられながらなお管理者としての立場から話しかけようとする来駕に対し、ディーナの目が弓弦のように引き絞られる。

「何? まだ私に何か隠し事でもあるの?」

 ばつが悪そうに頭を掻く来駕の、ディーナとは対照的なショートヘアが彼女の気質を物語っているようだった。

「ねぇ……そんなに私達のことが嫌い?」

「なっ」来駕の目が大きく見開かれた。「……何を言い出すかな、いきなり」

「私達は貴方の手で描かれなければ存在しないも同然なのに。貴方は何をしていたの? 私と貴方で作ったシナリオに、貴方はウソをついて逃げ出している。そうじゃない?」

「あれは……」来駕は口を歪めて言った。「あれは、まだ……公開できるほどの状態じゃない。矛盾を潰しきれてないし、それに……」

「それをなぜ、三ヶ月という時間で解決できなかったの?」

 来駕は誰かに助けを求めるように視線を中空に投げかけた。

 嫌な空気が事務室に充満していた。ハイジアも亜理亜も、誰も何も言わなかった。

 来駕は目を伏せた。

 ディーナの怒りを、来駕は鎮めることができなかった。


(うわぁ……もうダメだ)

 創作人物キャラクター創造主クリエイターに歯向かう構図を見て、ハイジアは遂にその顔を逸らしてしまった。

(うくくく……不倫現場じゃあるまいし)

 亜理亜は一見クールな表情を装いながら、読心の心得があるものならば数キロ先でも聴こえるほどのかしましい笑い声を上げていた。

(ああ、あぁ可笑しい。息が吐けぬ……)

 ハイジアを震え上がらせ、亜理亜を愉しませるディーナの怒りはどす黒い気となって彼女の体を包むようだ。

(………………)

 来駕はすべて察したように、くっとアゴを引いた。

 後年、彼女のその一撃について来駕はこう語る。

「多分、現実世界の俺だったら首が霧散していたと思う」

 と。

 

 べ ち ん っ 。

 大砲から放たれた肉塊がコンクリートにぶつかったような鋭い破裂音がした。

「ぴぃいっ」

 ハイジアは耳をふさいで泣いた。

「ぐふっ」

 亜理亜は噴き出した。

 来駕は、全身をぶるぶる震わせながら痛みに耐えて立っていた。叩かれた左の頬がじわりと手形に赤くなっていった。

 来駕の目から光るものが流れた。ディーナと再び見つめ合って、やや上ずった声で彼女に語りかけた。

「ぉ俺はっ、皆のことが、好きだ。お前たちを、有名にしたいと思ってる。ぐす、だから、だからさぁ……ぐす……」

 ディーナは左右に頭を振った。

「分かっているわ。だから今一度貴方に問うの。その舞台ステージに立ってひときわ強いスポットライトを浴びているのは私達? それとも貴方?」

「…………」

 来駕は言葉を失った。

「貴方の個人的な情欲さえ満たせれば、私達の代わりなど誰にでも務まる。そうなんでしょう?」

「…………………」

 来駕の目がまた泳ぎだした。しかし彼女に救いの手を伸べるものなどいない。むしろ、彼女こそディーナらキャラクターをたすけるべき存在なのだから。

 来駕がひときわ大きく息を吐ききり、そしてゆっくりと息を吸おうとした。

「ぉ……」

 人間を、重い鈍器のようなもので殴りつけたような鈍い破砕音がした。

 来駕が声を発する前に、すでにその言葉の内容をディーナは把握していた。

 故に彼女の選択は単純。

 鉄拳制裁。

 アゴの右を完全にとらえた左フックの勢いのまま、来駕は背後の壁にぶつかって倒れた。


「いや、グーは反則じゃろ……」

 これにはさしもの亜理亜も笑えず、素の表情になって無惨な姿になった来駕を見やる。

 首が曲がってはいけない向きに捻じ曲がっていた。アゴが砕けて、床におびただしい量の赤黒い血が流れている。首から下の筋肉が、緊張したままぴくぴくと痙攣していた。やがてそれも消え、血が流れるまま全身がまったく動かなくなると、誰がどう見てもそれは死体だった。

「あのー……。すみません」

 ハイジアが手を挙げ、そのまま窓の方へ向かった。

 窓の向こうには、ただ黒い虚無のみが広がっている。この虚無が万物を生み、また万物を飲み込むのだ。彼女らの存在もここから生まれ、またいつここに還るかも知れない。

 ハイジアが窓から身を乗り出す様子を見ながら、ディーナは事務机に置かれた箱からウェットティッシュを一枚取り出した。彼女の左手からは来駕のものらしい真っ赤な血が滴っていた。

「あの娘、最近すっかり胃が弱くなったわね……」

 厚手のウェットティッシュで手を拭きながらディーナがぼやく。その発言で興ざめしたように、亜理亜が皮肉っぽく呟いた。

「お前さんは、ちとパワータイプになり過ぎじゃよ……」

「あら……じゃあ、少しは私の脳味噌にも魔力が通っていることを示さないとね」

 言いながらディーナは来駕の死体に近づき、厳かに囁いた。

「管理者代行ディーナ・カルツァの名において命ず。

(呪文意訳:火の神、または火の精霊よ。どうか力をお貸しください。人の子の身に余る力ではなく、ささやかな奇跡をここに望むことをお許しください。願わくばこの者の亡骸、その細胞の一片に至るまで焼き尽くし、されどその火が燃え移ることのないように。今一度お願い申し上げます。哀れな人の子の身勝手なる要求にお応え頂き、深く、深く感謝いたします)

 焼き尽くせ!」

 遺体からぱちぱちと小枝の焼けるような音がして、服が燃え尽き、肌の表面が黒く炭化し始めた。しかし火も、肉の焼け焦げる臭いもない。血だまりに赤い塩ができ、やがて炭が白くなると、遺体は人間の形を完全に失った。

 ハイジアがロッカーから箒と塵取りを出してディーナに手渡し、来駕の遺灰を回収した。

 亜理亜は事務室で一番大きな机の上から黒いサインペン以外を文字通り消し去って、その新品のサインペンのフタを小気味よい音を立てて抜くと、まるで絵描き歌でもするように鼻歌まじりで魔方陣を引いた。

 塵取りにまとめられた遺灰が魔方陣の描かれた机の上に盛られ、適当に形を整えられた。

 亜理亜はいたずらっぽくにやけた。

「ここまで読んだ上で甘んじて殺されたというなら、彼奴も殊勝なことよ」

 ディーナの呪文が事務室に響く。

「(呪文意訳:拝啓 新緑の候、貴社におかれましては益々ご盛業のこととお慶び申し上げます。

「さて、このたび蘇生魔法の新規契約を賜り、厚く御礼申し上げます。

「魔法分野での技術力の高さで有名な貴社とお取引をさせていただけますことは、私どもにとりまして大きな喜びであります。

「かかるうえは、貴社の信頼にお応えすべく鋭意努力してまいる所存であります。しかしながら、何分にも初めてのお取引となりますので、不慣れな点もあろうかと思います。その際は、何なりとご指摘頂きますようお申し付け願います。

「後日、私どもの上司ともどもご挨拶にお伺いしたく存じますが、取り急ぎ書中をもってお礼を申し上げます。

「敬具

「平成二十七年五月一日 有限個人NO NAME 副社長 ディーナ カルツァ)」

 ディーナはナイフの鋭利な刃を突き出して、自らの手首に押し当ててグッと引いた。

 一瞬左腕がこわばり、ディーナの目が少しうるんだ。

 肉を抉られてじくじくと噴き出した血液を遺灰に垂らす。白い灰に赤い血が混ざる光景が、趣味の悪いかき氷のようだとハイジアは思った。

 血と灰が、マーブル模様の渦を巻くように魔法陣に吸い込まれてゆく。

 ディーナは傷口を右手で押さえた。肉が盛り上がり、見た目は元通りになった。その月夜に映える白い肌を一段と蒼白にして、ささやくように二人に告げた。

「じゃあ……後、任せるわ」

 彼女の姿が陽炎のようにゆらめいて消えた。

 

「……大丈夫ですかね、あるじ」

「まさか実体を保てなくなるまで生体エナジーを使うとはのう。直ぐ自棄になって身をほろぼすところ、確かに彼奴の造魔じゃなあ……」

 二人がしゃべっていると、魔法陣から柔らかくすべすべした手が伸びて事務机の縁を掴んだ。

「んっ……よいしょ」

 プールから上がるときのような身のこなしで、中学生ぐらいの背格好の少女がはだかで机の上に躍り出た。

 その恥部は堂々とさらけ出されながら物理法則を無視した光で隠されていた。少女があまり女らしくない口調でハイジアを見ながら言った。

「ごめん、服もらえるかな……」

「え、私ですか? あぁそうですよね。私も何かしなければ……えーと」

 彼女はドリームノートと呼ばれる分厚い装丁の本のページをいくらかめくり、目当ての項目に書かれた呪文を軽く指でなぞった。

 少女ことよみがえった来駕の恥部を隠していた光から生成された白い下着の紐が股間の線をくっきりとさせ、ブラジャーで寄せ上げられたつつましい胸が緩やかにふるんと揺れた。

「うん。どうもありがとう」

「どういたしまして」

 六法全書ほどもあるドリームノートを片手で閉じて、ハイジアは肩をすくめた。

「なんでも出来るせいで描写が単純って、悲惨ですよ……改善を要求します」

「うん。まぁ、まずは手近な問題からだけどね」

 来駕が懲りずにレディススーツを着ようとして、思い直して服のデザインをブレザーとスカートに変えながら床に降りた。

「休日返上って感じで。この五日間、大事に使わなきゃバチがあたる」

 来駕は木枠の扉のドアノブをつかんだ。

「期待しておるぞ、来駕よ。……結局どちらに転んでも、それがお前さんの往く道じゃ」

「私も、あるじに代わりまして。頼みます」

 来駕は空いた手をひらひらと振って、扉の奥に消えていった。

「……行っちゃいました」

「弱いな、彼奴は。もっと鍛えさせねば」

 名もなき男の、たった一人の挑戦が人知れず続く。もっとも重要な点は、彼は一人であって、独りではないということだ。

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