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最後の一葉が散る前に  作者: (第一樹)真いかみみ (第二樹)七峰らいが
第一樹
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Ⅱ 構想を練ろう

 今となってはもう昔のことだが、イタリアのある田舎町にそれはそれは美しい深窓の令嬢が暮らしていた。その町には服屋を営む一人の男がいて、彼は彼女に一目惚れした。そして彼女のために素晴らしいドレスを作ろうと思い立ったのである。

 彼は寝る間も惜しんで美しいドレスづくりに没頭し、そしてたいへんな苦労の末にそれを完成させた。継ぎ目の見えない漆黒のドレスは見るものすべてを魅了させることだろうと男は思っていた。

 しかし、彼女ことディーナ・カルツァがそれを着ることはなかった。

 男がドレスを完成させたその夜、まさにその晩彼女は息を引き取ったのだ。

 訃報を知った男は大いに驚き、また天も割れんばかりに号泣した。そしてそれっきり店も畳んでしまい、いつしか男の名は誰からも聞こえることがなくなった。

 それからおそらく数百年後の現代、どこかの町にそれはそれは美しい女店主の営む雑貨店があると言う。

 その女店主が身に着けている服こそかの服屋がディーナ・カルツァの為に仕立てた漆黒のドレスであり、そこで売られている品物を買うと、なんとも不思議な現象が身の周りで起こるようになるとか、ならないとか――――。


「管理者代行」ディーナ・カルツァはだいたいこのような内容の物語から誕生した。

 管理者いわくトランス()セクシュアル()フィクション()の権化とも呼ぶべき存在であり、先の昔語りめいた創作小話の中でも服屋の気が触れて死ぬまでそのドレスを着るようになったとか、そのドレスを着ると老若男女誰彼かまわずディーナの姿になるとかいう蛇足のような「設定」も彼女にはある。

 彼女はその黒いドレスのほかに、彼女から見て左側頭に蒼いバラの髪飾りを身に着けている。かつて不可能と呼ばれ、技術が進歩した現代からは念願成就の象徴となったそれは、彼女のもうひとつのトレードマークといえるだろう。


 ショート・ショートの簡潔な情報で創りだされたディーナ・カルツァと違ってハイドレインジア・パートリッジの誕生経緯は少々複雑である。彼女も同じくベースとなる物語は存在するのだが、それは先のプロジェクト第五一五〇号と同じ運命を辿ったのだ。

 その話は、だいたいこんな話だった。そこに書き込んだものがなんであれ真実となる不思議な一冊のノートを巡ってかつて北アメリカ全土を巻き込む大きな戦いがあったのだが、その渦中にあったはずのノートは今や太平洋を渡って日本の片田舎の図書館にひっそりと保管されていた。それをうっかり見つけてしまった不運な少年が、再び巻き起こるこのノートを巡った醜い争いの渦中に引きずり込まれてしまう……というのが大筋の内容で、ハイドレインジアはその主人公たる少年の変身態として産声を上げた。

 空想科学性転換のなんたるかを知らなければ、いたいけな少年がアメリカ系のパツキン美人シスターに変身する意味や必要性を感じないかもしれない。

 仮にこのノートを「ドリームノート(以下DN)」と呼称すると、DNには過去何百年何千年にも渡る罪深き人間たちの私利私欲に伴う妄想が書き綴られている。

 空を飛べる、炎を出せるといったありきたりなものから人間の記憶を抹消する方法、果てはハッキングから今晩のおかずまで本当に何でもできてしまうこの魔法のノートを手にした者は神になったも同然であり、如何な超絶最強が好まれる昨今の小説事情と言えども流石に無制限の願望実現ノートをポンと置いて「さぁどうしよう」ではシナリオを書きようがない。

 それに「アメリカで何があったのか」を管理者自身も特に何も考えていないのだから、何故それが日本までやってきたのかも説明できない。どうなったらそれでハッピーエンドか、そうでなくともグッドエンドなのかもわからない。そもそもいたいけな少年がアメリカ系のパツキン美人シスターに変身する必要が本当にあるのかどうかさえわからなくなってしまった管理者は、やむなくディーナにプロジェクト凍結を命じた。かくしてハイジアは故郷亡きキャラクターとなる。


 だがこの前後で構築されたハイドレインジアのキャラクターイメージは一種のトリックスターとして使い勝手のある存在であったため、彼女だけが今もこうしてその存在を認められている。DNにまつわる話だけで何人出てきたかわからない悪党たちや少年の取り巻き、またパツキンシスターだけではないDNに封じられた妄想上のヒーロー・ヒロインの存在は創作世界と共にディラック先生の海に沈められ、夢は夢の中へと還る。このように、創造主の勝手な妄想によって浮かんでは消えていくキャラクター、あるいは作られる前にその存在が認められなくなるキャラクターというのは非常に悲しいもので、できる限りこのような事態をこれ以上引き起こさないシナリオライティングがディーナには求められていた。


「……これは、プロジェクト第四〇四〇号の焼き直しでは?」

 企画書を読み終えたハイドレインジア・パートリッジは、主人がこれから何をしようと企んでいるのか図りかねていた。当のディーナ・カルツァはどこか満足げな表情で少々困惑気味のハイジアを見つめる。

「それは結局魅力的な敵キャラクターを出せなくなって凍結されたでしょう。でもそれまでに書かれていたシナリオの数話はネットに公開(アップ)されていて、ある程度の高評価を貰っているの」

 プロジェクト第四〇四〇号「フォルツァ・ラプソディ」。ディーナ・カルツァ誕生から少し経って制作されたもので、町で起きる奇妙な出来事に主人公とヒロインが巻き込まれながらも知恵と勇気で立ち向かっていく超能力者バトル系の物語だ。

特徴は、イタリア語で「力」を意味する「フォルツァ」という名の具現化された超能力を用いて街中や室内などの行動が制限されるような場所で様々なトリックを駆使して戦う点である。

シナリオが未完成のまま世に送り出された全三話は、それでも管理者が公開した創作世界の中では最も多くの人に見られた作品であると言っても過言ではないだろう。

「やり直すのよ。そのためには、性転換系の能力以外のフォルツァ使いも出すしかないわね」

「話を続けさせるためには、ですか……それ以外ありませんね」

 ハイジアは改めて企画書を開いた。


物語はまず、主人公「七峰来駕(ななみねらいが)」が得体の知れない相手に襲われ命を落としてしまうところから始まる。

「……いつものオープニングですね」

「戦わなければならない理由づけが、これならすぐにできるもの。それに、初めに謎を作れば読者も話に引き込みやすそうでしょ」

「そういうものですかね」

 ハイジアはページをめくる。

来駕のフォルツァは「ヴィジョナーズ」と言い、実体を発現させることはできず人間の深層心理にのみ存在することができるフォルツァである。また、フォルツァ使いの身体能力を一定以上に強化することもできる。

来駕から抜け出たフォルツァは彼の同級生である眼鏡の少女「鏑木麻耶(かぶらぎまや)」に乗り移り、彼女の人格を来駕のものに置き換えて事件解決に協力するよう求める。

「麻耶ちゃんに憑依する理由はなんです? フォルツァが自律型になったのならば、まず手近な人間の中に入るのが妥当かと思いますが」

「なぜって、それは……」くすくすと笑いながらディーナは答えた。「好きだからよ。それ以外に何かある?」

「あっ、ああ……」それで納得したようにハイジアは頷く。「だとすると、それらしい理由付けも必要になりますね」

 ディーナは満足げに頷いて、あらすじの続きを読むよう促す。


来駕について調査を始める麻耶。しかし、その日を境に不可解な事件が彼女の周りで起こり始める。いつしか麻耶は、フォルツァ使い同士の戦いにその身を投じることとなるのであった。

「……漠然とした導入ですけど、とにかく超能力者を出して戦わせるわけですね」

「まぁね。この『フォルツァ』は最初から既存作品のパロディだと言っていたけれど、その枠の中にとらわれない私たちなりの創作世界を作り上げたいわね」

 と、ディーナは本プロジェクトの目的を簡潔にまとめる。いい加減、代表作とするべき一作を仕上げねばならない時が来ているのだ。であるからして、兎にも角にも自分が作りやすいと思う題材を使わなければ物語は何も始まらない。

「その為にも、アナログハック・オープンリソースによる世界観の構築は急務ですね……」

「えぇ。もちろん、原典を読み込んでその全容を把握するのが一番良いに決まっているのだけれど、それは本プロジェクトと同時進行にせざるを得ないわ。今書かなければ、すべて無意味になってしまう」

「最後の一葉(ひとは)が散る前に、ですね」

「そういうこと」ディーナはぱんっと両手を合わせた。「他には何かある? そろそろ始めたいわ。読者を待たせちゃ悪いわよ」

「いえ……はい、そうですね」言って、ハイジアは()()()に向き直る。「えー、おほん。

紳士淑女の皆様へ。レディース・アンド・ジェントルメンこれから始まりますは名もなき人々の物語。われら孤高の脳内企業『有限個人NO NAME』、誠心誠意真心こめて皆様にお届けいたします。

「そんな未知なる世界を導く紙面の水先案内人は、わたくしNO NAME社内図書館司書にして創作課長、ハイドレインジア・パートリッジと――」

「同じくNO NAME、代表取締役社長補佐のディーナ・カルツァでございます。」

「この小説はっ、人の想像の斜め上空を旋回する妄想企業『有限個人NO NAME』の提供でお送りしますっっっ!!」

 ぜぇぜぇと息を上げるハイジアをなま温かい目で見つめるディーナ。

「こんなものでいいかしら」

「いやぁカメラって緊張しますね!! いや、カメラって言ったって私たちの姿は全然読者には伝わらないんですけど――」

「ハイジア。カメラ切って」

「あぁ、しまった……では、願わくば『フォルツァ』がひと段落ついてから、またお会いしましょ――」

 ぷつり。

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