第2章 聖戦の始まり -2-
そんな綾野からのマイナスのエールを貰った日の放課後。
桐矢、葵、相馬は繁華街のゲームセンターの前に来ていた。
「あれ、ここって……」
桐矢は思わず呟いていた。
それも当然だろう。このゲームセンターは桐矢と葵が始めて邂逅した場所なのだ。
「……部長、もしかして桐矢君に今日の活動内容を連絡してないんですか?」
「したはずだけど。……昨日の夜に」
答えた葵に、相馬は頭を抱えていた。
昨日の夜。つまり土日合わせて三十時間もの強制特訓を終えた後のことだ。そんな状態で言われた連絡が頭に入っているわけがない。
「部長、馬鹿ですか?」
「それは相馬君には言われたくない言葉だった……」
微妙な部分にショックを受けている葵は、しかしこほんと咳払いをして桐矢と向き合った。
「今日の活動内容は、勧誘だよ」
「勧誘……って、具体的に何をすれば?」
ただの部活の勧誘ならビラでも配ればお終いだ。だが、ASVの〈reword〉ミッションのクリアの為となれば話は変わる。
そもそもランダムか隠された条件があるのかは不明だが、〈reword〉プレイヤーに選ばれなければならないのだ。むやみに声をかけることは意味がないし、一般人にまでこのゲームの〈reword〉モードの存在が知られるのがマズイのだから、何ならそんな行為はやってはいけない部類に入る。
「簡単だよ。未体験プレイヤーらしき人を見つけて、出てくるところを待つ。で、声をかけてライセンス見せてもらって、そこにアスタリスクが付いてるかを確認すればオーケー。後日、時間と準備を整えて説明と勧誘をするので、その場では何も言わずに引き下がること。色付きだったら〈reword〉確定だから声をかけなくてもいいよ」
「ちっとも簡単じゃないですよ、それ」
下手をすればナンパか不審者と間違えられない行為である。
「あとプレイヤーの条件は、中学生かうちの高校の生徒のみだから」
部室が学校の施設扱いされているのだから、それも仕方ないだろう。中学生なら高校見学という名目があるし、いずれは入学させることも出来るから可能性はあるが、他校の高校生ならもうダメだ。
「既に〈reword〉プレイヤーになってる人は、どこかのチームに所属してたりしてスパイに来る、みたいな可能性もあるから、それもダメね」
確かに〈reword〉の対戦モードで総残機ポイントを賭けることが出来るのだから、その危険性は排除すべきだろう。
――が。
「そんな条件が当てはまるプレイヤーとかいないでしょ……」
例えるなら時給が安く週五日以上出勤で土日勤務オーケーに限り、一日八時間最低勤務のアルバイト募集みたいなものだ。絶対に見つかるわけがない。
「でもいたよ。しかも先週」
「誰ですかそれ――って俺か……」
そんな奇蹟のような確率で見事引き当てられたのが、桐矢一城だったのだ。ある意味、運命の出会いである。
「僕もこんな方法で勧誘は出来ないって言ってたんだけどね。一年やって誰も捕まらなかったら、もうやめるって話だったんだけど、あと数週間ってところで君が来たんだ」
「悪い、相馬。俺がそんな奇跡を起こせるなんて思わなかったから……」
「……なんか失礼なこと言ってる?」
むぅ、とふくれっ面の葵はじとっと男子二人を睨んでいた。
「だって無理でも何でも勧誘しないと正直きついんだもん。これって基本四人人チームのゲームだからさ、難易度もそれに合わせてるし」
「……相馬と二人だけって、大変だったんですね」
設定された人数の半分だけでゲームをクリアするなんて、無謀もいいところだろう。せいぜい残機ゲージシステムのおかげで再出撃回数が増えるのが救いだろうが、それでもギリギリのクリアが続いていたことは想像に難くない。
「そりゃそうさ。それに部長は無茶苦茶だから『絶対に他のトッププレイヤーとは並ぶ!』って言って聞かないから」
先週かけて教え込まされた情報によれば、現在のトップはAランク昇格ミッション――すなわちBランクの最終ミッション手前で止まっているらしい。詳しい事情は聞いていないが、なにかしら問題があって、最終ミッションクリアには皆が二の足を踏んでいる、とのことだ。
その皆が足を止めた隙をついて、葵たちもそのハイランカーに並んだ、というわけだ。
「でも、いくら前が止まってるからって、そこに並ぶのはキツイんじゃ……」
「まぁね。――だから、桐矢君が来てくれて嬉しいんだよ」
透明で、明るい笑顔だった。
まるで夏の日向に咲くひまわりのようなその笑みに、思わず桐矢は顔を真っ赤にしていた。
「ど、どうしたの桐矢君? 顔すごい赤いよ?」
「い、いや。何でもないです……」
こんなにも真っ直ぐに笑顔を向けられることが恥ずかしくて、そして嬉しくて堪らなくなっていた。
そんな桐矢に「アホらしい」とでも言うようにため息をついて、相馬は話を進めた。
「今日の役割はどうします? 先週は部長がゲームプレイ、僕がライセンスの確認でしたけど」
「ゲーム、プレイ……?」
相馬のその言葉を聞いて、桐矢は思い出す。
桐矢が初めて葵に魅かれたのは、彼女の姿ではなく中央にぶら下がったモニターのプレイ映像だった。
そして、新人獲得の役割にゲームプレイがある。
「……俺、完全に引っかかっとるがな……」
あまりにも自分が間抜けすぎで、桐矢は自己嫌悪に陥った。たぶん新しい振り込め詐欺が生まれたら即座に引っ掛かるだろう。
「まぁ桐矢君じゃ人を引き込むプレイ――というか並のプレイも無理ですし、順番的に僕がゲームプレイでいいですかね?」
さりげなく桐矢の心を弾丸で穴だらけにしながら、相馬はさらりと言った。
「……なぜ相馬君は桐矢君に追い打ちを……?」
「先週、桐矢君に負けて以降の改造ポイント一億六千万ポイントの借金返済ミッションに関して恨みがあるとか、別にそんな思考ではないですよ?」
完全に原因はそうらしい。
「お前、プレイ時間一時間未満の俺に負けたくせに……っ」
「以降の君が僕を一機でも撃墜できたかい?」
ごごご、と二人が本気の睨み合いを始める。
「はーい、そこまで。お店の前は迷惑だし、相馬君はさっさとコクーンに乗ってきて」
そんな二人の火花散る視線を素手でぶった切り、葵は呆れたように言う。
ちなみに、コクーンというのはASVのゲーム筺体の正式な通称で、白い繭みたいなフォルムとコックピットという名前もかけているらしく、公募で決まったものだそうだ。
「わたしと桐矢君はブースの入り口付近のクレーンゲームで待機ね。ガラスでブースが区切られているから視界は良いと思うけど、全体を見渡すのを忘れないように」
言われた通り、桐矢と葵はクレーンゲームへ。相馬は一人でコクーンに乗り、ほど良いレベルの対戦相手を探し始めた。