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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第1部 VS. クロスワン・バスタード
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第1章 白き剣 -7-


『準備は出来たかい?』


「わざわざ待っててくれたのかよ」


 しれっと悪びれる様子もなく言う相馬に、桐矢はいら立ちを込めて返す。


『これでもASVに関しては先輩だからね。そうしないとフェアじゃないだろう?』


「いきなり不意打ちでスナイパーライフルぶっ放したくせに、よく言うな」


『だけど、いい実戦経験になるだろう?』


 にやりと不敵に笑うような声だった。

 確かに、的と戦うよりも動く本気の敵とやり合った方が、得られるプレイヤーとしての経験値は遥かに大きいだろう。


「お前、まさか本当はそれが狙いで……」


『いやおっぱいの為だけど』


「だよな。うん、知ってた」


 相馬の思考回路など、この僅かな時間で十分に分かってしまった。――相馬は、頭の中がピンクでお花畑の、残念なイケメンだ。


「桐矢君、これは負けられない戦いなの」


「えっと、はい。それはもう重々承知してます」


「負けたら、みたいなネガティブな脅しはしないよ。その代わり、勝ったら桐矢君のお願いを何でも一つ聞いてあげ――」


「全力で勝利を捧げましょう!」


 最後まで言わせず、桐矢はやる気に満ち溢れた。こんな言葉をもらった以上、もう負ける気などしない。そんな気迫が迸っていた。


「俺の残機ゲージはフルの六〇〇〇。イクスクレイヴのコストは三〇〇〇だから、一回は撃墜されても大丈夫。でもあと二五〇しか耐久値は残ってないし、改造されたポイントが反映されるのは次の出撃時から。――まずはこのまま突撃しますか。撃墜覚悟で」


「いいと思うよ。アクイラは完全に射撃機体だから、逃げ回っても仕方ないし」


 桐矢は深く息を吸う。

 ここは捨て身で落とされる。つまりこの後の桐矢は実質的には撃墜されることなく、相馬を二回撃墜しなければならない。


 初心者である桐矢と、先程の言葉から察するに一年ほどプレイしてきた相馬では、根本的なスキルが違う。もしも同じ機体に乗っていたなら、勝機はほとんどないと言っていいだろう。

 だが相馬の機体は射撃機体、そして桐矢の機体は格闘機体だ。間合いを詰めることさえ出来れば、決して勝てないわけではない。


 スラストゲージを無視して、桐矢は突撃した。

 右の高周波ブレードと左のグラムによる切り抜け狙いだ。当たるとは思ってないが、撃墜前に少しでもダメージを与えたいのも確かだ。


『そんな無茶な攻撃が通るとでも――ッ!?』


 余裕を見せていた相馬だったが、明らかに回避の動きが遅れていた。カウンター狙いで引きつけるつもりだったらしいが、タイミングがずれてそれに失敗したわけだ。

 桐矢の攻撃は見事にヒットし、相馬をダウンさせた。


『そうか、ホワイトカラーは機動力がデフォルトで一・五倍だったね。色付きが珍しすぎて忘れていたよ』


 起き上がると同時、相馬はライフルを一瞬で構えて、イクスクレイヴは即座に撃ち抜かれた。さすがに、二度目も奇襲を許すほど甘い相手ではなかった。

 モニターは爆炎に染まり、衝撃でコクーンが揺れる。だが次の瞬間にはカタパルトの中に切り替わっていた。


「ここからが本番……。負けられない」


 気を引き締める。

 トリガーを握る手に、思わず力がこもった。


「大丈夫だよ。わたしがついてる」


 そんな桐矢に、葵は優しく声をかける。

 緊張し体が強張りそうにもなっていた桐矢から、余計な力が抜けていく。


「スラスターゲージは絶対に使い切らないこと。むやみに攻撃しないで、相手が攻撃を外したときや着地の瞬間を狙って攻撃すること。これさえ守れば一方的にやられることはないから」


「はい」


「ただしそういう隙があるときに、スラストアクセル――いわゆるダッシュをするとキャンセルできてしまう」


「……つまり攻撃を当てるよりも、出来る限り自分の隙を隠しながら相手を追い詰めて、相手のスラスターゲージを削ることを優先するってことですか?」


「そういうこと」


 葵の言うことはすぐに呑みこめた。これがこのゲームの基本的な戦い方だろう。

 とは言え、相手のスラスターゲージは見えない。相手の動きを見て判断するしかない上に、がむしゃらに戦っていては先にゲージが尽きるのはこちらだ。


「――やってやる」


 それでも不可能だとは思わない。

 勝てると信じて前を見る。

 後ろにいる葵の為に。


 ちょうど時間が来たらしく、イクスクレイヴが自動で再出撃された。


『やぁ、随分長かったね』


「うっせーよ」


 腹立たしく通信をしてくる相馬を軽く睨みながら、背に差したイクスクレイヴの代名詞のような一対の剣たち――アスカロンとグラムを抜き払った。

 ペリドットのように淡いグリーンのビームを刃に展開する音は、獲物に飢えた獣の唸り声にも聞こえる。


『おっと、そんなに遠くていいのかい?』


 相馬は笑う。

 だがまだ桐矢は戦う気はない。なにせロックオンマーカーは緑である。すなわち射撃すら射程圏外――


「避けて!」


 はっと気付いたように葵が叫ぶ。

 それを理解する前に、ほぼ反射で桐矢は左へとステップしていた。

 直後、ロックオンアラートが鳴ると同時に、カメラの左側を真っ白い光が覆い尽くした。


「……相手が攻撃した瞬間に鳴るアラートですよね、これ」


「通常射撃とは違うアクイラの狙撃なら、射撃射程は戦闘エリア全域だし、アラートが鳴るとほぼ同時に着弾するんだよ。アラート任せじゃ避けれない……っ」


 もちろん実世界でビーム兵器なんかを作ったとしたら、アラートが鳴る前に着弾するのは当然だろう。しかしゲームである以上、最低限のパワーバランスの調整として、引き金を引いてから着弾するまでには時間を設けている。

 それをアクイラは無視してきたのだ。そんなものが避けられるはずがない。


「つまり、アラートに頼っている俺は避けれないってことですか……?」


「わたしだってアラートに頼らないなんて無理だよ。今回はたまたま勘が働いただけ」


『話している場合ですか?』


 がしゃり、とボルトアクションのように、アクイラがスナイパーライフルに何かを再装填するのが見えた。


「あれがアクイラの狙撃モード。リロードが時間経過じゃなくて手動だから、ここまで距離があるうちは何度も撃たれっぱなしになる。撃たれれば間合いは詰められないし、悪循環だよ」


『敵になるとこんなに厄介になるとは思わなかったでしょう、部長?』


「それを自分で言わなければいいのにね……」


 哀れむような葵の苦笑いだったが、桐矢はとりあえず相馬については無視することにした。


「……その狙撃って、備え付けのあの銃を握ってるってことですか?」


 桐矢は繭の天井を指差した。

 さっき葵がイクスクレイヴの改造をしたアーム付きキーボードが収納されている横に、砲身を切ったサブマシンガンのようなものがあった。


「そうだよ、あれで撃つのが狙撃モード。アクイラとか射撃機体のいくつかに搭載されてる機能なの。他の機体でも通常射撃で当てる個所を任意化できたりもするけど」


「……それってつまり、いま相馬は普通の操縦桿から手を放してるってことですよね」


 にやりと桐矢は笑う。

 つまり今ならライフルなりなんなりで攻撃を仕掛けても、相馬は避けられないわけだ。それを理解した桐矢は、即座に左の武装をライフルに切り替えた。


『おいおい、通信を切るのを忘れているよ?』


 だが桐矢の狙いを聞いていた相馬は、当然ライフルスコープから目を外し桐矢のライフルを躱すべく横へとステップした。


「知ってるよ。お前、やっぱり馬鹿だよな」


 その隙に桐矢はスラスターゲージの半分近くを消費して、一気に相馬との間合いを詰めた。

 今のは単なるブラフである。相馬があの驚異的な速度の狙撃を止める瞬間を、ちょっとした言葉の誘導で作ったわけだ。


「しかも色付きってだけじゃなくて、機動力にも改造でブーストかけてるからな。スラスターゲージの消費も少なく一気に移動できる」


 一瞬にしてロックオンマーカーは、格闘の当たるレッドへ変わる。格闘機体のイクスクレイヴは格闘の間合いが広く、多少の距離があっても仕留めることも出来る。

 桐矢はアクイラのステップの着地の瞬間を狙って――


「待った!」


 先に通信を切断し、葵が叫ぶ。同時、着地の瞬間にステップを重ねたアクイラが跳ねるように飛んだ。

 もし葵の制止がなければ、桐矢の斬撃は空振って、相馬のカウンターを喰らっていただろう。


「今だよ!」


 その声に合わせて、桐矢は突進した状態のまま刺突で切り抜けた。

 一度ダウンした相馬を視界に収めつつ、桐矢は安堵のため息と共に葵へ問いかけた。


「いま相馬がやったの、何かの技術ですか?」


「慣性ジャンプっていって、着地の瞬間に少しジャンプすることで、ゲージ消費を抑えつつ、着地のタイミングをずらすの。本当ならこの技術を使うか使わないかも駆け引きなんだけど、初心者相手なら絶対使ってくると思った」


「あいつ、ホントに分かりやすいくらい馬鹿ですね……」


 とは言え、葵の指示さえあれば、ある程度なら相馬とも渡り合えることは証明できた。あとどれだけダメージを与えればいいのかは正確には分からないが、今の攻撃でHPゲージは二割ほど削れている。


「もう間合いは詰めた。アクイラは基本的に速度がBランク、ショートステップの速度だけがSランクの機体。こっちは基本速度がAランクの上にホワイトカラーで機動力が一・五倍だからアクイラじゃ避けられないし、反撃してもこっちの格闘発生の方が速い」


「あの、もしかしてそういうデータ全部覚えてます?」


「基本だからね」


 さも当然のように言う葵に、桐矢が「まさか自分もそれだけのデータ覚えないといけないのか……?」と内心、気後れしていたのは言うまでもない。


「さて、それでも気を引き締めていくよ。――相馬君をボッコボコにするんだから」


 背後からさりげなく漏れ出る怒りの炎に少々怯えながらも、桐矢はしっかりと頷き、前方で倒れているアクイラを見つめていた。


『っく、一度はやられたけどそう何度もやられるわけには……っ!』


「お前なんで何度も通信してくんだよ」


 バックステップで間合いを取ろうとした相馬に言いながら、桐矢は刺突で追い打ちをかけ、左のグラムも引き抜き五連撃で切り刻む。


『まだだ!』


 しかしダウンするだけのダメージを与えたにもかかわらず、アクイラは一瞬硬直しただけですぐさま桐矢に立ち向かってきた。

 ダウンする前に何かしらの操作をすると、ダウン判定を無効化できる場合がある。相馬はそれをしたわけだが、はっきり言って愚行以外の何ものでもない。

 ダウンを無効化した直後は隙が発生するわけで、この距離でそんな隙があれば見逃す方がおかしい。アスカロンの右薙ぎ払いで再度ダウン。今度は錐もみ状態になり、アクイラは無効化できない強制ダウン状態となった。


「あいつひょっとして『まだ諦めない!』みたいな、イケメンっぽいことがしたいだけなんじゃないだろうな……?」


 そんな桐矢の懸念があながち外れなさそうなのが、この相馬旭である。

 起き上ったアクイラに再度五連撃を叩きこみ、桐矢はアクイラを見事撃墜した。

 格闘機体同士ならまだしも、射撃機体と格闘機体ではこうして、間合い一つであっけなく勝負は決まる。


 ――そう。

 つまり距離を取り直されれば話は変わるわけだ。


「桐矢君!」


 葵の声で気付いたがもう遅い。モニターの画像は一瞬で光に呑まれ、その中に白い装甲の破片が舞った。

 それとほぼ同時にコクーンが衝撃に包まれて、桐矢も葵も思わず呻くように声を詰まらせた。慌てて耐久値を見れば、改造されて一二〇〇あったそれが、八〇〇台まで減らされている。

 再出撃した相馬が、早々にイクスクレイヴを狙撃したのだ。


「一応は防御力にもポイント振ってんのに、一気に三〇〇以上かよ……」


『当り前さ。僕はポイントのほとんどを射撃に振ったからね。射撃さえ撃てればこちらの勝ちだ。こうして一度撃墜されて距離を取ってしまえばいいだけだしね』


 通信機の向こうで、相馬が笑う声がした。


「落ち着いて、桐矢君。アクイラのコストは二五〇〇、コスト超過が発生して耐久値は四割しかない状態の再出撃だから。あと格闘を二回コンボで極められれば勝てるんだよ」


 葵はそう言うが、それでも状況は劣勢だ。

 あとたった三発の狙撃を受ければ、イクスクレイヴの耐久値は尽きる。

 間合いを詰めようにも、途中で一発でも狙撃を受ければ即ダウン。相馬はすぐに距離を取り直して振り出しに戻るだろう。


 数値として許される失敗は、たった二回。しかも格闘の間合いに入ったからと言って、それだけで勝利できるわけではない。後を考えれば、狙撃を一発でも受ければ敗色濃厚となる。


 どくん、と心臓が跳ねた。

 失敗できない状況。

 負けることは許されない。

 絶対に勝たなければいけない。


 そんなプレッシャーが、桐矢の身体を締め付ける鎖となる。

 指に、腕に、肩に、足に、その細く重い鎖は食い込んでくる。

 そして、そんな桐矢を呑みこむように相馬の声がした。


『ようこそ、僕の射程圏内(レンジ)へ』


 警告音(アラート)が鳴る。

 だが反応するよりも遥かに速く、イクスクレイヴが衝撃に包まれた。耐久値がとうとう六〇〇を切ってしまう。


「ヤバい、立て直さないと……ッ!」


 桐矢の声は、完全に焦燥に染められていた。

 だが、あと二発受ければそれでお終いだ。何なら、この一発のせいで接近できたとしても勝てるかどうか――


「安心して、桐矢君」


 焦り、動揺し、震え始めた桐矢の頭に葵はそっと手を置いた。

 その指先には子供を落ち着かせる母のような、そんな優しさが満ちていた。気が付けば、桐矢の震えも収まっている。


「言ったはずだよ、わたしが桐矢君を導いてあげるって。わたしが絶対に、相馬君への道を切り開く」


 葵はそう断言した。

 その頼もしさはたった一歳上だからとか、そんなことではないのだろう。

 このゲームは人の願望を叶えるゲーム。そして桐矢にさえ同じチームに入るように言ったということは、彼女は本気でこのゲームのクリアを狙っている。

 彼女には絶対に叶えたい望みがある。その為の力を、彼女は手にしているのだ。


 ――だから彼女の言葉は、力は、信じられる。


「左手の武装をライフルに、右手は高周波ブレードに切り替えて。HPの減り具合を見ると、コンボ数の多い高周波ブレードの方が総合ダメージは大きいはずだから」


「はい」


 言われた通りに桐矢はアスカロンとグラムという象徴的な二つの大剣を背中へしまい、腰のライフルと高周波ブレードを抜く。


「次、相馬君の狙撃があったら動くよ」


「了解です」


 じっと、相馬の操るアクイラを見つめる。

 さすがNIC製のゲームというべきか、細部まで凄まじい解像度である。――アクイラの指先まで見えるのだから。


「回避と同時にスラスター全開。狙撃から切り替えて普通の攻撃をしようとするはずだから、そのときはライフルで牽制して」


 葵の言葉に無言でうなずく。

 同時、アクイラの指先が動く。


 ――今だ!


 瞬時に左へとステップ。同時、イクスクレイヴの右を真っ白い閃光が駆け抜けた。

 スラスターゲージの消費を恐れず、ペダルを踏みこむ。

 さすがにこのタイミングで間合いを詰められることは分かっていたらしく、即座にライフルで追撃してきた。だが狙撃モードのそれでなければ、発射から着弾までは余裕がある。

 ロックオンアラートが鳴り、それに合わせてステップで回避、左のライフルで牽制しアクイラが距離を開けないようにして、更に距離を詰める。


 間合いはまだ遠く、おそらく通常の機体なら格闘は射程外だろう。現にイクスクレイヴのロックオンカラーもまだ射撃射程(オレンジ)だ。


「行けるよ、格闘で」


 だが葵はそう言った。まるでこの機体――いや、ゲームの全てを把握しているかのように。

 疑う余裕はない。葵の言葉を信じて、桐矢は格闘のコマンドを押す。

 それとほぼ同時、スラストアクセルで移動していたイクスクレイヴのロックオンマーカーが、格闘射程(レッド)に切り替わった。葵は速度から逆算してこれを予測していたのだろう。


 ライフルから自動でグラムへと換装され、高周波ブレードとグラムでアクイラを左右から挟んだ。


「よし!」


「まだコンボで――」


『甘いですね、部長』


 だが相馬の余裕な声は消えなかった。


『ただ撃墜されたわけじゃないんですよ、僕だってね。あれは、エクストラブーストのゲージを溜める為です』


 コンボの続きである挟み込みからの交差斬り払いが発動する瞬間、モニターが紅い光に包まれた。

 時間が僅かに停止し、アクイラが後方へと小さくジャンプしてコンボからすり抜けた。


「何だ、これ!?」


『エクストラブーストだよ。チュートリアルにもあったし、君のモニターの左下にもゲージがあるだろう? ダメージを与えるなり受けるなりすれば溜まるし、撃墜されればボーナスで一気に加算される。いわゆるパワーアップとか覚醒ってヤツだね。――そして、それを使う瞬間はあらゆる隙を無効化できるんだ』


 相馬は高笑いし、格闘コンボを空振って隙だらけとなったイクスクレイヴに、狙撃モードのビームを叩きこんだ。

 コクーンの中が衝撃に包まれる。視線の先の耐久値が一三〇まで減少してしまう。


 ――あと一発でも射撃攻撃を喰らえば、終わる。


 そのデッドラインに立たされた。

 あの自信に満ち溢れていた葵でさえ、この状況に唇を噛んでいた。それほど絶望的な状況なのだろう。


 エクストラブーストがいわゆるパワーアップ状態だというのなら、軒並み機体の性能は上昇しているはずだ。現に耐久値の減り方から見て、狙撃の攻撃力自体が一・五倍されている。

 もし防御力も向上しているのなら、こちらが格闘を当てることが出来ても、相馬を倒しきれないかもしれない。


 普通ならば、ゲージを消費するエクストラブースト状態が終わるまで待てばいい。――だが、射撃に特化しあの狙撃速度を持つアクイラが相手では、それすらままならないだろう。距離を取って避けるという選択肢こそが、最も危険なのだ。


「……まぁ、初戦ならこんなものかな。相馬君相手によくやった方だよ」


 ふっ、と葵から力が抜けていくのを桐矢は感じた。

 初めての対戦が黒星なんて当たり前だ。むしろ相手が一年前の稼働開始初期からのベテランプレイヤーの相馬なのだから、ここまで善戦したことは褒められるべきことかもしれない。


「……負ける? 俺が?」


 だが、そんなものは関係ない。

 そんな後ろ向きの称賛など欲しくもない。



 ――負けることは大っ嫌いだ。負ければきっと惨めで、辛くて、苦しい。



 だから、桐矢は諦める。勝つことが出来なさそうな勝負は初めから諦めることで、負ける痛みから逃れるのだ。

 今までずっとそうやってきた。


 バスケ部を一週間で辞めたのも、あのままある男に負けるのが嫌で、でも勝てる気はしなくて、戦うこと自体から逃げ出した為だ。

 ひょっとしたらそれ以降部活動に入らなかったのも、大会とかコンクール、レギュラー争いみたいな、そういうどこにでもある勝負で負けたくなかったからかもしれない。

 そうやって始める前から諦めて、負けて現実から打ちのめされることから逃げてきた。


 でも。

 この勝負にはもう諦めるという選択肢は存在しない。それはその時点で敗北と同義だ。


 ――嫌だ。


 そう思った。

 何より、桐矢の後ろには葵がいて、彼女が一度は「勝って」と言ったのだ。

 ただの一目ぼれのような憧れにも似た感情。これを恋だとか愛情だとか言うのははばかられるくらい、ちっぽけな感情だ。


 だがそれでも、彼女の為に勝ちたいと思った。

 ならば、勝たなければいけない。

 どんなに劣勢に立たされていようとも、ここから先は、諦めることなど許されない。


「……エクストラブーストって、たしかゲージが半分でも使えましたよね」


 桐矢は自分のエクストラゲージを眺めた。一回撃墜されてここまで追い込まれたとはいえ、初めは改造していなかったせいもあってか、半分と少ししか溜まっていない。


「うん、でも――」


 既に葵は諦めているのかもしれない。あるいは、同じチームメンバーとの戦いだから、初めから本気ではなかったのだろうか。


 ――でも。

 そんなことは関係ない。

 葵が本気だろうとそうでなかろうと、それで桐矢が諦める理由にはならない。


「それが聞ければ十分です」


 葵の言葉を聞いて、桐矢は息を吸う。

 チャンスは一度。

 ここまでくれば小細工は無用。

 ただ自分の腕と――イクスクレイヴを信じるしかない。

 まだ出会って数分の機体だ。ゲームだって初心者で、信頼するなんて無理かもしれない。


 それでもやるしかない。

 自分なら、イクスクレイヴなら、この状況を切り抜けられる。ただ馬鹿みたいにそれを信じて、決して疑ってはいけない。


 迷いを捨てろ。

 前を見ろ。



 ――俺なら勝てる。

 ――この白い剣さえあれば。



「Gが凄いと思うんで、しっかり掴まっててください」


 ダウン状態が解け、ゆっくりとイクスクレイヴは起き上がろうとする。

 アクイラはまたロックオンマーカーが緑になるくらいに距離を取って、その銃口をイクスクレイヴへ向けていた。

 そして完全に起き上がる手前、桐矢はエクストラブーストを発動する。

 ビームカラーと同じ緑の光が、イクスクレイヴの装甲の隙間から漏れ出る。同時にゲージの減少が始まる。ハーフエクストラブーストだ。おそらく数秒しか保たないだろう。

 だが、それでも構わない。


「うぉぉおおお!!」


 腹の底から叫び、一気にペダルを踏み抜く。

 愚直に、一直線に、アクイラへと向かって飛び出す。

 瞬間、ロックオンを外す。これがある限り自動でアクイラと向き合うこととなり、射線から逃れるにはステップのような横移動が必要になるからだ。――つまり、自分からロックオンさえしなければ、機体制御だけで射線から斜めに外れることが出来る。

 桐矢はそれが非常に高度な技法だとは気付いていない。そんなテクニックがあることさえ知らないだろう。

 この場で思いついた、まさに天性の勘だ。


 アクイラの狙撃を僅かな動きで回避する。遠心力で自分の身体も機体も上手く動かず、空間認識が追いつかなくなりそうになる。

 それでも必死に前へ、前へと。


「終わりだぜ、相馬」


 瞬時にアスカロンを抜き、アクイラへと突き刺した。

 ギシッと、そんな感触が伝わるほど深く、その胸をアスカロンの分厚い刃で貫く。アクイラの緑の装甲が弾け飛んでもなお、決して力は緩めない。

 だが。


 ――足りない。


 桐矢はそう悟った。この一撃のHPゲージの減りを見れば、このままさっきと同じ左薙ぎだけへのコンボでは削りきれない。


 ――次なんかいらない。

 ――今ここで、アクイラを破壊する!


 あらかじめ簡易に設定されたコンボを無視して、桐矢はアスカロンを振るう。

 無理やりに引いた操縦桿が重い。それでも、ここで勝つ為に。


 そのまま左に薙ぎ払い、斬り上げ、もう一度、類稀な巨大な剣をその緑の機体の中心へ突き立てる。

 何かを砕く手応えを確かに感じ、火花を散らせる装甲を鍔元まで埋める勢いで貫通する。

 装甲どころか関節の節々からまでスパークさせながら、アクイラはどうにか足掻こうとしていたが、そこでようやく全ての動きを止めた。――まるで、事切れたかのように。


『……見事だよ、桐矢君。まさかロックオン解除からのコンボの切り替え、なんて高等テクニックで仕留めに来るとはね……。僕の完敗だ』


 相馬は感嘆の声を上げ、敵だと言うのに称賛の拍手を送っていた。直後、アクイラが爆炎に包まれて消えた。


 真っ黒い煙と赤い炎を、桐矢はただ見つめていた。

 相馬の残機ゲージがゼロとなり、桐矢の目の前に、視界を追い尽くすほど大きな『WIN』の文字が現れた。


「……勝った……?」


 桐矢は思わず呟いていた。

 あまりに実感がなかったのだ。

 何度も負けるかもと思ったし、事実、最後は自分がどうやって戦ったのかも分からなかったほど、極限の集中状態にいた。


「おつかれ、桐矢君」


 そんな桐矢の肩に、葵の小さな手があった。

 振り向きその深い海のような髪の少女を見つめて、実感する。


 ――俺はこの人を護れたんだ。

 そんな思いで、ようやく全身から力が抜ける。


「わたしの期待以上だったよ。――本当に、すごかったよ」


 そんな何でもない感想でも、まるで太陽みたいな明るい笑顔で言われれば、桐矢にとってはこれ以上ない賛辞だった。

 嬉しくて、顔が綻びそうになる。きっとだらしのない笑みを浮かべてしまうだろうと、桐矢は慌てて少し話を逸らす。


「楽しかったですね」


「それはなにより。……だけど、さ」


 少しくらい声色で、葵は言う。


「過去形っていうことは、もう一緒に戦ってくれないの、かな……?」


 言われて、桐矢は慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「戦いますよ、もちろん」


「良かった。――では改めて。桐矢君、これからもよろしくね」


「はい」


 願ってもない言葉に、桐矢は頷く。

 確かな絆みたいなものを感じて、小さく拳を握り締める。

 自分だけの居場所を、決して掴んで離さないように。


「――あ。そう言えばさ」


 そんな何かを噛みしめている様子の桐矢を気遣ってか、葵は少しボリュームを抑えた声で呼びかけた。


「勝ったら願いを聞いてあげるって言ったよね。何がいい?」


「え、えっと……」


 葵からのいきなりの問いに、全く用意していなかった桐矢は戸惑ってしまった。

 思春期の男子らしいと言えばらしいお願いが頭の中にいくつも浮かぶが、そんなものを口に出せるわけもない。


「えっと、そう。頭撫ででくれたらなぁ、とか……?」


 自分なりにかなり恥ずかしいギリギリのラインを攻めた要求だったのだが、葵はきょとんとして、


「そんなのでいいの?」


 と言いながら桐矢の頭をゆっくり撫でてくれた。

 あたたかく、そしてやわらかい手の感触が伝わる。


「ありがとうね。桐矢君のおかげで、相馬君の魔の手から逃れることが出来たから」


「い、いえ。あの、もう大丈夫です……」


 恥ずかしさが限界に達した桐矢は、顔から白い煙を出しそうなくらいオーバーヒートした状態だった。

「本当にこんなので良かったのかなぁ……?」と小首を傾げていた葵だったが、やがて重大な使命を思い出したらしく、スッと顔から優しさが消え、冷徹な色を帯びた。


「――さて、相馬君?」


 ヘッドレストに口を近づけ、笑いながら葵は言う。

 その笑顔はさっきまでの明るいものではない。真っ黒で、まるで死神のような笑みだった。


「下克上、だったかな」


『あ、あのですね部長。これはほら、桐矢君の実力を測る為の僕なりの――』


「さっき桐矢君がそう訊いたときにさ。堂々とわたしの胸の為、なんていうふざけた答えをしてたよね?」


『いや、その……』


 葵は(真っ黒い)笑顔と共に(怒気に溢れる)優しい声で言った。傍にいる桐矢ですら、あまりの殺気に縮み上がるほどに。


「相馬君」


『な、何でしょう?』


「土下座で済むと思わないでね?」


『どうか命だけは』


 恐怖に屈した相馬は、即座に応えて通信を遮断した。その寸前まで映っていた彼の顔は、葵の乗る紺碧の機体よりも濃い青色をしていたのだった。


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