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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第2部 VS. ヴォルフアイン
64/65

第4章 海の怪物 -2-


 エクストラステージの開戦と同時、レヴィアタンは雄叫びを上げる。


『ブルーローズ、アクイラの両名は後方からの援護射撃を頼む。サフィロス、リアファルは中距離からの攻撃に徹してくれ。特にサフィロスは、「エンデュミオン」の盾になるよう努めてくれ』


 ユウキの的確な指示に、四名からそれぞれ頷く声がする。


「……で、俺の役目は?」


『僕と一緒に前衛での近接戦闘だ』


「一番ハードな役回りかよ……」


 正直な事を言えば、既に疲労はピークに達している。ユウキとの戦闘はそれだけ精神を削ったのだ。ここにきてあの化け物と前衛で勝負し続けるのは辛い。


『後方から格闘を当てれるならぜひ下がってくれ』


「……どうせ俺は刀バカですよ」


 拗ねたように言いながら、桐矢はアスカロンとグラムを抜き払う。

 それに呼応するかのように、赤きヴォルフアインの右腕も甲高い唸りを上げる。


『――来るぞ!』


 ユウキの声の直後。

 銀色の水竜が鎌首をもたげたかと思うと、その勢いを利用して突進してきた。

 流石に幾度となく戦った葵や相馬、そしてユウキとサフィロス乗りの反応は早かった。しかし、所見で戦わされている桐矢とサイ・リアファルの反応はワンテンポ遅れていた。

 それでも、互いに同じGWシリーズの機体だけはあって、水竜の頭蓋に押し潰されるようなことはなかった。


 だが。

 その一撃で水が割れ、下にあったコンクリにも似た床材が砕け散っていた。


「どんだけの威力だよ……っ」


 建物などには一部、今のように破壊可能オブジェクトもあるが、それにしてもバカ高い耐久値が設定されている。ステージの床ともなれば、基本的には相馬のアクイラによる狙撃でも一撃では破壊できないはずだ。

 それを、この頭突きは一発で。

 万が一にも巻き込まれていれば、どれだけイクスクレイヴの耐久値が削られていたか分からない。


『陣形を立て直す。トーヤ君、行くよ』


「おう」


 ユウキの声に答えて、桐矢はイクスクレイヴを走らせる。

 翼を広げた白い巨躯が、剣を振りかざして銀のシードラゴンへと立ち向かう。

 さすがにあの図体での攻撃の直後は隙が大きいらしく、躱されることもなくその刃は鈍く輝くその鱗を切り裂いた。


 だが。

 モニターに表示されたレヴィアタンの耐久値ゲージはほんの数ドットしか減少しなかった。


「な――っ!?」


『怯むな』


 一瞬戦意を失いかけた桐矢を叱責するように、ヴォルフアインが追撃をかける。

 真紅の右腕が煌き、レヴィアタンの長い尾を掴んだ瞬間に光が爆ぜた。


 流石の威力というべきか、その一撃で耐久値ゲージはようやく目に見えるような変化を見せた。――だがそれでも、依然として九割以上を残している。

 このまま追撃をかければ何とか――とも思ったが、仮にも〈reword〉ミッションの門番がそんなに易いはずがない。

 イクスクレイヴたちの背後から仕掛けられた絨毯爆撃にも似た銃撃の嵐に対し、そのドラゴンは蛇のようにとぐろを巻いて防いでいた。見れば、透明な盾のようなものが実弾、ビームを問わずすべての弾丸を叩き落している。


「シールドガードまであんのかよ」


『油断しちゃダメ!』


 言葉の直後。

 とぐろを解いたレヴィアタンの体から、何かが射出された。


「――ッ!?」


 人型のアサルトセイヴと違いまるでモーションが読めなかった桐矢は、その攻撃を真正面から受けてしまった。

 それは、レヴィアタンの鱗の一部だったものだ。それがチャクラムのように射出され、イクスクレイヴの装甲を切り裂いていた。ただの鱗数枚とはいえ、イクスクレイヴとレヴィアタンでは絶望的なほどのサイズ差がある。並みの実体剣にも匹敵するその巨大な円盤に、イクスクレイヴの耐久値は一気に三五〇以上削られていた。


「マジかよ……ッ」


 今まで一撃の威力がずば抜けた相手とも、何度か戦ってきた。ヴォルフアインの右腕や、アルス・マグナの斬撃がいい例だろう。


 だが、この一撃はヴォルフアインどころかアルス・マグナの大半の攻撃を超えている。アルス・マグナの必殺技と言えるであろう、ステージの大半を襲う斬撃にすら匹敵しうるレベルの威力だ。

 だが、今のはただの鱗だ。普通に考えて今の攻撃は、メインの武装に対する割合はイクスクレイヴの牽制射撃と同程度だろう。


 それでも、この威力だ。

 もし本命の一撃であれば、残された耐久値の全てを失う可能性も十分に考えられる。


『後方にまでレヴィアタンを回すな』


 ダウンしたイクスクレイヴをすり抜けブルーローズたちの方へ狙いを定めたレヴィアタンに、ヴォルフアインとサイ・リアファルが立ち向かう。

 翼から放たれた無数の遠隔操作ビームライフルがレヴィアタンを囲む。だが、射撃が行われるより先にレヴィアタンは防御姿勢に入りその攻撃を全て防ぎきってしまう。


『ムッカつく! どんだけモーションが速いのよ!』


 速度に関してはそれなりの自負があるであろうリアファルのプレイヤーが、通信に乗っていることも気に留めず毒づく。


『それでも動きを止めることには成功した』


 シールドガードが解ける寸前、ヴォルフアインが動く。

 内部のコアと直結している右腕から放たれたレーザーは、一撃でレヴィアタンをダウンにまで追い込んで見せる。――だがそれでも、削れるヒットポイントは僅かだ。


「あとどんだけ削らないといけないんだよ……っ」


 向こうは一発や二発喰らった程度では痛くも痒くもないだろうが、こちらは致命傷だ。既に決勝戦を終えて集中力は途切れかけているというのに、これ以上の長期戦はいたずらに勝機を減らすだけだ。


『気を抜くなと言っただろう!』


 ユウキの激しい叱責の直後。

 ダウンから起き上がったレヴィアタンが、その長い尾をイクスクレイヴに向かって振り下ろした。

 アルス・マグナほどではないにしろ、ボス機体だけはあってその速度は白の色付きであるイクスクレイヴを優に超えている。完全に反応が遅れた桐矢に躱せる道理はなかった。


 ――が。


『む』


 低い声の直後、深緑の機体が駆け抜ける。

 イクスクレイヴの身を切り裂くはずだったその剣は、分厚い緑の装甲に阻まれる。


「サフィロス……っ!?」


壁役(タンク)は俺の役目だ。気にするな』


 流石に緑の色付きというだけはあって、今の一撃でも耐久値を七五パーセントは残している。だが、それは本来桐矢が負うべきだった傷だ。


「……くそ、判断能力が鈍り過ぎだろ」


『元々桐矢君は〈reword〉を始めて日が浅いから。これだけの緊張感のある戦闘を立てつづけにやって集中力を切らさない、っていう方が難しいんだよ』


「……このまま無様に負けるのとか、納得いかないんですけど」


『けど、今の君にレヴィアタンの猛攻をくぐり抜けて、その上で格闘コンボをきっちり決めるだけの余力があるかい?』


「……ねぇ、けど」


 相馬に諭されるように言われて、桐矢は口ごもる。

 まず間違いなくこの場で足手まといになっているのは桐矢自身だ。先程まであれほどの戦いを繰り広げた代償というべきか、まるで動けない。


『――しょうがないね。わたしと相馬君で道を開くから。迷わず突っ込んで来て』


「……大丈夫ですか?」


 基本的に後方支援は、弾切れを起こさないようにカウンターに徹するものだ。下手に自ら攻撃すればヘイトが高まり、陣形を崩す要因にもなりかねない。


『問題ないよ。道を示すのはわたしの役目だしね』


 それでも、桐矢を送り出してくれるという。

 その信頼には、応えなければいけない。


「……イクスクレイヴの格闘です。その気になれば、かなり削れるはず」


『期待しちゃうからね? ――3カウントで突撃して。……3、2、1、0!!』


 葵の言葉と同時、フルスロットルでイクスクレイヴは駆けた。

 背後から夥しい数の銃弾が追い抜いていく。それに反応して、レヴィアタンは防御姿勢に移った。


 案の定それらの無数の射撃は防がれてしまう。だが、それでいい。

 シールドガードが解けたその瞬間に、イクスクレイヴのアスカロンの刃が銀の鱗を引き裂いた。

 そのまま振り下ろすと同時、左のグラムが煌めき、レヴィアタンを襲う。

 左右の大剣から繰り出される五連撃。一度ヒットすれば、素ダメージで二三〇の耐久値を削る必殺技だ。

 それを締めくくる左右同時の袈裟斬りを受けて、水竜は水面に落ちる。


 だが。


「これでも、全体の五パーセントくらいしか削れねぇのかよ……っ」


 その事実に、『エンデュミオン』『ラティヌス』双方のメンバーに陰りが見えた。

 イクスクレイヴの格闘コンボの威力の高さは周知の事実だ。それでもなお削れるのが五パーセントとなれば、それ以下の攻撃など何回当てたところで意味がない。


『……今のイクスクレイヴの五連撃を超える威力の攻撃に、心当たりがある者は?』


『わたしの五連レーザー砲とアクイラの狙撃なら、ほんの少し上だけど』


『私のリアファルの一斉射なら素ダメで二九〇ね』


『……なるほど。――相談がある』


 そして、ユウキが言う。


『このままではジリ貧だ。だから、僕はエクスカリバーを使用する準備を始める。これを使えば、かなりのダメージを与えられるはずだ』

「……設定に時間がかかるのか?」


『あぁ。もともとの武装である高周波ブレードの装備の挙動設定も少し調整していたからね。問題なく攻撃を当てる為には、再設定が必須だ。――三分、時間を稼いでくれればいい。その間に設定は終わらせる』


『――つまり、一度ヴォルフアインは下がる?』


『その間の作戦指揮はエンデュミオンのリーダーに任せる。頼めるかい?』


「うちのリーダー舐めんな」


『なんで桐矢君がドヤ顔で答えてるのかな……』


 ため息をつきながら、葵は答えてくれる。


『イクスクレイヴは陽動。可能なら攻撃をしてくれればいいけれど、絶対に無理はしないで。サフィロスは変わらずに盾。ただし守るのはリロード間のサイ・リアファルを最優先に。サイ・リアファル、わたし、アクイラは最大火力でローテーション。――でよろしく』


「了解!」


 力強く答え、桐矢は前へ飛び出す。

 ヴォルフアインが下がったことで、前衛は一人だ。そしてヘイトを高めるだけの攻撃は当てておかなければ、陽動の役目も果たせない。


 だが。

 ぞくり、と。

 背筋が震える。


 眼前の悪魔は、そんな作戦を容易に許してくれはしない。

 鱗が、わずかな隙間を見せる。


(さっきの鱗の射出か……っ!?)


 回避行動に出ようとその出方を見ていた桐矢は、その時点で見誤っていた。

 その鱗の隙間から放たれたのは、無数のビームの嵐だ。


「――ッ!」


 それは一部ではなく、全身から放たれている。凝視しなければレヴィアタンが自爆し、ビームをまき散らしているようにも見えてしまう。


 しかし、実際は違う。

 鱗の下に格納された無数の砲門から、ビームの機関砲がとめどなく放たれているのだ。

 それに飲み込まれたイクスクレイヴのコクーンが激しく揺さぶられる。ノイズの走ったカメラの端には、ブルーローズやアクイラ、それどころかヴォルフアインまで飲み込まれているのが見えた。

 幸い、リアファルだけは目の前にいたサフィロスのシールドですべての銃弾を吸収されたおかげで無傷で済んだようだ。


 だが、二機だけでは陣形の意味がない。

 サフィロスのあの吸収シールドがどれほどのものかはしらないが、とても連続で耐えられる代物ではないはずだ。


「躱すんだ!」


 あのビームの量を見るに、おそらく制限はない。あったとしても並のアサルトセイヴがシールドガードで耐えられる量は越えている。

 リアファルは声を聴くが早いかスラストアクセル全開にして、レヴィアタンから距離を取ろうとしている。


 だが、サフィロスは動かない。

 いや、動けないのだ。

 あの機体は見た目の通りの重機体。動きは緩慢で、とてもじゃないがあのビームの嵐をかいくぐれるとは思えない。


『エネルギーを解放すれば、速度は上がるだろう!』


『残念だが、いま溜まっている量では躱しきる前に失速する。この場は耐えるしかない』


 相馬の声に、サフィロスのプレイヤーは淡々と答える。

 そのまま、そのサフィロスの身を無数のビームが貫いた。

 吸収するという手もあるだろうが、それではあの盾が吸収できる量を遥かに超える。そうなれば盾が壊れ二度と使えない。いっそダメージを喰らってしまった方が、ダウンによって総合的なダメージは減少すると考えたのだろう。

 だが、これで状況は遥かに劣勢だ。


『くそったれ!!』


 自棄になったように、女子の声がする。

 見れば、リアファルから射出された六基すべての自立ビーム砲が、レヴィアタンの鱗の隙間の砲門の死角に入り取り囲んでいた。


『吹っ飛べ!』


 六基のセグメントとリアファル自身が握るビームライフルが、全く同時に火を噴いた。

 計七つの光線が、銀色の竜の身を貫く。その竜が呻き声を上げながら、透明な水に沈む。


 だが。

 それでもなお、敵の耐久値は七割以上を残して燦然と輝いていた。


「マジかよ……っ」


『怯んでる場合じゃないよ!』


 ダウンから立ち上がった葵のブルーローズが、左腕を伸ばす。

 装備されていた杭が、水面を貫きその下の大地にまで貫通する。同時、右腕が背に背負った柱のような訪問を引き寄せる。


 ゴスペル五連ビーム砲。

 その一斉射を以って、ダウンから立ち直ったばかりのレヴィアタンの身を打ち貫く。


『ヴォルフアインの調整はまだ?』


『今やっている!』


 その返事の合間にも、強く叩かれたキーボードの音がとめどなく聞こえてくる。

 元々、挙動の細かな調整などを戦闘中に行うものではない。それをこの短時間でやってのけようという以上、これ以上の時間短縮を求めるべきではない。


「でも、このままじゃ……っ」


 絶望の色が滲み始めた、そのときだった。

 レヴィアタンが、その巨大な顎を開く。


『まずい! 全員、退避――』


 葵が声を飛ばすが、間に合わなかった。

 その口から放たれた極太のレーザーが、辺り一面を容赦なく焼き払ってしまう。


 だが。

 ヴォルフアインの前にはサフィロスが、イクスクレイヴの前にはブルーローズが立ち塞がり、その攻撃を身代わりになって防いでいた。


「先輩――っ!」


『こっちは大丈夫……っ。それに、あのレヴィアタンを仕留めるには、威力の高い格闘攻撃で攻め立てないといけない。リロード時間が長い射撃機体よりは、勝機があるもの』


 そう答えたブルーローズには、左腕がなくなっていた。

 バッと慌てて周囲を見渡せば、アクイラは耐久値が既に赤く染まり右足を失っていた。リアファルもまた左腕を、サフィロスは右腕が破壊されている。


「強制部位破壊だと……っ!?」


 それから逃れられたのは、庇われたイクスクレイヴとヴォルフアインだけだ。


『左手が死んだ。これじゃリロードが終わってもさっきの一斉射は出来ない!』


『わたしも、左腕がやられた。高周波ブレードとチャージ以外のゴスペル以外に使える武器はほとんどないよ』


『俺は右腕だ。吸収は使えるが、攻撃に使える武装はない』


 淡々と報告される現状に、打ちのめされそうになる。

 耐久値は、エンデュミオンのメンバーは既に三分の一以下だ。ラティヌスはまだ保っているが、それも時間の問題だろう。


(陽動……? いや、もうそんなの意味がねぇ)


 陽動を仕掛けたところで、本命の攻撃が間に合わない。

 そもそも陽動の為に動いていたというのに、このありさまだ。こんな囮役さえ、桐矢では力不足だと、そう言われている。


「――クソ」


 ふざけるな、と吐き捨てる。

 足を引っ張っていることは百も承知だ。

 桐矢はASVをプレイし始めてまだ二ヶ月で、その上、それを補えるようなプレイセンスなんてものもない。


 それでも、力になりたいと思った。

 ただ葵先輩の力になりたくて。


 ――それが、この様だ。


 強者と戦うことに溺れ、格好をつけるだけ付けておいて、何一つ役に立てない。

 本当は、葵や相馬はこんな風に戦う理由なんてなかったのに。

 自分が望んだが故に、彼女たちは傷ついている。


「……こんなもんじゃねぇだろ」


 思い出せ。


 バスタードと戦ったときも。

 アルス・マグナと戦ったときも。

 ヴォルフアインと戦ったときも。


 自分の実力など知ったことか。

 あのとき出来たことが、いま出来ない道理があるか。


「……相馬。狙撃姿勢に移れ」


『さっきみたいなビームの嵐の中でかい? あれを止めなければ、すぐに潰されてしまう。まぁ、足がない時点で似たようなものだけどね』


「それは俺が止めるよ」


 短く応えて、桐矢はトリガーを握り締める。


「俺が、全力で」


 疲労くらいで途切れる集中なら、端から捨ててしまえばいい。

 元々、化け物染みた理性と知識だけで戦うのは、葵立夏のスタイルだ。それに憧れ、そして彼女に襲わって来たから、桐矢のスタイルもそれに似通って来たに過ぎない。

 本来の桐矢のスタイルは、そうじゃない。


 明確な意識が落ち、どこか虚ろな感覚が足元から押し寄せる。途端、視界が恐ろしく開けてくる。――だが、その瞳が何か一つだけを捉えることはない。

 数多ある視界の動きの中で、レヴィアタンの鱗が微かに動くのが見えた。

 それと同時に、桐矢のイクスクレイヴは既に空を走っていた。


 左の剣(グラム)が音を立てて(アタッチメント)から解き放たれ、腰の高周波ブレードが甲高い音を迸らせて唸る。


 射出された三枚の鱗のスライサーを、イクスクレイヴは難なく躱してのける。そのまま左右から挟みこみ、一気に切り払った。


 だが、まだレヴィアタンのカメラアイはイクスクレイヴを見ていない。

 ダウンから立ち上がったところを狙い、高周波ブレードだけで五連撃を決める。その、最後の一撃。

 レヴィアタンの両の眼が、確かにイクスクレイヴに向けられた。


「今だ!」


 叫びながら、桐矢は格闘をキャンセルし離脱する。レヴィアタンはその動きにつられている。

 その刹那の隙を射抜くように、相馬の狙撃銃から一条の光が放たれる。

 レヴィアタンの頭蓋を、寸分違わず貫いていた。

 だが。


「それでもやっと半分かよ……っ」


『悲嘆する必要はない』


 言葉の直後。

 ガシャリと金属音がして、何かが水に沈んだ。


 カメラの先には、赤い高周波ブレードが水底に落とされていた。

 そして。

 ヴォルフアインの目の前に、金色の剣がジェネレートされている。


 長さはもうヴォルフアインの全長を超えていた。幅広な片刃のそれは、刃の部分がない。それはイクスクレイヴのアスカロンにも似ていたが、それよりも、遥かに存在感があった。


 名を、エクスカリバー。

 ASVにおいて、まず間違いなく最強の剣だ


「……待たせ過ぎだぜ」


『承知している。――だから、その分の恩は返そう』


 ヴォルフアインの何もない左手が、その柄を握り締める。

 瞬間。

 ヴォルフアインの手から、レッドカラーが浸食するように柄から刀を染めていく。だが、黄金の剣は全てを呑みこまれるのを拒むように――いや、自身の存在を示すように、その浸食にあらがっている。


 やがて、互いの力が均衡状態に入ったのか。

 その剣は、まるで燃え盛る炎のように、紅蓮と黄金の織り交ぜられた、唯一無二の武装へと昇華した。


『反撃の狼煙を上げるとしよう。――まだ、もう少し手を貸してくれ』


「一人で美味しいところ持って行かせるかよ。トドメは俺が差す」


 ヴォルフアインの隣に降り立ち、高周波ブレードを腰のアタッチメントへとしまいながら桐矢は吠える。

 同時。

 純白の機体と紅蓮の機体が、長い翼をはためかせてレヴィアタンへと突撃する。


『まずは僕から行かせてもらおうか』


 迫るスライサーを流れるような動きで躱し、ヴォルフアインが唸りを上げる。

 全てのスライサーが撃ち終えられたその刹那。黄金の剣が煌めき、レヴィアタンの身を切り裂く。


 一閃。

 それだけで、けたたましいほどの金属音と共にレヴィアタンの鱗が弾け飛ぶ。

 だが、そこで終わるはずがない。

 さらに二度の斬撃が放たれ、火花を散らす。


『爆ぜろ』


 そして、右に薙いだ直後に、空いていたヴォルフアインの右腕(アガート)が光る。

 呻くように顎を開いていたレヴィアタンの顔面を潰すように掴み、そのままジェネレーターからのビームを直接撃ち放ってみせた。


 眼底を突くような光を前に、レヴィアタンが沈む。

 あれほどに堅かったレヴィアタンの耐久値が、今のコンボだけで一割以上削られていた。


「こんなの、俺が喰らったら二発で撃沈するぞ……」


『無駄口を叩く前に、そろそろレヴィアタンが動くよ』


 忠告の直後。

 散々のダメージに怒り狂ったか、跳ね起きたレヴィアタンが猛然とヴォルフアインへ突撃する。


「させるかよ」


 その背後から、イクスクレイヴは刃を突き刺す。

 アスカロンによる四連撃の途中で、グラムを織り交ぜた五連撃の半ばへと移る、桐矢の必殺技だ。


「うぉぉぉおおお!!」


 コンボをキャンセルするせいで異様に重い操縦桿を引き寄せ、桐矢は吠える。

 イクスクレイヴの放った計七つの斬撃が、レヴィアタンの耐久値を削り取っていく。

 残った耐久値は、あと四分の一だ。


『畳みかけるぞ!』


 ユウキの声に頷き、桐矢はイクスクレイヴをあえてレヴィアタンの直近で旋回させた。

 案の定立ち上がった瞬間に、レヴィアタンは牙をぎらつかせてイクスクレイヴへ襲いかかる。

 だがそれを囮として、ヴォルフアインの黄金の剣が光を返す。

 袈裟にその頭蓋を切り裂き、左に薙ぎ払い、右に切り上げ、刺突で仕留めて見せる。

 夥しい火花と共に、レヴィアタンの耐久値が更に半分近く削られる。


「これで、あと少し――」


 そこまで呟いて、気付く。

 あまりに順調すぎる。

 それはまるで、致命的な何かを見落としているようで――


 瞬間。

 桐矢の目は、ほんの僅かにレヴィアタンの牙の隙間から漏れた光を見た。

 それが何なのか、桐矢は知らない。だが、叫んでいた。


「みんな、伏せろ――ッ!!」


 直後。

 咄嗟にシールドを展開したイクスクレイヴさえ飲みこむ、巨大なレーザーがレヴィアタンの顎から放たれた。

 それは、掃射に近かった。

 シールドさえ貫いて、イクスクレイヴの残された耐久値のほとんどを奪い去っていく。アスカロンと共に右腕が弾け飛び、コクーンを激しく揺さぶりながら胸部の装甲さえドロドロに溶かしていく。


 何があったのか、その時点で桐矢に確認する術はなかった。

 そして。

 何秒間かのその掃射が終えた後、桐矢はただ絶望に伏していた。


 胸部の不完全部位破壊により、モニターが全滅している。もはや、裂けた装甲の隙間からしか外の様子が見えない。

 ゆっくりと、機体を転がすようにあたりを見渡す。


 全身を新緑の装甲で覆われたサフィロスは機体関節のあちこちから煙を発し、エネルギー吸収盾どころか、両足が破壊されて身動きが取れなくなっている。


 白を基調としたイクスクレイヴの同型機であるサイ・リアファルは、背部の翼全てと右足をもがれていた。これではもう、彼女も戦えないだろう。


 紅蓮に染め上げられたヴォルフアインもまた、無残な姿で倒れている。右足と、せっかく拵えたエクスカリバーごと左手を失っていた。


 そして。

 最後に捉えたのは、先程と変わらない姿で伏せているアクイラだけだ。

 何よりも求めていたはずの蒼い機体は、どこにもない。


「先、輩……」


 幾度機体を動かし当たりを見渡そうとも、ブルーローズの姿はそこになかった。


『あはは……。相馬君を庇ったら、耐久値が弾け飛んじゃった』


 マイク越しに笑う声がする。


 彼女を護る為に剣を取ったというのに。

 まさか一番初めに彼女を撃ち落とされるとは。

 それが、どうしようもなく桐矢には許せなかった。


「……ざけんな」


 何かが懸かっている訳ではない。

 葵の身に何かが起きる訳でもない。


 それでも。

 たった一つのプライドを正面から踏み躙られて、それでもなお大人しく震えてられるほど、桐矢一城は腐っていない。


「ざけんじゃねぇぞ!!」


 立ち上がったイクスクレイヴを走らせる。

 だが、ついで放たれたスライサーを躱すので精一杯で、それ以上の攻撃に出られない。そんな間合いに近づかせてくれる余裕がない。

 ならば。


「テメェから引きずりこんでやるよ!」


 イクスクレイヴが左腕を伸ばした瞬間、そこから糸のようなものが伸び、レヴィアタンの首に絡みついた。


 ワイヤーアンカー。

 ほとんど使うことのない弱小武装だが、相手の動きを絶対に封じ、なおかつ格闘の間合いにまで引き摺りこむという恐ろしい追加効果を持つ武装だ。

 レヴィアタンの総重量に負けそうになるが、それでもイクスクレイヴの射程圏内にその銀の首が差し出される。


「っらぁぁあああ!!」


 残された左のグラムで一閃。

 だがそれで削れる耐久値など、微々たるものだ。


『下がれ!』


 それが誰からの指示なのかを理解するよりも先に、桐矢はイクスクレイヴを右へと滑らせた。

 同時。

 赤い翼が唸りを上げて、その獣は銀の竜の首へ牙を突き立てた。


『うぉおお!!』


 ユウキの声に呼応するように、アガートが燃える。

 その一撃を前にレヴィアタンは沈む。

 ――だが。


「まだ一割近く残ってんのかよ……っ」


 そのレヴィアタンの耐久値を前に、桐矢は歯噛みする。

 もうこれ以上の攻撃を当てるだけの余力が桐矢たちにはない。リアファルは全装備を失い、サフィロスはその上で動けない。ヴォルフアインも右足を失ったせいで、今の突撃でもスラスターゲージを使い果たしたはずだ。


 次にレヴィアタンが立ち上がったとき、それに対抗できる者がいない。

 ゆっくりと。

 鎌首をもたげるように、その悪魔は立ち上がろうとする。


 すでにイクスクレイヴも満身創痍だ。あの一割を削り切るだけの武装は持っていない。相馬のアクイラも同様だろう。あの専用狙撃銃ですら、それだけの威力には届かない。

 このまま続けても、先にこちらが全滅するのは明白だ。


「――ここまでかよ……っ」


 イクスクレイヴへと牙を剥くレヴィアタンのその姿が、やけにスローに見えた。

 牙が光る。

 それに呑まれれば、全てが終わる。



 はずだったのに。



 一条の光が、そのレヴィアタンの頭蓋を正確無比に撃ち貫いていた。



 一瞬、何が起きたのか、この場の誰にも理解できなかった。

 だが事実として、かの銀の水竜に残されたたった十パーセントにも満たない耐久値がみるみる消えていく。


 そして。

 その一発で、レヴィアタンの耐久値は全て弾け飛んだ。

 レヴィアタンの鱗の隙間から、ひび割れるような音とともに爆発が起こる。


 画面いっぱいに広がる『WIN』の文字列。

 それを前に誰もが現実を受け入れられない中で。


 もうもうと立ち込める煙の先に、桐矢は見た。


「アクイラ……」


 光の根元にいたのは、よく見知った緑を基調とした機体だ。

 そして彼は。


 見たことのない真っ白い狙撃銃に片眼を当て、銃口をレヴィアタンへと向けていた。


『僕ごときの為に、部長が落ちたんだ。流石に自分の不甲斐なさにカチンと来た』


 そう言ってアクイラは立ち上がり、白い狙撃銃を抱える。


 MWGO-1002 ヘイヘ・マークⅡ 対艦精密狙撃ビームライフル。


 それは、今回のイベントの二位の褒賞だ。


『あまり良い出番がなかったからね。最後の飛びきりおいしいところは貰って行くよ』


 つまりは、ただそれだけの話だ。


「……だから嫌いなんだよ、お前」


 呆れたように桐矢は言う。


 かくして。

 長い長いASV〈reword〉イベント『封印の剣』は幕を閉じたのだった。



 来週で完結いたします

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