第4章 海の怪物 -1-
眼前に広がっていたコロシアムは、気付けば水が流れ込んでいた。イクスクレイヴの膝下くらいまで満ちたところで、その浸食は止まる。
そして。
その中央には、見たことのない機体がいた。
「何だよ、あれは……っ」
今まで桐矢が見た大半のアサルトセイヴは、人型だった。一部にスフィアという球体の機体もいるが、あれは元々アサルトセイヴという設定ではなかったはずだ。
だが、目の前にいるのは一匹の竜だった。
鋼の鱗を輝かせた銀色の水竜だ。幅を比べれば、イクスクレイヴの倍はあるだろう。長さなど言わずもがな。通常のアサルトセイヴの全長の十倍近い。
その爬虫類めいたマスクの下から、咆哮が轟く。
『レヴィアタン……ッ!?』
驚愕する葵は、その機体の正体を知っているようだった。――そして同時に、彼女はその敵がどれほど恐ろしい存在であるかも。
「知ってるんですか、先輩」
『知ってる……。というよりも、何十回と負けたんだよ……』
え、と桐矢の思考が硬直する。
桐矢の知る限り、葵がそこまでの敗北を喫したことはないはずだ。たとえそれがどれほど強力な敵であろうとも。
そう。
あのAランク昇格ミッションで遭遇した、アルス・マグナでも。
「――ッ!?」
そして、桐矢はようやく気付く。
桐矢たちが倒したアルス・マグナは、藤堂の操るものだった。本来のミッションとは違う。
そして、本来のアルス・マグナとの戦いを想定して、桐矢たちは総残機ポイントを稼いでいたのだ。
何十回と負け、その経験を糧にようやく届くだろうから。
その根拠となったのは、その以前にあった昇格ミッションだ。
「まさか、あれがそうだって言うんですか……っ?」
眼前でうねり、咆哮を上げる凶暴な機体こそが。
かつて葵と相馬を幾度となく苦しめた、昇格ミッション専用のボス機体なのだ。
『こんな授賞式の最中に割り込んでくるなんて、まさかまたハッキング――』
『いや』
何かを思い出して戦く相馬に、否定の声がする。
「ユウキ……っ」
『単刀直入に言うが、あれはまず間違いなくイベントの一つだ。エクスカリバーを抜いた時点で発生する強制イベント。エクストラステージ、というのはそういうことだろうし、何より総残機ゲージの賭けがない』
『そうみたいだね。このイベントに参加するかどうかの意思選択を聞かれてる』
葵がそういうということは、おそらくリーダーのみが選択可能なイベントなのだろう。――現に、気付けば三位のチームは表彰台から消えている。撤退を選択したに違いない。
「参加や不参加にペナルティが?」
『何もないね。というより、参加すればそれだけイベント参加者に自分たちの手の内をさらすことになるから、確実に次から戦いづらくなるだけ。現に三位のチームはとっくに撤退してる』
『……やはりそうか』
ユウキはどこか諦めたように呟く。
「どういうことだ」
『僕たちのチームには、別の警告が来ている。いわく「不参加または敗北の場合、エクスカリバーは失われます」だそうだ』
「な……っ!?」
それはつまり、ユウキ率いる『ラティヌス』のメンバーは、あれほどの死闘の末に手に入れたものを賭けた戦いを強いられているということだ。
そして。
『参加条件は上位入賞チームであること。つまり、最大三チームのフルメンバーと同時に戦うように設定されているはずだ。あのレヴィアタンはかつて戦ったものどころか、アルス・マグナさえ凌ぐかも……』
「……俺たちが撤退すれば、あんたたちは三人だけで戦わなきゃいけないって訳かよ」
『心配は要らない。――それに、かつて君たちがアルス・マグナ戦で負った重圧ほどじゃないはずだ。僕たちだけでも――』
「それで負けたら、あんたはエクスカリバーを失うんだぞ」
『覚悟の上だ。もちろん、そうなったとしても君たちを恨みはしないし、君たちも自らの選択に責任を感じる必要は――』
「ふざけんな」
ぎりっ、と桐矢は歯を食いしばる。
「言ったはずだぞ。俺はもう一度あんたと戦う。そんであんたを負かすってな」
『……、』
「あんたに勝てたとしても、『エクスカリバーがないから勝てませんでした』なんて言い訳されてたまるかよ」
『……なるほど。君もなかなか馬鹿なようだ』
「何とでも言えよ。――ってな訳で、先輩」
桐矢は笑う。
相変わらず馬鹿なことを言っている自覚はある。
それでも。
『……はぁ。まぁ桐矢君が変わってくれたのはいいことだしねぇ』
『自分たちに勝ったチームがあっさり負けるのを見るのもいい気分ではないしね』
「……ありがとう」
桐矢の画面には『Entry』の文字が浮かび上がっていた。
『……協力、感謝する』
「よせよ。これは俺の自己満足だ」
そういって、桐矢はトリガーを握り締める。
その瞳は、刃のように鋭い眼光を放っている。
「共同戦線と行こうじゃねぇか、ヴォルフアイン」
『足は引っ張らないでくれよ、イクスクレイヴ』




