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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第2部 VS. ヴォルフアイン
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第3章 封印の剣 -7-


「あー、クソ! 負けた負けた!」


 コクーン内で桐矢は叫ぶように悔しがる中。

 画面は宇宙ではなく、どことも知れないコロシアムの中を映していた。薄茶色の壁が円周を囲み、そこにはまた大量のアサルトセイヴが観戦でもしているかのように階段状に立っている。――なかなかシュールな光景だ。


 桐矢はその囲まれた中のやや中心から外れたところに立っているように見える。中央には謎の凸字型の台が置かれていた。

 ただの画面ではなく、どうやらイクスクレイヴがそこに立っているらしい視線だ。どうやらイクスクレイヴも目の前の観戦アサルトセイヴのようにぽつんと立っている状態のようだ。


「……で、ここどこだ?」


 見下ろしてみれば、純白の胴体が見える。腕も治っているから、戦闘はきっちり終わったようだし、逆に格闘コマンドなどは一切使えない。もはや完全にただの人型ロボットである。


『今から表彰式だよ。ゲームのイベント的に言えばただの結果発表って感じかな』


 相馬が答えたのを聞いて、桐矢は納得する。

 謎の凸字の台は表彰台であり、三位の台には見たことのない機体が上ったところだ。次いで二位には見知ったブルーローズが、そして一位には、あのヴォルフアインが立ち、歓声を浴びる。

 機体で表彰式をやるというのは中々に形容しがたい滑稽さをはらんだ光景だったが、そんなことを気にする余裕が桐矢にはなかった。


 だがそれは、敗北感に苛まれているからでは決してない。

 今までも敗北は味わってきた。そして桐矢はその味が嫌で、気持ち悪くて惨めでたまらなくて、逃げ出したのだ。

 だと言うのに、あの一位の表彰台に立つヴォルフアインを見ても、今の桐矢にはただ清々しさだけしかなかった。


 あと一歩で勝てた、とは言わない。耐久値だけ見ればそんなに差はなかっただろうが、その僅かを削り切るビジョンが桐矢にはどうしても見えない。

 にもかかわらず、桐矢の瞳は再戦を望む炎に燃えていた。


『珍しいね。君は割と無気力で執着のない人だと思っていたんだけど』


 そんな中、相馬から笑い声の混じった通信が入る。どうやら、桐矢が悔しがっている様は既に聞こえていたらしい。


「……馬鹿にしてる?」


『まさか。君は一途だから、部長以外に執着なんてしないのかと思っていただけさ』


「この通信うっかりすると先輩にも聞こえるからそういうのホント止めて……」


『わたしがどうかした?』


 噂をすれば影が差す。

 それを体現したかのように、葵の声が飛んでくる。思わず「ふぇっ!?」と間抜けな声が飛び出てしまったくらいだ。


「な、何でもないですよ」


『……もしかして、また相馬君のやらしい話?』


『部長の中で僕の扱いはどうなってるんですかね……』


「ほとんど自業自得じゃねぇかよ」


 何故か肩を落としている相馬に、桐矢は呆れたように返す。よもやいつもの言動を振り返ってなお葵からこんな扱いを受けないでいられると思っていたとは、どれだけ幸せな頭をしているのだろうか。


「それで、授賞式って何するんですか?」


『特に何もないよ。こうしてただぼーっと成績発表を聞いて、最後に像位入賞褒賞を三位から順に受け取って、見せびらかして終わりだね』


「エクスカリバーを見せつけられるのか……」


『まぁ残念だったけどね。次のイベントでリベンジしようよ』


 葵の笑う声を聞きながら、桐矢は画面に映った赤い機体を見る。

 またいつか戦うときを夢見て。


「――っ?」


 そんな中で。

 桐矢は首を傾げる。


『どうかした?』


「いえ。何て言うか、嫌な感じがしませんか?」


 その言葉に、葵の相馬も首を傾げるだけで答えない。


 だが、桐矢は確かに感じていた。

 この嫌な空気を、たった一度だけ、桐矢は感じている。

 だがそれがどこだったのか、思い出せない。


     *


 一方、ラティヌスも同様に授賞式の映像を眺めていた。


『結局、勝ち残ったのは結城さんだけでしたね……』


『む……』


 結城のコクーンの中に、雪野と環の声がする。

 圧勝できると踏んでいた相手に、二人とも撃墜されたのだからその声のトーンも低めだ。彼らなりに落ち込んでいるようだ。


「勝敗を決したのは、星奈の場合はただの慢心だろう。初めから個々の能力では圧勝、なんて思っているから足元をすくわれる」


『あー、説教か……』


「反省会はまた後日にしておこう」


『――それ、絶対一日フルで使う奴じゃないですか……』


「一機も撃墜できなかったのは星奈だけだからね。当然だ」


『うへぇ……』


 本気で嫌そうに雪野は言い、結城と環がくすりと笑い合う。

 そんな中で。


「――っ」


 結城は、背筋が凍るのを感じた。


 理由はない。

 原因もない。

 ただ、身体が先に反応した。


 それは、長い間ASVをプレイしてきて培われた、経験のようなものだ。


(何だ、この嫌な感じは……)


 冷たい汗を流しながら、結城は画面を見つめる。

 そこでは、三位に入賞したチームが褒賞の十字型の盾を受け取っている。何もおかしなことなどない。


『……どうかしたか?』


「いや」


 敏感に結城の変化を感じ取ったらしく、環が声をかける。だが結城は短く応えて、自らの思考の海に落ちる。

 違和感の正体は分からない。だが、確かにこのビリビリとした空気は感じられる。


(考えるべきは空気の正体じゃない。まずは、違和感を探そう)


 目を閉じ、結城は考える。直前の画面では、ブルーローズが長い狙撃銃を受け取ろうとしていた。

 今はイベントの授賞式の真っただ中だ。機体が表彰台に立っている見た目には違和感があるが、これ自体は他のイベントのときにもあったものだ。


 では、イベント中に何かあっただろうか。

 いや、と結城は否定する。トーナメント形式のイベントは以前にもあった。それとほとんど同じだ。何もおかしな所などない。


 では。

 そもそも、このイベントは何だ?


(封印の剣。それは、一位の褒賞がエクスカリバーだから……)


 そこまで考えて、ふと、気付く。

 本当に、このイベントは以前のトーナメント全く同じなのか?


 一位になれば、何故剣の封印が解ける?

 今までのイベントのどれにも、新規の要素があった。〈reword〉とは言え、プレイヤーを楽しませる為に運営は手を抜かない。


 そして、いくらイベントと言ってもこのASVは設定を重んじる。今までの上位褒賞たちにも、それなりの理由があった。


(待て。違う。剣の封印じゃない。封印の剣だ)


 ただ前後を入れ替えただけのようにも聞こえるが、微妙に違う。

 剣自体は、封印されていないのだ。


(この剣が、何かを封印していた……っ?)


 その思考に至ったとき。

 目の前のスクリーンでは、ヴォルフアインがその黄金の剣を抜き払おうとしていた。

 嫌な気配の正体は、その真下にある。


「ま、て……っ」


 呟いても、間に合わない。


「待て――――ッ!!」


 黄金の剣が抜き放たれた途端。

 地響きがあった。


『――ッ!?』


『な、にこれ……っ!?』


 環と雪野の驚愕の声を聞く中で、結城だけは冷静に状況を見ていた。

 画面に表示されているのは、簡単な文字列だけだ。



『Extra Stage :』

『Vs.EGS-**** Leviathan』



 雷が轟くような叫声と共に。

 その機体は、姿を現した。



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