第3章 封印の剣 -5-
設定集に『サフィロス』の項を追加しています。
――激突があった。
異様に長い爪をぎらつかせた赤く巨大な右腕と、機体の長さにも届く白く長大な剣が、二つの機体の前で火花を散らす。
だが、格闘判定でイクスクレイヴは競り負けた。威力と発動タイミングで競り負けていたのだから、どうすることも出来ない。
眼前で、赤い光が爆ぜる。
この時点で、既にイクスクレイヴの耐久値は四七四だ。一方で、バーの割合でしか読めないがヴォルフアインはまだ八割以上を残している。
勝敗はほとんど決した、と言っても過言ではない。
だが今の一撃は、それ以上に意味がある。
(初撃のリベンジって訳かよ……)
この試合において、桐矢は最初に起きた鍔迫り合いでは勝利している。だが、今回は負けた。この短い戦闘の間で、ユウキがわざとぶつけてきたのだ。
「判定に持ち込まさせもしないんじゃなかったか?」
『僕は負けず嫌いでね』
「……俺もだよ」
それだけ言って、桐矢はイクスクレイヴを立ち上がらせる。
ダメージの減少量を見るに、おそらくあとたった二発でもあの右腕のゼロ距離ビーム砲を喰らえばそこで勝敗が決する。
言い換えれば、あと一発は今の攻撃には耐えられるということだ。だが、そう単純に考えられない理由がこのヴォルフアイン戦では存在する。
『しかし、君は運がいいね』
ユウキの言葉に、桐矢は歯噛みする。その言葉の真意を、正しく理解できているからだ。
ヴォルフアインの右腕の攻撃には、ただのダメージ以上に恐ろしいデバフ効果が付随している。
それはすなわち、部位破壊確率二十パーセントである。
この対戦中でも既に三度、この右腕の攻撃を喰らっているが、まだ部位破壊はされていない。野良試合を含めれば、プラスでその二回――最後の一撃は格闘ではなく特殊格闘であり、おそらく部位破壊補正は付かない――ともで、部位破壊には陥っていない。
五回連続で部位破壊されない確率は、およそ三二パーセント。
そして、六回連続となれば三割を切る。
部位破壊の発生率は常に変わらず二十パーセントではあるが、感覚的な話で行けば、次の一撃で部位破壊が起きる気がしてならない。
そして、部位欠損した状態ではおそらくもうヴォルフアインの耐久値は削れない。実質的には、あと一撃で敗北が確定すると言っても過言ではないだろう。
それだけ、劣勢に立たされているのだ。
(闇雲に戦えば負ける)
深く息を吸い、そして吐く。
焦りと緊張が掌をじっとりと濡らすが、それでも、頭はほんの少し冷えた。
(現状、俺に足りないものは何だ? 経験値。これは覆せない。機体性能。これも覆せない。戦略。これは、今からでもどうにかなる)
では、その必要な戦略とは何だ?
『何か悠長に考えているようだけれど、そんな余裕を与えるとでも?』
思考を遮るように、赤い獣が唸りを上げる。
ヴォルフアインが突撃するのとほとんど同時、桐矢はイクスクレイヴを全速力で後退させる。
(機動力はイクスクレイヴが上でも、スラスターゲージ量はおそらく数字持ちの向こうに軍配が上がる。じり貧は目に見えているけれど、スタートでこれだけの空隙があれば……ッ!)
スラスターゲージの管理を徹底し、桐矢がミスさえしなければ、何度かヴォルフアインの攻撃は回避できる。
その僅かな時間に、ヴォルフアインの攻略法を導き出さなければいけない。
迫る赤き右腕から必死に逃れながら、決して集中の意図を切らさぬよう細心の注意を払い、その上で思考を繋ぎ続ける。
今の桐矢に必要なのは、千を超えるであろう耐久値を確実に削る方法だ。
(アスカロンの四連撃と特格コンボを上手く繋げれば、素ダメで三八〇だったはず。改造でこっちの攻撃力は二倍。けど向こうの被ダメが改造と数字持ちのアドバンテージを合わせたら五割以下だろう。四割程度で見積もれば、最低四回は決めないと話にならない)
だが、コンボとコンボを繋げるのはかなり難しい。一発だけ成功させるならまだしも、四度も成功させるのは厳しい。桐矢には一度の失敗も許されないのだから、こんな危険な真似は出来ない。
(確実なダメージ。確実なダウン。積み重ねながら、絶対に防がれちゃいけない)
速度だけで言えば、イクスクレイヴはヴォルフアインに勝る。回避させるよりも先に攻撃を当てることだけなら、たとえスラスターゲージを削らずとも可能だ。
だが、シールドガードがある。
これに防がれればイクスクレイヴはよろけ、硬直し、致命的な隙を晒すこととなる。
(まずは、シールドガードを封じる。話はそこからだ)
操縦桿を握り締め、桐矢は前を見据える。
*
その様子を、結城蓮はただ冷めた目で見ていた。
(思ったほどではなかったかな)
落胆する気持ちは隠せなかった。
ASVほど大差がついてしまえば面白みのないゲームも少ないだろう。言ってしまえばこれはバスケットボールの試合にも似ている。両者が互いにダウンする中、ダウンせずに連取することを積み重ねた方が勝ちだ。
極論を言えば、最上級者同士の対決になれば、ASVの勝利条件は『相手よりミスをしないこと』の一言に尽きる。
回避はもちろんガードのタイミング、スラスターゲージの管理。基本でありながらもこれらを徹底すれば負けることはあり得ない。
そして、結城は間違いなくその最上級者に位置するプレイヤーだ。
ヴォルフアインの残耐久値は一二〇〇。一方で、対戦相手のイクスクレイヴは高く見積もっても五〇〇もいかないだろう。
確率的にもそろそろ部位破壊は起きる。七回も八回も当てて部位破壊が起きなかったことは長く使っている結城でも一度もないし、七回連続で不発というのは、一発で部位破壊を引き当てるのと同程度の確率だ。まず起こり得ない。
もう、これだけの大差が覆される訳がない。
それは驕りではなく、ただの純粋な自信だ。
そしてもう一つ、ASVの特性以上に結城は桐矢の敗北を確信している。
(彼には自分ほどに速い相手と戦った経験値が、圧倒的に不足している)
元々、イクスクレイヴは全アサルトセイヴ中最速に座す機体だ。その上で、機動力向上の白の色付き。
機体の解放時期を考えるに、彼が自身より速い相手と戦ったのはAランク昇格ミッションのアルス・マグナ戦くらいのものだろう。せいぜいクロスワン・バスタードが解放を使えば届くかどうか。それ以外にイクスクレイヴに匹敵するような機動力の機体は登場しない。
つまり、彼にとって結城との戦いはほとんど経験していない領域にある。
だが、結城は違う。
常日頃からアルバトロスのないヴォルフアインを野良試合で乗り回し、自身より速い相手との戦いについても研究してきた。強い武装を持ちながら、それに頼らずとも勝つだけの腕を彼は得ている。
(イクスクレイヴの得意技は手動化。だけれどこれは、自分の速度に物を言わせたカウンター技だ。同速度の格闘機体が相手じゃ反応される可能性の方が高い。つまり、そんなものは役に立たない)
そして、その他のスキルを彼が身に着けているとは思えない。
慣性ステップのように存在程度は教えられていても、それをこの状況で扱えるレベルに昇華できているかは別問題だ。もしそんな一発勝負の賭けに出たとしても、この耐久値差を覆すだけの回数成功させるのはほぼ不可能だ。
(必要なのは百発百中の技であり、同時にカウンターとは違う能動的な攻撃。それを彼が理解していたとしても、僕の勝利を揺らがすに足るかどうか)
結城はこの銀の腕――アガートのビーム砲を一発でも当てれば勝てる。万が一にも結城が追い詰められようと、カウンターを一度決めることも出来ない、という展開にはならないだろう。
(問題は、こちらの残機か)
結城はそう言って、ちらりと左右のサブスクリーンを見やる。
環、雪野の両名のプレイヤーネームがグレーになっている。元々は黒だったこの色が変わるということは、撃墜されたということを指す。
同時に、結城は自機にかけられたロック表示の数も数えている。ロックは二本。こちらがロックを切り変えレーダーで確認した限り、向こうに狙撃機体が隠れているという可能性もなさそうだ。
(つまり、向こうにはまだブルーローズが生きているというところか。この勝負を切り抜けたとしても、彼女を倒さないことにはチームの勝利はない)
だが、ブルーローズは面制圧射撃特化の機体だ。その絨毯爆撃をくぐり抜けアガートの間合いまで懐に入り込むのは、容易ではない。
イクスクレイヴと対峙している間は安全だ。彼女の射撃は味方すらも巻き込むというデメリットがあり、これだけの近接戦闘では使えない。
(まずはイクスクレイヴの撃破。その後はブルーローズへの注意だ)
結城はそう結論付ける。
プレイヤーとして、戦力の把握は当然必須だ。そして、先を見越す思考も。
だが。
それこそが致命的な隙になるということに、彼はまだ気付かない。
眼前に立つ白き刃は、己と同じただの獣だというのに。
*
逃げ惑うのは、もうやめた。
勝ちのビジョンは微かに見えている。それを消さぬよう、必死に繋ぎ止める。
一度の失敗も許されない。そんな極限状態に立たされたことなど、今までだって何度もある。今さら臆する理由はない。
深く、息を吸う。
隙になるとは理解していながら、それでも、一瞬だけ目を閉じて心を落ち着かせる。
「行くぜ、ユウキ」
『その前に僕が屠るけどね』
なおも迫りくるヴォルフアインに対し、イクスクレイヴは真正面から対峙する。右手に大剣を構え、殺気を滾らせる。
しかし、それをものともせずにヴォルフアインは突っ込んでくる。
それを桐矢は手動化――ロックオンをあえて外すことで機体の細かな制御を得、紙一重で躱す技術――で、ヴォルフアインの右腕から逃れる。
カメラアイの真横を通り抜けていく赤い閃光には目もくれず、桐矢は懐に入り込んだ状態から真下から切り上げる。
だが、そこまではヴォルフアインも想定済みだ。
ステップで攻撃をキャンセルしたかと思えば、そのまま即座にシールドガードへ移行する。このまま桐矢の攻撃がヒットすれば、よろけが発生してしまい、イクスクレイヴは不可避の隙が生じる。
だから、桐矢に出来ることは同様にステップで攻撃をキャンセルし、もう一度体勢を立て直すしかない。少なくとも、それが定石だ。
だが、そんな悠長なことを言っている余裕はない。この程度のピンチを覆せなければ、初めから桐矢に勝機などない。
「うぉぉおおお!!」
ロックオンを外し、操縦桿とペダルだけで、フルスピードのイクスクレイヴを桐矢は操ってみせる。
尋常ならざるGを受けながら、それでも桐矢は、ピポットターンの要領でヴォルフアインの背後へ回り込んで見せる。
『――ッ!?』
ユウキが息を呑む。だが、彼にはこれ以上の反応は出来ない。出来るはずがない。
桐矢を追いかけ、直前で攻撃をキャンセルし、その上でのシールドガードだ。スラスターゲージは底をついて当然だ。――ここは、それでも桐矢を追い詰められる場面のはずだったのだから。
にもかかわらず、桐矢はその劣勢を覆して見せた。
本来逃げるべき場所で、なおも貪欲に勝利を望んだことで、文字通りにユウキの裏をかいた。
「終わりだ!」
そのまま、桐矢はペダルを踏み込む。アスカロンを正眼に構えたイクスクレイヴは、背中の翼を唸らせてまっすぐに突進する。
重い衝撃がトリガーに帰ってくる。同時、そのままイクスクレイヴは切り抜け、ヴォルフアインの間合いから遠ざかる。
いわゆる、めくりだ。
シールドガードの有効範囲外へと機体を回り込ませるテクニックだ。その本質は手動化と全く同じで、ロックを外すタイミングと機体制御にある。
だが、その難易度は比較にならない。
急旋回をこの速度でやれば、まず目が追いつかない。機体操作を誤れば、あらぬ方向へ吹っ飛んでいくだけだ。だが、速度を落とせば敵機の自動追従でシールドが回りこんでくる。
それをこの土壇場で成功させた桐矢の技量もさることながら、その胆力もすさまじいものがある。
これはつまり、シールドガードをしてもイクスクレイヴには利かないと相手に思わせる為の作戦だ。逆に言えば、失敗してしまえば相手はシールドガードを多用してくる。耐久値的に不利な桐矢は、ダメージ以上にどうしようもない場面へと追い込まれてしまう。
だが、この成功で終わりではない。
ダウンしたヴォルフアインを確認し、桐矢はそのまま再度突進する。
『――そう来たか!』
ユウキが驚愕と共に、どこか歓喜に震えた声を上げる。
スラストアクセル全開で、桐矢のイクスクレイヴは起き上がりつつあるヴォルフアインへと迫る。
桐矢のアスカロンの切っ先が届く寸前、赤い機体のダウン後の無敵時間は消失する。完璧な時間調節だ。
だが、ヴォルフアインはそれを回避できない。スラストアクセルは、一瞬でトップスピードを得られない。ある程度の距離を駆け抜けて初めて最高速度になる。そして、白の色付きのイクスクレイヴの最高速度ともなれば、ヴォルフアインのいかなるステップでも間に合わない。
そのまま胸を貫き、桐矢のイクスクレイヴはヴォルフアインをまた深い闇へと沈める。
(あと、五回か!)
ゲージの減り具合を見て、桐矢は即座にそう判断する。
完全完璧なヒットアンドアウェイ。
それを繰り返すことで、ヴォルフアインの耐久値を最低でもイクスクレイヴと同じ程度にまで落とさなければならない。
だが、めくりの成功率は決して高くない。めくりを使う、使わないという駆け引きもこれから先は重要になる。その局面で、絶対に失敗は許されない。
神経が研ぎ澄まされていく。
視界がどこか遠くなり、意識が水底へ沈んでいく。
胸の高鳴りも何もかもが、遠くに聞こえていく。
ヴォルフアインの腕が、僅かに持ち上がるのが見える。シールドガードの動作だと認識したときには、桐矢の身体は既にイクスクレイヴを操り始めていた。
背後に回り込み、アスカロンの刺突で切り抜ける。
自分でも驚くほど滑らかに動ける。桐矢自身の思考と操作、イクスクレイヴの動きの間に一切のラグがない。
『――まさか、これだけの腕を秘めていたか……っ!』
喜びに声を震わせるユウキは、イクスクレイヴを迎え撃とうとヴォルフアインを操る。
だが、しかし。
「遅ぇよ」
それより早くイクスクレイヴの刃が赤い機体を貫く。もはや、ヴォルフアインに動く余裕すら与えない。
『だけど、いつまでも僕が黙ってやられると思ったかい?』
ぞくり、と。
背筋が凍る。
加速した意識は、もはや本能に近い。理性的な正しさがありながら、何よりも直感的なのだ。そんな思考が、確かに捉える。
これは、殺される。
「――っ!」
まだ削り切れていない。だが、これ以上ヒットアンドアウェイを重ねてタイミングを計られてしまえばそこに待っているのは絶対的な敗北だけだ。
ヴォルフアインへと突進しながら、桐矢は歯噛みする。
「っらぁぁあああ!!」
吠える。
その敗北の意識を斬り離そうと、ただ刃を振る。
右に握り締めたアスカロンが、ヴォルフアインの赤い装甲を袈裟に切り裂く。確実なヒット。これを逃す手はない。
そのまま左に薙ぎ払い、返す刀で右から斜めに斬り上げる。
コンボのモーションとして刺突へ移行しようとするイクスクレイヴを、桐矢は無理やりに動かす。
重い操縦桿の操作タイミングを過てば、即座にコンボが途切れてしまう。そのギリギリの中で、桐矢はそれで別のコンボへと切り替えてみせた。
右のアスカロンと左のグラムによる、交互に繰り出される五連撃だ。イクスクレイヴの持てるあらゆるコンボの中で、最高の威力を誇る。
その全てがヴォルフアインの身体へと吸い込まれ、最後の左右同時にX字の斬撃で締めくくられる。
眼前に映るヴォルフアインの耐久値バーは、既に桐矢のものよりも下回っている。
ダウンしたヴォルフアインから遠ざかり、桐矢は息を整える。
(あと、一撃だ……)
あと一回、今のコンボを決めれば勝てる。
なのに。
冷や汗が止まらない。
眼前の獣はまるで勝利に飢えているかのように、ゆらりと立ち上がりその顎をイクスクレイヴへと向ける。
網膜に焼きつくように浮かぶ、敗北の未来。それを振り払って、桐矢は再度突進する。
だが、しかし。
『君は、よく頑張った』
敵から放たれたのは、賛辞の言葉。
それは同時に、勝利宣言でもあった。
『だけど、そう何度もスラストアクセルを使うのは失策だよ』
イクスクレイヴが攻撃モーションに映る直前、ヴォルフアインの右腕が光る。
だが、桐矢はそれに反応し損ねた。あと一撃で勝てるという至極当然な弛緩が、桐矢の集中の糸を僅かに綻ばせてしまっていたのだ。
イクスクレイヴは攻撃モーションに入る。だが、スラストアクセルでゲージは尽きている。ステップによるキャンセルは間に合わない。
そして、格闘判定に陥るよりも刹那、ヴォルフアインの攻撃は早かった。
右腕がイクスクレイヴの左腕に突き刺さる。
『爆ぜろ』
コクーンに激しい衝撃が走る。ロックオンアラートとは別の警告音で、白い繭の中が満たされる。
激しく揺さぶられる機体の中で、東城は呻く。
「左腕が……っ!」
膝の間にあるサブタッチスクリーンを見れば、左腕が欠損したという表示がある。剣ごと左腕を失った以上、先程のような五連撃は使えない。
イクスクレイヴの最大級の攻撃は、ここで封じられた。
沈みゆく機体に、声が振る。
『その腕前にその機体性能。やはり、君は逸材だ』
その賞賛は、桐矢からすれば意外なものだった。
桐矢の持てる力の限りを尽くし、それでもなお、全くと言っていいほど届かなかった。あれだけ豪語していながら、それでもヴォルフアインの耐久値は四分の一も残して桐矢の刃は折れたのだ。
「……嫌味かよ」
『いいや。心からの賞賛だよ。もしもこのヴォルフアインが数字持ちでなければ、耐久値はとうに尽きていた』
その言葉に、桐矢は目を剥く。
この世に、たらればの話ほど意味がないものはない。もしもヴォルフアインが数字持ちでなかったとしても、それに見合った立ち回りをユウキは披露していただろう。
それでも。
このASV〈reword〉において最強の名をほしいままにする彼に、ifの話であろうと土を付けたのだ。それは桐矢がまだASVを始めて二カ月と経っていないということを考えれば、驚くべきことなのだ。
だからこそ、ユウキは賛辞を贈る。
「……だから、どうした?」
『分かっている癖に』
くすりと笑う声がする。
立ち上がるイクスクレイヴに対し、ヴォルフアインは追撃しようとはしなかった。
『君が欲しい。「ラティヌス」に来ないか』
それは魅力的な提案だ、と桐矢は思う。
ASV〈reword〉をクリアしたければ、まず間違いなくこのチームに入るべきだ。それが最も近道なのは言うまでもない。
実際、色付きか数字持ちの機体でなければ入れず、その上でユウキの御眼鏡に適わなければならない。きっと今まで多くのプレイヤーが参加を求め、結城はそれを断ってきたのだろう。でなければつい先日までたった二人で〈reword〉をプレイするはずがない。
そんな厳しい条件をクリアし得ると、認められたのだ。
素直に嬉しいと思った。
――けれど。
「……生憎だな」
がしゃりと、右の大剣が音を立てる。
「俺の居場所は、先輩の下だけだ」
背中のスラスターを吹かせて、桐矢は突撃する。
「俺は、あの人の為にしか戦わねぇよ」
勝ち目などない。
それでも。
この場で先輩以外の手を取ることだけは、絶対に出来なかった。
『……そうか』
赤い腕が煌めき、唸りを上げる。
イクスクレイヴの斬撃は紙一重で躱され、ヴォルフアインの右腕が、獣の顎のように彼の胸部装甲に牙を立てる。
『残念だ。――またいつか、戦える日が来ることを願うよ』
「いつか絶対、お前を負かす。――くそったれ」
桐矢のイクスクレイヴは赤い光に包まれ、爆散した。




