第1章 白き剣 -6-
『そうですよ』
プツ、と左のモニターにウィンドウが現れて相馬の顔が映し出された。
『こっちも待ち疲れてるんですし、そろそろ始めて下さいよ』
「ごめんね。じゃあ戦闘スタートしよう」
桐矢に代わって、葵が画面を次へと進ませる。
画面は打って変わって工場のような世界になった。――これはカタパルトの中だ。
「用意はいいね?」
「はい」
昨日のプレイはチュートリアル。しかしこれは紛れもない対戦なのだ。いくら最初は動かない的になってくれるとは言え、重みがまるで違う。
じっとりと汗に濡れる掌で、それでも決して逃げ出さない為に、左右の操縦桿である真新しいレバーを握り締めた。
「じゃあ、行くよ」
こくりと頷き、桐矢は一機にペダルを踏み込んだ。
疑似的なGが発生し、身体がシートに抑えつけられる。それに耐えていると、一瞬にしてモニターの景色は変わって一面に砂漠が映し出された。
「砂漠ステージ、練習にちょうどだね」
『ランダムじゃなくてステージ選択できるんですから、僕だってここを選びますよ』
相馬の声がした。
随分と遠くに紺と深緑をメインカラーにした機体があった。カメラを操作してそれをズームしてみると、背に機体の前兆の三分の二ほどある巨大なライフルを背負っている。
桐矢の機体であるこのイクスクレイヴや、昨日見た葵の紺碧の機体とも違ったフォルム。どちらかと言えば、葵と戦って負けたあの白い機体――セイヴ・ゼロというらしい――のデザインが生きている気がした。
左の肩からマントのように厚い装甲が伸びていて、それが左半身を覆い隠しているせいか、やはりミステリアスな雰囲気も感じられる。
『格好いいだろう? 僕の愛機のITS-SMT01 アクイラさ』
ふふん、と自慢げに笑う相馬の声がした。彼のファンクラブの会員なら、その甘いボイスに卒倒ものだったかもしれないが、桐矢にとってはむしろ癇に障った。
左側のモニターに映し出されている相馬を睨みつけつつ、桐矢は挑発するように言う。
「まぁな。――けど俺のイクスクレイヴの方が断然、格好いいけどな」
その一点は、桐矢も譲れない。
翼を生やした天使のようでありながら、フェイスは騎士にも似たこのイクスクレイヴを、桐矢はこのたった一、二分の間に気に入っていた。
『負け惜しみはやめなよ』
「誰が負け惜しみだ。どう見たって――」
「はいはい、そんな小学生男子みたいな喧嘩はしないの」
呆れたような葵に諭されて、桐矢は渋々反論するのをやめたのだった。
「さて、気持ちを切り替えていくよ」
葵の言葉を受けて、桐矢は対戦に意識を言集中し始めた。
モニターには機体カメラの映像の他に、自分の耐久力や残機ゲージ、そしてスラスターゲージという、ダッシュやジャンプの使用で消費されるゲージが表示されていた。膝の間にあるサブスクリーンには、レーダーや自機の破損状況や残弾情報その他がある。
これら全てを徹底的に管理することも、このゲームの重要な要素である。
「装備の確認はした?」
「今からです」
葵に言われて、桐矢は慌ててサブスクリーンを切り替えた。
映し出された武装は全てで七つ。
背の翼である、高推力スラスター翼。
右手の武装である、アスカロン・対艦ビームソード。
左手にしてアスカロンの対となる、グラム・対セイヴビームソード。
右のもう一つの武装となる、高周波ブレード。
左手武装で唯一の射撃武装、イーグル2・ビームライフル。
斥力場を生み出し攻撃を弾く、インテンジブルシールド。
そしてサブ兵装の、ワイヤーアンカー。
「――と言った感じです」
「特徴その他も覚えておいてね。――それで、戦い方は忘れてないよね?」
「い、一応」
「じゃあ動かない相馬君を相手に、一回ノーマルのコンボ決めてみようか」
葵に言われるままに、桐矢は思い出しながら機体を操作する。
背中の大剣――アスカロンという銘が膝元のスクリーンに表示された――を抜き払い、構える。刃の部分が抉れたような幅広の刀だったが、抜くと同時にそこにビームが展開された。
「じゃあ、行くぞ?」
『構わないよ』
動かないアクイラに向けて、桐矢は突進した。
スラストアクセルと呼ばれるゲージ消費のダッシュで、即座に間合いを詰める。ロックオンマーカーが緑からオレンジ、そして赤へと変わった。これは射程圏外、射撃射程、格闘射程をそれぞれ示している。
ロックオンマーカーが赤になると桐矢はダッシュをやめて、着地とほぼ同時にアスカロンを振り抜いた。
袈裟斬、左薙ぎ、右斬り上げ、そして刺突でフィニッシュだ。
コンボは見事に決まり、深緑の巨大な身体がダウンする。しかしロックオンマーカーの上に表示された相馬の耐久値ゲージは、一割減ったかどうかだ。
「あの、昨日チュートリアルやったときは、格闘コンボがこんだけ決まれば三割くらい持っていけたんですけど」
「言ったでしょ。〈reword〉は機体の育成という名の改造が出来るって。今のアクイラは被ダメージだいたい半分くらい、耐久値も一・六五倍だよ。射撃攻撃は与ダメージ二倍かな」
「……えげつないですね」
「〈reword〉じゃない普通のミッションモードでも改造できるけど、そっちも同じ感じだよ。――さ、せっかく的になってくれてるんだから左の武装とかも併用して、どんどん機体に慣れていこ」
葵に言われるままに左手でもう一つの短い両刃の剣――グラムを抜くと、右のアスカロン同様に刃となるビームが展開された。
ダウンから起き上ったアクイラに、今度は左のグラムによる三連撃で斬り伏せた。
「いいよ。特殊格闘とかどんどん絡めて」
「分かりました」
起き上ったアクイラに左右の長さの違う大剣、アスカロンとグラムによる五連続の斬撃を浴びせる。
動かない敵が相手とはいえ、やはり格闘コンボがきっちり決まるのは爽快感がある。
それから右のもう一つの武装であるチェーンソーのような形状の刃――高周波ブレードや、左武装のビームライフルなども試し、ようやくアクイラの耐久値は半分を切った。
「堅いですね……」
「やっぱり改造してないとキツイかな。戦闘中でも一応はポイント注げるし、チームで合計だからエンデュミオンのポイントはかなりあるよ。だからやりたければ今すぐに改造は出来るけど……。でもこういうのはじっくり考えた方がいいよ。やりなおし出来ないし」
「そうですね。――というか、戦闘中でも色々調整できるんですね」
桐矢としてはそこの方が驚きだ。これだけリアリティのある画像を映し出す技術もそうだが、オプションまでフレキシブルとなると、地味ながらも相当な技術力の高さである。さすがはNIC製と言ったところだろうか。
「他にもチームの脱退手続きとかも出来るよ。戦闘中にチームから抜けた場合、申請を出した人だけが相手との戦闘を続行してね。ただし相手側に入隊申請出した後でそれをすると、例外的に五対三のバトルになったり、色々できるみたい。寝返りの為の機能らしいから」
「本当に自由度が高いんですね、このゲーム」
『……いいからさっさと的役を終えたいんだけど?』
「あぁ、悪い」
葵と話し込んでいると相馬から退屈そうな声がしたので、ここで戦闘を終わらせるべく覚えたばかりのコンボを繋ぎ、一気に仕留めにかかる。
四回ほど大きなコンボを叩きこんで、ようやくアクイラの耐久値は尽き、その紺と緑の迷彩のような装甲が爆散した。
「気持ちいいですね、やっぱり」
「でしょ? 願いが叶うっていうのがなくてもハマっちゃうよね。――あ、いま相馬君の残機ゲージが三分の一ちょっと減ったね」
葵が画面の上部の紅いゲージを指差して言う。
「この残機ゲージは撃破された機体のコストに応じて減少するんだけど、残った残機ゲージが機体のコスト以下だったら、機体の耐久値がその分減った状態で再出撃になるから注意ね」
「了解です――ッ!?」
返答をしようとした直後、コクーンが激しく揺れた。イクスクレイヴがダウンしたのか画面は砂で覆われ、六五〇あった耐久値はあっという間に二五〇まで減少した。
「イッタぁ……っ」
桐矢の後ろで葵は頭を押さえていた。元々安全性を無視して二人乗りをしているのだから、どこかで後頭部でもぶつけたのだろう。
「ちょっと、相馬君!?」
『何ですか、部長。僕は一階撃墜されるまでは的役だと言われましたけど。以降の指示はなかったですよね?』
桐矢の座るシートのヘッドレストに内蔵されたインカムに怒鳴る葵だったが、返ってくる相馬の声は実に爽やかだった。
「……本音は?」
『コーヒーを買いに行かされた復讐です。あと中三の頃から部長につき従っているのに、おっぱい一つ触らせてもらえないので下克上です』
……理由が果てしなくゲスかった。イケメンのくせに残念極まりない。
「相馬君、後でどうなるかは分かってるよね?」
『はは。まぁ今なら先輩にも負けるとは思ってませんので、文句があるなら勝負で白黒つけましょう』
「……なるほど。じゃあもしも桐矢君がこのまま勝ったら、相馬君は土下座ね?」
『心得ましたよ。なら僕が勝ったら、そのおっぱ――』
要望を聞く前に葵が通信を遮断した。
「桐矢君」
「はい」
ドスの利いた声に、桐矢は軍隊の敬礼のような返事を返した。
「相馬君をボコボコに負かすよ」
「え、でも俺って超初心者――」
「大丈夫。――わたしが君を導いてあげる」
そう言いながら、葵はコクーンの上部に備え付けられているアーム付きのキーボードを伸ばし、何やらメニュー画面を開いていた。
「あ、あの先輩?」
「耐久力は十二まで、格闘機体だから格闘攻撃力は十五まで改造。ホワイトカラーってことは機動力がデフォで上がってるけど上乗せ十五改造、スラスターも十二までは上げて機動力と格闘重視だね。射撃とEBは八までしか改造しないけど――」
「あの、先輩。それさっき言ってた、やり直しがきかない改造というものでは……?」
「合計一億六千万ポイントか。全部使い切るけど構わないかな。――いいね、桐矢君。絶対に何が何でも相馬君を泣かせるよ」
「は、はい」
もはや狂気すら感じる気迫に、桐矢は黙って従うしかなかった。