第3章 封印の剣 -1-
蝉の鳴く声がする。
じりじりと照りつける陽は、もうじきに三時になろうかというのに、変わらずにその熱を放ち続ける。
だが、その熱を上回るだけの気迫が、この部室を包んでいた。
「――準備はいい?」
「もちろんですよ、部長」
「俺もです」
肩慣らしとしてチーム内で軽い対戦もしたし、水分補給もしっかりと済ませた。トイレにも行ってある。どんな些細な懸念要素もなく、桐矢たちはこの決勝戦に臨める。
「作戦は単純明快。バスケットじゃないけれど、オールコートマンツーマンで行くよ」
事前の打ち合わせを確認する葵の言葉に、また二人も頷く。
いつものようにイクスクレイヴが前衛、ブルーローズ、アクイラが後衛となる作戦も考えたが、そうなるとおそらく敵はヴォルフアインが前、リアファルとサフィロスが後衛に付くだろう。その射撃を掻い潜りながらヴォルフアインに勝つには、桐矢の腕前も機体性能も足りなさ過ぎる。
だからこそ、初めからチームプレイを放棄する。
完全にバラバラに戦うことで、少なくとも桐矢の負担を軽くすることができる。――代わりに、葵たちが支援することも出来なくなってしまう訳だが。
「桐矢君は近接特化のヴォルフアイン、相馬君はあの堅そうなサフィロスをお願い」
「というか、俺、初めからあのヴォルフアインの相手を譲る気なかったですけどね」
「あの堅い装甲を撃ち抜くには僕の狙撃が必要だろうし、妥当な判断でしょうね」
「そういうのを加味しての判断だよ。――そして、一番謎めいたあのリアファルっていう機体は、わたしが受け持つ。一応、このメンバーの中ではプレイヤースキルが一番高いって自負しているし、多少予想外の武装が相手でも対応できるから」
ヴォルフアインやサフィロスは、初期段階で解放された機体だ。だからこそ、一般プレイヤーもたくさん触れて来ていて、武装や機体の特色も明らかにされている。
しかし、あの白い翼を携えた機体――サイ・リアファルは分からない。
名前だけは明らかにされているが、インターネットの攻略サイトにも未だ完全な情報が載っていない。噂によれば、数あるシナリオモードの中でたった一つのルートを選択していた場合にのみ解放されるとか。
その上、この大会に参加していながら、あの機体はビームライフルしか使用していない。どんな特殊な武装なのか、あの知恵の泉のような知識の宝庫である葵立夏ですら知らないのだ。
「敵機を撃墜した場合は、イクスクレイヴへの支援が最優先。次点でアクイラね。――もし逆に誰かが撃墜された場合は、わたしがそれを受け持つ。わたしが先にやられたときは、相馬君がよろしくね」
「了解です」
短い作戦会議も終わった。
どちらにせよ、一対一の戦闘が終わらない限りは支援を期待することは出来ない。
深く息を吸い、桐矢は拳を握る。
なすべきことは、ただ一つ。
――あの紅蓮の狼の喉元へ、この白き刃を突き立てろ。
「……俺があんたを討つぜ、ヴォルフアイン」
その宣言は、遥か彼方に要るその男の身に、確かに届いたような気がした。
*
同時刻。
小さな白い繭の中で、結城蓮は呟く。
「準備はいいかい?」
『バッチリ』
『……問題ない』
雪野と環の返答を聞いて、結城も頷く。
いま、彼らはコクーンの機能で『ラティヌス』のメンバーとの映像通信チャンネルを開いている。
一般人の結城は、当然コクーンそのものを所有していない。だから、こうして通信に頼らなければ彼らと会話することも難しかった。
いとこがゲームセンターを営んでいるおかげで、頼み込めば、ある時間だけ予約札のように結城が乗るコクーンに『故障中』という紙を張ってくれるが、やはり他のメンバーを集めるまでには至らない。――そもそも、環雄大は県外に暮らしている為に呼び付けることも出来ないが。
それでも、準備は整った。
これからの決勝戦で、支障が出る恐れはない。
「エンデュミオンはおそらく、一対一の戦闘を選ぶだろう」
『……何でです? 普通に個々の能力だったらうちのチームの圧勝じゃないですか』
「慢心するには早いと思うけどね……。――単純な話だよ。彼らの中で一番プレイヤースキルが低いのがイクスクレイヴで、そして、残念ながらその彼でなければ僕のヴォルフアインに対抗できない。だから、彼らは最低でもイクスクレイヴが万全の状態で戦える状況を用意しなければならない」
雪野の何げない問いにも、彼はすらすらと答える。
実際、雪野と結城には〈reword〉プレイヤー歴に大きな差がある。
雪野がASVを始めたときは友人の誘いだったらしい。当時はパイロットライセンスの発行が面倒で、その友人のカードを借りていた。しかし本格的にハマり始めた彼女は、ついふた月ほど前に自身のライセンスを用意した。それが〈reword〉だった。
一方で、結城はASVが稼働して半年もしない内に〈reword〉プレイヤーになっている。蓄えた経験だけ見れば、雪野と結城には覆しようのない隔たりが存在する。
「――そういう訳で、彼らは単騎対単騎の戦闘に運んでくる。チーム戦はプレイヤースキルが最も色濃く出る戦術だからね」
『なるほど。――で、私たちはそれを阻止すればいいんですか?』
「いや」
雪野の当然の確認を、しかし結城は否定した。
「彼らの誘いに乗る。それも、彼らの考える一対一の組み合わせでいくつもりだ」
『……正気?』
「もちろん」
呆れたような雪野の声に、結城は爽やかな声で答える。
「この勝負は勝たなければいけない。二位の上位褒賞は確かに強力だが、残念ながら僕らのチームには使える機体がいないからね。でも、それ以上に重要なことがある」
そして、結城は言う。
「君たちが、本当に僕のチームメンバーに足る人材か。それを見せてほしい」
沈黙があった。
やがて、スピーカーから放たれる声がそれを破る。
『……なるほど。いっつも一人で戦って悦に入って、私たちに相手を残さずに一人で食べ散らかす癖に、私たちの実力を疑おうと』
流石に、結城も本心ではそんなことを考えている訳ではない。第一、こんな疑いをかけるまでもなく彼らは強い。
だが、だからこそ油断が生じる。それを排除する為に、彼はあえて挑発しているのだ。その程度で、このチームの絆にヒビが入ることがないことを信じているから。
『いい、やるわよ。その代わり、結城さんが先に負けたらリーダー交代でよろしく』
『……雪野に同意する。強い者がリーダーになるべきだ』
「構わない」
あっさりと結城はその条件を呑んだ。
リーダーの座に執着はそもそもないのだが、しかし、誰かの指示に従うというのは性に合わない。だからリーダーを譲るのにいい気はしない。
それでもそう簡単に答えた理由は、一つ。
この紅蓮のヴォルフアインと自分が負けるなど、あり得るはずがないからだ。
「――さぁ、そろそろ時間だ。最後まで残った者がこの『ラティヌス』のリーダーだよ」
『下剋上の時間よ』
『……勝つ』
三者三様のやる気を秘めて、チーム『ラティヌス』は動き出す。
戦いが始まる。
たった一つの黄金の剣を懸けて。
何よりも譲れない誇りを胸に。




