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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第1部 VS. クロスワン・バスタード
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第1章 白き剣 -5-


 握手を交わしてしばらく雑談をしていると、廊下を歩く音がした。

 随分とゆっくりだが、少し音が大きい。重いものでも抱えているのだろう。


「――あぁ、話は着いたみたいだね」


 がらりと扉が開けられた。コーヒー店のロゴの入った大きな紙袋を携えて、相馬旭が帰ってきたのだった。

 流石に六月と言えばもう夏、坂を十五分もかけて登って来た相馬の額には汗が滲んでいた。だが、それすらも爽やかに感じられるほどの美少年っぷりだった。


「じゃあメンバー揃ったし、さっそくプレイしてみる?」


「いいんですか?」


 葵の提案に、桐矢は乗り気なニュアンスで聞き返した。


「うん。〈reword〉プレイヤーなら専用のミッションモード限定だけど、タダでプレイできるから心配は要らないよ。でもまぁ、今回は対戦モードでやってもらおうかな。――あ、もちろんこの部屋でやる分には、管理者のわたしが全部のモードで無料に設定しとくし」


「あの、部長。僕が買ってきたコーヒーは?」


 コーヒーの入った紙袋を持ったまま、相馬は呆然と立ち尽くしていた。


「先に軽く一戦交えるだけだよ。そうだ、相馬君が相手になってね。わたしは桐矢君と一緒に入って教えるから」


「……いいですけどね、別に」


「あ、俺がありがたく飲ませてもらうから」


 桐矢は慌てて機嫌を取ろうと、相馬からコーヒーを受け取った。


「気づかいなら大丈夫だよ、慣れてるからね」


「……まぁ元々は、お前が俺をはめた結果の罰だったんだからな」


 桐矢は言いながら、一口コーヒーを呑む。あまりコーヒーや紅茶が苦かったり渋かったりで得意ではないのだが、今日はどうしてかとても甘いような気がした。


「さて。相馬君は中でちょっと待機してて。色々設定を済ませた後、桐矢君が一回撃墜するまでは的役として動かないでね」


「了解ですよ」


 パシリにされた後だと言うのに、相馬はにっこりとほほ笑み、颯爽と白い筺体――コクーンの後部扉を開いて中へと入っていった。


「じゃあやろうか。後ろのハッチがあるでしょ? その横にライセンスをかざすと、自動で扉が開くから」


 葵に言われるままにライセンスをかざすと、ワゴンカーのスライドドアのようにコクーンの扉が開き、中へと誘われた。

 昨日も思ったことではあるが、暗く、そして狭い空間だった。


 中央――というよりもその内部の空間の八割を占めるように、合皮のシートが鎮座している。シートの前の膝で挟むような位置に半球状のサブモニターがあり、両手で握れるように操縦桿であるトリガーが左右一本ずつ、足元にはペダルが二つある。そして繭の中を覆うような大小三枚の湾曲したモニター。

 まさにロボットのコックピットを再現したような意匠に、少年心をくすぐられて桐矢は少しばかり興奮してしまう。


「やっぱ、格好いいな……」


「でしょ?」


 桐矢をシートに座るように促して、シートの後ろの葵は立った。明らかに二人が入れるだけの広さはないので、桐矢の頭に顔を近づけるようにしてどうにか、といった感じだ。

 ふわりと漂う甘い桃のような香りにテンパりそうになりながらも、どうにか桐矢は呼吸を整えた。


「起動したらいいんですか?」


「そうだね。ライセンスをそこに差したら、たぶん〈reword〉専用のチュートリアルが始まるよ」


 葵の言う通りに正面のモニター傍の箱にライセンスを挿入し、桐矢はモニターなどに明かりが灯っていくのを眺めていた。

 ただの起動ではあるものの、ロボットアニメのOPなどで散々見て憧れた光景だ。男子ならプラモデルを子供の頃に一度は組み立てるように、そういう潜在的な何かに心を躍らされた。


「――目、すごくキラキラしてるよ? やっぱり男の子だねぇ」


 葵にくすくすと笑われて恥ずかしいやら照れくさいやらで、とりあえず咳払いをして桐矢はごまかした。

 そんな間にも画面には制作会社であるNICやASVそのもの、販売委託のゲーム会社などのロゴが流れてゆき、とうとうゲームのオープニングが流れる。

 最近リニューアルしたというOPでは、有名なシンガーソングライターに楽曲を提供してもらったらしく、それだけでもかなりの迫力だった。

 そうして見ごたえのあるOP映像が終わると、昨日ならそのままメニュー画面へと移った――のだが、今回は画面が停止したままになってしまった。


「始まるよ」


 葵の言葉とほぼ同時にザザ、と画面が乱れたかと思うと、真っ青の画面に切り替わった。

 そして三角形のいかにもポリゴンらしいポリゴンが画面の端から中央に集まり、三頭身の眼鏡をかけた可愛らしい少年のキャラクターが出来上がった。


『やぁ、はじめまして』


 そのキャラクターの口に合わせて、コクーンの中に声が響いた。


『私の名前はミーミル、NICの持つスーパーコンピュータ“葵”を運用する為のAIだよ』


「ミ、ミーミル!?」


 思わず桐矢の声は裏返ってしまった。だがそれも無理はない。

 スーパーコンピュータ“葵”と言えば、従来のスーパーコンピュータ数百個を並列に繋いだレベルの演算能力を誇る、次元の違うスパコンである。

 それを簡単に運用できるようにその演算能力を活かして生成された、ほとんど人と変わらないAI、それがミーミルである。ニュースや海外のIT系の専門誌でも、何週にわたって特集されたような、そんな雲の上の存在なのだ。


『驚くことはないよ。このゲームはNIC製なのだから――おや。中にもう一人いるね? ……あぁ、葵立夏君か』


 カメラと顔認証システムから過去の履歴を洗ったのか、それでもどこか人間くさくミーミルは言った。


『このゲーム筺体は一人乗りだよ? 怪我をしてもNICは責任を負わない。あぁ、もちろん訴えられたってこの映像は残っているが』


「身内の会社を訴えるほど馬鹿じゃありません。だいたい自己責任だって分かった上でやってるんだよ」


 少し拗ねたように葵は頬を膨らませていた。


『それは済まないね。――彼女がいるということは、専用モード〈reword〉についてはもう説明を受けたのかな?』


「あ、はい」


 桐矢は思わず機械相手に敬語になってしまった。

 とは言え、このミーミルの存在はとても大きい。心情的には葵を信じたかった為に願いが叶うという話まで信じていたが、ミーミルが出てきたことで、これは完全に紛れもない真実となったわけだ。


『じゃあ余分な説明は要らないね。君はこれから無料でミッションモード〈reword〉をプレイできる。もちろん強制はしないし、その権利を捨てても構わない』


 ミーミルが画面の中で手を振ると、またポリゴンが集まって何枚かのボードを形成した。


『ステージはC、B、A、Sの四つ。上位のステージに上がるには昇格ミッションを、昇格ミッションを選択可能にするには各ステージのキーミッションをクリアする必要がある。そして君たち〈reword〉プレイヤーは、Sランクステージの最終ミッションクリアで報酬を得られるわけだ。報酬は早い者勝ち、ぜひ頑張ってくれ』


 ボードはステージを表しているらしく、昇格ミッションとキーミッションの位置が色分けされて光っていた。


『ただしプレイヤー、あるいはプレイヤー同士が集まったチームには総残機ポイントがある。これが尽きればゲームオーバー。そのプレイヤーたちは二度と〈reword〉モードをプレイできないから注意してくれ』


 そして、ミーミルは突然重大な事実を放りこんできた。


「え!?」


『そう頓狂な声を出さなくてもいい。総残機ポイントは機体改造の為のEXPと一緒に、各ミッションをクリアすれば手に入るし、〈reword〉プレイヤー同士の対戦で賭けて増やすことも可能だ』


「で、でも……っ!」


 そんなギリギリのゲームだったなら、こんな超初心者の自分が葵の仲間になっていいのだろうか、という根本的な問題が浮上する。


『驚くことではないはずだが? この残機ゲージはいわゆる資材を意味しているものだ。戦闘を行えば資材は減るし、敵の艦隊を撃破すれば敵の持つ資材を奪うことも出来る。一回の戦闘で消費できる資材を使い切れば撤退するし、全ての資材を失えば戦争には敗北する。――そして、それを乗り越え、敵を全て撃破すれば望みを叶えられる。戦争とはそういうものだろう?』


 ミーミルの声は、どこか真剣みを帯びていた。



『これは戦争だよ。たった一つの希望を賭けた、ね』



 ごくり、と思わず喉が鳴る。

 汗がじわりと滲む。その言葉を聞いて、ようやく桐矢は理解した。

 自分が足を踏み入れた世界の危険さや――その価値を。


「ミーミル、初心者を脅す癖やめなよ」


 だが、そんな桐矢の後ろで葵は呆れたような声で言った。


「お、脅す……?」


「そ。確かにミーミルの言ってることは嘘じゃないけど、そんな大仰に捉えてるプレイヤーなんかいないって話」


 あんぐりと口を開ける桐矢を見てか、画面の中の三頭身キャラクター・ミーミルは楽しそうに笑っていた。


『ははは。済まない、安心したまえ。無茶な進撃を繰り返さない限りは、そうそうゲームオーバーにはならない。RPGでもプレイヤーの意志次第で死なずに戦えるだろう? それと一緒だよ』


 ひとしきり笑ってから、ミーミルは付けてもいない腕時計を見るような仕草をした。


『さて説明は以上かな。君には期待しているよ、桐矢一城君。――では、ね』


 そんな言葉を残してミーミルはポリゴンに分解され、すぐに通常のメニュー画面へとモニターは切り替わってしまった。


「随分とあっさりしてますね……」


「本当なもうちょっと説明長かったんだけど、わたしが引き受けちゃったからね。さ、対戦モードを選んで」


 桐矢は対戦モードを選択、すると現在対戦可能プレイヤーの中に『Akira』の文字が現れた。これが相馬だろうと思い選択すると次は〈reword〉という選択肢が浮上した。


「〈reword〉プレイヤー同士だとその機能を生かして戦えるんだよ。ミッションモードで手に入れたポイントを使って、機体を改造できるんだけどね。〈reword〉で改造した機体は〈reword〉でしか使えないから」


「じゃあ今回は〈reword〉でいいいんですか?」


「そうだね、その前にわたしたちのチームに登録しとけば、ポイントのマイナスとかないし。ちょっと貸してね」


 身を乗り出して葵は桐矢の手の上からトリガーを操作する。言われていた通りの手取り足とりといった感じに、桐矢の頭は完全にオーバーヒート寸前だった。


「はい、わたしたちのチーム『Endyumionエンデュミオン』に登録したよ。――って、顔赤いけどどうかしたの?」


「い、いえ。何でもないです……」


 ぷしゅー、と音が出そうなくらい顔を赤くした桐矢は、ただ小さくなるしかなかった。


「まぁいいけど。――これ始めながらいいことを教えてあげるね」


「な、なんです……?」


 桐矢が訊いている間にも、葵は勝手に操作して対戦のセッティングを終えてしまう。

 そして画面は機体選択へと移り、唐突にピロンと音がした。


「カラー、ズ?」


 画面に表示された『colors』の文字を、桐矢は読み上げた。


「〈reword〉プレイヤーの中にね、稀に専用機体を貰えるプレイヤーがいるの。数字持ち(ナバーズ)色付き(カラーズ)って言ってね。桐矢君はその色付きなの」


「……先輩は知ってたんですか?」


「まぁね。桐矢君のライセンス、白いでしょう? それが色付き、その中でも白の証なの」


 何故そういう大事なことを後出しにするのだろう……? と思わないでもなかったが、とりあえず初心者で後輩でもある自分がそんな文句を言うべきでもないと思い、桐矢はただ苦笑いしておくことにした。


「色付きは色によって機体の性能の一つが上昇してるの。ホワイトカラーは機動力が一・五倍だね」


「へぇ。これ次に進んだらその専用機体が見れるんですか?」


「そうだよ。専用機体はいま解放されてる機体の中からランダムで選ばれるから、何が出るか楽しみだよね」


 早速、桐矢は次へと進んで葵と共にどきどきしながら、正面の巨大モニターを食い入るように見つめる。


 闇色の背景に、その真っ白な機体は映し出される。

 白。何にも染まらず傷一つない、純粋で、そして光や正義を象徴するような色だった

 武骨な武装の機械人形だと割り切ることは出来ないくらい、それはある種の芸術の域にすら達しているようにさえ感じられる。

 フェイスは騎士をイメージしたような、凛々しいものだ。葵が昨日乗っていた紺碧の機体とは逆で、むしろ全体的にスリムなシルエットである。

 背には一対の翼。これも天使のように白く、しかし羽根のなくツルツルとした見た目は、鳥類の羽とはほど遠く、空想上のドラゴンの羽と言った方がいいかも知れなかった。

 そして、その付け根に長短一振りずつの刀があった。それこそがこの機体の最大の特徴なのだろう。その刀から発せられる威圧感は、歴戦の猛者が放つ殺気のようですらあった。


「ITS-GW10 イクスクレイヴ……」


 葵はすらすらと、その型番を含んだ正式名称を言い当てた。


「有名なんですか?」


「七週間前のストーリー解放で初めて実装された新機体だよ。ストーリーの一ルートを進んでる人にしか解放されないから、情報が圧倒的に足りないけど、性能は超一級だって聞いた」


「つ、強いんですか……?」


 この機体一つで自分の評価が下されるようで、桐矢はとても怯えながら質問していた。ここで弱いと言われたら、今までの話はなかったことになるんじゃ、と思ったわけだ。


「型にはまればね。ただ圧倒的に癖が強い。射撃武装が貧弱で種類も一つ」


 葵の下した残念な評価に、桐矢は堪らなく怖くなった。まだ自分が初心者ということもあって、食い下がるだけの言葉も出せなかった。


「――ただし、代わりに格闘武装が豊富で強い。いま解放されてる機体の中で格闘がこれに匹敵する機体は、ほぼいないと言ってもいいんじゃないかな。――これは、当たりかも」


 しかし、桐矢の懸念は杞憂だったようだ。葵は心の底から頼もしそうに、画面に映る純白の機体を眺めていた。


 認められた、と桐矢は安堵のため息を漏らす。


「あぁ、見とれてる場合じゃなかったね。さぁゲーム開始しよう」


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