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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第2部 VS. ヴォルフアイン
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第1章 紅蓮の狼 -4-


 合宿初日も終わりに近づき、直に空も赤く染まるだろうかと言った頃。


「……死ぬ……」


 筺体(コクーン)のハッチを開け、桐矢は筋肉痛でプルプル震える身体でどうにかそこから這い出て来る。


 間に昼休憩を挟んだものの、ほぼぶっ続けで桐矢はコクーンに乗りっぱなしだった。それも慣れない宇宙ステージで、桐矢たちのチーム『エンデュミオン』でリーダーを務める葵立夏と延々戦い続けたのだ。


 桐矢のイクスクレイヴは完全近接特化。対する葵のブルーローズは、面制圧力を意識した多重射撃特化である。高度操作を使いながら機動力を維持しなければ近づけず、一撃も浴びせられずに撃墜させられることもままあったくらいだ。

 どうにか終盤ではまともな戦闘の体を成してきてはいたが、それでもやはり大人と子供くらいの差があった。


 左手を一瞬放すが高度操作レバーは握らず指先で弾くように操作する――というのがコツらしい、とは機嫌の直った葵から教わったのだが、それでも左手を放していいタイミングとそうでないときを見極めるなど、一朝一夕で身に付くようなスキルではなかった。


「ふぅ。まぁ初日としては及第点かな」


 そう言って葵も白い繭から降りて、桐矢にタオルを差し出してくれた。

 それに礼を言って汗を拭ってふと辺りを見渡すと、その先でやつれにやつれた元イケメンが完全に死にかけていた。

 桐矢は次第に新たなテクニックが身について来ているという楽しみであったり、葵の方が飽きて少し違った趣向の戦闘になったりと様々だった。しかし、相馬は改造ポイント(EXP)を得るため同じ穴場のミッションを延々繰り返している。

 同じ作業を繰り返し続けるというのは、苦痛以外の何ものでもない。こうして彼が真っ白に燃え尽きているのも道理だろう。


「……あれ、どうします?」


「それよりも」


 しかし葵はさらっと相馬をスルーした。桐矢に対する怒りはこの数時間で収まってくれたようだが、どうも相馬に対しては積もりに積もった分があるらしい。合宿中に機嫌が直るかどうか怪しいものだ。


「さっき運営からメッセージが届いててね。具体的なイベントの内容がお知らせされたよ」


 そう言って、葵はさっさとモニターにコクーンを繋ぎ直して、そのメッセージを表示する。

 疲れた脳ではこの程度の文章も読む気になれなかったので、葵が要約してくれるのを桐矢は待った。


「簡単に言うと、来週の月曜日から〈reword〉ミッション全てに、それぞれの難易度に合わせたイベントポイントが設定される。それで、その次の日曜の午後一七時までの合計ポイントの高い上位三十二チームが本選に出場だって」


「三十二ですか。何か少ないような気がしますね」


「四人一チームが基本だから、それでも百人以上の〈reword〉プレイヤーが出場できるって考えるとそうでもないよ。それに一試合ずつやっていくから、このチーム数でも全試合やると二時間半くらいかかるしね」


 葵の補足を受けて、桐矢は納得する。そんなやり取りの間にようやく気力を取り戻した相馬も、少しずつ耳を傾けていた。


「本選は一日に空けて火曜日の午後三時に第一回戦、水曜日に二回戦から四回戦、木曜日に決勝戦の予定らしいね。決勝戦だけは時間制限なしだって」


 予選後に一日の猶予があるのは、正直桐矢としてはありがたかった。

 休みがなければ予選の疲れがあるかもしれないし、変な緊張や昂りで初戦にミスすることもあるかもしれない。そういう失敗は、おそらく初心者の桐矢を抱えているこのエンデュミオンが持つ大きなリスクのはずだ。

 それを排除できるなら、全力で戦える。


「ちなみに、本選の試合形式は残機ゲージシステムじゃなく、再出撃不可仕様。要するに、撃墜された時点でその機体はその試合から退場。チーム全機を撃墜されたら敗北。制限時間内に決着がつかない場合は、残機の少ない方、同じ場合は残り耐久値の低い方、それも同じなら攻撃回数の多い方が敗北、だってさ」


「……それで、上位入賞褒賞は何ですか?」


 相馬の問いに、葵はモニターに添付された画像を表示させて答える。


「三位がMWRDO アイギス インテンジブルシールド。これは高い斥力場でビームを完全に反射させる武装みたい」


 映し出された武装は、十字架を模したような巨大な白い盾だった。ビームの完全反射、という機構を聞くだけでも一度は手に取ってみたくなる。


「二位はMWGO-1002 ヘイヘ・マークⅡ 対艦精密狙撃ビームライフル。これは単純な狙撃ビームライフルの最上位互換だね」


「……二位がいいですね。決勝戦にあのヴォルフアインのチーム――ラティヌスに当たっても負けましょう」


「それ、お前がアクイラに乗って狙撃銃ぶっ放してるからだろ」


 さりげなく自分の欲望を曝け出す相馬に辟易しながら、桐矢は次の武装を待つ。


「一位はこれ。MWSO-10001 エクスカリバー 対艦隊ビームソード。これも単純な威力向上だけど、たぶん全武装の中で最高の攻撃力になると思う」


 そうして表示された画像に、桐矢は息を呑んだ。


 黄金の剣だった。

 全体のデザインはイクスクレイヴの(グラム)にも似ていた。巨大な両刃の剣で、刃の部分だけが削られたように存在しない。そこにビームが照射・反射されることで超高温の刃と化すのだ。


 だが、グラムは大剣(アスカロン)に比べ、やや短めの剣であるのに対し、これはその逆だった。

 長い剣だった。下手をすればアサルトセイヴの全長を超えかねないようなサイズだ。『対艦隊』の名の通り、単騎で艦隊を構成する戦艦を斬り伏せる為に、一撃ですら戦艦に確実なダメージを与える武装なのだろう。


「……これがいい」


 思わず、桐矢はそう呟いた。

 イクスクレイヴに乗る自分だからこそ、この剣の存在感や威圧感を正しく汲み取れる。


 だから、断言できる。

 この剣が、イクスクレイヴには必要だ。これさえあれば、桐矢はもう葵たちに引けを取らないに違いない。


「もちろん手に入ったら、このエクスカリバーは桐矢君のイクスクレイヴに搭載させるよ。一番使いこなせるのは桐矢君だろうしね。――ただ、その為には優勝しなきゃいけない」


「先輩、負ける気でイベント参加なんてしないくせに」


「まぁそうだね。出るからには優勝あるのみ!」


 快活に笑うその姿に、桐矢も伝播したように笑みを零す。

 こういうとき、彼女の傍にいられて幸せだと、桐矢は心から思う。だからこそ、ここが自分の居場所だと、その力で示さなければいけない。


「ただその前に、そもそも予選を切り抜けないと話になりませんよ?」

 水を差すように相馬に現実に引き戻されるが、桐矢に文句は言えなかった。

 いまのところアルス・マグナのAランク昇格ミッションをクリアしたばかりのチームが多数なおかげで、無理なイベントポイント稼ぎが出来ないのがほとんどだという。一方で桐矢たちには総残機ゲージに余裕がありその無理が出来る。

 だからこそ本選出場は有利だろう、というところからイベント参加の話は始まっているが、それでも舐めていてはいけない。


「……今回のイベント、葵先輩は一日のプレイに時間制限を設けるんですよね?」


「もちろん。他のチームがゲームセンターに通うってことは、それに準じたプレイ時間じゃないとフェアじゃないし。まぁイベントってことでみんなちょっとマナー悪く占領したりゲームセンターめぐりしたりしてプレイ時間を稼ぐだろうから、だいたい一日三時間かな」


 確かにそれくらいならフェアな勝負が出来るだろう。総残機ゲージのアドバンテージがあるのはそもそもそれだけのリスクを冒したからであるし、そこにまで文句を付けられるいわれはない。


「三時間だけで三十二位以内に入るんですよね」


「そうだね。一回のミッション失敗が命取り――なんてことになるかもしれない。正直、桐矢君はプレイし始めてまだ日が浅いから難しいことを言ってはいるんだけど」


「やりますよ」


 それでも、桐矢はそう宣言する。


「いつまでも足を引っ張ってちゃダメなんです。俺も力になりたいんですよ。だから、絶対に勝ち残ります」


「……もう十分、力になってもらってるんだけどなぁ」


 そう言って笑いながら、葵はコクーンとモニターを繋ぐケーブルを片づけ始める。イベント概要の説明はここで終わったのだろう。


「――それで、イベント期間中の他の時間って、何するんですか?」


「決まってるじゃない、桐矢君。いま夏休みだよ?」


 そのフレーズに桐矢は思わず胸が高鳴る。

 夏休みと言えば、遊びの時期だ。


 バーベキュー。

 夏祭り。

 花火大会。

 プール。

 海水浴。


 何とも楽しそうなフレーズばかりが思い付く。

 そして、葵は言う。



「宿題をやるんだよ」



「ですよねー」


 がっくりと桐矢は肩を落とす。

 成績優秀でNICの社長令妹である葵立夏が、夏休みの課題を放っておいて遊んでいていいと言うはずもない。

 そもそも高校二年の夏と言えば、真面目な人ならもう受験を意識し始める時期でもあるだろう。葵がそんな浮かれたことを口にしないであろうことは予想の範疇だ。


「……何か他にしたかったことあるの?」


「そりゃ、ちょっとは外に遊びに行きたいなって思いますよ。ASVもゲームなんで遊びといえば遊びですけど、ちょっと違いますし」


「うーん。まぁこのメンバーで遊びに行く、っていうのは楽しそうだよね。一応部活だし、そういうことって他の部活の子たちはもっと積極的にやってるだろうし」


 葵も少し乗り気な様子だった。

 それを見て桐矢は目の色を変えて、一歩詰め寄ってみる。


「あ、あの!」


「うん?」


「その、夏祭りとか、プールとか、行きませんか? ちゃんと課題はやりますし、その後で、ご褒美的な感じで」


「……えぇ、ちょっとそれは」


 どこか否定的なその対応に、桐矢はショックを受ける。

 これだけ一緒に部活としてASVをプレイして来て、桐矢は葵との距離が近づいたように思っていた。それはおそらく、勘違いではないはずだ。

 だからこそ、ここで拒否されるのは思った以上に精神的にキツかった。


「な、何ででしょう……?」


 桐矢の問いかけに、葵はちらちらと相馬の方を見てから答えた。


「浴衣とか水着とか、相馬君がいる前では見せたくないなぁ」


「桐矢君。僕を殺す気で睨むのは止めてもらえるかな?」


 この世界で何よりも邪魔な存在を屠るべく、桐矢は憎悪の業火を視線に変えて相馬へ放っていた。

 しかし当然ながらそんなことで相馬が焼け死ぬことはなく、ただ桐矢は行き場のない殺意に自らの身の方が燃えそうだった。

 その様子に、葵は少し不思議そうな顔をしていた。


「……そんなに一緒に遊びに行きたいの? 普通、先輩と後輩って先輩が思うよりは微妙に距離があったりすると思うんだけど」


「先輩は、嫌ですか?」


 その問いかけは少し卑怯だったか、と桐矢は思う。


 葵は、人との繋がりを上手く保てない。それは彼女が、良く言えば深い付き合い、悪く言えばべったりな付き合いを求めてしまうからだ。

 だから、彼女の兄の葵理人(りひと)は、彼女の傍を離れて会社に引きこもっている。少なくとも葵立夏はそう考えている。

 その事実に、葵は人との接触に遠慮し怯えるようになってしまっていた。自分が仲良くなりたいと思えば思うほど、それは相手にとって鬱陶しいのではないか。そう思って一歩引き下がってしまうのだ。

 だからこそ、彼女は今も『先輩と後輩』の距離を出来る限り保とうとしてくれる。その気遣いは悪くはないのだが、桐矢にとっては少し寂しかった。それはきっと、相馬も同様だろう。


「……いいよ」


 けれど、葵はそう頷いてくれた。できる限り距離を保とうとしていたのに、それでも、ほんの少し近づこうとしてくれた。

 それは彼女もまた桐矢同様に、少しだけ変わり始めている証なのかもしれない。


「じゃあイベントで上位入賞褒賞がゲットできて、夏休みの課題も全部終わったら一緒に遊びに行こうか。夏祭りでもプールでも、何でも」


 その言葉に、桐矢と相馬は二人同時にガッツポーズする。

 さっきまで殺意を滾らせていた桐矢は、そのまま相馬と視線で熱く語り合う。


 ――絶対勝つぞ。葵先輩との夏祭りの為に!


 ――当たり前だ。部長の浴衣&水着姿の為に!


 微妙に主旨がずれているようで合致している二人の意気込みに、傍から見ていた葵は少しだけ呆れて、けれど楽しそうにその二人を見守っているのだった。



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