第3章 黒白の翼 -4-
あぁ、と桐矢はその画面を見て全てを察してしまった。
これは相馬たちの言っていたバグ。〈reword〉プレイ中に、強制的に総残機ゲージを全て賭けた対戦と同じルールで現れる、キャンセル不可の昇格ミッションだ。
では、なぜこのタイミングなのか。
決まっている。
バグの正体が、藤堂剛貴によるハッキングだからだ。
相馬と藤堂、そして葵の言葉を思い出せばいい。
『確認できてる被害は二カ月くらい前からの十数件ほどだからね』
『俺のクロスワン・バスタードはな。元々イクスクレイヴと同シリーズの機体だったんだ。――が、完成前にそれを敵軍が奪い、イクスクレイヴの設計図を基に対イクスクレイヴの改造を施し、イクスクレイヴとほぼ同時期に完成させたのがこの機体だ』
『ITS-GW10 イクスクレイヴ……。七週間前のストーリー解放で初めて実装された新機体だよ』
つまり藤堂がバスタードを手に入れることが出来たのも、十日前の七週前――つまり二カ月ほど前になる。
そんな短期間で、イクスクレイヴを超えるだけのポイントを稼ぐ手段。それが、バグを装ったハッキングによる総残機ポイントの搾取だ。
プレイヤーは敗北を恐れ、即時撤退する。その際に差し出される総残機ポイントの一割を得ても、十回もやれば丸々奪ったも同然。一気に中堅以上からスタートできる。
なにより、藤堂のチームの機体は改造すらされていないザコ三機だ。もし同じチームメイトなら、そんな機体に乗りたいとは思わないし、藤堂のワンマンプレーに納得出来るわけがない。
その上、一定のプレイセンスを保有していながら、あんなに統率のとれた動きで黒子に徹することの出来る人間が三人もいるわけがないのだ。
だがもしも、そこにチームメイトなどいなかったら?
本来〈reword〉で自軍チームにCPU搭載機を選ぶことは出来ないが、それを可能にしていたとしか考えられない。
そもそもにおいて。
黒の色付きのクロスワン・バスタードなど、簡単に手に入るのか。
桐矢はその強運で白のイクスクレイヴを手に入れた、だが同じレベルの強運が、こんな狭い地域で重なるわけがない。
つまり、藤堂剛貴は全てをハッキングに頼っているのだ。
ハッキングによりプログラムを調整することで、CPUを操り、黒の色付きの機体まで手に入れ、ここまでのし上がる力を付けたことになる。
「けど、長時間その手でデータを改ざんしてればNICの目に引っ掛かる。だからあえて即時撤退とかは認めて、短時間でポイントを搾取するように仕向けていたのか」
そこまで分かっているから、桐矢は頭を抱えるしかなかった。
いまこうして藤堂がそのハッキングによって勝負を仕掛けたと言うことは、これは単なる報復だ。即時撤退のコマンドすら、使用不可にされていると見ていいだろう。
――ここでボスミッションをクリアできなければ、桐矢たちは総残機ゲージを失い、葵の夢は儚く散ってしまう。
だが、勝てるのか。
何十回と負けて、その経験を持ってようやく届くような勝利に、この一回きりで。
何より、あの藤堂を相手に、もう一度。
いくらハッキングで力を付けたと言っても、あの操縦テクニックだけは本物だ。
「――それでも、やるしかないな」
負けると分かっても、最後の手段がないわけではない。何より、このままでは終われない。
『……どうやら、桐矢君もちゃんと気付いているようだね?』
「あぁ。どうせ受けるしかないんだろ?」
『こちらの回線を切断しても、そもそもリアルの場所を特定されている。そのうち僕たちのプレイ時間に合わせて、同じことをしてくるだろうね。そして、そのときはこちらがオーケーを押さなくても自動で戦うようにハックされてお終いだ』
確かにそれはマズイ。
だが、流石に機体に直接効果を付与するようなハッキングは、NICに感づかれるからしないだろう。せいぜいミッションを装った対戦や、プレイヤブルではない機体をプレイヤブルにして、残る戦闘データは正常プレイを装ったように書き換える、くらいが妥当だろう。
何より、この対戦は自尊心を傷つけられた藤堂の復讐。ならば、対戦自体には異常なステータスは起こさせないだろう。それが平気で出来るのなら、さっき負けたことでプライドが傷つけられたりもしない。
「まぁここを乗り切れば、NICが不正アクセス禁止法とかで通報してくれるだろ。逃げ帰らなければ、不正情報が垂れ流しになるから、検知に引っ掛かるだろうし」
『乗り切る気なのかい?』
「現実的にはまず無理だろうな。……でも、葵先輩の夢は叶えてやりたいんだ。ここで負けるわけにはいかない」
『了解だ。――というわけで、いいですね、部長?』
『だからどうして相馬君も桐矢君も、部長のわたしの意見は後回しなの……?』
呆れたように葵はため息をつく。
『――まぁ泣いても笑っても一回きり。やらずに済ませる方法も見当たらないのなら、全力勝負だよね。さっきまでのでフラストレーションも溜まりまくってるし』
文句を言っていたものの、葵の許可も下りた。
あとは最後の手段を使わなければいけない事態にならないよう、祈るばかりだ。
「行きますよ、葵先輩」
これが最後になるかもしれないと分かっているから。
桐矢の声はか細くて。
それでも、その指は引き金にかかっていた。
「あなたの夢へ、俺が導いてみせますから」




