第2章 聖戦の始まり -13-
『ホンットにゴメン!』
「だからいいって言ってんだろ。元は約束すっぽかした俺が悪いんだし」
電話越しでも伝わるほどの勢いで、綾野は桐矢に謝りこんでいた。
藤堂剛貴の去った部室にて、桐矢は突然かかって来た綾野の電話に出たのだが、出た瞬間からこの調子だった。
どうやら桐矢の愚痴を言っていたところ藤堂に事情を聞かれ、学校にまで乗りこんで行かせてしまったらしく、彼女は彼女なりにそのことに罪悪感を抱いているのだ。
『あたしを殴ってくれ!』
「男らしすぎるだろ、対応が……。セリヌンティウスかお前は」
もはや呆れた声しか出せず、桐矢はただため息をついた。
「そんなに謝るんだったら、俺が約束忘れてた分をチャラに――」
『あ、ゴメン。それとこれとは話が別だよ』
「そうかよ……」
意外と薄情というか淡白だった。
「まぁ用がないなら切るぞ。あの藤堂って男と色々あったから、忙しいんだよ」
『本当に、ゴメンね』
綾野の謝罪を最後の挨拶と受け取って、桐矢は通話終了ボタンをタップした。
そしてスマホをポケットにしまい、ふうと息を吐く。
「それで、ですね」
桐矢は小さくなってしまう声で、葵を見上げながら声をかけた。
「なして俺は正座をさせられているんでしょう?」
桐矢は床の上で正座をさせられていた。もちろん、クッションなんてあるわけもない。
「うん? 何か文句があるのかな、桐矢君」
涙は乾き、少し紅くなっただけの目で葵はにっこりと笑う。だが、その目は一ミリも笑っちゃいない。
「勝手にこの筺体を賭けたのは確かに悪いことしたなーとは思うんですがね、もうやっちゃったことは仕方ないっていうか、ほら……」
「――やっぱり、分かってない」
小さく、葵は呟いていた。
「わたしがそんなことに怒ってると思う?」
葵の声は優しくて、そして、確かに桐矢を叱責するものだった。
「あの藤堂って人の目的がコクーンだったから良かったけど、そうじゃなかったら、喧嘩になってたかもしれないんだよ?」
「……いや、確かに部活中に喧嘩とかはよくないですねぇ……」
「だから、そうじゃないんだってば」
怒鳴るような声じゃなかった。
それでも力強くて、桐矢が何かを言おうとすることを決して許さなかった。
「そうじゃ、ないんだよ……っ」
まるで堪え切れなくなったかのように、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
どうしたらいいのか分からない桐矢は、ただ、黙って彼女の言葉を待った。
「わたしなんか、どうでもいいんだよ。何を言われたって、ほとんど本当のことなんだから。それが原因で桐矢君が傷付く必要なんて、どこにもないんだよ……」
そんな誰よりも優しい言葉を、葵は泣きながら口にする。とめどなく涙は溢れて、彼女は立つ力も失くしてその場に座り込んで泣きじゃくっていた。
だから桐矢は、こんな彼女を護りたいと思ったのだ。
「桐矢君自身のことはあんなに言われても、わたしは何も出来なかったのに。どうして、あんな風に……。わたし、桐矢君たちに何て謝ったらいいの……?」
「それくらいにしましょうよ」
泣き崩れる葵に声をかけたのは、相馬旭だった。
「それに、どうして何か問わなくたっていいでしょう。――女性の涙を前にして、紳士の僕が何も感じないとでも?」
ぞくりと、仲間ですら怯えそうになる怒気が溢れ出る。きっと相馬は顔には出していないけれど、憤慨しているのだ。
「――泣かないで、くれませんか」
だからから代わりに、桐矢が葵へ手を差し伸べる。きっと相馬に触れれば、葵ですら傷ついてしまうから。
「俺は先輩が傷つけられるのを見ていられなかったから、カッとなっちゃったんですよ。こうして泣かれたら、意味がなくなっちゃうじゃないですか」
にへら、といつものような何てことはない笑みを向ける。
こぼれ出る涙は止まらなくても、葵の顔が悲哀に染まるのくらいなら止められる。そんな気がしたから。
「大丈夫ですよ。――葵先輩の居場所だけは、俺が護りますから」
桐矢の手を取って、葵は立ち上がる。
聖戦の始まりは、近い。




