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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第1部 VS. クロスワン・バスタード
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第2章 聖戦の始まり -8-


 憧れによる高揚は、三時間で燃え尽きた。

 やる気はそこから二時間で枯れ果てた。

 集中力もどうにか繋いだが、さらに一時間で全て使い切った。

 やがてランナーズハイならぬプレイヤーズハイに入り、狂ったようにイクスクレイヴに乗り続け、さらに三時間が過ぎた。


「――これ、アカンやつや……」


 コクーンから這い出るようにして、桐矢は床で倒れ伏した。

 途中で何度か休憩を挟んだが、午前九時の合宿開始から十時間以上が経過している。ゲーマーでもなければ部活動の経験もほぼない桐矢には考えられない、恐ろしいハードスケジュールだった。


「もう嫌だ、もうあの丸っこい機体は斬りたくない……」


 桐矢はうわ言のように呟いていた。

 とはいえ、これでかなりのポイント稼ぎは済んだはずだ。延々と球形のスフィアなるいわゆるザコ機体(ただし〈reword〉ミッションは通常より高難度の為、性能だけ見ればザコとは言えない)を苦行のように斬り続けたのだから。


「頑張ってくれてありがとうね、おかげで今日だけで改造ポイント《EXP》は二千万も稼げたから。……うーん、でもやっぱり総残機ポイントはイマイチだね」


 そんな桐矢に、信じられないことを葵は言っていた。


「――は?」


「総残機ゲージは合計で十七万ポイント稼いだので、十四回敗北分ですね。戦闘に使う残機ゲージの相場は一万二千ですから」


「挑戦権が十四回かぁ、足りないね。まぁこれでも穴場のミッション狙いだったんだけど」


 相馬と葵は多少の疲労は見えるものの、慣れた様子で話しこんでいた。


「え、足りないんですか……?」


 あれだけの大量に同じミッションばかりをこなしていたのに、まだ足りないらしい。桐矢の今もなお憎たらしく動く小さく球状の機体が頭から離れないと言うのに。


「CランクからBランクへの昇格ミッションじゃ三十回は負けたからね。三十万ポイントは消費したかな」


「次のBランクの最終ミッションはバグの手前で何回か挑戦したけど、手ごたえ的にはあと四十回は負けるだろうね」


 さらりと葵と相馬に言われて、桐矢は顔が青ざめていくのを感じた。


 十時間かけて、要求されるポイントの半分にも満たない。

 この合宿完了までにどうにか終わればいいが、それはあくまで仮定の話だ。実際に桐矢が入ってプレイしてみるともっと敗北数を重ね、さらなるポイント稼ぎが要求されるかもしれないわけだ。


「一応今の確保してるポイントと合わせても、ギリギリ足りるかどうかなんだよね。枯渇してからじゃ遅いし、攻略は一気にやった方が反省点も見つけやすいから。――まだまだ先は長いかな」


 にっこりと微笑む葵に、桐矢は乾いた笑いしか返せなかった。


「――安心しなよ、桐矢君。僕らも疲れているし、今日はここまでにしようじゃないか」


「お前、これ合宿初日なんだぜ……?」


 もはや桐矢は一歩も動ける気がしない。ただ座っているだけではなく、足元のペダルを細かく踏み、手は移動に合わせて大きく振る。一、二時間ならまだしもこれだけ乗っていれば、肉体的な疲労は相当なものだ。


 おまけにチーム構成的には、葵と相馬は射撃機体なので後方から射撃するだけだが、桐矢は違う。格闘機体なので後ろへ敵を通さない壁役を兼ねながら、最も多くの敵を斬り払わなければいけない。

 葵や相馬は敵の射撃を避けるにしても、距離があるので回避が容易。しかし桐矢は目の前だ。アラートを聞いてからでは間に合わない。削られる集中力も桁違いだ。


「……ちょっと無理させたかな、ゴメンね」


 そんな桐矢の様子を見て、葵はしょんぼりしていた。彼女は瞳を少し潤ませて、倒れている桐矢にかがんで頭をそっと撫でる。


 女神のような慈悲だった。

 ――桐矢の耐久値は一瞬にして全回復した。


「俺、明日はもっと頑張れる気がする」


「気のせいだからやめときなよ。明日はたぶん筋肉痛だよ?」


 ぐっと拳を握り締める桐矢に、相馬は冷ややかな視線を向ける。


「さっさと夕食の用意をしましょう、部長」


「そうだね。――あ、桐矢君は休んでていいよ? わたし一人で作れるから」


 葵はそう言って立ち上がる。重大な言葉と共に。

 一瞬自分の聞き間違いかと思った桐矢は、それが聞き間違いではないこと願って、小さな声で聞き返す。


「先輩が、作るんですか?」


「……それって暗にわたしが料理下手そうって意味?」


「いえ、決してそう意味ではなくて……」


 桐矢は葵に見えないように小さくガッツポーズした。


 ――まさか先輩の手料理が食べられるとは。


 よく考えれば今日の昼は持参したコンビニフードだったが、明日の朝食以降も手料理の可能性があるのでは?

 それだけでもう桐矢の三日間の合宿は価値あるものだ。途中でへたばるなんてあり得ない。


「楽しみにしていいですか?」


「もちろん」


 にっこりと笑って、葵は台所のある食堂目指して一人部屋を出たのだった。


     *


 ――そんなわけで一時間後。


 数十分前に手伝おうかと言ったが「一人で大丈夫だから」と追い出された桐矢と相馬は、ようやく食堂へと呼ばれ足を踏み入れた。

 扉を開ける前から漂っていたスパイシーな香りでうすうす感づいていたが、テーブルの上には独特な茶色なれども中々どうして食欲をそそられてしまう不思議な色の料理――カレーライスがあった。


「手抜きかな、とも思ったんだけど。合宿と言えばカレーかなって」


 少し照れたように微笑む葵に、桐矢は首を振る。


「手抜きなんてそんな。俺なんか全然料理しないんでカレーでも十分すごいですよ」


「そ、そうかな。――ささ、食べちゃってよ。美味しく出来てるといいんだけど」


 照れ隠しから早く早く、と促す葵の言う通りに、桐矢と相馬は席について手を合わせる。


「では、いただきます」


 はやる気持ちを抑えてしっかりお辞儀をし、スプーンを握る。

 ライスとカレーをスプーンにどっしり乗せ、一気に桐矢は頬張った。

 ピリッと辛めのスパイスが舌を刺激する。しかし玉ねぎの甘みや肉のうまみはしっかり残っていて、それがご飯にほどよく絡む。


「美味しいです!」


「そう、よかった」


 あまり自信がなかったのか、葵はほっと胸を撫で下ろしていた。


「美味しいですね、確かに」


 相馬もいつもの顔を崩さずに笑っていた。


「……お前、リアクション薄くないか?」


「それはほら、君には色々補正がかかっているから」


 葵には聞こえないようにそっと耳打ちされて、桐矢は確かにと頷いた。

 肉体的、精神的疲労はマックスで、昼食以降の間食は「酔うから」という理由で取らなかった。疲労と空腹はいかなる料理にとっても最高の調味料であるなら、今ほど美味しいと思えるときはそうそうあるまい。

 まして桐矢は葵に好意を寄せている。その手料理となれば、たとえそれが真っ黒に焦げていたって美味しいと感じるかもしれない。


「――いやでも、普通に美味いだろ? ってか女性の手料理だぞ? お前なんか一番喜びそうじゃんか」


 桐矢の言うように、葵のカレーのレベルはかなり高い。具材を切って市販のルーで煮込んだだけとは少し違う。やはりあめ色玉ねぎだとか、そういうひと手間、ふた手間を加えているのだろう。


「おいおい、桐矢君。何を言ってるんだい?」


 しかし心底呆れたように、相馬は言う。



「カレーにおっぱいはないだろう?」



 …………、


「そうか」


「桐矢君、何でそんなに哀れんだ目をしているんだい?」


 相馬の行動原理は『女性』ではなく『女性の胸』であったことを再認識された桐矢だった。


「……どうでもいいけど、その会話はわたしがいないところでしてくれないかな……」


 桐矢は自分の作った手料理を絶賛し、相馬は相馬でいつも通りのおっぱいネタ全開。どうにも会話に入りづらい葵は、カレーを口に運びながら小さく呟いていた。


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