第2章 聖戦の始まり -6-
明けて、金曜日の朝である。
まだ朝だと言うのに容赦なく照りつける日差しの中で、桐矢は新棟――桐矢たちの部室のある施設の前まで来ると、先に待っていた相馬の姿があった。
「やぁ、奇遇だね」
下ネタに脳を汚染されているとは思えないくらいの爽やかさで、相馬は桐矢に微笑みかけた。
Tシャツにクォーターパンツと簡単ながらも若者向けブランドで固め、しかしちょっと本格的でお高いネックレスをしているという、メリハリの利いたファッションだった。
この画だけなら、雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないと思えるほどだ。
「何が奇遇だ。待ち合わせ場所に集合時間に来たらこうなるだろ」
少々劣等感を抱きながらも、桐矢は自分の姿を見下ろす。
ファッション誌に載っていたそのままの、ジーンズに七分のシャツの袖を捲ったスタイル。スニーカーも普段のスポーツ仕様のヤツではなく、ローカットでキャンパス地の最近買ったものだ。
「別に不安にならなくとも、似合っているよ」
「うるさいな、男に誉められても嬉しくねぇよ」
「あぁ、誉めてほしかったのは部長にかな?」
「うるさいって言ってんだろ」
嫌らしく心を見透かしたように笑う相馬から、桐矢はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……君もつくづく素直な男だね」
「どういう意味だよ、それ。馬鹿にしてるのか?」
「いやそうじゃない。君のそういうところは、人を惹きつける魔力でもあるのかな。とにかく、君とこうして話せることを僕は嬉しく思っているってことさ。――たぶん、部長も同じじゃないかな」
「だから、そういうことは男に言われても嬉しくないんだっての……」
はぁ、と深いため息をつく桐矢。
ついでにきょろきょろと辺りを見渡してみたが、葵の姿は見えない。
「で、その部長は?」
「まだだよ。あの人が鍵を持ってるから外で待っているわけさ。……と、噂をすればだね。いま歩いて来てるよ」
相馬が桐矢の後ろを指すので、桐矢は素直に振り返った。
そこには、葵立夏がいた。
薄い水色のキャミソールの上に、肩出しのカットソー。下はホットパンツに素足でミュールである。
露出度は決して低くない。しかし彼女の持つ深海のように神秘的で長い黒髪や、そもそもの美しき立ち振る舞いのおかげか、それは決して下品ではなく、むしろ清楚ですらあった。
桐矢は思う。
――今日、この瞬間に死んでも悔いはあるまい。
と。
「そ、相馬君? 桐矢君が至福の顔をしてるんだけど、何があったの?」
「悟りを開いたんでしょう。あるいは死に場所を見つけたのかもしれません」
さらっと言って、相馬は葵から鍵を貰って新棟を開放する。そしてその場で振り返り、何かを待つように立っていた。
「ま、まぁとにかく」
こほん、と小さく咳払いをして、相馬の言わんとすることを察した葵は、少し大きな声を出した。開始の挨拶だ。
「合宿ミッション、スタート!」
おぉ、と男二人が腕を空高く突き上げて答える。
憧れの先輩と憧れの二泊三日の合宿が、いま始まる。




